021.最高レアリティ
翌朝。
ユウは、いつもより早く目を覚ました。
「……」
ベッドから起き上がる。
窓の外は、まだ薄暗い。
いつもなら、もう少し眠っていた。
けれど今日は眠れなかった。
頭の中に、昨日の疑問が残っている。
――なぜ、勝ったのに嬉しくなかったのか。
「……」
ユウはリビングへ向かった。
誰もいない。
静かな部屋。
以前なら、この時間には――。
『ユウ、おはよう』
そんな声が聞こえてきた。
けれど今は、ない。
ユウは机の上を見る。
そこには、一枚のカードが置かれている。
GR《月光の少女 ルナ》。
「……おはよう、ルナ」
当然、返事はない。
ユウはカードを手に取った。
指先でカードの表面をなぞる。
そこには、初めて召喚した日のルナが描かれている。
月明かり。
銀色の髪。
青紫色の瞳。
そして、こちらへ差し出された手。
ユウは、ふと考えた。
「……最初から、GRだったんだよな」
召喚少女において、GRは最高レアリティ。
誰もが欲しがるカード。
大会でも強力なカードとして扱われる。
だからユウも、最初は嬉しかった。
初めて買ったパックからGRが出た。
しかも、少女妖精。
それだけで十分すぎるほどの幸運だった。
けれど。
「僕が嬉しかったのって……GRだったからなのかな」
ユウは首を横に振った。
違う。
それだけじゃない。
初めて召喚したとき。
ルナが話しかけてくれた。
一緒にルールを覚えた。
一緒に初めての戦いに勝った。
負けたときは励ましてくれた。
賞金で何を買うか、一緒に考えた。
浴衣姿のルナを見て、「かわいい」と言った。
初めて大きな大会に出た。
負けて。
悔しくて。
それでも二人で帰った。
「……あれ?」
ユウの胸に、何かが込み上げてくる。
思い出してみれば。
楽しかった時間のほとんどに、ルナがいた。
「僕が欲しかったのは……カードじゃなかったのか」
ユウは呟いた。
もちろん、カードが嫌いになったわけではない。
召喚少女も好きだ。
大会で勝つのも嬉しい。
強いカードを引いたときは今でも興奮する。
けれど。
それだけでは足りなかった。
「……僕は、何を追いかけてたんだろう」
ユウは、自分のカードバインダーを開いた。
GRカードがずらりと並んでいる。
ミレイ。
セレス。
モモ。
クロエ。
ノア。
エルナ。
そしてレイナ。
どれも強い。
どれも美しい。
どれも大切な仲間だ。
けれど。
そのカードを一枚ずつ眺めても。
胸が締めつけられるような感覚にはならない。
最後に。
バインダーの端にある空白を見る。
そこには、本来ルナのカードが入っていた。
「……」
ユウはカードを手に取った。
バインダーの中へ戻そうとして――。
やめた。
「違う」
ルナは、ここじゃない。
ただのカードとしてしまっておくものじゃない。
そう思った。
◇
「ユウ?」
声がして、振り返る。
ミレイだった。
「おはようございます」
「おはよう、ミレイ」
ユウの顔を見て、ミレイが少し驚いた。
「……何か、決めた顔をしていますね」
「うん」
ユウはルナのカードを見つめた。
「僕、分かった気がする」
「何がですか?」
「僕が欲しかったもの」
ミレイは黙って聞いている。
「僕は、強いカードが欲しかった」
「はい」
「大会にも勝ちたかった」
「はい」
「もっと強くなりたかった」
ユウは一度、言葉を止めた。
「でも……それだけじゃなかった」
カードを握る。
「僕が一番嬉しかったのは、ルナと一緒に勝ったときだった」
ミレイは優しく微笑んだ。
「……そうですね」
「負けたときだって、ルナと一緒なら楽しかった」
「はい」
「大会で優勝したときより……最初の頃、ルナと一緒に遊んでた時間のほうが、ずっと大切だった」
その言葉を口にすると。
胸の奥にあったものが、少しずつ整理されていく。
「僕、ずっと勘違いしてた」
「……何をですか?」
「最高レアリティのカードを持っていれば、もっと幸せになれると思ってた」
ユウはカードバインダーを見る。
「だから、もっとGRを集めた」
ミレイも、その言葉の続きを待つ。
「でも……違った」
ユウはルナのカードを胸元へ抱いた。
「僕にとっての最高レアリティは、ルナだったんだ」
その瞬間。
カードが淡く光った。
「……!」
ユウが目を見開く。
「今……!」
ミレイもカードを見る。
月の紋章が、一瞬だけ輝いていた。
けれど。
すぐに元へ戻る。
ユウはカードを見つめた。
「ルナ……聞いてるの?」
返事はない。
でも。
ユウは確信していた。
「……待ってて」
カードを両手で包む。
「必ず、迎えに行くから」
◇
その日の昼。
ユウはいつものカードショップへ向かった。
以前なら、新弾発売日でもないのにカードショップへ行けば、新しいパックを探していただろう。
だが今日は違った。
「すみません」
店員に声をかける。
「召喚少女の、封印について調べたいんです」
「封印、ですか?」
「はい」
店員は少し驚いた顔をした。
「珍しい質問ですね」
「何か情報はありませんか?」
「公式ルールブックには、簡単な説明しかありませんが……」
店員は奥から古い冊子を持ってきた。
「こういう資料ならあります」
ユウはページをめくる。
召喚少女の基本ルール。
少女妖精カード。
絆ポイント。
召喚条件。
そして――。
封印。
「……」
説明は短かった。
絆ポイントが一定条件を下回った場合、少女妖精はカードへ帰還する。
そして、絆が回復するまで召喚できない。
ただし。
最後のページに、一文だけ。
――『封印された少女妖精を救う方法は、召喚主自身の絆によってのみ開かれる』
「……絆によってのみ」
ユウはその文章を何度も読んだ。
「つまり……」
カードを握る。
「僕が、ルナとの絆を取り戻せばいい」
具体的な方法は書かれていない。
どこへ行けばいいのかも分からない。
何をすればいいのかも分からない。
それでも。
初めて、手がかりを見つけた。
「ルナを取り戻せる」
ユウは小さく呟いた。
その瞬間。
不安よりも先に。
強い気持ちが湧いてきた。
「……探そう」
ルナを。
必ず。
◇
店を出る。
空を見上げる。
雲の隙間から、昼間の月がわずかに見えていた。
ユウはルナのカードを取り出した。
「ルナ」
カードの中の少女を見る。
「今度は、僕から会いに行く」
これまで。
ルナはいつもユウの隣にいた。
戦って。
笑って。
支えてくれた。
だから今度は――。
ユウがルナを探す番だ。
「絶対に見つけるから」
その言葉に応えるように。
カードの月の紋章が、ほんの少しだけ輝いた。
ユウはそれを見て、初めて笑った。
「……待ってて、ルナ」
最高レアリティのカード。
それは、ただ強いカードのことではなかった。
ユウにとっては。
世界でたった一枚の。
何にも代えられないカードだった。
そして。
ルナを取り戻すための旅が――。
今、始まった。




