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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
文化祭当日 編

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98/111

文化祭1日目 ~約束してるけど待てなくて1~'

 文化祭の中でも、マサキたちのクラスは少し変わった方向に振っていた。

 その出し物の名前は「華カフェ」。

 名前のとおり、華をテーマにした装飾が空間全体を覆っている。

 壁には紙で作られた花が一面に咲き、天井からは色の違うリボンが垂れ、光の当たり方で表情を変えるように設計されていた。

 飲食そのものよりも、空間を見せることに比重を置いたカフェだった。


 提供されるものも派手な料理ではない。

 飲み物はジュースや簡単な紅茶、食べ物もサンド系やクッキー程度の軽食が中心だ。

 焼きそばやたこ焼き、綿あめといったいわゆる<花形メニュー>は上級生の出し物に優先される傾向があり、2年のクラスには回ってこなかった。

 その代わりに、華カフェは「雰囲気」で勝負する形になっている。


 リサは調理担当。

 マサキは売上管理担当。

 同じクラスでも、配置はかなり離れている。

 キッチン側は常に慌ただしく、レジ側も注文の声が途切れない。

 マサキはレジ横の机にノートPCを置き、注文数を入力していく役割だった。


 どの商品が何個出たか。

 ジュースがあとどのくらい残っているか。

 食材の消費量はどの程度か。

 入力された数から自動で在庫状況が更新されるテンプレートになっていて、足りなくなりそうなものがすぐ分かるようになっている。

 地味だが、止まると普通に困る役割だった。


 そのため、文化祭が始まってから二人はほとんど顔を合わせていなかった。

 それでも。


「マサキくん」


 聞き慣れた声が、横から割り込んでくる。

 マサキが視線を上げると、リサだった。

 エプロン姿のまま。

 白いシャツの上から淡い色のエプロンを重ねていて、髪は後ろで軽くまとめられている。


 動きやすさ優先の格好のはずなのに、目を引いた。

 もともとリサは、ただ立っているだけでも視線を集める。

 文化祭の慌ただしい人混みの中でも、その存在だけ少し浮くくらいには可愛い。

 しかもエプロン姿が、驚くほど似合う。


 マサキはその格好自体は見慣れていた。

 リサの家へ行った時、何度か料理を作ってもらっている。

 それでも。


(……やっぱ似合うな)


 そう思って、少し遅れて引っかかる。

 何度も見てる格好のはずなのに、毎回同じことを思っている。

 リサの家で料理してもらった時も、学校の調理実習の時も。

 何度も見てる格好のはずで、驚くようなことは何もないはずなのに。

 なのに毎回、同じところで少しだけ時間が遅れる。


 リサが机へ近づく動きに合わせて、胸元がふわりと揺れる。

 細い腰のラインに対して、身体つきだけ女の子らしい。

 エプロンの布越しでも分かるくらいには。

 リサはそんな視線に気づいていないまま、自然にマサキの横へ回り込む。


「……なに?」


「今ちょっと落ち着いたから」


 リサはそう言いながら、レジ横の売上メモを覗き込む。


「今どのくらい?」


「さっきので32」


「おー、結構いってる」


 マサキは口を薄く引いた。


「そっち大丈夫なのか」


 そう言いながら、新しい注文票へ手を伸ばす。


「大丈夫。もう下準備終わってるし」


 リサはあっさり答える。

 実際、調理班の中でもリサの処理速度は妙に速かった。

 注文が重なっても、動きが止まらない。

 次に必要なものを先回りして準備しながら、空いた時間を作っている。

 だから少し波が引くと、こうしてレジ側へ来る余裕まで生まれる。


 リサは画面を覗き込んだ。


「エクレア」


「エクセル」


 マサキが注文票を見て、数字を入力する。

 横に置かれた在庫欄の色が変わる。


「おぉ、なんで色変わったの?」


「アイスコーヒーが3分の2になった」


「え、早。すご、そういうの分かるんだ。へー」


 リサは画面を覗き込んだまま、さらに身を寄せる。

 マサキの視界へ先に入ってきたのは、エクセルとは別のものだった。

 エプロン越しでも分かる膨らみ。

 机へ身を乗り出しているせいで、さっきより距離も近い。


(……でかい)


 視線が止まった。

 リサの動きが、ふっと止まる。


「……」


 数秒。

 それから、リサはゆっくりマサキを見る。

 マサキも、そこでようやく自分の視線に気づいた。


「……あ」


 リサは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑う。


「あ、ごめん。邪魔してたね」


 すっと身体を引く。

 エプロンの裾を軽く押さえながら、少しだけ距離を空ける。

 マサキの視線が、無意識にその動きを追う。

 離れていく胸のライン。

 細い腰のかたち。


 そこでようやく、自分が追っていたことに気づく。

 マサキは反射みたいに視線を画面へ戻した。


「いや……別に」


 声が少しだけ詰まる。

 リサはその反応を見て、何か察したみたいに口元だけ笑った。

 その笑い方が、じわじわと頭に刺さる。

 むしろ、どこか嬉しそうな気配だけが残っていた。


(……なんで笑うんだ)


 怒るとか、引くとか、そういう反応なら分かる。

 でもリサは笑った。

 しかも『邪魔してたね』と言って、自分から距離を空けた。

 引いた側が笑っている。

 その意味が、マサキの中でうまく整理されない。

 そのとき、奥から声が飛んだ。


「如月さん、ごめーん!パン追加どこー?」


「あ、はーい!」


 リサはすぐ振り返る。

 でも戻る前に、もう一度だけマサキの方を見る。


「あとでまた来るね」


 それだけ言って、ぱたぱたとキッチン側へ戻っていく。

 マサキはその背中を数秒だけ見てから、パソコンの画面へ向き直った。

 キーボードを叩く。

 カタ、カタ、と規則的な音が鳴る。


 でもその数分後。

 またリサが来る。


「マサキくん、ストローの在庫もそれで分かる?」


「分かる」


 ◇   ◇   ◇


 さらに十分後。


「アイスコーヒーってもう買い足した方がいいの?」


「減るペースが落ちてないから、買いに行ってもたぶん問題ない」


「了解ー」


 リサは素直に頷く。

 マサキは入力を続けながら、ちらりと横を見た。


「なに?」


 リサは口元をゆるめる。


「これ、頼まれた」


 そう言って、エプロンのポケットから小さなメモを出す。

『ガムシロの在庫は平気?』

『クッキー追加焼く必要ある?』

『ドリンク次どれ減りそう?』

 女子の丸い字が並んでいた。


 マサキは黙る。


「みんな忙しいからねー」


 リサはそう言うが、実際はそれだけじゃない。

 女子側は、もう気づいている。

 リサがマサキのところへ行く頻度。

 マサキを見る時の顔。

 そして、本来そこまで急がなくていい作業まで、明らかに早く終わらせていること。


 洗い物。補充。追加準備。盛り付け。

 普通なら「あとでまとめてやればいいよね」で済む作業を、リサは先回りみたいに片付けていく。

 しかも速い。

 マサキのために数分だけ時間を作る。

 だから調理側では、自然と流れができていた。


「如月さん、ついでに聞いてきてー」


「松前くんに確認お願いー」


「あとこれもー」


 用事を渡されるたび、リサが嬉しそうに行くのも分かっている。

 半分くらいは、女子たちの<行く理由作り>だった。

 もちろんリサ本人も気づいている。

 でも止めない。

 むしろ普通に利用していた。


 しかし、さらに少し経つと、今度は何も用事がない。


「……何」


「んー?」


 リサはレジ横へ軽く肘をついて笑う。


「顔見に来ただけ」


 マサキはレジを打ちながら、小さく息を吐く。


(……めちゃくちゃ来る)


 でも、<来るな>とは思っていなかった。

 カタ、カタ、とキーボードを打つ。

 入力欄へ数字を入れる。

 その途中で、さっきの言葉が遅れて頭へ入ってくる。


 顔見に来ただけ。

 マサキの指が、一瞬だけ止まりかけた。

 顔見て、どうするんだ。

 いや、実際ただ見に来てるだけなんだろうけど。

 そんな数分で何が変わる。

 ……なのに。


 リサは本当に、それだけで満足そうに横へ立っている。

 マサキは画面を見たまま、わずかに目を横へ動かした。

 リサは楽しそうだった。

 ただ近くにいるだけでいいみたいに。

 その顔を見た瞬間、マサキはすぐ画面へ戻す。


(……意味分かんねぇ)


 なのに、悪い気はしていなかった。


 ◇   ◇


 文化祭の廊下は、昼を過ぎてもまだ人の熱気で満ちていた。

 模擬店の呼び込み、遠くで鳴るステージ音、すれ違う生徒たちの笑い声。

 その流れの中で、リサは飲み物を片手に歩いていた。

 すると少し離れた場所から、男子たちの声が聞こえてくる。


「あれじゃね?」


「ほんとにいるじゃん」


「写真より普通に可愛くね?」


 視線が集まる。

 リサは一瞬だけ足を止めた。

 男子のひとりが勢いのまま近づいてくる。


「すいません、もしかしてリサさん? 読者モデルの」


「はい、そうですけど……」


 答えた瞬間、男子たちの声が一段騒がしくなった。


「やっぱり!」


「本物だって」


「え、すげぇ」


 そのまま距離が縮まる。


「一緒に写真撮ってもいい?」


 リサは少し困ったように笑う。


「……あー、いや、それはちょっと」


 断られても、男子たちは引かなかった。


「じゃあさ」


「写真はいいから」


「文化祭一緒にまわって」


「案内してよ」


 言葉が重なる。距離が近い。

 リサが口を開きかけた、そのときだった。


「うわ、盛ってるねー少年たち」


 横から、軽い声が割って入る。

 男子たちが振り向く。

 そこに立っていた男は、文化祭の人混みからかなり浮いて見えた。

 背は高い。

 整った顔立ちに、茶髪の短髪。

 耳には複数のピアス。首元にはチェーン。

 派手なのに、どこか場慣れした余裕だけが目につく。


 男は肩をすくめた。


「わざわざ他校来てまでナンパ? 元気だね」


 男子たちが「は?」と反応する。

 男は笑ったまま続ける。


「でもさ、それじゃまだ弱いよ。相手の反応見えてない」


 説教みたいなのに、的を外していない。


「今まで成功したことないでしょ、そのやり方」


 男子たちの勢いが一瞬止まる。

 男子たちの主導権が、少しだけ向こうへ移る。

 男はそこでようやくリサを見る。


「ねぇ、リサちゃん」


 声のトーンが少し落ちる。


「今、急いでる?」


 押し付けない問い。


「もし時間あればでいいんだけど、少しだけ話せる?」


 一歩引いた距離のまま、誘いだけを残す。


「歩きながらでいいからさ」


 場所を指定しない言い方だった。

 リサは一瞬だけ迷う。

 そして、軽くうなずいた。


「……いいよ、少しだけね」


 その瞬間、男子たちが固まる。

 男は軽く手を振る。


「じゃ、借りるね」


 奪うじゃなく、借りる。

 その言い方が余計に後味を残した。


 ◇   ◇


 数歩進んだところで、ユヅキが尋ねる。


「松前くんは? 一緒じゃないの?」


 何気ない調子で聞く。


「いま職員室」


「なにかやらかした?」


 反射みたいな返しだった。

 リサはすぐにじとっとした目を向ける。


「ユヅキは職員室って悪いことしたときに行く場所なんだね」


「うん」


 即答。

 しかもまったく悪びれない。

 リサは小さくため息を吐いた。


「普通に店の両替行ってるだけだから。ユヅキと一緒にしないで」


 ユヅキは軽く笑いながら肩をすくめた。

 そのあと、ふと周囲を見回す。


「ていうか、なんでリサは1人でウロウロしてるわけ」


 何気ない聞き方だったが、意味は分かる。

 <なんで大人しく職員室の前で待てないの?>


「マサキくんのコーラ買いに」


「お前さ……」


 ユヅキが半笑いのまま額を押さえる。


「いや、気持ちは分かるんだけど」


「ん?」


 リサはきょとんと首を傾げた。

 ユヅキは呆れ混じりに続ける。


「そういう理由で離れない方がいいぞ。お前すぐ絡まれるんだから」


「あたしちゃんと断れるよ、さっきのだって」


 少しだけ不満そうな返事。

 だがユヅキはすぐに返した。


「いや、そういう問題じゃなくてさ」


 一拍置く。


「松前くんが心配するだろ」


 リサはそこで黙った。


「……心配、するかな」


「するでしょ」


 ユヅキは即答だった。


「めちゃくちゃ分かりやすいタイプじゃん、あの子」


「そう?」


「そうだよ」


 リサは小さく視線を落とす。

 マサキの顔が少しだけ浮かぶ。

 『すぐ戻る』って言って職員室へ向かった背中。


(心配…してくれるなら、嬉しいけど)


 してくれたら、嬉しい。

 その気持ちは本当だった。

 心配されたいわけじゃない。

 でも、気にかけてもらえることが嬉しい。


 その気持ちが先に出て、すぐ後から別のものが来る。

 心配させたくない、という気持ち。

 コーラのペットボトルを、少しだけ強く握る。

 早く戻らないと、と思う。

 理由はコーラだけじゃなかった。

 ユヅキはそんなリサを横目で見ながら、口元をゆるめた。


「コーラ買いに行ってました、って聞いたらむこうも怒れないんだから」


「うーん……」


 リサは小さく唸る。

 少しだけ考え込んでいた。

 コーラは買ってあげたい。

 でも、心配はかけたくない。

 すぐ絡まれるは確かにそう。

 さっきだって、実際ああなった。


 リサは口を少し尖らせる。


「……めんどくさいな、あたし」


「いや、お前じゃなくて周りがだけどな」


 ユヅキは即座に訂正した。


「飲み物買いに行っただけでナンパイベント発生するの、だいぶ特殊だから」


 リサはむっとした顔になる。


「ちゃんと断れるし」


「うん、えらいえらい」


「子供扱いしないで」


「してないよ」


 返事は軽い。

 でもユヅキの視線は、ちゃんと周囲を見ていた。

 人通りの多い廊下。

 すれ違う視線。


 リサは自分がどれだけ目立つかを、たまに忘れる。

 ユヅキはそれを知っている。


 ◇   ◇


 職員室のドアが開く。

 マサキが出てくる。

 その瞬間、視界に入るものが三つあった。

 まずリサ。手にはコーラのペットボトルを持っている。


 リサは文化祭の人混みの中でも、やけに目を引いた。

 可愛いとか、そういう一言で片付けるには少しずれていて、明るさと落ち着きが同時にある感じがする。

 すれ違う視線が、自然と一度そこで止まる。


 そして、隣に立つユヅキ。


「……」


 一拍だけ、情報が追いつかない。


(コーラ……いつの間に)


(どっか行ってたのか?)


(ユヅキさん? いつから一緒に?)


 頭の中で順番が整理される前に、口が先に動いた。


「……こんにちは」


 先にユヅキへ軽く頭を下げる。

 頭の中が多少崩れていても、その辺りはちゃんとしていた。

 ユヅキはわずかに目を丸くしてから、すぐ笑う。


「やぁ、こんにちは。しっかりしてるねぇ、松前くん」


「普通です」


「いや、その普通ができない子って多いから」


 調子はいいが、変に茶化しすぎない。

 マサキはそれ以上広げず、すぐリサの方を見る。


「なんで?」


 リサはすぐに笑顔でコーラを差し出す。


「コーラ買いに行ったら会ったの」


「ここ離れた?」


「うん」


 ユヅキが横から、手を挙げる。


「サカリのついた猿に囲まれてた」


 リサは即座に顔をしかめた。


「それは言わなくていいよ」


「事実だろ」


「事実でも言わなくていいやつあるの」


 マサキは二人のやり取りを一度だけ見てから、息を吐く。


「あのな……」


 文句を続けかけて、そこで止まる。

 リサが差し出したコーラを受け取ったからだ。


「……どうも」


挿絵(By みてみん)


(ほら怒れない)


 ユヅキはその様子を見て、内心で小さく納得する。


 マサキはペットボトルを握ったまま、少しだけ考える。


「オレ、教室まで両替届けてくるから。ユヅキさんと…」


 一緒なら安全だろ、と続けようとした、その前に。

 リサが一歩近づく。

 その動きにつられるように、髪が軽く揺れる。

 自然な所作なのに、目に残る。


「一緒にいく」


 笑顔。

 迷いがない。

 マサキは一瞬止まる。


「……」


 言いかけていた言葉がそのまま消える。

 ユヅキはその横顔を見ながら、笑いをこらえる。


(今、『ユヅキさんと一緒にいろ』って言いかけたよな)


 リサが絡まれやすいことを理解していて、一人にしない方がいいと思っていて、自分が離れる間の安全まで考えている。

 やってることが完全に彼氏のそれだった。

 しかもマサキ本人は、たぶん普通の配慮くらいにしか思っていない。

 無自覚でこれをやっている。


(それで付き合ってない判定なの、どういう理屈なんだよ……)


 しかも、その<安全要員>よりマサキについていくことを、リサは一秒で選ぶ。

 迷いもない。

 ユヅキは小さく肩をすくめた。


(ほんと、早く付き合えよ)

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