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小さな工場の入口で男が叫んでいる。
「おい!いつまで待たせるんだ!この子供を殺してもいいんだぞ!」
片手と糸で10歳くらいの子供を捕らえながら、反対の手はその子の頭へ銃を突きつけている。
糸も届かない距離で男を囲むしかできない警官達の間をぬって、コハクが男の前にでた。
「こんばんは。捜査官のコハクです。君と同じ腕付きだよ」
袖を捲ってわかりやすく傷跡を見せてくるコハクに怯みながらも、男は警戒を解かない。
「だから何だ?気持ちはわかるからこんなことやめろとでも言うつもりか?」
「う〜ん。俺はそこまで言えるほど人のことをわかってあげられる人間じゃないからなぁ。君が一番悪い結末にならないようにしてあげることしかできないや」
「は?」
何を言ってるんだと男が見せた一瞬の隙をついて、コハクがいるのとは別の方向から乾いた音が響く。男の目の前の地面に弾丸がめり込んでいた。
「クソ!どこから!」
男が音のした方に銃を向けた瞬間。黒い影が目の前に躍り出た。
「やっと銃口を外したな」
ホムラが銃を持つ男の腕を鮮やかに蹴り上げる。子供を捕らえる腕が緩んだのを見てさらにその腕にも蹴りを加え、子供を引き離した。
「フチ!」
「はい!」
まだ子供を離すまいと絡められた糸をフチが引きちぎり、子供を腕の中へ保護する。
糸を引きちぎる光景に恐怖している男にホムラが麻酔を撃ち込み、事態は収束した。
『……これがウタハのいる戦場』
自分が普段している裏工作や情報収集とは違う、最前線で闘う14班の面々にキリは僅かに興奮していた。
だが、それは複雑な感情へと変わることになる。
「ご苦労さま、腕付きの諸君。犯人は私達が引き取るよ。あとのことはうちに任せてくれ」
50代と思われる男性が、犯人が沈黙したのを確認して前へと出てきた。この地域を管轄する部署の長らしい。14班に応援要請してきた人物だ。
「いえ。彼はうちで取り調べます」
「そこまで君達にしてもらうわけにはいかない。これはうちの事件だ」
「彼が犯行に及んだ背景に腕付きへの不当な扱いがある可能性があります。すでに必要な部署への連絡は済ませました。担当者がまもなくこちらに着くでしょう」
「……腕付きが調子に乗りやがって」
わざと聞こえるように吐かれた呟きを、コハクは聞かなかったふりをする。
「来られたようですね。シバさん、犯人は確保しました」
「ありがとう。怪我人が出ずに済んで何よりだ。さて、君がこの地域の担当者だな」
普段の穏やかな雰囲気からガラリと変わり、冷徹な表情でシバは男性を見る。
「この会社には以前から腕付きへの違法な雇用契約、暴力、犯罪行為の強制などの情報があったはずだが?……お前達は何をしていた」
身を切り刻まれるような圧力に男性は声も出せずに震えている。シバとそれほど関わることのないキリだが、いつも優しく相手に接している姿しか見たことがなかったのでその変貌ぶりに驚いていた。
『さすがはセキトの幼馴染』
ミソラを加えた幼馴染3人は村でも突出して優秀な人材だった。その優秀さで活躍し、それを聞きつけた村関係の有力者が後ろ盾となりさらに活躍するという好循環を生み出している。
「以後、この件はうちが入ってコハク班長の預かりとする。関連して違法行為等も全て追及してやる。お前達は自分の首が飛ぶ日までせいぜい怯えて暮らすんだな」
青ざめて立ち尽くす男性を置き去りにして、コハクとシバは犯人の男を連行するホムラの元へと向かう。
キリはその姿に少しの悲しみを覚えた。
『単純に……犯人を捕まえて、はい終わりじゃないんだな……そう言えば、俺は腕付きのことよく知らない』
能力者として、周りの人間も関わる事件も能力者が多い環境でキリは暮らしてきた。コハク達が隣に住んでいるとはいえ腕付きに関する知識は圧倒的に少ない。自分の世界の狭さを改めて思い知った。
そんな時、フチの声が聞こえてきた。
「怖かったね。よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
人質にされていた子供に優しく話しかけている。そこに狙撃銃を背負ったシュカもやってきた。
「よく泣かずに耐えたね。凄いよ。君が騒がなかったから僕達が来るまで時間を稼げた」
そうやって褒めながら、シュカの表情に影が落ちる。
「たぶん、君にはこれからたくさんの苦しいことが待ってると思う。でもその強さがあれば大丈夫。そして忘れないで。悪いことをしたのは君じゃないってことを」
腕付きを苦しめた者の子供だからなんて考えは彼等にはない。目の前の子供をただ救いたい、守りたい、その一心で彼等は仕事をしている。
『……学ぶことはたくさんありそうだな』
この研修に来て良かったと、キリは心からそう思った。
事件の後始末でかなり遅くなったシュカが寮に帰ると、ウタハが上機嫌でリビングにいた。
「お。おかえり。遅かったな」
「……そっちは随分楽しかったみたいだね」
「まあな。歓迎会までしてもらった。思ってたよりずっと和やかな職場だったよ」
「そう。キリは初っ端からかなりキツい洗礼を受けてたよ」
思わぬ報告にウタハが心配の表情に変わる。
「は⁉︎おい、お前キリに何したんだよ!」
「なんで僕がいじめたみたいになるの。電話して聞いてみたら?もう帰ってると思うから」
スマホを持って急いで部屋へと向かうウタハを見送り、シュカは「全く。世話の焼ける」と息を吐いた。
部屋に入ったウタハはすぐにキリに電話をかける。聞こえてきた声はいつも通りで安心したが、早口で今日は大丈夫だったかと捲したてた。
「は?大丈夫に決まってんだろ」
「いや。でもシュカがキツい洗礼くらったって」
「あ〜。良い刺激になったぜ。俺もまだまだ成長しないとって実感できた。用はそれだけか?明日も早いからもう切るぞ」
「え?キリ!せめてもうちょっと…」
すげなく電話を切られ、スマホを持ったままウタハはかたまる。しばらくしてヨロヨロと部屋から這い出しシュカに今の会話を話すと、「ざまぁみろだよ!」と大笑いされた。
翌朝。キリは昨日の犯人が働いていた会社の捜査に加わっていた。
「色々と出てきそうだから、他からも人手を借りないとね。とりあえずは会社の家宅捜索だ」
調べるのは金属加工工場だ。細かな機械の部品などを手掛けているらしいその工場で、ホムラがある設計図を見つけた。
「コハクさん。これ……」
その設計図をみたコハクは『なぜ』と『やはり』が半分ずつ混じった表情を見せた。
「すぐ13班に確認してもらって。あとはみんなで設計図にある部品を探すよ」
ホムラが見つけたのは銃の設計図だった。それも腕付き用だ。犯人が使っていた物はすでに13班が解析に入っている。
「キリくん。来て早々で申し訳ないけど、しばらく忙しくなりそうだ」
「構わねぇよ。そのために来たんだ。情報収集やら駆け引きは俺の専門だぜ。うまく使えよ」
さすが公安というべきか。普通の捜査官とは違う覚悟の決まり方にコハクは頼もしさを覚える。
「俺が頑張らないとね。うちに研修に来て良かったと思ってもらえるように」
トカゲとは違うコハクの上司としての懐の深さに、キリはウタハの強さの一因を見た。
きっと自分はもっと強くなれる。気づけばキリはここで自分を試すことに夢中になっていた。




