007.新しい少女
カードショップへ向かう道を、僕とルナは並んで歩いていた。
「今日は何を買う?」
「うーん……」
僕は財布の中身を確認する。
お金はまだ余裕がある。
「新しいカードを何枚か買おうかな」
「また強くなるため?」
「もちろん」
そう答えると、ルナは少し嬉しそうに笑った。
「私も、もっと強くなりたい」
「じゃあ、今日は二人でカードを探そう」
「うん」
店に到着すると、いつものようにショーケースには大量のカードが並んでいた。
N、R、RR、SR、UR。
そして、一番奥にはGR。
「やっぱりGRは高いな……」
「無理して買わなくてもいいよ」
ルナが言った。
「私がいるから」
「分かってるよ」
僕は笑う。
するとルナは、少しだけ得意げな顔をした。
「ならいい」
そのときだった。
「お客様、こちらのパックはいかがですか?」
店員さんが新発売のパックを差し出してきた。
パッケージには、青い水の中で微笑む少女が描かれている。
「新しいパック?」
「はい。今回から新しい少女妖精が追加されています」
「へえ……」
僕がパックを手に取る。
ルナが横から覗き込んだ。
「……新しい子」
「そうみたいだな」
「……ふーん」
「?」
なぜかルナの声が少し低かった。
「どうした?」
「別に」
ルナは顔を背ける。
「なんでもない」
……なんだろう。
僕には、その理由がまだ分からなかった。
◇
結局、僕は新発売のパックを三つ購入した。
家に帰って、テーブルの上に並べる。
「じゃあ、開けるか」
「うん」
一パック目。
少女妖精カード。
R。
二パック目。
少女妖精カード。
RR。
「おお……」
「なかなかいい」
三パック目。
最後の一枚。
光沢のあるカードが姿を見せた。
「……!」
カードの中には、青い長髪の少女が描かれている。
【SR 水精霊ミナ】
「SRだ」
「うん」
ルナがカードを見る。
「召喚してみる?」
「いいの?」
「もちろん」
僕はカードをテーブルの上に置いた。
召喚の手順を行う。
カードが光る。
青白い光が部屋いっぱいに広がった。
そして――。
「あなたが、私を呼んだのですね」
光の中から少女が現れた。
淡い水色の髪。
穏やかな青い瞳。
白を基調とした衣装には、水のような透明な装飾が揺れている。
「私はミナ。水の力を扱う少女妖精です」
少女は僕に向かって微笑んだ。
「今日からよろしくお願いします」
「あ、うん! 僕は天城ユウ。よろしく」
「ユウさん……ですね」
ミナは優しく頭を下げた。
「あなたが私の召喚主ですか?」
「そう」
「では、これから一緒に戦えるのですね」
「うん」
ミナが嬉しそうに微笑む。
「楽しみです」
僕も笑った。
「僕もだよ」
その瞬間。
隣から視線を感じた。
ルナだった。
「……」
「ルナ?」
「……別に」
「どうした?」
「なんでもないって言ってるでしょ」
ルナはぷいっと顔を背けた。
ミナが首を傾げる。
「ルナさん?」
「……何?」
「もしかして、私のことを警戒していますか?」
「してない」
「そうですか?」
「してないから」
「分かりました」
ミナはにこっと笑った。
「では、仲良くしましょう」
「……うん」
ルナは少しだけ迷ってから答えた。
その声は、いつものルナよりほんの少しだけ小さかった。
◇
その日の夜。
僕はミナのカードをデッキに入れて、簡単な練習対戦をしていた。
「ミナは回復能力が得意なのか」
「はい。仲間のHPを回復することができます」
「それならルナとの相性も良さそうだな」
「そうですね」
ミナが笑う。
「ルナさんは攻撃も防御もできますから、私がサポートすれば戦いやすいと思います」
「なるほど」
「二人で戦えば、かなり強いと思いますよ」
「そうだな」
僕はカードを見ながら頷いた。
「次の大会では、二人を組ませるのもありかもしれない」
「……二人?」
ルナが反応した。
「うん」
「私とミナ?」
「そう」
「……」
ルナは黙った。
「ルナ?」
「別にいいけど」
「本当に?」
「いいって言ってるでしょ」
ルナはカードを片付け始めた。
「……私はユウの相棒なんだから」
「もちろん」
「……ならいい」
それだけ言って、ルナはまたカードに目を戻した。
でも。
耳が少し赤くなっていた。
◇
翌日。
僕はミナを連れてカードショップへ向かった。
「この世界を見るのは初めてです」
「そうなの?」
「はい。召喚されるまでは、カードの中にいましたから」
「そっか」
「いろいろ見てみたいです」
「じゃあ、今日は街を案内するよ」
「ありがとうございます」
ミナは嬉しそうに頷いた。
その横でルナが歩いている。
「……」
「ルナ?」
「なに?」
「今日は静かだな」
「普通よ」
「そう?」
「そう」
しばらく歩いていると、ミナが店のショーウィンドウを見つけた。
「あの服、素敵ですね」
「本当だ」
「ルナさんに似合いそうです」
「え?」
ルナが振り返った。
「私に?」
「はい。銀色の髪によく似合うと思います」
「……」
ルナはショーウィンドウを見る。
「……そうかな」
「うん。似合うと思う」
僕も頷いた。
「今度、買ってみる?」
「……」
ルナの顔が少し明るくなる。
「……うん」
その様子を見て、ミナは微笑んだ。
「仲が良いのですね」
「まあ……」
「私もユウさんと仲良くなりたいです」
「もちろん」
僕が答える。
「これから一緒に戦う仲間なんだから」
「はい」
ミナが笑う。
ルナも笑っている。
――ただし。
ほんの少しだけ、複雑そうな顔だった。
◇
夜。
僕が一人でキッチンにいると、ルナがやってきた。
「ユウ」
「ん?」
「ちょっといい?」
「どうした?」
ルナは少し黙った。
「……ミナのこと」
「うん」
「……気に入った?」
「うん。いい子だと思うよ」
「……そっか」
ルナが俯く。
「強いし、優しいし……私より役に立つかもしれないね」
「え?」
「回復もできるし」
「でも――」
「ユウ」
ルナが僕を見る。
「もし私より強い子がいたら、その子を相棒にする?」
思いがけない質問だった。
「……しないよ」
「どうして?」
「だって、ルナは最初の一人だから」
「最初の……?」
「僕が初めて召喚した少女妖精」
僕は笑った。
「初めて一緒に戦ったのもルナだし、初めて大会に出たのもルナ」
「……」
「それに、今まで一緒に過ごした時間がある」
ルナは黙って僕を見ている。
「ミナが仲間になったからって、その時間がなくなるわけじゃないだろ?」
「……うん」
「だから、これからは三人で強くなればいい」
「三人……」
「うん」
「私とユウと、ミナ?」
「そう」
ルナはしばらく黙っていた。
そして――。
「……なら、いい」
「よかった」
「でも」
「ん?」
「ユウがミナばっかり構ってたら、怒るから」
「え?」
「……相棒だから」
ルナはそう言って、少しだけ笑った。
「私にもちゃんと時間を使って」
「分かった」
「約束」
「約束」
ルナが小指を差し出した。
僕も小指を絡める。
「これでいい?」
「うん」
ルナは嬉しそうに笑った。
その表情を見て、僕も笑う。
新しい少女妖精が仲間になった。
これからは、二人ではなく三人で戦うことになる。
きっと、もっと楽しくなる。
きっと、もっと強くなれる。
――そう思っていた。
そしてその夜。
僕のカードコレクションには、新しい一枚が加わった。
【SR 水精霊ミナ】
その隣には――。
【GR 月光の少女 ルナ】
二枚のカードが、並んで置かれていた。
まだ、このときは。
僕たちの関係が変わるなんて、誰も思っていなかった。




