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相手の狙いがウタハだとわかり、コハクは庇うように前に立った。
「おやおや。哀れな被害者君を救い出したヒーロー殿のお出ましかな。……それとも被害者君をさらに追い込んだ悪人か」
「随分色々と調べてきたみたいだね。俺も真っ青のストーカーっぷりだよ」
精神攻撃にのらないようにコハクはおどけて返す。しかしそんなことではダイナは揺るがない。
「性分なんだよ。どんな奴でも心の底では何考えてるかわかんねぇからな。徹底的に調べないと安心できねぇ」
「それで心の奥底にしまっておきたい気持ちを無理やり引きずり出すわけだ。悪趣味だね」
「何言ってんだよ。自由にしてやってんだろ。理性とか常識とか、そんなくだらないもんに縛られてる可哀想な欲望をよ」
「……違う。優しさだ」
言葉の応酬の中に聞き逃せないセリフが出てきて、ウタハがスッと前に出た。
「ウタハくん?」
「理性とか常識とか、そんな建前じゃない。誰かを守りたい。幸せになって欲しい。そんな優しさや愛情が欲望に惑わされない強さを作るんだ。自由にしてやった?ふざけんな!お前は人を追い詰めて手を汚させてるだけだろ!このペテン師が!」
家族を殺してしまったことに苦しみ続けているヨル。自分の欲望を見せつけられて絶望したルナ。その姿がウタハの怒りに火をつける。過去の暗い怒りではなく、温かい火を。
「……言ってくれるな。じゃあ、かけてみようぜ」
まるで全てを見計らったかのようなタイミングでウタハとコハクに通信が入る。
『こちら護衛班。職員に糸が仕掛けられていた。暴れる前に麻酔を打って眠らせたが、他にもいるかもしれない。引き続き警戒しておく』
ダダからの報告にウタハの心に不安がよぎる。
「お前の恋人が無事だといいな」
当然のようにダイナはキリのことも知っている。人が大切な人達の安否に心をとらわれているのを楽しんでいる。
「それに、お前の恋人だけじゃないぞ。あちこちに糸を仕掛けた奴を放っておいた。特に能力者に恐怖してる奴をな。さあ。何が起きるか楽しみだ」
隣にいる人間が急に敵意を剥き出しにしてくるかもしれない恐怖。それが世界を覆おうとしていた。
ダイナの能力による危機が迫る中、トカゲはリファの記憶に混乱していた。
「トカゲさん、どうしたんですか?」
粒子を感じ取れないシュカでは何が起きてるのかわからない。急に動かなくなったトカゲを守るようにリファの前に立った。
「……全ての罪を被って彼を逃すつもりか?」
「さて。何のことだか。もともと私が全てを計画したんですよ。ダイナさんの能力はとても魅力的でしたからね。欲に溺れて暴れる人達を見るのは楽しかった」
「……彼がその能力でずっと苦しんできたからか?」
リファは笑顔を崩さない。全てを覚悟して立つ者の心はまるで隙がなかった。
「トカゲさん。何を見たか教えてください」
「……リファは今回のことが終わったら、どんな結末になろうと全ての罪を被って捕まるつもりだ」
「捕まるって。無理でしょう。全部の責任が彼にあるなんて思えない。これまでの事件だって、どう考えてもダイナという人物が主犯です」
「だから彼は自分の痕跡ばかり執拗に残したんだ。能力者の事件はまだ裁判でも扱いが難しい。能力を除いた物理的な証拠を山ほど用意すればいくらでも事実は曲げられる」
「……なぜそんなことをするの?」
最後の質問はリファに向けて放たれた。だが受け取った側は何も語らずただ笑っている。
「同情でもしたか?能力のせいで近づく人間が欲望を露わにする様を幼い頃からずっと見続けてきたダイナを、守りたいとでも思ったか?」
「………」
「彼に全てを忘れる仕掛けまでして。幸せな人生でもやり直させるつもりか?……それは私達のような能力を持つ者が一番してはならないことだ」
かつてカグラの記憶を書き換えようとしたことを思い出すトカゲ。その後悔を滲ませた言葉ですらリファには届かない。
「……これ以上は無駄だな。時間稼ぎをされて他の者に逃げられても面倒だ」
トカゲがリファを捕まえるために構えようとする。だがその動きはシュカの場違いな大声で止まってしまった。
「バッカじゃないの」
思わず動きを止めたトカゲの向かいには、やっと表情を崩して目を丸くしているリファがいた。
「何それ。愛のつもり?独りよがりも甚だしいね。勝手に守って勝手に記憶を消して?それで私はあなたを心から愛してました。だから犠牲になりましたとでも言いたいの?気持ち悪い」
吐き捨てるように言うシュカにリファの心が動いた。
「あなたに何がわかるんですか」
「わからないねぇ。そんな自分勝手な人間のことなんて」
「……ダイナさんは能力が制御できなくて、近づく人が全員欲望のままに暴れる幼少期を過ごしたんです。どんなに善人と言われた人でも自分が近づくと狂ったように悪事に走る。人の本質は悪なんだと思ってずっと生きてきた」
怒りをぶつけるように、リファはダイナの過去を語り出す。
「なのに、ヨルのせいで疑問を持ってしまった。家族を前にして怒りのままに殺すのかと思ったのに、ハナとララと一緒にいられなくなると泣き崩れて手を下せないなんて……ダイナさんは自分が見てきたものはなんだったのかと戸惑いが出てきてしまった」
両親達を殺したのはヨルではなかった。希望が見えてきてシュカは体に力が入る。
「さらにルナまで自分を傷つけてでも相手を守ろうとした。そんな人間がいるならなぜ自分の前には現れなかったのかと、あの人の心は空っぽになってしまった……」
「自分で空っぽにしたんでしょ」
突き放すようなシュカの言葉にリファは怒りを爆発させた。
「だから私が愛をあげるんだ!やり直して、今度は愛が手に入る人生をあの人に与えるんだ!それが私の愛だ!」
「それはエゴだよ」
どれだけの怒りを向けられてもシュカは怯まない。身勝手な愛を彼は許さない。
「自分に愛が与えられなかったことに気づいて傷つくくらいなら記憶を消してあげる?自分が犠牲になってあげる?くっだらない!あんたがしないといけないのは、愛する人が傷つくのを見届ける覚悟だ!それでも支え続けるのが愛だ!」
かつて自分のためにセイが人を殺すのを止めたように。シュカは何が愛か誰よりもわかっている。
「……そんなこと、誰よりも純粋なあの人が壊れてしまう……」
「だから好きになったの?」
それまでの責める言葉とは違う。リファの心を救い上げる声に、ついにリファが折れた。
「私だって……あの人とずっと一緒にいたい!笑顔にしてあげたい!でも……もう遅い……」
「気づけたなら、遅いなんてことはないんだよ」
リファの瞳から涙が流れる。ダイナへの愛しさが溢れるように。
「……私が育った環境も酷いものだった。犯罪を繰り返す親や大人達。子供達は利用されるだけ。誰も私をそこから救い出そうとはしてくれなかった。私は運良く能力があったから生き延び、何にも期待せず生きてきた。……でもダイナさんは言ってくれた。お前は面白い。力を使って欲望のままに自由に生きてる。そこが気に入ったと。……おかしいでしょう。なぜか、そんな言葉が嬉しいと思ってしまったんです」
「おかしくなんてないでしょ。自分を認めてもらって嬉しくない人なんていない」
「……変な人ですね。こんな犯罪者の話を真面目に聞くなんて」
「犯罪者だろうと何だろうと、愛に迷ってる人がいれば助ける。それが僕だからね」
はっきり言い切るシュカにリファは力が抜けていく。おかしくなってクスリと笑ってしまった。
「ダイナさんの記憶を消す仕掛けは解除しました。私ももう抵抗する気はありません」
「うん。よくできました」
褒めたかと思うと、とてつもない早撃ちでシュカはリファに麻酔銃を撃ち込んだ。パァンという乾いた音が室内に響く。
「……え?」
「は?」
リファもトカゲも驚きで言葉がでない。ただただシュカだけが爽やかな笑顔を浮かべていた。
「君に直接説得に行ってもらうとややこしいからね。ちょっと寝といてもらうよ。大丈夫。君の気持ちはきちんと伝えるから」
グラリと傾くリファの体をトカゲが慌てて受け止める。だが、あまりに突飛なシュカの行動についていけずにいた。
「トカゲさん。リファさんのことはお願いします。僕は彼の気持ちを伝えにいかないといけませんので」
それだけ言い残すと、とても綺麗な姿勢でシュカはその場を立ち去った。




