003.初めての賞金
召喚少女を始めてから、一週間が経った。
「ユウ、次の大会に出てみない?」
「大会?」
「そう」
朝食を食べていた僕に、ルナが一枚のチラシを差し出した。
『初心者歓迎! 召喚少女ミニトーナメント』
賞金――優勝三万円。
「三万円……」
思わず目が止まる。
「結構あるな」
「でしょう?」
ルナは得意そうに胸を張った。
「今なら初心者向けだから、参加者もそこまで強くないはずよ」
「でも、僕は始めて一週間だよ?」
「私がいるじゃない」
「それはそうだけど……」
「何か問題でも?」
「ルナって、そんなに強いの?」
「……」
ルナが黙った。
「どうしたの?」
「昨日の練習では勝ったでしょう?」
「うん」
「なら問題ないわ」
「でも、相手は初心者だったし」
「……」
「ルナ?」
「……出ればいいじゃない」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってるよね」
「怒ってない!」
ルナは頬を膨らませた。
どうやら、僕が彼女の強さを疑ったことが気に入らなかったらしい。
「分かった。出てみよう」
「本当?」
「うん」
「なら決まりね」
ルナは嬉しそうに笑った。
「絶対に勝ちましょう」
「もちろん」
その笑顔を見ていると、不思議と勝てるような気がしてきた。
◇
大会当日。
会場には、思っていたよりも多くの人が集まっていた。
「……人、多いね」
「緊張してる?」
「少し」
「大丈夫」
ルナが隣に立つ。
「私がいるから」
「その言葉、便利だね」
「本当に便利なんだからいいの」
受付を済ませる。
参加者は全部で十六人。
トーナメント方式で、一回戦、準々決勝、準決勝、決勝。
優勝するには四回勝たなければならない。
「四回か……」
「長いわね」
ルナが少しだけ表情を引き締めた。
「でも、一試合ずつ勝てばいい」
「そうだね」
『一回戦を開始します』
僕は席に座った。
向かいにいるのは、僕より少し年下くらいの男の子だった。
「よろしくお願いします!」
「よろしく」
対戦が始まる。
『召喚士ゲージ――20』
昨日と同じ表示。
でも、今日は少しだけ違う。
僕は自分の手札を確認する。
ルナ。
アイテムカードが二枚。
イベントカード。
そして、もう一枚の少女カード。
「ルナ」
「ええ」
「行こう」
「任せて」
カードを端末に置く。
『GR ルナ』
銀色の光が広がった。
「召喚!」
ルナが現れる。
「絶対に勝つわよ」
「うん」
試合開始。
相手も少女を召喚する。
『SR アクア』
水をまとった少女だった。
「SRか……」
「回復型ね」
ルナが小声で教えてくれる。
「長期戦に持ち込まれると厄介」
「じゃあ、早めに倒したほうがいい?」
「そうね」
僕は頷いた。
二ターン目。
ルナの攻撃。
相手の少女にダメージ。
相手も反撃。
互いにHPを削り合う。
三ターン目。
相手が回復カードを使った。
『アクア HP+200』
「回復した!」
「やっぱりね」
ルナが悔しそうに言う。
「でも、焦らないで」
「どうする?」
「次の攻撃で削り切る」
「分かった」
僕は手札を見る。
イベントカード。
『集中攻撃』
一体の味方少女が、そのターンに与えるダメージを増加させるカード。
「これを使う」
「いい判断ね」
僕はカードを置いた。
『イベントカード――集中攻撃』
『ルナ ATK+100』
「行くわ!」
ルナが走る。
剣が水の少女を捉えた。
『400ダメージ』
『アクア――退場』
「よし!」
相手の少女が消える。
「これで直接攻撃できる」
「ええ」
ルナが振り返る。
「あと少しよ」
次のターン。
相手は新しい少女を出せなかった。
召喚エネルギーが足りないのだ。
「今!」
「うん!」
ルナが駆ける。
『召喚士ゲージ 20→10』
そして次の攻撃。
『召喚士ゲージ 10→0』
『WIN』
「勝った!」
僕は思わず拳を握った。
「一回戦突破!」
「当然よ」
ルナは得意そうに笑った。
しかし――。
『次の対戦まで、休憩時間十五分』
「少し休もう」
「そうね」
僕たちは会場の隅にあるベンチへ向かった。
「疲れた?」
「少しだけ」
「はい」
ルナが僕に飲み物を差し出す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕は飲み物を受け取った。
「ルナも疲れた?」
「私は妖精だから平気」
「本当?」
「……少しだけ」
「やっぱり」
「でも、大丈夫」
ルナは笑った。
「まだ三試合あるもの」
「あと三試合……」
そう考えると、少し緊張する。
するとルナが言った。
「ユウ」
「ん?」
「楽しい?」
「……え?」
「大会」
ルナは僕の顔を見る。
「楽しい?」
僕は少し考えた。
カードゲームなんて、始める前は興味すらなかった。
でも。
「うん」
自然と笑顔になった。
「楽しい」
「そう」
ルナも嬉しそうに笑った。
「なら、よかった」
◇
準々決勝。
相手は、かなり強かった。
こちらが少女を出すと、すぐに対策カードを使ってくる。
「すごい……」
「初心者大会って聞いてたのに」
「大会なんだから、当然でしょう」
ルナが剣を構える。
「ユウ、相手の手札を予想して」
「分かった」
今までの練習とは違う。
相手も僕と同じように勝とうとしている。
何をするか。
何をしないか。
どのカードを残すか。
一手間違えれば、すぐに状況が変わる。
僕は必死に考えた。
そして――。
「ルナ、今!」
「ええ!」
ルナの攻撃が相手の少女を倒す。
そのまま召喚士への攻撃につなげる。
『召喚士ゲージ 20→10』
相手が慌ててカードを使う。
しかし、それも予想していた。
「イベントカード!」
『突然の雨』
『敵全体SPD-100』
「これで先に動ける!」
「完璧!」
ルナが笑った。
最後の一撃。
『召喚士ゲージ 10→0』
『WIN』
僕たちは準決勝へ進んだ。
◇
準決勝。
決勝。
試合が進むにつれて、相手はどんどん強くなった。
「もう無理かも……」
そう一瞬思ってしまった時もある。
でも。
「ユウ!」
ルナが叫ぶ。
「まだ終わってない!」
「……うん!」
僕は最後まで諦めなかった。
そして――。
『WIN』
決勝戦が終わった。
会場に大きな拍手が響いた。
『優勝者――天城ユウ選手!』
「……」
僕は呆然としていた。
「ユウ」
「勝った……?」
「ええ」
「僕たちが?」
「そう」
ルナが笑う。
「私たちが勝ったの」
賞金三万円。
僕の人生で初めて、ゲームで手にしたお金だった。
◇
大会が終わったあと。
僕たちは街を歩いていた。
「何に使おうか」
「カードを買う?」
「それもいいけど」
「なら、新しいカードパック」
「……ルナ」
「何?」
「少しくらい自分のために使ってもいいんじゃない?」
「私はカードだけど」
「でも、ルナだろ?」
「……」
ルナが黙った。
「だったら、何か欲しいものある?」
「私?」
「うん」
「……ない」
「本当に?」
「……」
「考えてみて」
ルナはしばらく考え込んだ。
そして。
「衣装カード」
「衣装?」
「うん」
ルナが少し恥ずかしそうに言った。
「新しい衣装、着てみたい」
「いいね」
「……笑わない?」
「笑わないよ」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ……」
ルナはショップのショーウインドウを見る。
そこに展示されていた衣装カード。
『浴衣』
月模様の浴衣が描かれている。
「これ……」
ルナの目が少し輝いた。
「気に入った?」
「……少し」
「買おう」
「え?」
「優勝賞金なんだし」
「でも、三万円も使う必要は……」
「一枚くらいなら大丈夫」
「……」
「それに」
僕は笑った。
「一緒に頑張った記念にしよう」
ルナは黙ってカードを見つめた。
それから、小さく頷いた。
「……うん」
◇
家に帰ってから。
僕はさっそく衣装カードを端末にセットした。
淡い光がルナを包む。
「……どう?」
光が消える。
そこに立っていたルナは、月模様の浴衣姿になっていた。
「……」
「……」
僕もルナも、しばらく何も言わなかった。
「変?」
「いや」
僕は首を横に振る。
「似合ってる」
「……そう」
ルナの頬が少し赤くなる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ユウ」
「ん?」
「今日、楽しかった」
「僕も」
「大会も」
「うん」
「買い物も」
「うん」
「……こういうの、悪くないわね」
ルナが小さく笑った。
「カードバトルって」
「そうだね」
僕はテーブルの上に置かれたルナのカードを見る。
たった一週間前。
僕が初めて買ったカード。
その一枚から、こんな毎日が始まった。
ゲームをして。
勝って。
負けて。
笑って。
一緒に買い物をして。
まだ始まったばかりなのに。
僕にとってルナは、もうただのカードではなくなり始めていた。
「ねえ、ルナ」
「何?」
「明日も一緒に遊ぼう」
「もちろん」
ルナは笑った。
「明日も、明後日も」
「うん」
「ずっと――」
そこまで言って、ルナは少しだけ言葉を止めた。
「……一緒に頑張りましょう」
「うん」
僕は頷いた。
このときの僕は知らなかった。
もっと強いカードが欲しくなることも。
もっと大きな大会に出たくなることも。
そして――。
いつか、この楽しい日々が当たり前ではなくなることも。
ただ今は。
目の前で笑っているルナと過ごせることが、嬉しかった。
テーブルの上には、初めて手にした賞金で買った一枚の衣装カード。
そして、その隣には。
僕が最初に引いた、たった一枚のGRカードが置かれていた。
――GR。
僕にとって初めてのカード。
僕にとって初めての相棒。
そして、この先もずっと大切にする。
そのときの僕は、そう思っていた。




