014.すれ違い
大会で敗れてから、三日。
天城ユウは、今日もカードショップにいた。
「これを三枚……」
新しいパックを手に取る。
「それから、こっちも二パック」
店員がカードを袋に入れていく。
「最近、よく買われますね」
「はい」
ユウは笑った。
「もっと強くなりたいので」
その言葉を、ユウは何度も口にするようになっていた。
もっと強く。
もっと勝てるデッキを。
もっと強い少女を。
そして――もっと大きな大会で勝つ。
前回の敗北が、ユウの中に火をつけていた。
◇
家に帰ると、すぐにカードを開封する。
「……R」
「SR」
「これは……」
新しいイベントカード。
ユウはカードを手に取って効果を確認する。
「これ、クロエと相性がいいな」
すぐにデッキへ加える。
その様子を、ルナが少し離れたところから見ていた。
「ユウ」
「ん?」
「今日もカードショップに行ってたの?」
「うん」
「……また買ったのね」
「そうだよ」
ユウは嬉しそうにカードを見せる。
「これ、かなり強いカードなんだ」
「そう」
ルナはカードを見る。
「よかったね」
「うん!」
以前なら。
ルナも一緒にカードを眺めていた。
新しいカードが出るたびに、
「どんな能力?」
「これ、私と組み合わせたらどうかな?」
そんな会話をしていた。
今は。
ユウが一人でカードを調べる時間のほうが増えていた。
「ルナ」
「なに?」
「このカード、僕のデッキに入れるとしたら――」
ユウが説明を始める。
ルナは微笑みながら聞いた。
「うん」
「それで、クロエの攻撃を通しやすくして――」
「うん」
「……っていう感じ」
「強そうね」
「でしょ?」
ユウは満足そうに笑う。
けれど。
ルナは思っていた。
――私は、そのデッキのどこにいるんだろう。
◇
翌日。
「ユウ」
「ん?」
「今日は、一緒に買い物に行かない?」
「買い物?」
「うん」
ルナは少し嬉しそうだった。
「この前、今度一緒に出かけようって言ってたでしょ?」
「あ……」
ユウは思い出した。
以前、ルナに「大会が終わったら二人で出かけよう」と約束していた。
でも。
「ごめん」
ユウは申し訳なさそうに言った。
「今日はデッキを調整したいんだ」
「……今日じゃなくてもいいよ」
「うん。今度行こう」
「いつ?」
「え?」
「いつ、一緒に行ける?」
ユウは少し考えた。
「次の大会が終わったら……かな」
「……また大会」
「うん」
ルナは黙った。
「分かった」
そして笑う。
「じゃあ、次の大会が終わったらね」
「約束」
「……うん」
ルナは頷いた。
けれど。
その「約束」が。
少しずつ遠いものになっているような気がした。
◇
その日の午後。
ユウはクロエ、ノア、エルナと練習をしていた。
「クロエ、ここ!」
「任せて!」
「ノア、防御!」
「了解」
「エルナ、次のターンにサポートを――」
「承知しました」
三人の連携は良かった。
ユウも満足していた。
「やっぱり、この組み合わせは強い」
クロエが笑う。
「もっと強い相手と戦いたいな!」
「次の大会で試そう」
「楽しみ!」
そのとき。
リビングの入口にルナが立っていた。
「……」
しばらく三人の練習を見ていた。
「ルナ?」
ユウが気づく。
「あ……」
ルナは笑った。
「ごめん。邪魔だった?」
「いや、そんなことないよ」
「そっか」
ルナは部屋へ戻ろうとした。
「ルナ」
「なに?」
「一緒にやる?」
一瞬。
ルナの顔が明るくなった。
「……いいの?」
「もちろん」
「じゃあ――」
「ただ」
ユウが続けた。
「今のデッキ、かなり完成してるから、ルナを入れるならどこを抜くか考えないと」
「……」
ルナの表情から、笑顔が消えた。
「そっか」
「うん」
「じゃあ、いいや」
「え?」
「練習、続けて」
「でも――」
「大丈夫」
ルナは笑った。
「頑張ってね」
そして部屋へ戻っていった。
「……?」
ユウは少し不思議に思った。
「どうしたんだろう」
クロエが首を傾げる。
「さあ?」
ノアが答える。
「……何か問題がある?」
「いや」
ユウは首を横に振った。
「練習しよう」
◇
部屋に戻ったルナは、自分のカードを見つめていた。
カードの中に描かれているのは、いつもの自分。
月光の下で剣を持ち。
手を差し伸べている。
最初に召喚されたときから。
ずっと。
ユウの隣にいた。
「……私」
ルナは小さく呟いた。
「弱くなったのかな」
能力値だけなら、そんなことはない。
むしろユウと出会った頃より、絆ポイントも高い。
戦い方も覚えた。
ユウとの連携だって、以前よりずっと上手くなった。
それでも。
今のユウが求めているのは――。
「もっと強いカード」
ルナの胸が、少しだけ痛んだ。
「……私じゃ、足りないのかな」
◇
一方。
リビングでは、ユウがデッキを見つめていた。
「……やっぱり、この構成が一番いい」
クロエ。
ノア。
エルナ。
攻撃、防御、サポート。
バランスが取れている。
そして。
勝てる。
「次は絶対に負けない」
ユウはそう呟いた。
前回の敗北が悔しかった。
だから、もっと強くなりたい。
その気持ちは間違っていない。
勝ちたい。
上手くなりたい。
誰だってそう思う。
ただ――。
ユウはまだ気づいていなかった。
「勝つために必要なもの」と「大切なもの」が。
いつの間にか、同じ意味ではなくなっていることに。
◇
その夜。
ルナがリビングへ戻ってきた。
「ユウ」
「ん?」
「もう寝るね」
「うん。おやすみ」
「……おやすみ」
ルナは少しだけ立ち止まった。
「ユウ」
「なに?」
「……私」
何かを言おうとした。
けれど。
「ううん。なんでもない」
笑って首を横に振る。
「おやすみ」
「おやすみ、ルナ」
ルナが部屋へ戻る。
ユウはまたカードを見る。
その背中を。
誰も見ていない。
ルナは部屋の中で、ベッドの端に座った。
「……相棒」
その言葉を口にしてみる。
以前なら。
その言葉だけで嬉しかった。
今は――。
「まだ、そう呼んでいいのかな」
返事はない。
ルナはカードを胸元に抱えた。
そして静かに目を閉じる。
――二人の間に。
ほんの少し。
見えない距離ができていた。
その距離は、まだ戻れるほど小さい。
けれど。
ユウが気づかないまま歩き続ければ。
いつか――。
取り返せないほど、大きくなってしまう。
そんな予感だけが。
ルナの胸の奥に、残っていた。




