038.嫌な予感
翌朝。
ミナは宿を出ると、すぐにリリを探し始めた。
昨日と同じ道を歩く。
町の広場。
小さな商店。
二人で立ち寄った街道沿いの店。
「リリちゃん……」
何度呼んでも、返事はない。
町の人に聞いても、はっきりした手がかりは見つからなかった。
それでも、ミナは諦めなかった。
「きっと、どこかにいる」
そう自分に言い聞かせながら、町の外へ向かう。
しばらく歩いたところで、昨日会った老人の姿が見えた。
「すみません!」
ミナが駆け寄る。
「昨日の女の子のことなんですが……」
「ピンク色の髪の子かい?」
「はい!」
老人は少し考えたあと、街道の先を指差した。
「あの子なら、昨日の夕方に見かけたよ」
「どちらへ向かっていましたか?」
「北のほうだね」
ミナの表情が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ただ……」
老人が呼び止める。
「少し気になったことがあってね」
「気になったこと?」
「一人で歩いていたんだが、何度も後ろを振り返っていた」
「……」
ミナの胸がざわついた。
「何かを怖がっていたようにも見えたよ」
「怖がって……?」
「詳しいことは分からないけどね」
老人はそう言って首を傾げた。
「ありがとう、ございます」
ミナは頭を下げた。
そして、北へ続く道を見つめる。
「……リリちゃん」
嫌な予感がした。
けれど、まだ何も分からない。
ミナは足を速めた。
街道を進む。
途中で何度も周囲を見回した。
「リリちゃん!」
返事はない。
少し休んでは、また歩く。
昼を過ぎても、リリの姿は見つからなかった。
「……」
ミナは道端の木の下で立ち止まった。
水筒の水を一口飲む。
疲れていた。
けれど、休んでいる場合ではない気がした。
――リリは、どこへ行ったのだろう。
そのとき。
道の端に、小さなものが落ちているのが見えた。
「……これ」
ミナが拾い上げる。
淡い桃色のリボン。
見覚えがあった。
「リリちゃんの……」
以前、リリが髪につけていたものだった。
ミナの胸が大きく跳ねる。
「近くにいるの?」
周囲を見回す。
しかし、人影はない。
「リリちゃん!」
大きな声で呼ぶ。
やはり返事はなかった。
ミナはリボンを大切に握りしめた。
「……どうして、こんなところに」
ただ落としただけかもしれない。
そう思おうとする。
けれど。
老人が言っていた言葉が頭から離れない。
――何度も後ろを振り返っていた。
「……」
ミナは歩き始めた。
リボンを握りしめたまま。
やがて、街道沿いに小さな分かれ道が見えてきた。
片方は町へ。
もう片方は、森の近くへ続いている。
「……どっち?」
ミナは迷った。
けれど。
地面に残っている小さな足跡が目に入った。
「……こっち」
森へ続く道。
ミナはその方向へ進んだ。
しばらく歩くと、小さな建物が見えてきた。
古い建物だった。
人が住んでいるようには見えない。
ミナは慎重に近づく。
「……誰かいるのかな」
扉の前まで来た。
そのとき。
中から、かすかな声が聞こえた。
「……ごめんなさい……」
ミナの足が止まる。
聞き間違いかもしれない。
けれど。
「リリちゃん……?」
返事はなかった。
ミナは扉に近づいた。
「リリちゃん!」
今度は、はっきりと声を上げる。
すると。
中から小さな物音がした。
「……!」
ミナの胸が高鳴る。
やっぱり、誰かいる。
そして。
その声がもう一度聞こえた。
「……ミナ……?」
間違いない。
リリだ。
「リリちゃん!」
返事はない。
ミナは拳を握った。
嫌な予感がする。
とても嫌な予感が。
「……リリちゃん」
ミナは扉を見つめた。
「私は、帰らないよ」
「……」
「リリちゃんが何を抱えていても」
「……」
「私は、あなたを置いていかない」
扉の向こうで、何かが動く気配がした。
そして。
「……ミナ」
リリの声が、かすかに聞こえた。
その声には。
泣きそうな響きがあった。。
「……待ってて」
ミナは扉を見つめた。
「今、助けるから」
もう、リリを一人にはしない。
そう心に決めていた。




