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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
文化祭当日 編

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99/110

文化祭1日目 ~約束してるけど待てなくて2~

 教室に戻ると、ざわつきは一段階だけ大きかった。

 昼休みの延長みたいなざわつきの中に、三人の存在だけが少し浮いている。

 視線が自然と集まる。

 ユヅキはその視線を気にする様子もなく、教室を一度だけ見回した。

 その動きだけで、教室の視線が一斉にそちらへ向いた。


「……誰?」


 誰かが小さく漏らす。


「外の人だよね、多分」


 それだけで十分だったのに、もう一言が重なる。


「如月さんの知り合い?」


 ざわつきは広がるというより、納得できない違和感として残る。

 マサキとリサが仲がいいのは、クラスの誰もが知っている。

 文化祭の準備期間なんて、特にそうだった。

 一緒にいることも多い。距離も近い。

 リサがマサキを見る目が少し特別なのも、気づいている人間はいる。


 でも、それでも。

 どこかでまだ、<仲のいい友達>として処理している生徒も少なくなかった。

 マサキは地味だ。

 静かで、目立つタイプじゃない。

 教室の中心に立つ人間でもない。

 だから、リサみたいな目立つ女の子の彼氏候補としては、まだ現実感が薄い。


 むしろ。

 今、教室へ入ってきた男の方が、ずっと<それっぽく>見えた。

 まず顔が強い。

 モデルみたいに整っている。

 茶髪も、ピアスも、普通なら少し浮きそうなのに、不思議なくらい違和感がない。

 背も高い。

 立っているだけで、視線の中心が自然とそっちへ寄る。


 しかも隣にいるのがリサだ。

 読者モデルの女の子と、芸能人みたいな顔の男。

 並んだ瞬間の<絵>としての完成度が高すぎた。

 リサの隣へ立った時の収まりまで自然で、最初からそういう組み合わせだったみたいに見える。

 だから、誰かが半分冗談みたいに言う。


「彼氏とかじゃないの?」


 一瞬だけ教室が静かになる。

 その言葉には、<意外>よりも、<そっちの方が自然>かもという響きの方が近かった。

 ユヅキはすぐに否定しない。

 その代わり、ほんの一瞬だけ目を動かす。

 見る先はマサキだった。

 マサキは表情をほとんど変えていない。

 でも、目だけがわずかに止まっている。

 ユヅキはそれを見て、口元だけ笑った。


「さあね」


 一気には元の調子に戻らない。


「え?」


「どっち?」


「今の何?」


 リサが即座にムッとした顔になる。


「ちょっと」


 ユヅキは軽く手を振る。


「さあねって言っただけじゃん」


 リサは一拍だけ間を置いてから、困ったように笑う。


「ただの親戚だよー、彼氏に見えた?」


 言い切ってから、首を少し傾げる。

 目が一瞬だけマサキの方へずれる。

 すぐに戻して、続ける。


「マサキくんいるのに、こっちが彼氏っておかしくない?」


 その一言で、教室の中の表情が、一度だけ分かった側に寄る。

 けれど、それを口にする人はいない。

 ただ視線だけが、同じ方向へ揃う。

 リサの隣。そして、その少し先。

 マサキだけが、まだその意味に追いついていない。


『マサキくんいるのに、こっちが彼氏っておかしくない?』


 リサが言った瞬間、クラスメイトたちは一瞬だけ目を合わせた。


(あー、そっちね)


(なるほどな)


(今のはそういうやつか)


 誰も声にはしない。

 でも、ほぼ同時に<理解した顔>だけが並ぶ。

 ユヅキはその様子を感じながら、マサキをちらりと見る。

 さっきの「さあね」は、半分くらい反応を見るためだった。

 マサキがどういう顔をするのか。

 否定するのか。不機嫌になるのか。

 少しくらいは揺れると思っていた。


 でも、マサキは特に反応しない。

 むしろ、どこか納得したみたいな顔ですらあった。

 ユヅキはそこで気づく。


(あー……そっか)


 前に一度、マサキ自身も同じ勘違いをしている。

 街中でリサの隣にいた自分を見て、普通に彼氏だと思っていた。

 つまりマサキの中では、<リサの隣にこういう男がいたら彼氏に見える>は、もう当然の認識なんだ。

 だから今さらクラスメイトがそう思っても、不自然だとは思っていない。

 嫉妬より先に、<まぁそう見えるだろ>が来ている。


 結果として。

 ユヅキが煽るつもりで投げた言葉に、反応したのはマサキじゃなくリサの方だった。

 しかも本人は、かなり自然に言ってしまっている。


『マサキくんいるのに』


 その言葉の意味に、マサキだけがまだ気づいていなかった。


 マサキだけが、少し首をかしげる。


(いや、何が?)


 リサの言葉のおかしな点は分かる。

 でも、どこが引っかかっているのかまでは分からない。

 教室の話が、自分を置いて先に進んでいる感覚だけがある。

 リサはその反応を見て、小さく息を吐く。


(ほんとに分かってない……)


 という顔を一瞬だけしてから、すぐに視線を戻す。

 ユヅキはその様子を横から見て、短く笑う。


「まあ、そういうことになるよね」


 その言葉に、周囲はもう何も突っ込まない。

 突っ込む必要がないからだ。

 むしろ、もう説明しない方が自然になっている。

 数人は視線だけで会話している。


(気づいてないのあいつだけだろ)


(いや、あれは気づかないタイプだわ)


(むしろ今の状況で気づかないのすごいな)


 理解だけが共有されていく中で、マサキだけがまだ置き去りのまま立っている。


「えっと……何の話だ?」


 その一言で、教室のどこかから小さなため息が落ちる。


「いや、別に」


「なんでもない」


 説明するほどでもないという意味で、そう返される。

 リサは笑って、話を終わらせるように手を振る。


「ほらー、作業戻ってー」


 その流れに、誰も逆らわない。

 ただ一つだけ残る。

 さっきまで全員で共有していた分かっている感じと、その中心に一人だけ立ち遅れているマサキのズレ。

 教室は元の騒がしさに戻っていくのに、そのズレだけは誰も直さないまま残っていた。


◇   ◇


 教室のざわつきが少し落ち着いたと思ったところで、ユヅキはわざと軽い調子を戻すように口を開いた。


「文化祭をさー、男女でまわってたらいい感じにならない?」


 マサキは一瞬だけ顔を上げる。

 そのあと、少し考える間もなく返した。


「さっきまで店番だったんで、まだどこも回ってないです」


「……そこじゃなくてさ」


 ユヅキは肩をすくめる。

 言い直さない。というより、言い直しても伝わらない予感があった。

 マサキは悪気のない目で、もう一度こちらを見るだけだった。


「今日ずっと2人でいるの?」


 今度は少しだけ、問いの形が変わる。

 リサの存在を含めた確認のような言い方だった。

 マサキは一拍置いてから、横に目をずらす。

 リサを見て、それからユヅキを見る。


「ユヅキさんいるんで、3人ですね」


 リサが一瞬だけ口元を押さえる。

 笑いかけて、すぐに飲み込む。

 ユヅキは「いやそういう意味じゃない」と言いかけて、やめた。


(このまま行くと全部ズレる)


 代わりに、少しだけ軌道を変える。


「文化祭ってさ、そういうイベントになること多いじゃん」


「そういうってなんですか」


 間がない。


「いい感じになるやつ」


「ユヅキさんって、学校行事を恋愛イベントか何かだと思ってます?」


 リサの肩が、ほんの少しだけ揺れる。


(そこは普通に切るんだ……)


 ユヅキは思わず笑ってしまう。


「思ってたー」


「ユヅキさんの経験則なのはよく分かりました」


 その一言で、会話が一度ちゃんと区切れる。

 普通ならここで流れは終わる。

 でもユヅキは、少しだけ間を空けたあとで続けた。


「……ねえ」


 声のトーンが、ほんの少しだけ落ちる。

 冗談の外側に一歩だけ出た感じだった。

 マサキは、待っている形になる。

 リサも一瞬だけ表情を止める。


「女の子待たせるのって、男としてどうなの?」


「え」


 反射で声が出る。

 すぐに自分で気づいて、口を閉じる。


「ちょっとユヅキ、ほんとにそれやめて」


「何を」


「そういう……変な方向に持ってくの」


 ユヅキはリサには目を向けない。

 そのまま、マサキだけを見る。

 マサキは少しだけ間を置いてから、ゆっくり言った。


「待たせたことは、悪いと思ってます」


 リサの表情が一瞬だけ動く。


(そこはちゃんと受けるんだ、っていう安心と違和感が同時に来る)


 マサキは続ける。


「でもさっきのは、職員室に用があったんで」


「……は?」


 二人の間が、完全に止まる。

 音が抜けたみたいに静かになる。


「……っ」


(違う、そこじゃない)


 ユヅキは数秒だけ黙ってから、小さく息を吐いた。


「手ごわすぎるだろ」


 その声には、呆れと諦めと、少しの笑いが混ざっている。

 リサは一瞬だけ目を伏せる。

 気づいてる、という顔だけが先に出る。

 マサキはそのやり取りを見ているが、まだ繋がらない。


(何の話をしてるんだろう)


 ユヅキの問いは分かった。

 『女の子を待たせるのはどうなのか』という話だった。

 それに対して、待たせたのは事実だから悪いと思っている、と返した。

 職員室に用があったのも事実だから、そう言った。

 どこにも嘘はない。

 なのに。


(なんで<手ごわい>になるんだ)


 ユヅキの「手ごわすぎるだろ」が、少しだけ引っかかっている。

 何かを外した。

 それだけは分かる。

 でも何を外したのかが分からないから、修正もできない。


(……オレ、何か言い間違えたか)


 リサが目を伏せた。

 その顔だけが、何かを知っている顔だった。

 ユヅキも、呆れているのとは少し違う顔だった。


 問いかけたいのに、何を聞けばいいのかが分からない。

 会話の中にあるはずの前提だけが、自分のところにだけ届いていない。

 その沈黙の中で、ユヅキはふっと肩の力を抜いた。


 何か言えば、もう少し揺れるかと思っていた。

 照れるとか、焦るとか、否定するとか。

 少なくとも、リサを待たせているという話をすれば、男としてどうこう以前に、少しはそちらへ意識が向くと思っていた。


 でも、マサキは違った。


 待たせたことは悪い。

 職員室に用があった。

 そこに嘘はないし、筋も通っている。


 ただ、その返し方だと、恋愛の話が全部ただの用事の話になる。

 リサが待っていたことも、リサが一緒にいたがっていることも、周囲からどう見えているかも、全部状況として処理されてしまう。


(あー、これは外から言葉を入れても通じない)


 ユヅキはそこで理解した。


 鈍い、というより、前提が違う。

 リサが向けているものを、マサキはまだ自分に向けられた恋愛として受け取っていない。

 だから外からつついても、たぶん変に困らせるだけで、肝心なところには届かない。


 しかもリサの方は、それを分かったうえで好きでいる。


「……あー、なんかごめん。ちょっとお邪魔だったっぽいな」


 調子を戻しているのに、さっきの流れがまだ少し残っている声だった。

 リサは即座に顔を上げる。

 迷いのない動きだった。


「うん、まぁ」


 短い。

 否定も補足もない、ほぼ反射に近い返事だった。


 ユヅキは一拍だけ固まって、それから小さく笑う。


「いや、それはまぁ……うん、分かる」


 その返事で、もう十分だった。

 リサは本当に、自分が外れるのを待っていたわけではない。

 けれど、マサキと二人でいられるなら、その方がいいと思っている。


 そしてマサキは、たぶん今のやり取りの意味も半分くらい分かっていない。


(外野が何言っても、今は無駄だな)


 少し間が空く。

 その間に、言い訳も冗談も挟まないまま、目だけが教室の端に流れる。

 ユヅキは軽く息を吐く。


「じゃ、オレちょっと離れるわ」


 マサキは一拍遅れて反応する。


「あ……はい」


 相変わらず敬語で、距離のある返事だけが先に出る。

 ユヅキは笑って、廊下の方へ手をひらひらさせた。


「はいはい、完全に外野でした」


 そのまま、特に引き止められる間もなく教室の外へ消えていく。

 その場が一段階だけ静かになる。

 リサはその背中をしばらく見送ってから、何事もなかったように視線を戻した。

 マサキはコーラのペットボトルを握ったまま、その場に立っている。


(さっきの話、結局何だったんだろう)


 ◇   ◇


 文化祭の通路は、どこもかしこも食べ物の匂いでできていた。

 甘い匂い、しょっぱい匂い、揚げ物の重たい誘惑が全部まとめて流れてくる。


「で、どこ行きたい?」


 マサキがそう聞いた瞬間、リサの目が一段階だけ真剣になる。


「えっとね、焼きそばと、チュロスと、あとクレープと……」


 もうその時点で指が忙しい。

 一本、二本、と食べたいものをカウントしていく。


「フライドポテトと、お好み焼き……」


 まだあるのに、いったん息を吸う。

 マサキはその横顔を見て、少しだけ間を置いた。

 うっすら口が開いたまま指を折っている。真剣な顔だ。

 ほんの少し、可愛い。


「なに食べたいって聞いたわけじゃないぞ」


 軽くツッコミを入れる。

 リサは一瞬きょとんとして、それから普通にうなずいた。


「ね、全部半分こしようね」


 その言葉が出た瞬間、マサキの中で一拍だけ思考が止まる。


(半分こ)


 食べ物を分ける、という意味として受け取る前に、別の記憶が先に浮かぶ。

 花火大会のときの、アイス。

 ひとつのカップに、一本のスプーン。

 交互に同じものを口に運ぶ。


(間接キスか)


 そこまで繋がった瞬間、意味は一気に具体的になる。

 同じものを、同じ道具で、交互に使う。

 つまりリサの半分こは、そういう形になる。

 マサキは一瞬だけ目を落とす。


(……うん、嫌じゃない)


 むしろ逆だ、と言い切るほどでもないが、少なくとも避ける理由は出てこない。

 リサは、可愛い。

 その認識だけは最初から変わっていない。

 クラスの中でも目立つし、普通に見ていて整っていると思う顔だし、距離が近いときは落ち着かない。

 その相手と、同じスプーンで食べる。


(それは……普通に、嬉しい方だろ)


 自分の中で出た結論に、少しだけ間が空く。

 その嬉しいが何に近いのか、深くは掘らないまま押し込む。

 リサの方を見ると、すでに次に行く屋台の順番を頭の中で組み立てている顔だった。

 完全に食べる前提の顔。

 マサキは小さく息を吐いて、短く言う。


「……そうだな」


 了承というより、流れを止めないための返事。

 リサは満足そうにうなずいて、すぐに歩き出す。

 その横に並びながら、マサキはさっきの言葉を頭の隅で反芻する。


(半分こ)


 スプーン一本。

 距離の近さ。

 言葉にしないまま成立していた、あの時間。


(……あれは、悪くなかった)


 そう思ったところで、自分でも少しだけ引っかかる。

 悪くなかった、ではなく。


(普通に、よかった)


 その違いだけは、なぜかはっきりしていた。


 ◇   ◇   ◇


 文化祭の廊下は、昼を過ぎても人の流れが途切れていなかった。

 各クラスの呼び込みが飛び交い、どこかの教室からは笑い声が漏れてくる。

 焼きそばの匂いと甘いクレープの匂いが混ざって、辺り一帯が騒がしい。

 そんな中、リサは片手にホットドックを持ったまま、楽しそうに歩いていた。


「はい、あーん」


 自分の食べかけを、そのままマサキの口元へ差し出す。

 マサキは反射的に周囲を見た。

 すれ違う生徒。

 近くの模擬店。

 普通に人が多い。


(人目……)


 リサが首を傾げる。


「なに?」


「……見られてる」


 小さめの声だった。

 リサは少しだけ周囲を見回す。

 たしかに視線はある。

 というより、この二人は歩いているだけでそこそこ見られる。


「場所変える?」


 マサキは数秒だけ迷ってから、観念したみたいに頷いた。


「……その方が」


 リサはふっと笑う。


「じゃ、どっか座れるとこ探そっか」


 その声は、少しだけ嬉しそうだった。

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