026.SRの少女
グランドカップが終わってから、しばらくの時間が過ぎた。
天城ユウの家は、今日も賑やかだった。
「ユウ、今日の夕飯は何?」
モモがキッチンから顔を出す。
「まだ決めてないよ。みんなで食べたいものを――」
「私はお肉がいいですわ!」
セレスがすぐに手を挙げた。
「また肉?」
「勝利の後には肉ですわ!」
「この前も食べたような……」
ユウが苦笑する。
「まあまあ」
ミレイが笑いながら二人をなだめる。
少し離れた場所では、クロエとノアが次の大会に向けたデッキについて話していた。
「次は速攻型を試そうぜ」
「相手のデッキ次第。防御型も捨てられない」
エルナは皆の飲み物を用意し、フィアは一人でカードを眺めている。
「このカードの効果、やっぱり面白い……」
ユフィはそんなフィアを見ながら、くすくすと笑っていた。
「またカードのこと考えてるの?」
「当然。カードは奥が深いから」
そしてレイナは、少し離れた場所で全員の様子を静かに見守っている。
そんな光景を、ミナは少し離れたところから眺めていた。
みんなが楽しそうに笑っている。
以前なら、ミナもその輪の中に自然と入っていた。
「……楽しそう」
ミナも笑顔を浮かべる。
けれど、その笑顔は長く続かなかった。
視線が、少女たちのカードへ向かう。
GR。
最高レアリティ。
そこにいる少女たちは、みんなそれぞれに強力な能力を持っている。
そして――。
ミナの視線が、自分のカードに落ちる。
SR《水精霊の癒し手 ミナ》
「……SR」
小さく呟いた。
◇
ミナは、自分がSRであることをずっと気にしていたわけではない。
ユウに召喚されたときは嬉しかった。
戦いでは仲間を回復できる。
傷ついた少女を助けることができる。
「ミナがいると安心する」
そう言ってもらえることもあった。
それだけで十分だと思っていた。
――けれど。
最近は、違った。
GR少女たちが新しい力を見せるたびに、自分との差を感じてしまう。
ルナには、ユウとの特別な絆がある。
ミレイには強力な回復能力がある。
セレスやクロエには圧倒的な攻撃力。
ノアには強固な防御。
モモには幸運。
フィアには特殊な解析能力。
エルナには完璧なサポート。
ユフィには相手を翻弄する力。
そしてレイナには、戦場全体を動かすほどの指揮能力がある。
「みんな、凄いな……」
ミナは呟いた。
「私は……回復することしかできない」
その言葉が、自分の胸に突き刺さる。
「しかも……SR」
ミナは慌てて首を振った。
「駄目……こんなこと考えちゃ」
皆は優しい。
誰もミナを責めたことなどない。
ユウも、いつだってミナを頼ってくれている。
分かっている。
分かっているのに――。
どうしても、自分だけが取り残されているような気がしてしまう。
◇
その日の午後。
ユウたちは模擬戦を行っていた。
「行きますわ!」
セレスが敵陣へ突っ込む。
「合わせる」
クロエが続く。
「防御は任せて」
ノアが前に出る。
「回復の準備もできています」
ミレイが後方から声をかける。
次々と繰り出される攻撃。
少女たちは息の合った連携で、相手の戦線を崩していく。
「すごい……」
ミナは後方から見ていた。
「みんなだけで……戦えてる」
やがて模擬戦は終了した。
「よし!」
ユウが拳を握る。
「かなりいい感じだね」
皆が嬉しそうに笑う。
ミナも笑顔を作った。
「うん。よかったね」
そのとき、ユウがミナを見る。
「ミナもありがとう」
「え?」
「いつもみんなの回復をしてくれてるから」
「……うん」
「ミナがいると安心するよ」
ユウは何気なくそう言った。
本当に何気ない言葉だった。
ミナを励ますためでもない。
特別な意味を込めたわけでもない。
ただ、本当にそう思っていたから口にしただけ。
「ありがとう……」
ミナは笑った。
けれど。
胸の奥に生まれた苦しさは、消えなかった。
「回復してくれるから……安心する」
その言葉だけが頭に残った。
「じゃあ……」
ミナは思ってしまう。
「私が回復できなくなったら?」
「私に、もっと凄い能力があったら?」
「私がGRだったら……」
そんな考えが、どんどん膨らんでいく。
◇
夜。
少女たちがそれぞれの部屋へ戻った後。
ミナは一人、自分のカードを眺めていた。
月明かりがカードを照らしている。
「私は……何がしたいんだろう」
カードに描かれた自分を見る。
「強くなりたい……」
一瞬、そう思った。
けれど、すぐに首を横に振る。
「違う」
今のミナが欲しいのは、強さではなかった。
本当は――。
「……私も、みんなみたいに必要とされたかった」
目から涙がこぼれた。
「私だって……」
声が震える。
「私だって、特別になりたかった」
涙を拭う。
しかし、止まらない。
「でも……私はSRだから」
言ってしまった。
ずっと心の中に隠していた言葉を。
「私なんか……」
そこから先は、言葉にならなかった。
◇
その夜。
ミナは決めた。
もう、ここにはいられない。
みんなが嫌いになったわけではない。
ユウが嫌いになったわけでもない。
むしろ、その逆だった。
大切だからこそ。
優しくしてもらったからこそ。
自分がこんなことを考えていると知られたくなかった。
「みんなに心配をかけたくない」
だから――。
ミナは一つの嘘をつくことにした。
修行に行く。
そう言えば、きっと皆は納得してくれる。
そして、自分が本当は傷ついて家を出るのだと知られずに済む。
けれど。
修行のための場所なんて、決めていない。
行き先もない。
何をするのかも分からない。
それでも――。
「もう……帰らない」
ミナは小さく呟いた。
「ここにいたら、もっと苦しくなる」
本当は怖かった。
一人になるのも怖い。
知らない場所へ行くのも怖い。
それでも、家に残って笑い続けることのほうが辛かった。
◇
翌朝。
ミナは小さな荷物をまとめた。
「ミナ?」
部屋を出ると、ユウがいた。
「今日は早いね」
「うん……」
ミナは一瞬だけ言葉に詰まる。
それでも笑顔を作った。
「ユウさん。みんなにも伝えてほしいことがあるの」
「何?」
ミナは深呼吸する。
「私……しばらく修行に行ってくる」
「修行?」
ユウが驚く。
「うん」
「急にどうして?」
「もっと自分を鍛えたいと思って」
それは嘘だった。
本当は、心が折れてしまっただけ。
ここから逃げたいだけ。
でも――。
皆を心配させたくなかった。
「大丈夫だから」
ミナは笑う。
「少しだけ、一人で頑張ってみたいの」
「分かった」
ユウは少し心配そうにしながらも頷いた。
「無理しないでね」
「……うん」
その言葉が、胸に刺さる。
「ありがとう」
ミナは玄関へ向かった。
そこには、ルナたちも集まっていた。
「ミナ、本当に行っちゃうの?」
ルナが尋ねる。
「うん。大丈夫だよ」
「気をつけて」
ミレイが優しく声をかける。
「困ったら、いつでも戻ってきて」
「……うん」
ミナは笑う。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
皆の声が背中から聞こえる。
扉を開ける。
一歩。
また一歩。
ミナは振り返らなかった。
振り返ったら、きっと戻りたくなってしまう。
そして――。
玄関の扉が閉まる。
「……ごめんなさい」
ミナは誰にも聞こえない声で呟いた。
「嘘ついて……ごめんなさい」
目に涙を浮かべながら、歩き始める。
修行に行くと言った。
けれど、修行をするつもりなどなかった。
帰る場所も決めていない。
ただ――。
自分の心が壊れてしまう前に、家から逃げたかった。
ミナは一人で歩き続ける。
その先に何が待っているのかも知らずに。
そして、この家出が一人の少女との運命的な出会いにつながることを――。
まだ、ミナは知らなかった。




