第10話 勇者たちは黒之魔女に翻弄される①
1
あたし・洞泉江奈はいつも通り、定刻である6時にスマートフォンのアラームが鳴り、起床する。
もちろん、同室の学級委員長の久遠寺優紀ちゃんは布団の中でモゴモゴと蠢いている。
うむ。まあ、まだ起こす必要もないか。
普段通り起きたように思えるが、実はそうではない。
またもや夢を見た。そう。前世のことのようだった。
でも、今までこんな夢を見たことはなかった。
幼少期の私? のようなのだが、どうも記憶が定かではない。
大きな樹の上で、カグラと永遠の愛を誓っていた。な、何だか恥ずかしい……。
私は洗面台で目を覚ますために冷たい水で洗顔する。
鏡を見ると、いつもの私だが、でもどことなく、意識してしまう。
―――あたしが約束の恋人?
「あはは……。そんなわけないよね。まさか、私が……」
フェイスタオルで水を拭って、部屋に戻ると、そこにはまだベッドから出てこない優紀ちゃんがいた。
「優紀? 体調でも悪いの? 大丈夫?」
私が心配になり、声を掛けると、優紀ちゃんは、
「うん。大丈夫だよ。少しお腹の調子が悪いの。ちゃんと間に合うようには行けるよぉ……。私、朝食食べれそうにないから、先に行っておいでぇ~」
いつも通りの間延びしたようなほんわかとした声でベッドの中から返事が届く。
あんなに深くまで布団をかぶるなんて珍しいことこの上ない。
まあ、本人が大丈夫というのだから、後のことは本人に任せるとしよう。
「じゃあ、あたしは先に行くね」
「はぁ~い」
あたしは制服に着替えると、食堂に向かうことにした。
優紀ちゃんはしっかり者で、体調管理もきちんとしていたので、逆に驚いてしまったけど。
少しだけ不安なものもあったが、食堂にたどり着く。
相変わらず平日の食堂は人気で、朝から、朝食を求めてトレイを持った学生たちが列をなしている。
「江奈ちゃん、おはよう!」
「おはよう!」
「今日も元気そうだね、江奈!」
「もっちろんだよ!」
周囲からは友だちやクラスメイトが続々と声を掛けてきてくれる。
私はそれに笑顔で対応する。
「お、江奈も今か?」
「……あ。祐二……」
そう。目の前には、トレイを持った祐二が朝食を求める列に並んできたのだ。
ちょうど私の後ろに。
朝は行列が凄いこともあり、二列に並ぶことが求められる。
「ほら、祐二! あたしの横空いてるから並んでいいよ!」
「お! サンキュ!」
少し見上げるように横目で祐二を見る。
どうしても夢があたしを意識させてしまう。
そんなつもりがなくても、そんなつもりで見てしまう。
そうよ。あたしだって恋人候補なんだから! こ、告白だって、あたしのほうが早かったんだから……。
て、誰と比較してるのよ。もちろん、その相手は誰かは分かっている。
「ん? どうした? そんなにチラチラと俺の方見て……。ちゃんと顔は洗って来たぞ」
「いや、それ普通だから。毎日洗うものでしょ?」
「ま、そうだけどな。でも、どうしたんだ?」
「……ううん。何でもない!」
「そっか……。まあ、近いうちに定期テストもやってくるから、その時は一緒に勉強みてやるからな」
「ホント!? 嬉しい! ありがとう! 祐二」
「おいおい、朝から見せつけるなって」
「そうだよ。幼馴染なのか、恋人なのか境界線が曖昧になって来てるよ」
「朝からそんなの見せられたら、彼女いない俺らにはオーバーキルで今日一日が持たねぇよ」
「だから、そういうのじゃないって」
周囲からの冷やかしに対して、すぐさま否定する祐二。
別に否定しなくてもいいのに……。
やっぱり祐二は、あの子のことが好きなのかな……。
そんなモヤモヤした気持ちのまま、朝食を受け取り、席で食べ始める。
お互い朝食は軽めという感じで、ものの5~10分ほどで完食してしまう。
祐二が何か話しかけてくれていたけれど、ほとんど上の空で聞けていなかった。
「ねえ、祐二……」
「ん? どうした?」
「祐二は世界樹で告白した相手を知っているの?」
「え……!? 唐突だな……。どうしたんだよ……」
「今日、夢を見たんだ。前世のときに世界樹で告白されるのをね……」
「え……。そうなのか?」
「うん。祐二……いいえ、カグラ。世界樹で愛を誓ったのは私だよ!」
「―――――!?」
「信じる信じないは祐二次第かもしれない。でも、これだけは知っておいて、あたしは祐二のことをずっと好きだから……」
そう言うと、あたしはそっと祐二に唇を重ねる。
優しい優しい口づけを。
観葉植物の陰で周囲からは見えない。だから、あたしは大胆になれた。
いや、もしかすると怖くて既成事実を作りたかっただけなのかもしれない。
そっと唇を離すと、瞳の端からはらりと涙が零れ落ちる。
うれし涙かな? それとも—————。
「じゃあ、また後でね!」
そういうと、私は食器の載せたトレイを持って、そのままその場を後にした。
興奮が止まらない。でも、何だか切なさも込み上げてくる。
どうして―――?
あたしが約束の女の子の《《はず》》なのに……。
2
江奈ちゃんを送り出した後、私がきゅんきゅんと疼く下腹部を慰めるために、自慰行為をした。
今日は普段以上に溢れ出てきて、自分自身でも驚きを覚える。
何度かの痙攣の後、濡れた指先を見て、
「私はどうしてこんなにエッチになっちゃったんだろう……」
目を閉じると、優しい顔をしたカグラが脳裏に呼び戻される。
そう。私は彼を守ると約束した。
その理由は今日の夢で、さらなる確信に近いものとなった。
―――私が彼の愛を誓った約束の人だから。
最近は藍那先輩はどうやって神楽くんを襲おうかと思案を巡らせているようだが、そのほかでも江奈ちゃんも摩耶ちゃんも神楽くんに対して、攻勢をかけている。
私は前世で死ぬ前に、女神に誓った。
私が彼を守る、と。
でも、今の世界では私は見守っているだけで、本当の意味で彼を守っているわけではない。
果たしてそれでいいのだろうか。
私にとって、それが最良の選択なのだろうか。
「私も行動しなきゃダメだよね!」
私は決意を新たにして、ベッドから降り立つ。
制服の袖に腕を通すと、胸元にきらりと光る学級委員長のバッヂを見つめる。
「彼を守りやすくするように学級委員長になったけど、何だか、守られているのは私だったみたい」
ふっと私は微笑むと、教材の入れた学校指定の革鞄を手に取り、寮を後にする。
凛とした佇まいをするのは、学級委員長として当然のこと。
周囲からも一年生の私に対して、それを見て、挨拶をくださる方はとても多い。
入学して間もないというのに、次期生徒会長などという噂も立っているようだが、それはまだ意識することそのものが時期尚早と言えるだろう。
「今日は朝食を抜いてきたから、やっぱりお腹が減りますね……」
私は腹の虫が鳴くことを防ぐべく、購買でサンドイッチを買うことにする。
私の大好きなハムレタスサンドがまだ残っているという幸運にも恵まれる。ついでにエクレアも手に取り、支払いを終えて、廊下に出ると、
「あ、久遠寺」
「か、神楽くん!?」
私は何もない朝の挨拶を交わすだけでいいものの、どうしても意識してしまう。
だって、朝からあなたを意識して、気持ち良くなってきちゃった身体なのだから……。
自分でもそのような邪まな記憶を蘇らせてしまうことにはしたなさも覚えつつ、
「おはよう。神楽くん。朝食はもう終えたの?」
「ああ、さっき。何か江奈の様子が変だったんだけど、何かあったのかな……」
そう言う顔は少し気まずそうに頬を赤らめている。
もしかして、すでに先手を取られてしまった?
「まだ、朝礼まで時間があるから、私は朝食を頂こうと思うんだけど、ご一緒してもらってもいいかな?」
「ん? 別に構わねぇよ」
「そう? ありがとう!」
私は彼を連れて、教室から少し離れた視聴覚室に入る。
視聴覚室の一番後ろの方に陣取り、そこでサンドイッチを食べ始める。
「俺、座ってるだけで良いの?」
「え? うん。そうだなぁ……。ちょっと恋バナでもする?」
「え? 朝からするの? それに久遠寺ってそういうの興味あったの?」
「もちろんあるよ! だって、私も『近しい存在』なんだよ! てことは、恋人候補の一人と考えてもいいんじゃないかな?」
私はグイッと身体を神楽くんに寄せる。
勢い余って、お胸が彼の腕にポヨンと弾んでしまう。
「く、久遠寺!?」
「あ、あははは。ごめんね。ダメだなぁ……、私は。おっぱいが大きいのが本当に仇になってしまうよ」
「いや、まあそれは色々あっていいんじゃねーの?」
「あれ? 私のおっぱいに興味ある? 何だったら触ってみる?」
そう言って、私は食べかけのサンドイッチを置いて、神楽くんの腕を引き寄せる。
おっぱいの重量感と柔和な感触をしっかりと腕から伝えようとする。
も、もちろん、自分自身、大胆なことをしているってのは分かっている。
でも、江奈が何をしたのか分からないけれど、先手を取られたわけだから、それに対して上書きをするには、自分の武器で攻めるしかない。
「ちょ、ちょっと……。朝からそれはマズいです!」
「じゃあ、夜ならいいの? 神楽くん、一人部屋だよね? 何だったら、癒しのために行ってあげようか?」
「学級委員長が規則違反しちゃダメでしょ!」
「んふふ。神楽くんは初心だなぁ……」
「まあ、一応、自身の記憶の中では童貞なんで」
「あはははは……。そうだったね。藍那先輩に記憶がない時に無理やりされちゃったって話だっけ?」
「そうみたいです。でも、本当に記憶がなくて……」
「そりゃ災難だね……。あ、そうだ。エクレア食べる? 私、次いで買いしちゃったけど、食べれそうにないからさ」
「じゃあ、いただきます」
さっきまでの変な空気は少しは和らいだだろうか。
私はサンドイッチの残りを食べる。
こんな普通の恋人同士の時間がずっと続けば、幸せなのにな……。
どうして、みんなで神楽くんを奪い取ることになっちゃったんだろう……。
私は心の中でため息をついてしまう。
本当に悲しさだけがこみ上げてくる。
その時、頬にエクレアのクリームが付いているのに気づく。
「……神楽くんって前世のこと、まだ思い出せてないこともあるんだよね?」
「え。まあ、そうなんだよな……」
「君が世界樹で告白した相手って誰か知ってる?」
「いや、分かんないです……。そう言えばさっき江奈にも……」
「それ、私だから」
「え?」
神楽くんは理解できていない表情でこちらを向こうとする。
私は彼の顔に両手を添え、頬についたクリームを舐めとる。
そして、そのまま彼の唇に運び―――。
ちゅ……ちゅぱちゅぱ……ちゅる……
そのクリームを彼の口の中に押し込んであげる。
もちろん、神楽くんが理解できなくてもいい。でも、私は彼に伝えたかった。
「こうやって甘いキスをして思い出して欲しいの。私はあなたに寄り添って、あなたのことを守ると前世で約束した」
「………………」
「それは約束の女の子だから……」
私は再び下腹部が疼き始めているのは分かっていた。でも、それは「近しい存在」だからだけではない。私が本当の彼との約束の女の子だからなんだ、とそう願いつつ、再び唇を重ねた。
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