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読み切り短編集  作者: おしるこ


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40/61

能面との恋はあまりにも眩しすぎて

〔これお願いします〕

「…はい」


わたしの憧れの人は"人間が苦手"らしい


笑ったところを見たことがない


会社の人には"能面"と呼ばれている


でもね、落ちているゴミを拾ってたり

出しっぱなしの椅子を片付けてるのをみんなは知らないんだ



《あれー?朝、能…酒井くんにお願いしといた書類はどうなってる?》

〔確認します!〕

《早くしてよ》


だったら自分で聞いてよ! 

〔すみません…先ほどの書類のことなのですが…〕

「…あと30分ください」

〔はい!そう伝えます〕


憧れの人…酒井さん

誰が話しかけても目を合わせてもらえないらしい

わたしと挨拶をしているところを見た課長が

わたしを伝言係にした


わたしが挨拶を返してもらったのは

偶然の産物だっただけなんだけど…


誰も酒井さんに話しかけない


それでも、この部署で1番早く仕事ができる酒井さんに、みんな仕事を任せたいのだ


自分でやればいいのに…


酒井さんは話しかければ話してくれるから

伝言係は無事に務められている


〔30分ください、とのことです〕

《そうか…!終わったらこれ、頼んどいて》

〔いや…酒井さん、お昼もまだなんですよ!?〕

《しょうがないだろ…早いやつがいないんだから》

〔…わたしがやります!〕

《出来んの?夕方までね よろしくー》


…本当に嫌だ

酒井さんのことをなんだと思ってるんだろう


朝からずっとPCに向かい続けていて

ただ今14時 ご飯も食べていない

誰も何も言わない お茶すら運ばない


…早くやらなきゃ…

酒井さんには遠く及ばないけど

わたしだって、PCは叩ける…!



あぁっ!1行飛ばしちゃった…

焦るな…ふーっ…

「…」

"コンコン"

机を叩かれた

〔へ?あ…酒井さん、どうしました?〕

「貸して 私がやろう」

〔これはわたしの仕事ですから〕

「…」

〔そうだ!酒井さん、ご飯を食べてきてください

休憩をとっていないんですから〕

「…うん」

部屋を出たみたい

よかった…少しでもゆっくりしてきてくださいね


さて!わたしもやらなきゃー…

ああぁ!!!目を離したらどこまでやったかわかんなくなっちゃった…!


はぁ…やり直そ


"コンコン"

え?

〔酒井さん!?戻るの早くないですか?〕

「…ここ、ダブってる」

〔え…あ゛あ゛!〕

「…くく…」

え?今笑った…?

〔えっと…?〕

「…貸して 増田さんには別に頼みたいことがある」

〔!なんですか!?〕

「…これ、食べて」

〔え?〕

「君も食べてないでしょ お昼」

〔あ…〕

どうして知ってるの…?

デスクに置かれたサンドイッチとおにぎり

「…」

酒井さんは書類を持つとデスクに戻ってしまった


〔いただきます…〕

おいしい…


【酒井point of view】


彼女は損な役回りをしている

私のお守り役を押しつけられたらしい


周りの人間は私には声をかけてこない

毎日懲りずに挨拶をしてきていた彼女が押しつけられたようだ


"お守り役"はうまくやっている

私の行動をよく把握していて

声をかけるタイミングも考えられている


ただ…

私に合わせて彼女も休憩を取らない


それが気になる


私は別に休憩は取らなくてもいい


PCの扱いには慣れているし仕事は好きだからだ


でも彼女は違う


慣れない手つきで無理をしている


さっきも上司に意見を言っていた

《終わったらこれ、頼んどいて》

〔いや…酒井さん、お昼もまだなんですよ!?〕

《しょうがないだろ…出来るやつがいないんだから》

〔…わたしがやります!〕

《出来んの?夕方までね》


私のために言ってくれたのはわかっているが…

私なら夕方までかからずにできる


彼女が無理をすることはない


私は彼女の元に向かう

どう声をかけていいかわからなくて

机を叩いてみる

"コンコン"

〔へ?あ…酒井さん、どうしました?〕

「貸して 私がやろう」

〔これはわたしの仕事です〕

「…」

〔そうだ!酒井さん、ご飯食べてきてください

まだなんですから〕

「…うん」


見かけによらず頑固だ…

言い出したら聞かない性格のようだ


仕方ない…

買い物をしてこよう


彼女がいつもサンドイッチやおにぎりを好んで食べているのは知っている


おいしそうに食べているところを見たことがある


彼女の分を購入してデスクに戻る

あー…ダブってるな…

"コンコン"

〔酒井さん!?戻るの早くないですか?〕

「…ここ、ダブってる」

〔え…あ゛あ゛!〕

なんて声を出すんだ…可愛い顔してるのに

「…くく…」

〔えっと…?〕

…

「…貸して 増田さんには別に頼みたいことがある」

〔!なんですか?〕

「…これ、食べて」


サンドイッチとおにぎりを置いて

彼女がそっちに気を取られてる間に

書類を持って自分のデスクに戻った


彼女を見たらおいしそうに食べているから安心した


さーて…


あ…ダブってるときの声おもしろかったな…

フッ…


…


やるか



よし…半分終わったってところか

〔酒井さん〕

「…」

食べ終わったの?

〔ごちそうさまでした ありがとうございます

おいしかったです!〕

「うん これはあと1時間かからないと思うから」

〔早いですね…あの、酒井さん これ…どうぞ〕

?

あ…

ブラックの缶コーヒーが置いてある


…ありがとう


いただこう…


よし、頑張れそうだ


コーヒーのおかげで40分で終わった

"コンコン"

〔酒井さん もしかして終わりました?〕

「うん 置いてくる」

〔今は行かないほうがいいです〕

「?」

〔また酒井さんに頼もうとしてます〕

「…いいよ」

〔だめです〕

「なぜ?」

〔他の人が育たないからです〕

「…」

〔わたしが持っていきます 大丈夫ですから〕

「…うん」

〔あれ?戻らないんですか?〕

「…」

何かあったらすぐに助けられるように

〔…?〕


やはり頼まれたんだな

真剣にやっている

先程のようなミスはなさそうだ


そういえば…眼鏡をしているんだな


いつも顔は見られなかったから

今気づいた


…なにか飲み物でも用意してこようか


戻ってくると、涙目になっていた

「…なにがあった?」

〔…すみません…1行消そうと思ったら…長押ししてしまったようで、すべて…〕

「落ち着いて 保存は?してない?」

〔…していたかどうか…〕

「見せて…」

えーっと……あっ、あるじゃないか

「これだね はい 戻ったよ」

〔あ…ありがとうございます…!!〕

「1行だけ消すんだね?」

〔はい…〕

「出来たよ」

〔よかった…ありがとうございます…!〕

…抱きつかれたのは想定外だった

咳払いをして 離れる

〔すみません…〕

彼女はPCに向き直し作業を始めた


端に缶コーヒーを置いて自分のデスクに戻ってきた


…


こういう時にどうしたらいいのかわからない


…

ふーっ…


大丈夫だろうか

やっぱり気になる


見に行ってみるとデスクに突伏している…


え、寝てる?


…あと少しってとこか


…


"コンコン"

「…」

"コンコン"

〔…ん〕

「眠ってた?」

〔…あぁっ!すみません!お腹いっぱいで…つい〕

「…出来上がってるね 持っていくよ」

〔え?そんなはずは…〕


…

終わらせたことがバレただろうか


幸い次の仕事をふられることはなかったから

定時で帰ることにした

「…お疲れ様」

〔酒井さん〕

「…」

〔さっきの書類なんですけど…ありがとうございます 終わらせてくれたんですね〕

「君が頑張ってるところは見ていたから」

〔…〕

「じゃ…」

〔あの〕

「…」

〔酒井さん 良かったら…ご飯とか…〕

「…家で待たせてる子がいるんでね 失礼」

〔あ…〕


…


ただいま

「いい子にしていたか」


亀を飼っている

名前は"かめ"だ


小松菜を買ってきた

「かめ…ただいま」


明日のご飯に少しあげるから

楽しみにしてて


さて、自分は何を食べようか


ふと、帰り際の彼女の顔を思い出す


…断り方が雑だっただろうか


悲しそうな顔をしていたな


…


これ以上深入りしたくないしさせたくないと思ったのだが…


はぁ…


何か食べよう 今日は疲れた




【次の日】


…


ふー…


デスクに積まれているそれを一つずつ片付けていく


今日は彼女は話しかけてこないようだ


これでいい


これまで通り


…?

付箋が貼り付けてある


"休憩はゆっくりとってくださいね

心配です"


…


ありがとう


付箋を剥がしてスマホカバーに貼り直した




…もう少しで終わるな やってしま…


あー…休憩か…


… 保存して、PCを閉じる


たまには外に行くか…


〔酒井さん〕

「…」

〔あ!あの…良かったら…その、一緒に…〕

「…どうぞ」


不安そうな顔をしていたのに

一瞬でパァッと笑顔になった


…眩しい 


〔酒井さんって何がお好きなんですか?〕

「…パン、かな」

〔!じゃあ おすすめのお店があるんです!〕

「…」

〔行きますよ!〕

「え!?」

手を引かれて歩き出す

勘弁してくれ…誰かに見られでもしたら…


〔えーっと…ここの道を…〕

今はパン屋のことしか頭になさそうだ

〔あれ…酒井さん…どこでしたっけ…〕

「…」

泣きそうな顔になりながら聞いてくる

「何ていうパン屋さんなの」

〔え!?お店の名前…なんだったっけ…〕

だめだこりゃ…


スマホを取り出し、この付近のパン屋を探す


ここか?飲食できる店

「そこを左に行ったところに一軒あるようだけど」

〔ほんとですか!?行きましょう!〕

「え?合ってるの…わっ!ちょっと!?」

まただ


手を引かれている

そんなことをしなくてもついていくのに


〔あ!ここです!ここ!!ありがとうございます!酒井さ…え〕

…今気づいたの?手をつないでるの


「…いえ」

ドアを開ける

「入らないの?」

〔あっ…入ります!行きましょう!〕


あー…本当においしい

クラブサンド 少し量は多いけど

ここなら近いしまた…


…

また、なんだ?


食べ終わって彼女を見ると、私のスマホを見ている

「?どうかした?」

〔あの…その付箋…〕

「あ」

〔読んでくれたから休憩とってくれたんですね!

よかった…!〕


そうだ、書類から剥がしてスマホカバーに貼っていたのを忘れていた

「…どうも」


〔それにしても、酒井さん 普段そんなに食べないですよね?身体に悪いですよ…〕

「…」

〔あ…余計なお世話でした…ごめんなさい…〕

「…一人暮らしの食生活なんてこんなものじゃないか

?」

〔え?〕

「?なに」

〔だって…昨日、待たせてる子がいるって…〕

「…あ」


すっかり忘れていた…そういえば

そんな会話をしたな


「いや、嘘ではないんだ…亀がいる」

〔亀?えー写真とか撮ってますか!?見たいです〕

「いや…ない」

〔そっかぁ…見たかったなぁ…〕

「見る?」

〔!いいんですか!?〕

しまった…余計なことを…!

「あ!いや…」

〔ありがとうございます!ぜひ♪〕

「…」

あー…やってしまった…




その後、戻った私達は

また書類を片付けて

今日も定時で終われた


ふーっ…


〔酒井さん!〕

「…」

〔あの!良かったら…その…見せてもらえませんか!?〕

「…私の部屋には何もないけど…」

〔いいんです!見せてもらうだけで!

すぐに御暇しますから!〕

「…どうぞ」


汚くはしていない…

大丈夫だよな…


断ったら、またあの顔を見ることになると思うと


断る選択肢など、選べなかった



…


〔いつも歩いて出勤なさってるんですね〕

「…うん」

〔酒井さんって謎だから…普段休日とかはどうされてるんですか?〕

「どう、と言われても…」

〔…遊びに行ったりとかします?〕

「…いや」

君は私がどこかにでかけるように見えるのか…?


「…君は?」

〔わたしはー大抵家事をしてごろごろしています!〕

「そうなんだ 偉いね」

〔?酒井さんもやってらっしゃるでしょ?一人暮らしなんですから〕

「…まぁ」

〔酒井さんもごろごろ派ですか?〕

「…いや…」

〔あ…すみません…喋りすぎだし、踏み込みすぎでしたね…ごめんなさい〕

「…増田さん」

〔なんですか!?〕

彼女は下を向いていたのに、

名前を呼んだら勢いよく顔をあげて

パァッとした笑顔を見せた


「…あ、いや…」

〔?えっと…?〕


その顔は…


私には眩しすぎて…


困る


〔…やっぱり、ご迷惑ですよね〕

「え?」

〔家まで押しかけちゃうなんて…すみません〕

「あ…」

振り返って

来た道をどんどん戻っていく彼女を

気がついたら追いかけていたんだ


自分でも、なぜそんなことをしたのか

わからない


ただ、このまま帰したらいけない気がした


「増田さん」

手を掴んで、呼び止める

〔酒井…さん…?〕

…涙を流した彼女が、それを見られまいと下を向く


「かめっていうんだ」

〔…え?〕

「名前 亀の 可愛いから、見てやって」

〔でも…〕

「…」


そのまま、手を掴んで

彼女を連れて家に帰った


鍵を開ける間も、手を離さなかった


すぐにでも逃げ出しそうだったから


「どうぞ」

〔…お邪魔します〕


部屋に入った彼女はキョロキョロしている


「こっち」

〔あ…はい〕


小声でかめちゃん…と呼んでるのが聞こえる


〔わぁ…!可愛い!なんて言う亀なんですか?〕

「ミシシッピニオイガメ」

〔ミシシッピ…〕

「ニオイガメ」

〔初めて聞きました!わぁ…ちいちゃいんですね〕

「あまり大きくならないんだ 最大で15cmくらいらしい」

〔そうなんですね!…触ってもいいですか?〕

「少しにしてあげて 嫌がると臭くなるよ」

〔そうなんですか!?あ、ニオイガメ…ですもんね

わかりました…ちょっとだけ…〕

「…」

〔可愛いです…!今日はご飯はあげちゃいました?〕

「1日1回なんだ 同じ時間にあげないといけないから、朝にあげている」

〔そっかぁ…ご飯あげたかったなぁ…

あ!あの!酒井さん!!〕

嫌な予感がする

「…」

〔朝、伺ったらだめですか?ご飯食べてるところ

見てみたくて…〕

「…」

やっぱり…そんなことだろうと思っていた

〔あ…ごめんなさい…〕

「…7時、だ」

〔え?〕

「起きられるの?」

〔頑張ります!〕

「…そこまでしなくても…」

〔…1回だけでいいんです…〕

「…どうぞ」

〔ありがとうございます!えへへ〕


…嬉しそうだ


そんなに気に入ったのか…

確かにかめは可愛いけど

年頃の女の子にもささるんだな


こんなに興味を持たれるとは…

見てちょっとしたら帰ると思ってたから


〔酒井さん!あの…!〕

今度はなんだ…

「…なに」

〔明日休みなんですよ〕

「…知っているが」

…ま、まさか…な?

〔お泊まりさせてもらえませんか!?〕

「…」

なんなんだこの子は…

男の一人暮らしの家に遊びに来るだけだってアレなのに、泊まりたいとか…


まぁ、たぶん

起きられないから→泊まったら起こしてもらえる

くらいの考えなんだろうな


〔起こしてもらえたら、それで済みますし!〕


あーやっぱりそうだよな…


明日で終わるなら…いや、でも泊まらせるなんて…


あ…


不安そうな顔になってる


「…どうぞ」

〔ありがとうございます!!やったぁ!〕


もしかして…わざとやってるのか?


「あの…」

〔はい!〕

「よく考えたら…着替えとかもないだろうし

また後日改めての方がいいんじゃないのか」

〔え?…き、がえ…?〕


あーやっと気がついたのか

自分が何をしでかしたのか…


赤くなったり青くなったり…見るからに焦っている


〔…帰ります!ごめんなさいっ!〕

「…来週」

〔え…〕

「君の都合が合うなら おいで」

〔…はいっ!ありがとうございます…!〕

「あと…君の家がどこかわからないけど…

タクシー呼ぶから 待ってて」

〔いえ、そんな…歩いて帰れますから!〕

「…近いの?」

〔たぶん、10分くらい、でしょうか〕

「…送る」

〔え?〕

「…心配だから 行こう」

〔はい…〕


無言だ…

でも、嫌な気はしない


彼女となら


こんな無言の空間にいても


楽になれるのが不思議だ


〔酒井さん〕

「なに?」

〔いつもすみません…勝手に暴走してしまって…〕

「…慣れたよ」

〔…えへへ〕

「君は不思議な人だ」

〔え?〕

「なんで私に構うんだ?」

〔わかりませんか?〕

「…」

〔迷惑なら、近づきません

って…言わなきゃいけないのはわかってるんですけど…ごめんなさい〕


「…」

今、何か言ってしまうと

期待させてしまうかもしれないが…


「…話せなくなるのは寂しいな」

〔…!うれしいです…ありがとうございます!

あっ…ここ、なんです〕

「…じゃあ おやすみ」

〔はい おやすみなさい〕

いつまでも見送ってくれている彼女に手を振って

私は家に戻った


…


深入りしないようにしなきゃいけないと思ってるのに


それなのに

目が離せない


気になって仕方ない


はぁ…



【月曜日】


ふー…


さて、今日もやるか…


あ、そうだ

お茶淹れてこよう


この会社には給湯室があり

お茶やコーヒーを好きなだけ淹れられる


私は自動販売機で買う方が楽だから

いつもはそうしているんだが


…あ、誰かいる…後にしよう


デスクに戻ろうとしたんだけど

増田さんの名前が聞こえてきたから

少し気になってしまった


《あー増田ちゃんねー あの"能面"に夢中なんだよ》

"能面"というのは私のことだ

〚何で酒井さんなんですかねぇ?〛

《さぁー落ちなさそうなのを落としたい癖(へき)でもあるんじゃないのか?》

〚確かに落とせなさそうですもんね でも…ここ何日か変わってきてません?〛

《あー…絆されてきてんのかもなー》



噂話、か

悪趣味だな


…

落ちなさそうなのを落としたい癖(へき)


…いそうだな


少数派かもしれないが


彼女は…そうではないだろうが


いや、

そうではないと信じたいだけなのかもしれない



人の気持ちなんてわからない


信じたい者を信じたいだけだ


例え、後々裏切られようとも




缶コーヒーを買って戻ると

すでにコーヒーが置かれていた

ん?

あ…


"かめちゃんにお土産を探したいんですけど

食べられそうなものを教えてほしいです"


貼り付けられた付箋にそう書いてあった


今週末、本当に来る気なのか


とりあえず付箋をスマホカバーに貼り直して

コーヒーをいただくことにした


それにしても…

今日は多いな


〔酒井さん〕

「…」

〔お手伝いさせてください!〕

「…じゃあ…こっちのをお願いします」

〔!はい!えへへ〕

嬉しそうにデスクに戻っていった


仕事をふられて喜んでいるのはこの会社では

彼女くらいだろう




…あー


疲れたな


もう少しで終わりそう


ちょっと過ぎてるけど…

〔酒井さーん…〕

「…?」

〔お腹すきましたぁ〕

「…お先にどうぞ」

〔…一緒に…〕

ふー…

「あと15分ください」

〔はいっ!じゃあわたしもあとちょっとー…〕


このやりとりも慣れてきたな…


朝食べてないからちゃんと食べるか…


「…」

"コンコン"

〔え!?早いです…!10分経ってない…〕

「じゃ、お先に…」

〔だめですー!待ってー〕

「その前に」

〔え?〕

「保存!」

〔!はい…っ〕


パタパタと、足音が聞こえる

走って追いかけてきているようだ


…


〔酒井さん…今日はご飯にしましょー〕

「はい」

〔おすすめがあるんです!〕

「…」

本当に?道わかるの?

〔なんですか!その顔ーちゃんとわかりますー〕

「…くく…」

〔!酒井さんが笑ってくれた えへへ〕


…まぁ


普段は 能面、だからな…


おすすめのお店というのは

会社から近い場所にあるそば屋だった


…

そばもいいけど…ご飯って言ってなかった?


〔ここの親子丼がおいしいんです!〕

「…」

親子丼か

「私もそれにしようかな」

〔はい!すみませーん!親子丼とお茶2つずつくださーい!〕

私の分も頼んでくれたんだ


「そうだ…」

〔はい?〕

「かめ 小松菜が好きだ ただ、週に一度、少しだけしかあげられない」

「小松菜!わかりました!金曜日にお買い物してから伺いますね!」

「…」

なにかメモしてる

小松菜って書いてるのかな


あ、来た…

おだしのいい匂いがする


うまそうだ


「いただきます」

〔いただきまーす!…おいしい…!〕


…この顔、だ


いつもおいしそうに食べている


彼女は顔に出るからわかりやすい


〔おいしいですね!酒井さん!〕

「うん」


お金を払って店を出てきた

〔あのー…わたしの…〕

「…」

〔あっ…ごちそうさまです!ありがとうございます〕

「声大きい」

〔!す、すみませ…〕


ふ…っ

こういうところが可愛いんだな…


〔…酒井さん〕

「ん?」

〔顔が柔らかくなってきましたね〕

「…」

指摘されると、恥ずかしいものだな

〔あ…いつものお顔になっちゃった〕

「じゃ そういうことで」

〔え!?何がです!?待ってー!〕



【増田point of view】


本当に最近の酒井さんは表情が豊かになってきてる


課長達…能面、なんて…

もう絶対、そんな呼び方させないんだから…


あれ?

となりの課の人?

酒井さんと話してる…


え?笑って…


…いいことだもん…


でも…酒井さんの笑顔…

わたしでも見るのに時間かかったのに…


あの人、誰なんだろう…


近くを通ってみる…

〈かめ、元気にしてるの?よかったぁ!〉

え…

かめちゃんのことも…知ってるの…?


「あぁ、元気だ あれから2cmくらい大きくなったかな」

〈可愛いんだろうなぁーまたご飯あげに行ってもいい?〉

「どうぞ」

…

〈エビ持ってってもいい?〉

「うん 少しだけ、な」

〈わかってるってばーじゃ、後で!〉

「…」


〔きゃっ!〕

突然振り返ったその女性とぶつかってしまった…

〈わっ!?あ、ごめんなさい!ぶつかっちゃったわね 足とか踏んでないわよね?ごめんなさいね〉

〔あ…大丈夫、です…〕

「増田さん?」

〔あ…〕

〈あぁ…この子が伝言係の子なのね

私、人事の鳴海美華です よろしくねー〉

〔あ…増田です…よろしくお願いします…〕

〈じゃあね、政樹〉

え…

「あぁ、また」


名前で呼んでて かめちゃんのことも詳しくて…


「…さん?増田さん」

〔え!?な、なんですか…?〕

「いや、どうかした?」

〔…何でもないです デスクに戻りますね〕

「…」


あ…これ、終わらせなくちゃ…


ただでさえ 足を引っ張ってるんだから

このくらい終わらせないと


…


よし…出来た…


〔課長、出来ました〕

《お疲れーもう終わってるから定時で帰っていいよ》

〔はい お疲れ様です〕


はぁ…


何か飲み物でも買ってこよう


〈あっ増田さん!いたいた!〉

〔あ…お疲れ様です…〕

〈さっきはごめんね〉

〔いえ…〕

〈もしかしたら、気にさせちゃったかと思って〉

〔…〕

〈あー…ごめんね 癖で名前で呼んじゃって

違うのよ 私達、同期なの〉

〔同期…え!?酒井さんと同い年なんですか?〕

〈違うわよ 私は高卒だから4つ下!でも、そういうの関係なくタメ口と下の名前で呼ぼうってことになっただけよ〉

〔あ、じゃあ…付き合ってるとかそういうのでは…〕

〈ないない…!それにね〉

〔?〕

〈政樹ね、きっと あなたのことが好きなのよ〉

〔え!?〕

〈かめのこと、聞いたんでしょ?〉

〔あ、はい…〕

〈正樹は人に自分のことは話さないし、かめのことはもっと話さないの 私達が知ったのも最近なのよ?10年の付き合いなのにさー〉

〔そうなんですか…〕

〈だからね、心配しないで それだけ話しておきたかったの!じゃあね!〉

〔あ…お疲れさまです…!〕


そっか…そっか…!


よかっ…

涙がでてきちゃった…

安心した…


あー…よかった…ぁ

[え!?増田ちゃん?泣いてんの?おいおい、どうしたんだよー…]

〔す、すみませ…〕

「…な…っ!」

[え?あ、俺じゃないっすよ!?何もしてないですから!]

〔え…?あ〕

酒井さんの顔が…怖い…

〔あ、ちが…〕

「行こう…」

〔あ…〕


腕を掴まれて、渡り廊下に…


「どうしたの」

〔違うんです…ホッとしたら…涙が止まらなくなって…〕

「何かあったのか?」

〔鳴海さんが、教えてくれたんです〕

「美華に会ったのか」

〔…〕

同期で名前で呼んでるとは聞いた…けど…

「え?どうしたの?」

〔…わたしも…名前がいいです…〕

「……………え」


思わず言っちゃった…


「名前何ていうの…」

〔ひまり、です…〕

「…」

〔…〕

「ひまちゃん」

〔…!!!!〕

倒れそう…

「ちょっ…!!大丈夫?」

〔酒井さん…ありがとうございます…

わがまま言っちゃって…すみません〕

「呼ばないの?」

〔え?〕

「私のことは」

〔…いいんですか…?〕

「…呼ばないなら、それで」

〔あー!政樹さん!〕

「…はい」


振り返った政樹さんが…照れていて 可愛い…


これ以上一緒にいたら

離れたくなくなっちゃいそうだから

今日はちゃんと家に帰った


金曜日にお泊まりできるんだもん…


もう心配事もなくなったし

焦らずゆっくりいかないと…


心が追いつかないよ…


【金曜日】


え…

もう金曜日なの…?


心の準備…まだ出来てないのに…


一応、お泊まりセットは持ってきた…

ロッカーに入れてある

あとで、スーパーに寄ってもらって

小松菜が欲しいから…忘れないようにする!


"コンコン"

〔あ、政樹さん おはようございます!〕

「…お昼なんだけど」

〔あ、はい〕

「あのパン屋さんに行きたいんだ」

〔いいですね、行きましょう〕

「うん」


デスクに戻って行った政樹さんの手には

わたしのデスクに置いてあったはずの書類が…


もう!また1人で抱え込んじゃうんですから…


〔政樹さん、お手伝いさせてください〕

「…気づくの早いね じゃあ、これ お願いします」

〔はい!あ!そうだ こっちの書類なんですけど…〕

「?」

〔チェックお願いできませんか?〕

「…うん」

〔ではお願いします〕


さてと やっちゃお!


わたしの担当分が、3分の1になってる…

そんなにお昼間に合わせたいのかな…


あのパン屋さん美味しいもんね!


…

ふーっ!!終わったー!!

〔んーーーーーっ!!〕

背筋を伸ばすと気持ちいい


"コンコン"

〔政樹さん!お疲れさまです〕

「お疲れ…あれ、ちゃんと出来てたよ 提出しておいたから」

〔ありがとうございます!ちょっと自信なかったんです…〕

「うん 行こうか」

〔はい!〕


この道を…左!

この前政樹さんが調べてくれたから

ちゃんと覚えてる!

「…」

〔なんですかぁー覚えてますよぉ!もうー〕

「…くく…っ」


政樹さんの表情もわかりやすくなってきてる


楽しいなぁ…ふふ…


〔着きましたね!行きましょう〕

今度はわたしがドアを開ける

「…」

でも背が高い政樹さんには勝てなくて

「どうぞ」

〔ありがとうございます…!〕

どのお店でも、先に入れてくれるんだよね


〔政樹さん、こっちの卵サンドも食べませんか?〕

「…じゃあ、こっちのもどうぞ」

〔ありがとうございます!トマトとアボカドの食べたいです!〕

「だめ」

〔えー…〕

「冗談 どうぞ」

〔えへへ 政樹さん、優しいからくれると思ってました♪〕

「…」

〔おいしい…食べます?〕

「じゃあ…」

〔あーん…〕

「!!!」

目を見開いてる…ふふ…

食べてくれるかなぁ?

〔あーん〕

「…」

あ、食べてくれた 可愛い、顔真っ赤になってる

〔写真撮っていいですか?〕

「撮ったら今日なし」

〔あ!ずるい…〕

「…」

向こう向いちゃった

怒っちゃったかなぁ…


でも、そんなことはなくて

その後もゆっくりサンドイッチを食べながら

休憩して


夕方までに終わるように必死でやりました


…疲れた…

目が痛い…

「ひまちゃん」

〔!はい!〕

「帰ろう」

〔はい…〕

会社の中で呼んでくれると思わなかった…

周りがざわついている…


けど、私達は そんなことお構いなしっていう感じで退社した


スーパーで小松菜も買ってきたし!

夜ご飯も買ってきた!


ついに…お泊まり…


なんだけど…


緊張しすぎて…

どうしたらいいの…


「…」

だからやめなって言ったのに、っていう顔をしてる


〔ま、政樹さ…〕

「…楽にして」

〔は、はい…〕

「早く寝ないと、朝起きれないぞ

起きなかったら先にあげちゃうからね」

〔やだぁ…起こしてください…〕

「…やだ」

〔意地悪…!〕

「早く寝なさい」

〔…はーい あ、政樹さん〕

「…」

〔好きです!〕

「…!」

〔おやすみなさい〕

「…ねぇ」

〔…〕

「…私も好きだよ」

〔うそ!?〕

「…寝たふりだと思ったよ」

〔どっちですか?ほんと?〕

「…どっちがいい?」

〔ほんとがいいです!〕

「…おやすみ」

〔!!やだ!政樹さぁん…!〕



【酒井point of view】


笑いそうになるのをこらえてる


彼女が仕掛けてきたんだ


それにノッてみたのに やり返したら

後ろでむーむー言ってる


可愛くて 笑いそうになる


私は寝たふりは得意なんだよ


〔好きです!〕


か…


嬉しい…


〔政樹さぁん 起きてくれないとちゅーしちゃいますよぉ〕


…それもいいか…


〔え、うそ…起きると思ったのに…ど、どど、どうしよう… 政樹さぁん…〕

「…」

〔…〕

!!やったな…?

「…ぺろっ」

〔!!!政樹さん!?もう!!〕

「くく…っ 何1人で遊んでるの」

〔政樹さんが寝ちゃうから…〕

「…おやすみって先に言ったのはひまちゃんだよ」

〔…むー…〕

「…キスはさ こうするんだよ」

〔…え?〕


……………


〔政樹さん…〕

「可愛い 好きだよ」

〔あ…わたしも…好き…〕

「…」

〔…え〕


〔その顔…反則です…〕

「こういう顔なんです」

〔眼鏡取った顔…初めて…〕

「誰にも見せたことないからね」

〔わたし、だけ…?〕

「そう ひまりだけ」

〔…〕

「えぇっ!?ひまちゃん!?ちょっと…っ!」


あ…冗談が過ぎた?


鼻血出してる



〔かっこよすぎて…むり…〕

「なにが!?いつもこの顔なのに…」

〔そのメガネ、分厚すぎるんですよ…〕

「そんな事言われても…」

〔政樹さん…〕

「はい」

〔誰にも見せないでくださいね…〕

「…ひまりにだけ、ね」

〔かっこい…〕

「ひまちゃんっ!また…鼻血が…っ!」




タイトル〘能面の恋はあまりにも眩しすぎて〙


 

                      Fin...



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