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動物園にみんなで行く数日前。キリは仕事終わりにルナの働くペットショップに来ていた。
「あら、キリ君。ちょっと待ってね。ルナ君、今帰る用意してるから」
出迎えてくれた店長に店内で待つように言われ、たまたまお客さんがいなかったので世間話に花が咲くキリ。
「とにかくルナ君の人気が凄くてね。どの餌がいいのかとかこんな癖に困ってるんだとか、男女問わず何かと話題を見つけてはルナ君と話そうとするのよ」
「は〜。そりゃ店も大変ですね」
「お店はね。別にいいのよ。何気に売上が上がってるし。ルナ君を利用してるみたいで嫌だけど。それよりルナ君が変な人に目をつけられないか心配で。帰る時に待ち伏せされたりとかしないかなって」
「世の中、危険なヤツもいますからね。とりあえず今日は俺が家まで送ります」
「ありがとう。よろしく頼むわね」
そんな会話をしているとルナが帰り支度を終えてやってきた。
2人が何の会話をしてたかなどつゆ知らず、穏やかな笑みでキリに「お待たせ」と声をかけてきた。
「え〜。それは店長の心配しすぎだよ。お客さんは普通に聞きたいことを聞いてるだけだって」
はははと店長の杞憂を笑い飛ばすルナだが、すれ違う人達はかなりの確率でルナに視線が釘付けになっている。背が高いので目立つ方ではあったが、これはそれだけでは説明つかない。
「まあ用心するに越したことはねぇし。フチにできるだけ迎えに来てもらったらどうだ?」
「忙しいのにそれは悪いよ」
「なら、指輪するとか。恋人いますよってアピールに」
「動物達のためにアクセサリーはつけれないかな」
「あ〜。もう。この動物バカが!」
全く危機感のないルナにキリはやきもきする。
「とりあえず!できるだけ俺が護衛してやるよ!今度の動物園も一緒に行くからな!朝迎えに行ってやる!」
「う〜ん。心配してくれるのは嬉しいけど、キリ、ウタハさんとちゃんと恋人らしいことしてる?」
ズカン!とキリが今一番気にしているところに大砲を撃ち込まれる。はーはーと荒く息をしながらルナの肩を掴んだ。
「そ……そのことで相談があって来たんだ」
「相談?」
キョトンとするルナを改めてマジマジと見るキリ。以前とは段違いに美しくなった姿を見て、フチとの肉体関係を確信する。
「……お前達、初めてヤるときどうやって相手を誘ったんだ?」
予想だにしなかった質問に「へ?」と顔を赤らめるルナ。それでもキリの必死の形相に渋々口を開いた。
それはダイナ達の事件が解決し、ルナが自分の家に帰った日のことだった。もう危険はないとはいえ心配したフチが荷物持ちも兼ねて一緒に家にやってきていた。
「寂しいですね。ずっと一緒に暮らしてたのに」
寮での生活は護衛という目的がありながらも楽しいものだった。フチは本来所属してる署の寮に戻るがルームメイトのいない一人暮らしだし、ルナも1人暮らしに戻る。賑やかな生活が終わるのには2人とも一抹の寂しさを感じていた。
「そうだね。私も寂しい」
本当に寂しそうに微笑むルナは、告白を経たせいか色気まで漂っていて。フチはこの人を離したくないと思ってしまった。
「なら、一緒に住む家を探しませんか?」
ほとんど反射的にフチは同棲の提案をしていた。言ってから『急ぎすぎたか?』と反省したが、ルナからの返事は意外にも色良いものだった。
「うん。結婚前提って話だもんね。新居探ししてもいいかも」
フフッと笑う姿は可愛らしく、フチは思わずその体を押し倒していた。
「フチ君?」
真っ赤になったルナを見て慌てて上から飛び退くフチ。ルナはゆっくり起き上がると、まだ赤い顔のまま俯いてフチに声をかけて来た。
「えっと……フチ君は私とこういうことしたい?」
自信なさげに尋ねられる言葉に、勢いだけで押し倒してしまったフチがワタワタしている。すると、勘違いしたルナが落ち込みながら話を続けた。
「や……やっぱり私じゃそんな気持ちにはなれないよね……いいんだ。私は。フチ君が望まないなら体の関係が無くたって……一緒にいれるだけで幸せだ…し」
勝手に結論を出してしまおうとする恋人を慌ててフチが抱きしめる。ギュッと抱きしめる力は、強いはずなのにとても優しく感じた。
「違います!僕が戸惑ったのは、まだ早いかなって思ったからです。……付き合ってまだ数日なのに、そんなことしていいのかなって」
その言葉にはルナを大切にしたいと言う想いが込められていて。ルナは嬉しくなってフチの体を抱きしめ返した。
「……告白は遅くなってしまったけど、フチ君のことはよくわかってる。同じ部屋に住んであれだけ一緒にいたんだよ。もう私の全てをあげたいと思えるくらい、フチ君には愛をもらった」
付き合った時間の長さでは無く、積み重ねてきた関係がルナの背中を押したのだ。もう迷いはなかった。
「私を愛してくれる?」
返事よりも早く、フチは再びルナを押し倒していた。
「すみません。できるだけ優しくしたいんですけど、我慢できないかもしれません」
相手を喰らい尽くそうとする小さな獣に、ルナの中に感じたことのない悦びが湧き上がった。
「いいよ。好きなだけ食べて。私に君を刻みつけて欲しい」
その後は本当に食べるような行為が続き、ルナの全身にはフチのつけた痕が数えきれないほど残された。
あのおとなしいルナからは想像できないほどの激しい初体験に、キリは開いた口が塞がらない。
「ちょっと!キリ!君が聞きたがったんだろ!何か言ってよ!」
「はっ!あっ、いや、なんつ〜か。………俺にはそんなやりとりは無理だ。押し倒されるってのは一回あったけど……あそこで先に進めなかった時点でもう諦めるしかないのか……」
「キリ?大丈夫?戻ってきて」
ブツブツと呟くキリの意識を元に戻そうとするが、ルナの声は全く聞こえていない。
「そもそも完全に家族モードに戻ってんじゃん。俺はルナみたいに綺麗になってくわけでもねぇし。っていうか、最近忙しすぎて体ボロボロだしな。どうしよう。ウタハがもう俺に興味無くしてたら」
ふふふふふと暗い笑いを浮かべるキリにルナがどんどん不安になっていく。
そして意を決したようにキリの腕を掴んで走り出した。
「ちょっ、ルナ!何⁉︎」
「そんな風にウタハさんのこと疑っちゃダメだ!ネガティブは自分磨きで追い払おう!私だって色々勉強したから、キリにアドバイスくらいはできるはず!」
そうやってすっかりシュカイズムの染み込んだルナにドラッグストアに連れ込まれ、化粧水やら何やら色々と買わされてキリは家へと帰った。
そんなことがあり、あれこれ自分を磨いて動物園にやってきたキリ。ルナのオッケーももらい少しは自信を持っていたのだが、残念ながらウタハが見惚れたのはルナだった。
『そりゃルナは綺麗だけどさ。別に嫉妬は無いけどさ。もうちょっと反応してくれても良くねぇか⁉︎』
ピカピカに磨いた爪を見ながらため息をつくキリ。今朝会った時も。隣を歩いた時も。ウタハは全くキリの変化に気づかなかった。
「キリ?怖い顔になってるよ」
能力を使いすぎないようにとベンチで休むルナに付き添っていると、心配するような声がかけられた。
「……いいなぁ。ルナはフチにめいっぱい愛されてて。そりゃ綺麗にもなるよなぁ」
「えっ⁉︎何、急に」
「俺はどんなに磨いてもウタハはなんの反応もねぇもんなぁ」
「そんな……みんないるからだよ」
「ルナは優しいなぁ。フチもいい子だし。お似合いで羨ましい。俺達とは大違いだ」
「ほんとにどうしたの?今日は変だよ、キリ」
「………俺の部屋でウタハと暮らしてるうちにさ。だんだん居心地良くなってったんだよ。恋人らしいこともな〜んもしてないのに、ちょっと寝る前に話したりするだけでさ。仕事も一緒にしてたからどんどん同士みたいになってって。こないだ帰って来た時だってゼロが可愛いジルバが可愛いでその話題だけで終わってさ。こんなんもう、熟年夫婦と一緒じゃん。トキメキとか苦しいほど好きとか、そんなん俺達にはもう2度と訪れねぇんだよ」
ズーンと沈んでいくキリの告白はまだ続く。ルナはただ大人しく聞いていることしかできなかった。
「あいつが何考えてるかも手に取るようにわかるぜ。どっかのタイミングでヨルに初めてをどうやって誘ったか聞いてる。はは。なんだこの似たもの夫婦。んで、俺達には絶対無理だって頭抱えてる」
『そこまでわかってて、なんで先に進めないんだろう』
キリの予想は恐ろしいくらい当たっている。
相手のことがわかりすぎるのも問題なのかなと、ルナはキリ達のことが可哀想になってきた。
「と、とりあえずきちんとウタハさんと話をしなよ。この後は2人で帰るんだろ。ちゃんと自分の気持ちを伝えるんだ」
「……そうだな。グダグダ言っててもどうしようもねぇ。もしウタハがはっきりしなかったらホテルにでも連れ込んでやる」
「いや。力技はダメだよ」
キリは覚悟を決めたらなりふり構わないことを知ってるので、ルナはただただ心配が膨らむばかりだった。




