幸せは存外、近くにあるもので
「おはようございますー」
《あ、おはようございます》
[おはようございます!]
〔お仕事ですか?〕
《はい!行ってきます》
「俺も行くよ、行ってくるね」
〔行ってらっしゃーい!〕
[気をつけてなー]
[…おいで]
〔うん…〕
ーーバタン
私たちは隣人だ
お互いのパートナーを見送った後…
私たちの秘密の時間
[愛してるよ…ゆき]
〔敦さん…愛してる…〕
ーーーーー
[今日も可愛い…離したくないよ]
〔だめですよ…彼女さん帰ってきちゃう〕
[…だよなぁ]
〔…そろそろ帰ります〕
[…もう少しだけ あと10分でいい]
〔敦さん…〕
離れたくないけど…もう時間だ…
何回抱きしめてもキスしても…足りないよ…
[明日から仕事だもんな また来週、か]
〔うん…〕
[愛してる またな ゆき]
〔愛してる…敦さん〕
いつもだったら、またねって言うのに
今日は言わなかった
【敦point of view】
窓を開けて空気の入れ替えをして、
ベッドを整える
ゴミや着替えを片付けて…
もう少しで真美が帰ってくるから
毎週水曜日
俺が俺になれる時間
お互いにパートナーと別れてから付き合えばいいんだけど
なかなかうまくいかない
どっちともうまく…とは思ってない
あくまでもゆきが大事だ
…ふーっ
タバコを吸いながら
彼女とのひとときを想い出す
ゆきを連れ出せたら…
俺だけのものにできたら
週一なんて 全然足りない
さっき別れたばかりなのに
もう会いたい
抱きしめて…ずっとそばにい
《ただいまー!》
[…おかえり お疲れ]
《聞いてよぉ!今日もね、…………》
始まった
パートに出てる間の愚痴…
こうなると一時間は止まらない
俺は適当に相槌を打ちつつ
理解のある男を演じる
毎日毎日…聞きたかねぇよ、そんな話
そんなことは口が裂けても言わない
はぁ…さっきまでの時間が幸せだったから
余計に疲れる
俺の方がクズみたいなことしてるけどな
はぁ…
ゆき…こんなに近くにいるのに
【有紀point of view】
幸せな時間が終わると
わたしは家事を終わらせる
彼との事は、
もう終わりにしないといけないって思ってる
こんなこと、ずっと続けていくわけには…
彼氏の悠真のことは、嫌いなわけじゃない
むしろ好きだった
でも、わたしたちはセックスレスになってしまって
それ以外は、最高の彼氏だったんだけど…
まだ若いのに、今からセックスレスとか…
未来も見えなくなってしまった
だって、結婚しても…子どももできないってことだし
わたし、子沢山の家族になるのが憧れだったから、
話し合ったこともあったけど…
最近はお互いにタブーみたいに触れなくなった
はぁ…
だからって敦さんに逃げてても、だめだよね
敦さんは本当に優しい
10歳も年上だけど、エッチは毎週してくれるし
話しも合うし…
この人と…結婚したいな、なんて思ったこともある
でも…だめ 真美さんがいる
真美さんはパートだから
敦さんと別れたら一人では生活できないと思う
敦さんが踏ん切りがつけない部分はそこだ
でもきっと
敦さんが一人になってわたしのところに来たとしても…
わたしはYESと言わない
悠真とも敦さんとも離れて
一人で生きていこうって考えてる
少し前から、わたしのものを少しずつ処分していた
いつでも出ていけるように
明日は悠真が休みだから
今日、別れ話をするつもりでいる
「ただいまー!」
〔おかえりなさい!ごはんにする?〕
「風呂がいいな 出来てる?」
「うん!どうぞー」
「ありがとう 入ってくるよ」
…最近、お風呂が先になってる
少し香水みたいな匂いもするけど…
別にそれはどうでもいい
わたしは別れ話がうまくいけば、それで…
「ゆきー」
〔ん?〕
「ちょっと話があるんだ」
〔え?何?〕
「すまん!別れてくれないか」
…びっくりした まさか悠真から言ってくるなんて
〔どうしたの?突然だね〕
もちろん別れてあげるけど、一応聞いておかないと
「…好きな女ができた」
〔そっか…わかった〕
「すまん…部屋はすぐに出て行かなくてもいいから」
〔ううん…そんなわけにいかないよ〕
「悪いな…」
〔今までありがとう 準備できたら、出ていくね〕
「うん…」
揉めずに別れられそうで
逆に安心してしまった
わたしは部屋にこもって片付けをしながら
荷物をまとめた
「え!?もう出ていくの?」
〔わたしの荷物、そんなにないから…もし忘れ物とかあったら、処分してくれる?ごめんね〕
「あ、あぁ…」
〔あ、これ…カギ〕
「うん」
〔じゃ、さよなら〕
呆気なかったな…
玄関を出てエレベーターに向かう
上がってきたエレベーターには、敦さんが乗っていて…
[え?何、その荷物…]
〔これは…〕
[とりあえず下行こうか]
〔敦さんは戻らないと…〕
[いいから]
駐車場の敦さんの車に乗せられて
少し離れた場所まで来た
[別れたの?]
〔うん〕
[俺に何も言わずに行こうとしたの?]
〔…〕
[俺とも終わりにするつもりだった?]
〔…うん〕
[何で…]
〔真美さんがいるし…〕
[…]
〔迷惑かけてごめんなさい わたし、降ります〕
[嫌だ]
〔敦さん…だめです〕
[…必ず迎えに行くから 連絡先、教えてほしい]
〔…〕
いつまで経っても教えないわたしに、痺れを切らしたのか、連絡先を書いたメモを渡されて…
[連絡、待ってるから]
〔はい〕
車が離れて行くのを見送った
わたしは連絡はしないで、そのまま実家に帰った
2年付き合っていた悠真でさえ
実家のことはお互いに知らない
ここなら、誰にも知られずに生活できる
【敦point of view】
半月経ってもゆきからは連絡が来なかった
職場に問い合わせても異動した、としか教えてもらえなくて
どこに行ったんだよ…
あれから、二年かけて真美と別れた
最後まで別れたくないとごねられて…
結婚していたわけでもないのに
慰謝料を払うことでやっと…
すぐに別れられるとは思っていなかったが
こんなに揉めるなんてな…
はぁ…金で片がつくなら早くそうしておけば良かった
身の回りが軽くなったことで、
本格的にゆきを探せるようになった
異動したってことは、辞めてはいないってことだ
ゆきの職場は有名なメーカーだから、
休みになる度に支店を回って探した
何ヶ所目だろうか…早く見つけないと…
遠くの支店から探していて、
わりと近くの支店しか残っていないけど…
3年か…もう、彼氏とか…いるんだろうか…
【3年後 有紀point of view】
〚マーマ!〛
〔りんーお待たせ!〕
〚今日のごはんなぁにー?〛
〔カレーだよー!〕
〚やったぁ!〛
わたしは娘の凛と2人で暮らしている
…大好きな人との子どもだ
この子を大切に育てることが、今のわたしの幸せ
実家に帰ったとき、身籠っているとわかった両親は怒っていた
結婚相手も連れて来ず、シングルマザーになる
なんて言い出したのだから当然と言えば当然かもしれない
ただ、追い出されることはなかった
凛が産まれたら、やはり初孫は可愛い…ということになったようで
目に入れても痛くないというように可愛がってくれているけど、
わたしはこの子と家を出た
近くには住んでいるから、凛も寂しくないと思う
父親がいない分、わたしが2人分頑張らないと…
【敦point of view】
あれ…?あれは…髪は伸びてるけど…
間違いない…
やっと…やっと、見つけた…
まさか、こんなに近くにいたなんて…
[ゆっ…]
声をかけようとしたら、走って行ってしまって
見失わないように頑張ったんだけど
見失って…歳だなぁ…
うろうろしていたら、商店街についた
どこに行ったんだろう…せっかく見つけたってのに
〚ママーあっちいくー〛
〔りん!待って!走ったらあぶないから!〕
"ドンッ"
りん、と呼ばれた子が俺の足にしがみついてきた
[…だいじょうぶかい?]
〔やだーりんったら!すみませ…え…〕
〚ごめんなさぁい〛
[りんちゃん はじめまして]
俺はこの子を抱き上げた
〚?だぁれ?ママー〛
[ゆき…迎えに来たよ 遅くなってすまない]
〔…どうして、ここが…?〕
[探したんだ]
〔あの、凛、おいで〕
〚ママー?〛
[…俺の子だよね?]
〔…わたしの子です〕
[りんちゃん、パパとご飯食べないか?]
〔ちょっと!何を勝手なことを…〕
〚パパ!?はぁい!〛
[うん!ママと3人で食べようね]
〚うんっ!りん、お子さまランチ!〛
[いいよ!ゆき、行こうか]
〔…〕
りんちゃんはお子さまランチを食べたら満足したのか寝てしまった
[勝手に連れてきて申し訳ないけど、
今はパートナーとかはいるの?]
〔…〕
首を横に振っている
良かった…
[一人にしてすまない]
〔…わたしが勝手にしたことです〕
「ねぇ、結婚してくれないか?」
〔…真美さんは…〕
[もちろん別れて来たよ]
〔…そう、ですか〕
[この子がいることを知ってたら、もっと早くになんとかしたんだけど]
〔わたし、誰とも結婚する気はありません〕
[どうして?もう俺のこと好きじゃない?]
〔好きです…今でも、ずっと〕
[それなら…]
〔男の人に頼って生きていたくないんです〕
[…あのさ]
〔はい〕
[それは、りんちゃんから父親を奪う理由になるの?]
〔…っ〕
[少なくとも俺は2年も娘の存在も知らなくて、
可愛がってやれなかった 君が一人で頑張って育ててきてくれたことは分かってる
でも、それをずっと続けるの?
そろそろ俺を父親にさせてくれないか?]
〔敦さん…〕
[驚いたよ 俺にそっくりなんだもん この子]
〔…あなたの子ですから〕
[りんちゃんか…可愛いなぁ]
〔パパになってくれるんですか?〕
[…ならせてくれ 頼む]
〔…〕
[ゆき]
抱きついてきたゆきを抱きしめて、
頭を撫でた
〔敦さぁん…〕
一人でつらかっただろうな…
並大抵の苦労ではなかったと思う
これからは、少しでも俺が…
【有紀point of view】
〚えー?ほんとにパパなのー?〛
〔そうよ りんのパパ〕
[わかんないよなぁ、そりゃあ]
〚りんの、パパ…〛
〔りん?〕
〚だっこ〛
[はい]
〔はいって…もうー敦さんてば〕
[りんちゃん、遊んでくれる?]
〚いいよー〛
〔ふふ〕
[何して遊ぼうか]
〚お人形さん!〛
[よーし パパはこの子にしようかな
りんちゃん!あそびましょう!]
〔そんな高い声でるの…?〕
意外と…と言ってはとても失礼なんだけど、
敦さんって、子どもの扱いが上手…
[ねぇ]
〔ん?〕
[兄弟、作ってあげたくない?]
〔…敦さんってば!!〕
耳元でそんな事言われて、
一気に顔が赤くなるのがわかる…
やっぱり好き…
ずっと好きだったんだもん
それから私たちは結婚して家族になって
1年経った頃、男の子の柊も産まれた
その2年後には女の子の綾が…
ずいぶんにぎやかになったなぁ…
[ゆきーいつもお疲れさま]
〔敦さんこそ お疲れさま〕
[俺が子どもたちお風呂入れてくるから
少し休んでて]
〔ありがとう!でもご飯の準備しちゃう!お腹ペコペコだろうから〕
[確かに…ごめんな 頼む!]
〔ううん!お風呂お願いね!〕
[はーい ほら、パパとお風呂入りたい子はこの指とーまれ!]
子どもたちのうれしそうな声が響く
あぁ、この光景…
わたしが見たかった、家族の光景…
タイトル〘幸せは存外、近くにあるもので〙
Fin…
こちらの記事はnote様で同一名義にて投稿しております。
再編集して投稿しております。




