030.私にもできること
翌朝。
ミナとリリは、丘を下りて近くの町へ向かっていた。
「今日はどこまで行く?」
リリが尋ねる。
「分からないなぁ……」
ミナは苦笑した。
昨日と同じ答えだった。
目的地はない。
帰る場所も決めていない。
それでも。
隣にはリリがいる。
「じゃあ、とりあえず町に行こう!」
「うん」
二人は並んで歩いた。
◇
町に入ると、朝から多くの人が行き交っていた。
パン屋からは焼きたての香りが漂い、商店の前では店員たちが商品を並べている。
「賑やかだね」
「うん!」
リリは楽しそうに辺りを見回している。
すると。
「困ったなぁ……」
そんな声が聞こえてきた。
二人が振り向く。
そこには、小さな雑貨店があった。
店の前で、一人のおばあさんが困った顔をしている。
「どうしたんですか?」
ミナが声をかける。
「あら……」
おばあさんは二人を見る。
「実はね。今日、店に出すはずの商品がまだ届いていないのよ」
「商品が?」
「ええ。仕入れ先から届く予定だったんだけど……」
おばあさんは店の中を見る。
「今日は一人で店番をしなくちゃいけなくてね。荷物を受け取りに行くこともできないの」
「……」
ミナとリリは顔を見合わせた。
リリがすぐに言った。
「私たち、手伝います!」
「え?」
おばあさんが驚く。
「でも……いいのかい?」
「もちろん!」
リリは笑った。
ミナも頷く。
「私たちにできることなら」
◇
二人は店の前で荷物を待つことになった。
しばらくすると。
遠くから荷車がやってきた。
「来た!」
リリが手を振る。
荷物を受け取ると、二人は店の中へ運び始めた。
「よいしょ……!」
「リリちゃん、無理しないでね」
「大丈夫!」
リリは元気いっぱいに荷物を運ぶ。
ミナも一緒に運ぶ。
けれど。
何度も荷物を運んでいるうちに、二人とも少しずつ疲れてきた。
「ふぅ……」
ミナが息を吐く。
「ミナ、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
その時だった。
おばあさんが足を押さえて座り込んだ。
「……あら」
「大丈夫ですか?」
ミナが駆け寄る。
「ちょっと足を痛めてしまったみたいでね」
「見せてください」
ミナはおばあさんの足元を確認する。
大きな怪我ではない。
けれど、痛みはあるようだった。
「少しだけ休んでください」
「でも、お店が……」
「大丈夫です」
ミナは手をかざした。
水色の光が優しく広がる。
「……あら」
おばあさんが目を丸くする。
「痛みが……楽になってきたよ」
「よかった」
ミナは笑った。
「無理して動かないでくださいね」
「ありがとう……」
おばあさんは何度も頭を下げた。
◇
その様子を見ていたリリが、目を輝かせていた。
「やっぱり、すごいよ。ミナ!」
「え?」
「ミナの力って、本当にすごい!」
「そんな……」
「だって、誰かの痛みを和らげられるんだよ?」
リリは嬉しそうに言う。
「私にはできないもん」
ミナは少し困ったように笑った。
「でも、リリちゃんもすごいよ」
「私が?」
「うん」
「どうして?」
「ずっと笑ってるから」
「……それだけ?」
「それだけじゃないよ」
ミナはリリを見る。
「リリちゃんが明るいから、私も元気になれる」
「……!」
リリは少し驚いた。
「私が……?」
「うん」
「そっか……」
リリは照れたように笑う。
「じゃあ、もっと笑う!」
「ふふっ」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
午後。
店の荷物をすべて運び終えると、おばあさんがお礼にパンをくれた。
「これくらいしかできないけど、持っていきなさい」
「ありがとうございます!」
リリは嬉しそうに受け取った。
「本当に助かったよ」
「いえ、こちらこそ」
ミナが頭を下げる。
「二人が来てくれてよかった」
その言葉を聞いて。
ミナは一瞬、動きを止めた。
「……私たちが?」
「ええ」
おばあさんは笑った。
「あなたたちがいなかったら、今日は大変だったもの」
ミナの胸が、ほんの少しだけ温かくなった。
必要とされた。
そう感じた。
「……ありがとうございます」
自然と笑顔がこぼれる。
◇
店を出た二人は、町外れのベンチに座った。
「パン、おいしいね」
リリが嬉しそうに頬張る。
「うん」
ミナもパンを食べる。
「……ねえ、リリちゃん」
「なに?」
「今日、少しだけ分かった気がする」
「何が?」
ミナは自分の手を見る。
「私にも……できることがあるんだって」
「うん!」
リリは即答した。
「いっぱいあるよ!」
「いっぱい?」
「うん!」
リリは指を折りながら数え始める。
「怪我を治せる」
「疲れた人を助けられる」
「一緒にいると安心できる」
「それに――」
リリは笑う。
「ミナは優しい!」
「……」
ミナは少し照れた。
「ありがとう」
その言葉を口にした時。
ほんの少しだけ。
心の奥にあった重たいものが軽くなった気がした。
◇
けれど。
その夜。
二人が町の外で休んでいると。
ミナは一人で空を見上げていた。
「……必要とされた」
今日、おばあさんに言われた言葉を思い出す。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
けれど。
同時に、別のことを考えてしまう。
「……ユウも、そう思ってくれてたのかな」
胸が痛む。
「ミナがいると安心する」
あの言葉。
もしかしたら。
本当に、自分自身を必要としてくれていたのかもしれない。
でも。
「……私が勝手に、勘違いしてただけかもしれない」
ミナは小さく首を振った。
まだ、帰る勇気はない。
まだ、自分の心は完全には戻っていない。
それでも。
昨日までとは少し違う。
自分が何者なのか。
少しずつ見つけられるような気がしていた。
「ミナ?」
振り返ると、リリが立っていた。
「どうしたの?」
「一人で何してるの?」
「ちょっと考え事」
「そっか」
リリはミナの隣に座った。
そして。
「じゃあ、私も一緒にいる」
「……うん」
ミナは笑った。
今はまだ。
帰る場所に戻ることはできない。
だけど。
隣にいてくれる少女がいる。
それだけで。
明日も歩いていける気がした。
「明日も、誰かの役に立てるといいね」
リリが言う。
「うん」
ミナは頷く。
「一緒に探そう」
二人は夜空を見上げた。
その先に待っているものが何なのか。
まだ、二人には分からなかった。
けれど。
二人の旅は、少しずつ意味を持ち始めていた。




