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キリが14班での捜査にやりがいを見出している頃、ウタハは公安である人物に会っていた。


「おや。君は…もしかしてキリ君の代わりに来ている子かな?」


声をかけてきたのは事務員らしい50代の男性だ。


「ウタハです。しばらくこちらでお世話になります」

「そうだ。ウタハ君だ。キリ君が時々君の話をしていたよ」


いったい何を話したのかと不安になるが、それよりもこの人物についてウタハはある可能性を考えていた。……決して口には出せないが。


「そうか。君がこの間の事件の犯人を捕まえてくれたんだね。ありがとう。……私も仲間達をあれ以上傷つけずに済んだ」


穏やかな男性に滲む後悔に、やはりこの人がダイナに糸を仕掛けられた職員であったのだと 知る。


「あの……」

「キリ君がね。言ってくれたんだ。いつも優しく声をかけてくれてありがとうって」


それはキリの心からの気持ちだったのだろう。だから男性は後悔を滲ませつつも話をしてくれているのだ。


「一緒に働いてるんだから能力者のみんなのことはわかってるつもりだったのにね。悲しい事件が続いて、どこかに怖いという気持ちがあったんだろう。私は子供がいるから、もしあの子達に何かあったらと考えてしまった。そんな弱さがキリ君達を傷つけてしまった」

「そんな……それは弱さじゃないです」


ヨルは大切な人のために踏みとどまれた。男性は大切な人のために不安を抱えてしまった。どちらもかけがえのない感情だ。弱さなどでは決してない。

苦しむように眉を寄せるウタハに男性は優しい表情になった。


「キリ君はうちの子と同い年なんだ。だから可愛くてね。あの子は甘いものが好きなんだね。前に田舎の土産の饅頭をあげたら喜んでたんだ」

「……饅頭…ですか」

「だからお詫びの代わりにまた饅頭を買ってこいと言われたよ。その時は君の分も買ってくるね」


尊大というか何というか。キリの不器用な優しさは男性に届いたようだ。


「嬉しいです。楽しみにしてますね」

「時間をとらせてすまなかったね。話せて嬉しかったよ。何かわからないことがでてきたらいつでも聞きにおいで」

「ありがとうございます」


きっとキリはここで色んな人に見守られて成長してきたのだ。それを感じられて幸せな気持ちになりながらも、ウタハはダイナのしたことがいかに人の心を傷つけることだったのかを改めて実感していた。




待ち合わせの部屋に行くとすでにアカリは来ていた。


「すみません。お待たせしました」

「時間通りですよ。私は少しトカゲさんと話したいことがあって先に来ていました」

「トカゲと?」

「うん。目を持つ人としての意見が聞きたくてね」

「?そうですか」


それが能力者の法整備に何の関係があるのだろうと思いながら、ウタハは机を挟んでアカリの向かいの席に座った。


「さて。改めて。今回は協力の申し出感謝します。様々な意見を聞くのは法整備に不可欠だからね」

「俺こそ。個人的な事情なのに受けていただいてありがとうございます」

「そう。まずはそれが聞きたくて。問題なければ理由を話してもらえますか?」

「はい。俺も話そうと思ってました。あまりに偏った意見なら採用するのも問題あるかと思いますし」


ウタハは自身の過去も、ダイナとのやりとりも、今抱えている思いも、全てアカリに話した。その壮絶な過去にアカリは言葉を失っている。


「あの……やっぱり問題ありそうですか?」


不安そうに聞いてくるウタハにアカリは我に返って必死に否定した。


「いえ!むしろ貴重な意見ですよ!能力という特殊な環境を想定する以上、先入観は何よりも敵ですから」


ムンッと気合いを入れるアカリにウタハは少し笑いそうになってしまう。


「この件を引き受けてから資料も体験談も意見も様々に見聞きしてきましたが、それでもまだ自分の中の常識が邪魔をしている部分があります。だからもしウタハさんが不快に思われたりしたら、遠慮なく言ってくださいね」

「……ありがとうございます」


真面目過ぎるほどのアカリの人柄に、ふとホムラの影が重なる。この兄弟を育てたのはさぞや素敵な人達なのだろうなと、ウタハは温かい気持ちになった。


「さて、早速細かい話をする前に聞きたいのですが、ウタハさんは能力者としてこうなって欲しいという希望はありますか?法律以外のことでも構わないので」

「こうなってほしい、ですか」


何が違えば悲劇は生まれなかったのか。それはダイナに会ってからウタハがずっと考えていることだった。


「能力者が……自分の能力を知っていれば、対処する術があったなら、俺みたいに悲しい思いをしなくて済んだのかなとは思います」


毒の霧のことがわかっていれば、ウタハは両親を殺さずに済んだかもしれない。ウタハの悲劇の始まりはそこだった。


「なるほど。腕付きは産まれてすぐの検査で判明しますからね。能力者もそういった方法があればいいのですが……」


自分でも答えの出しようのない意見に真っ向から向き合ってくれるアカリに、ウタハはどんどんと心を開いていく。


「扱いきれない能力で誰かを傷つけることも、心を歪めてしまうヤツを生むこともないようにしたい。自分の能力に怯えて暮らすことのない世界にしたい。それが俺の望みです」

「……わかりました。ちょうど午後からはカグラさんに話を聞きに行く予定なんです。一緒に来てもらえますか?」

「カグラに?」

「はい。能力に関しては一番の専門家ですから」


たしかに。とウタハは納得して同行を承諾した。

そしてカグラの名前がでたからか、心の底でジワジワと成長していた感情が顔を出してくる。


「それともう一つ。俺の望みがあります」

「もう一つ?」

「能力を使った犯罪は厳罰を課してほしい。能力者本人であろうと、能力者を利用した者であろうと」


暗い、光の届かない世界の底のような瞳にアカリは驚く。それはウタハの心の複雑さだとすぐに理解した。


「それはなぜ?」

「世の中が納得しない。能力という危険な物を許容してもらわないといけないんだ。能力者には責任を持たせないといけない。……そして能力者を守るためにも、力を利用しようとするヤツには報いを受けさせないといけない」

「納得しないのは被害者もかな?」


鋭い指摘にウタハの闇が揺らぐ。アカリはその聡明さでウタハと向き合おうとしていた。


「それは刑罰のあり方の話になるかな。更生のためなのか。報復のためなのか。犯罪防止のためなのか。……ウタハ君は自分を監禁した相手にどうなって欲しいと思う?」


揺らいだ瞳が苦しみに変わった。抱えきれない感情が、必死に抑えていたものが溢れ出してくる。


「助けられてすぐは、憎いだとか考える余裕はなかった。でも今は、アイツを殺してやりたいって気持ちがどこかにある。苦しんで苦しんで苦しみぬいて死んで欲しいって思ってる」

「そう。それがウタハ君の気持ちなんだね」

「でも……そう考えるたびに、カグラもこんな気持ちを向けられてるんだって思うと苦しくて堪らなくなる。アイツは腕を切った人の家族に一生恨まれ続けるんだと思うと悲しくなる」


被害者であり、加害者の家族でもあるウタハは、どこまでいっても当事者として苦しみを背負い続けている。


「ダイナのことだって、許せない気持ちと、アイツが歪む前に救われなかった悔しさがあるんだ。……全部抱えて正しい道を探したいと思うのに、それは、すごく苦しい」

「うん。苦しいね」


冷静に、でもウタハに寄り添ってアカリは話を聞いている。


「ウタハ君。私は君が協力者で良かったと心から思っている。あらゆる面を見てきた君だからこそ、見えるものがある。正直に言って法律は完璧じゃない。でもより良い方へより良い方へと諦めずに進むことが大切なんだ。君の葛藤を、苦しみを、少しでも癒せる世界にできるように……力を貸してくれるかい?」


とても正直な人だった。叶わない約束などしない。でも諦めたくはない。それはウタハの気持ちと似ている気がして。

ウタハの瞳から闇は消え、真っ直ぐアカリを見て「はい」と返事をしていた。

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