029.一緒にいよう
翌朝。
ミナは目を覚ました。
「……ん……」
冷たい空気が頬を撫でる。
ゆっくりと身体を起こすと、隣にはリリがいた。
「……おはよう」
「……おはよう、ミナ」
リリも眠そうに目をこする。
二人は顔を見合わせた。
昨日まで、お互いに一人だった。
それなのに。
今は隣に誰かがいる。
それだけのことが、ミナには少し不思議だった。
「……よく眠れた?」
「うん」
リリは笑う。
「一人じゃなかったから」
その言葉を聞いて、ミナも微笑んだ。
「私も」
◇
二人は朝食を済ませると、街を離れることにした。
「どこに行く?」
リリが尋ねる。
「……分からない」
ミナは正直に答えた。
「私も分からない」
「じゃあ……」
リリは少し考えて。
「とりあえず、歩こう!」
「うん」
二人は並んで歩き始めた。
目的地はない。
けれど。
昨日までとは違う。
一人ではない。
それだけで、足取りは少し軽かった。
◇
街道を歩いていると。
リリが突然、足を止めた。
「ミナ!」
「どうしたの?」
「あそこ!」
道端に、小さな少女が座り込んでいた。
どうやら旅の途中で疲れてしまったらしい。
「大丈夫かな?」
リリが心配そうに近づく。
ミナも後を追った。
「こんにちは。どうしたの?」
少女は困ったように答えた。
「……ちょっと、疲れちゃって」
「怪我は?」
「大丈夫」
ミナは少女の様子を確認する。
そして。
「少し待ってね」
ミナは手をかざした。
水色の光が、少女の身体を優しく包む。
「……わぁ」
少女の顔に、少しずつ元気が戻っていく。
「身体が軽くなった……」
「よかった」
ミナは笑った。
少女は何度も頭を下げた。
「ありがとう!」
「ううん。気をつけてね」
少女が去っていく。
その様子を、リリはじっと見ていた。
◇
「……すごい」
「え?」
リリが目を輝かせている。
「ミナ、すごいよ!」
「そんなことないよ」
「だって、あんなに簡単に人を元気にできるんだよ?」
「私は回復役だから……」
「それでもすごい!」
リリは嬉しそうに笑った。
「私、そんなことできないもん」
「リリちゃんだって、きっとできることがあるよ」
「……本当に?」
「うん」
ミナは迷わず答えた。
「召喚少女は、それぞれ得意なことが違うから」
その言葉に。
リリは少しだけ目を伏せた。
「……前の召喚士は、そんなこと言ってくれなかった」
「……」
「強いか弱いか、それだけだった」
ミナは何も言わなかった。
ただ。
「……私は、リリちゃんのことを弱いなんて思わないよ」
そう言った。
リリが顔を上げる。
「……ありがとう」
その笑顔は、昨日より少しだけ自然だった。
◇
昼になる。
二人は街道沿いの木陰で休憩することにした。
ミナが持っていた食料を取り出す。
「これ、食べる?」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう!」
リリは嬉しそうに受け取った。
「ミナって優しいね」
「そうかな?」
「うん」
リリは笑う。
「私だったら、自分の分を取っておきそう」
「だって、一緒にいるんだから」
ミナは当たり前のように言った。
「一緒にいるなら、分けるのが普通でしょ?」
「……」
リリは黙った。
「どうしたの?」
「ううん」
リリは食べ物を見つめる。
「……嬉しいなって」
「え?」
「誰かと一緒にご飯を食べるの、久しぶりだから」
ミナの胸が少し痛んだ。
「……そっか」
「うん」
リリは笑った。
「今日は、おいしいね」
「うん」
二人は並んで食事をした。
それだけの時間が。
リリにとっては、とても大切なものになっていた。
◇
午後。
二人はまた歩き始めた。
「ねえ、ミナ」
「なに?」
「ミナって、どんな召喚士に召喚されたの?」
「……え?」
突然の質問に、ミナの足が止まる。
「どうして?」
「だって」
リリは笑う。
「ミナみたいな優しい子を召喚した人なら、きっとすごく優しい人なんだろうなって」
「……」
胸が痛んだ。
ユウの顔が浮かぶ。
優しい笑顔。
「ミナがいると安心するよ」
そう言ってくれた声。
「……うん」
ミナは答えた。
「優しい人だよ」
「やっぱり!」
リリは嬉しそうに笑った。
「きっとミナのこと、大切にしてくれてるんだね」
「……」
ミナは答えられなかった。
「……そうだね」
小さな声で答える。
「きっと……大切にしてくれてた」
「今もだよ」
リリは笑顔で言った。
「だったら、いつか帰れるね」
「……」
その言葉に。
ミナの胸が締め付けられた。
「……そう、かな」
「うん」
リリは迷わず頷いた。
「だって、ミナはこんなに優しいんだもん」
ミナは俯いた。
「……私なんか」
「え?」
「ううん。なんでもない」
◇
夕方。
二人は小さな丘の上に到着した。
遠くに街の明かりが見える。
リリはその景色を眺めながら言った。
「ねえ、ミナ」
「なに?」
「これからも、一緒にいていい?」
ミナは驚いた。
「……私と?」
「うん」
「でも……」
ミナは迷う。
自分だって、どこへ行くのか分からない。
帰る場所から逃げてきた。
そんな自分と一緒にいても、いいことなんてない。
「私、何も決まってないよ?」
「私もだよ」
「どこに行くかも分からない」
「私も」
「……それでも?」
リリは笑った。
「それでも」
そして。
「一人より、二人のほうがいいから」
ミナはしばらく黙っていた。
やがて。
「……うん」
小さく頷いた。
「じゃあ、一緒にいよう」
「本当?」
「うん」
リリの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、ミナ!」
「ふふ……」
ミナも笑った。
◇
その夜。
二人は丘の上で、星空を見上げていた。
「きれい……」
リリが呟く。
「うん」
「ねえ、ミナ」
「なに?」
「私ね」
リリは星を見ながら言った。
「もう一度、誰かに必要だって思ってもらえるようになりたい」
ミナは黙って聞いていた。
「前の召喚士には、いらないって言われたけど……」
リリは拳を握る。
「私は、いらない存在じゃないって思いたい」
「……うん」
ミナは頷いた。
「私も」
「え?」
「私も……そう思いたい」
二人は顔を見合わせる。
そして。
小さく笑った。
まだ知らない。
二人とも。
自分自身の価値を見失っていることを。
そして。
二人が出会ったことで。
少しずつ、その答えを見つけていくことを。
「明日も、一緒に歩こうね」
「うん!」
夜空の下。
二人の少女は約束した。
――もう、一人にはならない。




