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シュカの勘違いで騒がしい対面となったが、コハクが部屋に戻ってきたことで改めてアカリが来た目的が説明されることになった。
「弁護士なんですか」
「そう。腕付き専門のね」
そう言ってホムラをチラッと見るアカリに、なるほどと質問をしたウタハは色々な事情を察する。
「今回、能力者に関する法整備を手伝うことになってね。でも私は能力者のことは何も知識がない。そこで能力者の事件を扱うことの多い14班のみなさんに話を聞けたらと思って、コハクさんにお願いしたんだよ」
「ついでに情報共有もそろそろしたいと思ってたからシエンくんも呼んだんだ」
なるほどと納得するメンバー達の中で、ウタハだけが難しい顔をしている。
「ウタハくん?どうかした?」
「あ。ウタハ、昨日法律の本読んでたもんね。何か聞きたいことあるの?」
少しテンションの回復したシュカが昨夜のことを思い出す。口を滑らせたのを受けてアカリがウタハのほうを見た。
「そうなんですか?私で良ければ何でも聞きますよ」
「あ、いや、なんというか……」
口ごもるウタハに、少し考えたあとアカリは名刺を差し出してきた。
「言葉にするのは意外と難しいですから。話ができそうになったらいつでも連絡してください。ホムラの大切な後輩です。話を聞くだけなら相談料はとりませんよ」
相手に安心感を与える話し方に、名刺を受け取りながらこの人はきっと優秀な弁護士なんだろうなとウタハは感じた。
その後は能力者に関する事件の資料や、能力者を取り巻く現状について様々な話を聞いてアカリは帰っていった。
その夜。ウタハはリビングでぼんやりしているシュカに気づいてコーヒーを淹れて持っていった。
「なんだよ。今日はずっと変だな」
「別に〜。そんな日だってあるでしょ」
いつも通りを装ってもどこか元気のないシュカに、ウタハは『はて?』と首を傾げる。
「ロクイさんのことだって。アカリさんはあんだけホムラさんに似てるのに何も気づかないし、妙に意地になってさ。どうしたんだよ」
「……愛がなくなったなら無理して一緒にいなくていいと思っただけだよ。結婚はお互いを縛るためじゃなくて、一緒に幸せになるためにするもんでしょ」
普段の不遜な態度が嘘みたいに不安な声を出すシュカに、ウタハは合点がいった。
「マリッジブルーか」
ストレートな物言いにシュカがコーヒーを飲みかけてむせる。
「ちょっと!もうちょっと言い方考えてよ!」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
その通りなのでシュカは返す言葉もない。もういいやと投げやりになって、溜まっていた感情を全て吐き出してきた。
「だってセイは僕の言うことに反対したことないんだもん!付き合うのだって結婚するのだって全部僕が言い出してさ。いっつもニコニコ『いいよ』の一言!不安になるに決まってんじゃん!」
早口で捲したてることの多いシュカだが、今日のは一味違った。いつもシュカのペースに巻き込まれてばかりのウタハは少し楽しい気分になる。
「お前も人並みに悩む感覚とかあったんだな」
「失礼な。僕はもの凄く繊細な人間だよ」
フンッと怒りながらも、全て吐き出したからかシュカはスッキリした顔をしていた。
「ちゃんとセイと話せよ。アイツは心底お前に惚れてんだからさ。知ってんだろ」
「当たり前でしょ。でも愛の深さなら僕の方が上だからね」
「そこは勝ち負けを持ち込むなよ」
はあ〜っと呆れるウタハだが、どこか楽しそうだ。
「ウタハこそ。なんか考えてるんでしょ。ちゃんとキリと話し合いなよ。僕は結婚しちゃったらもう君の面倒は見れないんだからね」
「お前は俺の親か兄弟か?……わかってるよ。今度キリに会ってくる」
「うん。素直でよろしい」
すっかりいつも通りになったシュカに、この同居生活も残り少しだと思うと寂しさの出てくるウタハだった。
翌日。キリに会いたいと連絡して返事待ち状態のウタハの前で、フチとホムラがアカリの話をしていた。
「でもホムラさんのお兄さんが弁護士だったとは驚きました」
「昔から勉強のよくできる人だったからな。得意なことで人の役に立ちたいと法の道を目指したそうだ」
「カッコいいですねぇ」
兄を褒められてホムラは心なしか嬉しそうだ。そのせいか、珍しく人の恋愛事情に口を出してきた。
「フチはルナ君とうまくいってるのか?一緒に暮らしだしてもう1週間だろう?」
「よくぞ聞いてくれました!もう人生史上1の幸せな1週間でしたよ!」
うっとりするフチは同棲初日のことを語りだした。
フチとルナが選んだのは1LDKの部屋だった。2人とも荷物は多くないし、フチの強い希望で寝室は一緒がいいとなったためである。ただキッチンだけはルナの希望で広いところを探した。
「思ったより早く片付いて良かったですね」
「そうだね」
ひとしきり引っ越し作業を終えてリビングでくつろぐフチとルナ。自分と付き合ってから目に見えて美しくなっていく恋人がフチは愛しくて堪らない。
「でもルナさんならペット可の物件を探すと思ってたんですけど」
「実家では色々飼ってたけど、こっちに来てからは飼ってないんだ。忙しくてほったらかしになるのが可哀想で。それに仕事で色んな動物を触るから飼ってる子が嫉妬しちゃいそうだし」
「嫉妬とかあるんですね」
「結構いるよ。飼い主が他の子の匂いつけて帰ると怒る子。……あ、そうか」
ルナがフチを見て何かに気づいた顔をする。
「フチ君はささたんに似てるんだ」
「ささたん?」
子供番組のキャラクターみたいな名前に何者なのかとフチは首を傾げる。
「昔飼ってたウサギなんだ。弟が名前をつけて。フチ君はその子によく似てるなって。大きな瞳とか可愛らしい見た目が」
「………」
昔のことを懐かしそうに話すルナは愛らしいのだが、見た目についての言及が出たことでフチの心がチクリと痛む。
「本当に、可愛らしくてもの凄くかっこいいところがそっくりだ」
「……かっこいい?」
話がおかしな方に向かうのでフチは『おや?』と気持ちが迷子になった。
「うん。ささたんは凄くかっこよくて。私が落ち込んでるとスッと隣に来て『どうしたんだよ。そんな暗い顔してたらほっとねぇだろ』とか『俺が守ってやるからそんな顔すんな』とか言ってくるんだ。かっこいいだろ?」
「……はぁ」
『なんだろう、そのイケうさぎ』
まるで恋愛漫画に出てくるヒロインの相手役のようなウサギの言動に、似てると言われてもピンとこないフチ。
「だからフチ君に似てるなって。可愛い見た目と、力強く守ってくれるカッコいいところが。……そんなところが好きなんだ」
「………」
『ああ。ルナさんはそう思ってくれてるんだ。僕の外見も中身も全部ひっくるめて好きって想ってくれてるんだ』
可愛い見た目してるんだから弱々しく守られとけよ。そんな強さでそんな見た目してんじゃねぇよ。それはフチが今まで何度となく投げられてきた呪いの言葉だった。
でもルナはそんなもの軽く乗り越えてフチの全てを抱きしめてくれた。その事実に不覚にもフチは泣きそうになる。
「……嬉しいです」
「ふふ。良かった」
「ウサギってそんな性格なんですね」
「う〜ん。個体差かな。人間と一緒だよ。色んな子がいる」
「そうですか。そうですよね」
自分だって腕付きという枠にはめられて苦しんだのだ。ウサギだってなんだって、色んなものがいていい。
「人って型にはめたがるから。ウサギは性欲が強いとか色々言われたり」
ルナとしては世間話のつもりだったのだろうが、フチの瞳が鋭くなる。
「じゃあ……」
フチがグッと身を乗り出してルナに迫る。
「僕はどうでしたか?」
人差し指でアゴをなぞられ発せられたその言葉に、ルナは頬を真っ赤に染める。
「ど……どうって」
「……寝室を1つにして正解でしたね」
サッとルナを抱き上げるとフチは寝室へ向かおうとする。
「フ……フチ君!まだ片付けが!」
「ここまでできたら大丈夫ですよ」
「でも……」
なおもフチを止めようとするルナのおでこに唇が触れる。一瞬の触れ合いのあと、深いピンクの瞳が獣の熱を帯びているのをルナは見た。
「……したくないですか?……僕はルナさんが欲しくて堪らないです」
「…………」
恥ずかしさで素直に言えないが、ルナだってフチに愛されるのは堪らなく嬉しい。
でもフチはルナがしたいと言わない限りは絶対に手を出してこなかった。
「……私も……したい……」
その言葉を聞き終わるか終わらないかのうちにルナの唇が奪われる。器用に口付けをしながら寝室へと運ばれ、このためにわざわざ大きいサイズを選んだベッドへとルナは下された。
「きょ……今日は1回だけだよ!明日は仕事だし……」
「大丈夫ですよ。無理はさせません。その分、たくさん触って気持ちよくしてあげますからね」
宣言通りフチはルナが我を失うまで存分に甘やかした。その姿は完全に捕食者のそれだった。
「でね。一昨日は初めて一緒にお風呂に入ったんですよ。隅から隅まで曝け出してるはずなのに、お風呂場だとなぜか必死に体を隠そうとするのが可愛すぎて。昨日はシエンさんのことを話したら『私もそのくらい深い愛をフチ君にあげたい』なんて言ってくれて。あ〜。僕、幸せで死んじゃいそうです」
新婚のような甘い生活の話は1週間分まるまる続き、赤裸々な話題のせいでホムラはやや恥ずかしそうに聞いている。
向かいでそれを見ていたウタハは少しの焦りと羨ましさを感じていた。
『フチとルナ……もうそこまで……』
2人より遥かに前から付き合っているのに、いまだにキス止まりのウタハは衝撃を受けてしまった。
『……次のデートではもう少し!もう少し進展を!!!』
切実な願いを込めて、ウタハはキリからの返事を待ち続けた。




