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『こちらミソラ。現在3箇所で糸の仕掛けによるものと思われる事件を確認』
通信機から聞こえてくるのは、ダイナの仕掛けがあちこちで混乱を巻き起こしている様子だった。
「どうした?顔色が変わったな」
何が起こっているかわかっているだろうに、ダイナは愉快で堪らないといった声で問いかけてくる。
「楽しそうだね。自分の手のひらの上で人が苦しんでるのが嬉しいのかな」
「別に。あるがままの姿を晒してるのが面白いだけだ」
ダイナの余裕は崩れない。ここからどれだけの人が我を失って暴れ出すかと考えるとウタハは圧力に潰されてしまいそうだった。
しかしコハクはこんなことでは揺るがない。
「そう。でもあんまり警察を舐めないほうがいいよ」
『こちらシエン。3件とも解決しました。暴れていた人物はうちのメンバーが麻酔を撃ち込んだのでぐっすり寝てますよ』
いつもと変わらない冷静な声にウタハの緊張がやわらぐ。続く会話は人々が危険に晒されていることなどまるで感じさせなかった。
『見事に管理官の指示通りの場所で暴れ出しましたね。指揮能力だけは随一ですもんね』
『トゲがあっていいね〜、その言い方。あ、ウタハ君。キリ君と付き合い出したんだって?おめでとう。今度おすすめのアイテムをプレゼントするよ。夜用のね』
『それセクハラですよ。ほんと人としてはクズですね』
『欠点も魅力のうちさ。でも今は長所を活かさないとね。こちらは任せて主犯を頼んだよ、2人とも』
明るく、でも頼もしく。ウタハの慕い憧れた人達は決して悪意に膝をついたりしない。
そして、ウタハの武器は毒の霧だけじゃない。
「お前の企みは阻止したぞ。さあ、どうする?」
「そうか。意外と警察もやるな。でもせっかくパーティに招待したんだ。お前達の欲望も見せてくれよ」
能力による攻撃がくるかとコハクが構える。だがウタハはわざと無防備な体勢で反論した。
「いや。無理だろ」
ダイナから初めて余裕が消える。今度はウタハが攻める番だ。
「ミソラさんが警戒したポイントが20箇所。それだけの人数に糸を仕掛けたとしたら、お前はもう俺達に能力を使うことはできないはずだ」
「……何をわかったようなことを」
「わかるさ。俺はカグラが寝る間も惜しんで糸を研究するのをずっと隣で見てきたんだから」
ダイナを見据えて真っ直ぐに立つウタハ。コハクはいつのまにこんなに頼もしくなったのだろうと驚いた。
「チームのメンバーが能力を使いすぎないようにトカゲが頭を悩ませる姿も。セキトが能力者対策のために必死になって情報を集めてたことも。スイレンが自分の目を活かすために学び続けてることも。コハクが精一杯自分にできることでたくさんの人を救ってきたのも。全部見てきた。だから俺にハッタリは通じない」
ウタハが体から糸を出す。それが静かに黒い霧を放ち出した。
「俺は被害者なんて名前じゃない。ウタハだ。今だに過去に苦しんで、憎んで、それでも信じてくれる人達を愛してる。そんな捜査官だ」
黒い霧はダイナに迫ることなく、ウタハの周りで渦巻いている。効かないとはわかっていてもコハクに少し下がるように目で伝えた。
「お前は何がしたい?このまま大人しく捕まって終わりじゃないだろ」
「……その毒を直接口に注げば俺を殺せるんじゃないか?」
売人との会話がウタハの中で蘇る。霧を出す糸の動きがわずかに揺らめいた。
「憎しみを抱えても生きていく?綺麗事だな。どれだけ取り繕っても人間の本質は暴力と欲なんだよ。俺はそれが証明したいだけだ」
「だから俺に自分を殺させたいのか」
その答えにダイナが満たされた笑みを浮かべ、歪んだ願望があらわになる。
「最高だろ。散々人の欲望を暴いた果てに、全てを許して前へ進みましたって澄ました顔してる警察官に殺されるんだ。こんな笑える結末ないぜ」
「……そんな話を聞いて望み通り殺してやると思ってるのか?」
「殺すしかないさ。だって俺を逮捕しても何も解決しないからな」
ピクッとコハクが反応したのを感じる。ウタハは霧は消さずにダイナの話を聞き続けた。
「お前もわかってるだろ。能力者は刑務所に入れられないことを。力を使って簡単に出られるからな。能力者の存在は認められたが、能力者への対応はまだまだ後手に回ってる状態だ。今ここで必死になってお前が俺を捕まえても、俺は力を使って簡単に戻ってくるぞ。そして同じことを繰り返す。なら、今この場で殺すしかないだろ」
ダイナの言うことは当たっていた。能力者のことを公に認める前はトカゲ達のように司法取引をしたり、めったになかったがカグラが能力を使えなくすることで対処をしてきた。
だが、公的に認められた存在となればそれも難しくなる。この2年間で能力者が逮捕されたこともあるが、まずは裁判をすることが困難で滞っている状態だ。
「さあ。どうする?お優しい捜査官さんよ。お前の大切な人達を守るには俺を殺すしかないぜ」
じわりと。暗い欲望がウタハの中で大きくなる。
身勝手に人を傷つけてのうのうと生きてるヤツらが憎い。そいつらを裁く術がないなら自分には手を下す力がある。そんな思いが体を巡る。
そして黒い霧が濃くなった時………
通信機から聞こえてきたのは誰よりも大切な人の声だった。
『こちらキリ。ウタハ、暴れたうちの職員は泣いてたらしい。優しい人だから、きっとすごく苦しんだと思う。だから絶対犯人を捕まえろ。人は欲望に負けないってことを見せてやれ』
いつだって、自分を支えてくれるのはこの声だ。一緒に苦しむ覚悟をしてくれたあの言葉だ。ウタハはもう揺るがない。
「何度でも捕まえてやるよ」
「ああ?」
「お前が諦めるまで、何度でも捕まえてやる。何か企めば阻止してやる。それが俺の仕事だ」
そこにいるのは哀れな被害者でも憎しみに取り憑かれた復讐者でもない。誇りを持って役目を全うする捜査官だった。
「……つまんねぇ結果になったな」
ダイナがポケットから何かを取り出す。それが小型の銃だと気づいた時にはダイナのこめかみに銃口が当てられていた。
「まあ。もういいか。アイツらも満足しただろうし。俺はもう」
カチリと引き金が引かれようとした瞬間。
「捜査官の前で自殺しようなんていい度胸だね」
銃を持っていた糸が無力化される。そのまま銃は地面へと落ちた。
「コハク!」
「俺達の仕事は捕まえることだって言っただろ。死んで逃げるなんて絶対許さないよ」
そのままコハクはダイナを拘束する。最後の望みも絶たれて、ダイナは力無く項垂れた。
「……このまま連れて行こう」
希望を失い抜け殻のようになったダイナに後味の悪さを覚えながらも、コハクとウタハは身柄を連行しようとする。
そこに場違いな明るい声が響いた。
「ちょっと待って!このままじゃ終われないでしょ!」
キラキラと、なぜなのかと思うくらい自信満々なシュカが出口のところに立っていた。




