027.帰る場所がない
家を出てから、どれくらい歩いただろう。
ミナは、ただひたすら前へ進んでいた。
目的地はない。
修行をする場所も決めていない。
ただ、家から離れたかった。
「……ここまで来れば」
ミナは立ち止まり、後ろを振り返った。
そこには、いつも暮らしていた家はない。
見慣れた街並みも、もう見えない。
「誰も……追いかけてこないよね」
そう呟いて、ミナは胸を撫で下ろした。
――本当は、少しだけ期待していた。
ユウが追いかけてきてくれるかもしれない。
「ミナ、帰ろう」
そう言ってくれるかもしれない。
そんなことを考えてしまった自分に、ミナは苦笑する。
「……何を期待してるんだろう」
自分から出てきたのに。
「修行に行く」なんて嘘までついたのに。
追いかけてきてほしいなんて、都合が良すぎる。
ミナは再び歩き始めた。
◇
街を抜けると、人通りが少なくなっていった。
見たことのない道。
知らない建物。
知らない人たち。
そのどれもが、今のミナには遠い世界のものに感じられた。
「……どこに行こう」
立ち止まる。
答えは返ってこない。
「修行って言ったけど……」
ミナは自分の荷物を見る。
最低限の食料と着替え。
それだけだった。
「私、本当に何も考えてなかったんだ……」
家を出ることだけを考えていた。
出てしまえば、何とかなると思っていた。
けれど。
実際に一人になってみると、何もない。
行く場所もない。
待ってくれる人もいない。
何をすればいいのかも分からない。
「……私、馬鹿だな」
ミナは小さく笑った。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
◇
昼を過ぎた頃。
ミナは小さな公園のベンチに座った。
噴水から流れる水の音だけが聞こえる。
「水……」
ミナは噴水を眺める。
水は止まることなく流れている。
自分も、こんなふうにどこかへ流れていけたらいいのに。
そう思った。
「……帰りたくない」
口にすると、胸が苦しくなった。
「でも……」
帰りたくないのではない。
本当は帰りたい。
ユウの家に。
皆がいる、あの場所へ。
「……帰りたいよ」
ミナの目に涙が浮かぶ。
「でも……帰れない」
自分で「修行に行く」と言った。
みんなに心配をかけないように笑った。
今さら、
「やっぱり帰ります」
なんて言えるわけがない。
それに。
帰ったところで、また同じことを考えてしまうかもしれない。
GRの少女たちを見て。
自分と比べて。
また、自分を嫌いになってしまうかもしれない。
「……怖い」
ミナは両手で自分の服を握った。
「また、あんな気持ちになるのが……怖い」
◇
夕方になった。
ミナは公園を出て、再び歩き始めた。
宿を探そうと思った。
けれど、どこに泊まればいいのかも分からない。
お金はある。
ユウからもらった賞金の一部も持っている。
それなのに――。
「……何をすればいいのかな」
街の中を歩きながら、ミナは考える。
強くなるために修行する。
そう言って家を出た。
でも、本当に強くなりたいのだろうか。
自分でも分からなくなっていた。
「私が欲しかったのは……」
言葉が止まる。
しばらく考えてから、ミナは小さく呟いた。
「強さじゃなかったのかも」
誰かに、
「必要だよ」
と言ってほしかった。
「ミナがいてくれてよかった」
そう言ってほしかった。
ただ、それだけだったのかもしれない。
「……でも」
ミナは胸元のカードを見る。
「そんなこと、言ってもらえるような力……私にはない」
また涙がこぼれた。
◇
夜。
ミナは街外れの小さな広場に座っていた。
近くの街灯が、寂しそうに辺りを照らしている。
周囲には誰もいない。
静かだった。
「……今日は、ここでいいかな」
眠れる場所を探す気力もなくなっていた。
ミナは荷物を抱えたまま、膝を抱える。
その瞬間。
ふと、家での光景が頭に浮かんだ。
夕食の時間。
モモの笑い声。
セレスの騒がしい声。
ミレイの優しい笑顔。
クロエとユフィの言い争い。
フィアがカードを調べている姿。
エルナが皆の飲み物を用意している姿。
ノアが静かにその様子を見ている姿。
そして――。
「ミナ、おかえり」
ユウの声。
「……っ」
ミナは両手で口を押さえた。
涙が止まらなくなる。
「違う……」
「帰りたいんじゃない……」
自分に言い聞かせる。
「私は……強くなるために出てきたんだから」
でも。
「……強くなんて、なりたくない」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「ただ……」
ミナは小さく息を吸った。
「ただ、皆と一緒にいたかった……」
その言葉を口にした瞬間。
胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に溢れ出した。
「帰りたい……」
「ユウさん……」
「みんな……」
「……会いたいよ」
ミナは声を押し殺して泣いた。
◇
しばらくして。
ようやく涙が止まった。
ミナは目を擦り、空を見上げる。
夜空にはたくさんの星が浮かんでいた。
「……明日はどうしよう」
答えは出ない。
それでも、朝は来る。
ミナは立ち上がった。
「とりあえず……歩こう」
どこへ行くのかは分からない。
何をするのかも決まっていない。
ただ、家に戻る勇気だけは、まだなかった。
ミナは一人で歩き始めた。
街灯の少ない道を、ゆっくりと進んでいく。
その途中――。
「……あれ?」
道の向こうから、小さな声が聞こえた。
ミナは足を止める。
誰かいる。
けれど、姿は見えない。
「……誰?」
返事はない。
風が吹く。
ミナは少しだけ不安になりながら、声のした方向へ歩いていく。
すると――。
街灯の下に、一人の少女が座り込んでいた。
桃色の髪。
花を思わせる服。
膝を抱え、小さく俯いている。
ミナは足を止めた。
「……女の子?」
少女もミナに気づいた。
ゆっくりと顔を上げる。
そして――。
無理に笑顔を作った。
「……こんばんは」
その笑顔は、とても寂しそうだった。
ミナは、その少女を見つめる。
なぜだろう。
初めて会ったはずなのに。
その少女が、自分と同じように見えた。
――帰る場所を失った少女。
ミナはそっと近づく。
「……あなたも、一人なの?」
少女は少し驚いた顔をして。
それから、小さく頷いた。
「……うん」
その一言をきっかけに。
二人の少女の物語が、静かに始まった。




