幕間 でこぼこな二人の思わぬ騒動 上
「――――ん~今日も一日疲れた~……ふふ、でも無事にルーコちゃんとパーティ組めたし、めでたしめでたしっと」
依頼から始まり、転生者との戦いにまで発展した一連の騒動を終えて街に戻り、ルーコと別れたベールは独り言を呟きながらぶらぶら大通りを歩いている。
時刻は夕暮れ時、人々は一日の仕事を終え、帰路につき、屋台や酒場が活気を見せ始める中、ベールもまた、何か食べるものを探して彷徨っていた。
「ふふふーん、今日の気分は魚よりお肉~♪串焼きなんかもいいかも~……ん~?」
鼻歌を歌いながら屋台を見回し、匂いと食欲に従ってふらりと歩くベール。楽し気に吟味する彼女だったが、不意に足を止め、薄暗い路地裏の方へ視線を向ける。
この街は決して治安が悪い訳ではないものの、人通りの少ない路地裏では誘拐や強盗などの犯罪が多発しており、普通の人は避けて通る場所となっていた。
何か声が聞こえたような……
ベールが足を止めた理由は路地裏から微かに聞こえてきた悲鳴のような声だ。もし本当に悲鳴だとしたらもっとはっきり聞こえてきてもおかしくないはずだが、ベールの耳が捉えた音は聞き間違いかと思うほど小さかった。
「まあ、気のせいなら気のせいでいっか。少し見るくらいなら大した労力でもないし~」
お腹は空腹を訴えているものの、ベールはその音を気のせいだと聞き流さず路地裏へと足を踏み入れる。
夕暮れ時で空も暗くなり始めており、街灯もない路地裏はかなり薄暗い。狭い通路、ゴミやがらくたが散乱している中をベールは何の気なしに進んでいく。
途中、数人の座り込む浮浪者とすれ違うも特にベールは気にせず音のした方へと進み、やがてガラの悪い男達が屯している場所に辿り着いた。
「ああん?んだテメェは?」
男の一人がベールに気付き、怪訝な声を上げる。白衣という奇抜な格好なのもあるが、そもそもこの路地裏の雰囲気からベールが酷く浮いているのも原因だろう。
「なんだって言われても……通りすがりの冒険者?」
「冒険者だぁ?お前が?」
「いや、待て。変な格好をしちゃいるが、よく見りゃ器量は悪くねぇ。ついでだ、コイツも商品にしちまおう」
聞かれた通りに答えるベールに再び怪訝な表情を浮かべる男だったが、別の男が言い出した提案を聞いた途端、その顔が下卑た笑みへと変わる。
よくよくみれば後ろには女性が倒れており、状況的に男達の犯行なのは明らかだった。
「商品ねぇ……状況から察するにオジサン達は人攫いで、今まさに犯行の真っ最中って感じ?」
「ああ、そうだよ。そんで今、都合よく獲物がやってきたってわけだ。分かるかお嬢ちゃん?」
ベールの問いに、にやけたまま答えた男は仲間達に視線を送り、いつでも飛び掛かれるように身構える。おそらくベールが逃げ出す素振りでも見せようものならすぐにでも捕まえようとするはずだ。
まあ、彼女に逃げ出すつもりがあればの話だが。
「ふーん……手慣れてそうな辺り初犯ってわけじゃなさそうだし、いいよねこれなら」
普通なら逃げ出す状況、しかし、彼女は目を細めて僅かに口の端を上げ、言い様のない威圧感を放つ。
今日一日、彼女は戦い、魔力や体力を消費し、疲労だって溜まっている。けれど、そんな状態だろうと、路地裏のチンピラ程度なら問題なく処理できる。
そして付け加えるならベールは被検体を逃した事で鬱憤が溜まっている。そんな中で丁度いい具合の悪人はそれこそ都合のいい獲物だった。
「あん?何言ってんだ?おかしくなったか――――」
困惑する彼等を他所にベールが白衣の裏から試験管を取り出そうとしたその瞬間、立て続けに乾いた音が響き、男達が次々に倒れていく。
「これは……」
まだベールは何もしていない。つまり、男達を昏倒させたのは別の誰か、それもベールの目では捉えられない手段で、だ。
「――――危機感のない奴が悪いとは思うけど、まあ、流石に知らない振りをするのは寝覚めが悪いからな」
男達が昏倒したすぐ後、路地裏のさらに奥からゆっくりとした足取りで歩いてきたのは黒髪の青年……ベールにとってはルーコと共にパーティを組んでいた誰かであるイストだった。
「……何、余計な事をしちゃってるのかなぁ?誰も助けてほしいなんて頼んでないんだけど?」
明らかに敵意を剝き出しにしてイストへ言葉をぶつけるベール。彼女からすればイストはルーコとパーティを組んでいた目の敵。それも内情はどうであれ、ルーコに近付く害虫という認識だ。
もちろん、イストにそんな意図はないし、見知ってはいてもベールと話すのは初めて。にも関わらず敵意を向けてくる彼女にイストは呆れ混じりの視線を向ける。
「別に頼まれたから助けた訳でもないし、あんたを助けた訳でもない」
「あっそ。じゃ、何?倒れてる女の人でも助けたつもり?いやらしい」
「……なんでいやらしいって思考になるんだか。頭の中までピンク色なんじゃないだろうな」
喧嘩腰のベールにイストも自然と口調が強くなる。確かにイストにはベールを助けたつもりはないが、それでもここまで悪しざまに言われる謂れはなかった。
「助けて恩を売って手籠めにするつもりでしょ?違う?」
「はぁ……違う。強いていうならこいつらをあんたから助けたってだけ。まあ、それもついでだけど」
「はぁ?なんでこんな屑どもを助ける必要があるの?まさかとは思うけど、アンタもこいつらの仲間?」
「…………ひとまずここを離れる。事情ならちゃんと説明するから」
あらぬ疑いを掛けられたイストは再度、大きなため息を吐くと倒れている女性を抱え、ベールへ移動するように促すのだった。




