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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
文化祭準備 編

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文化祭準備 後編 ~重いじゃなくて近すぎる3~'

 机の上には乾きかけのペンキと、まだ形の整っていない装飾が並んでいる。

 刷毛を置いたあと、誰かが一度息をついたような、中途半端な静けさが教室に広がっていた。


「いったん乾かすから、他の班の様子でも見てくるか」


 男子の一人がそう言った。

 その瞬間、近くにいた数人がほとんど同時に顔を上げる。


「おー、じゃあ俺も見てこよっかな」


「オレ広報のとこ行くわ」


「あ、じゃあ装飾足りてるか見てくる」


 返事が早すぎた。

 マサキは手元の刷毛を置きながら、少しだけ視線を上げる。

 さっきまでペンキの乾き具合を見ていたはずの連中が、急に別の作業を思い出したみたいに動き出している。

 しかも、それぞれが違う方向へ行くと言っているのに、妙に足並みが揃っていた。

 偶然というより、そういう段取りだったように見える。

 誰かが机の角に手を置き、わざとらしく周囲を見回した。


「じゃあさ、松前と如月さん、見張りでいい?」


 言い方は軽い。

 けれど、その一言を待っていたみたいに、周りの動きが止まった。

 数人がちらっとリサの方を見る。

 それからマサキを見る。

 またすぐに目を外す。

 あからさますぎて、逆に分かりやすかった。


「オレは一人で平気だから、リサも装飾のとこ行っていい」


 マサキはできるだけ自然に言ったつもりだった。

 だが、その瞬間だった。


「お前っ、なんでそうなんだよ!」


「そこは二人で残る流れだろ!」


「ちゃんと如月さんと残れって!」


 即座にツッコミが飛んでくる。

 笑い混じりではある。

 けれど、半分は本気で逃がさない声だった。


 マサキは返す言葉を失った。

 残る流れ。

 今、こいつらはそう言った。


 リサはリサで、意味が分かっていないのか、少し首をかしげている。

 隣にいた男子が、それを見てわざと声を大きくした。


「いや、ほら、窓開けてるからさ。乾く前に変なのつくと、そのまま固まっちゃうんだよ」


「風で紙くず飛んでくるかもしれないし」


「だから誰か見てないとまずいんだよ」


 言葉だけ聞けば、もっともらしい。

 だが、問題はそこではなかった。

 見張りが必要なら、一人でいい。

 なんなら、今ここで全員が散る必要もない。

 それなのに、誰もそこには触れなかった。

 むしろ「見張り」という理由を作ったことで、全員が安心したように動き出している。

 別の男子もすぐに乗った。


「乾かしてる間、オレたち他の手伝い行ってくるからさ」


「如月さんは松前と留守番しててもらっていいかな」


「二人いると安心だし」


 やけに丁寧な言い方だった。

 断れない空気がそのまま積み重なっていく。

 そのうえ、誰かがさりげなくリサの近くに置いてあった道具箱を別の机へ移した。

 リサがそちらへ行く理由を、先に消している。


 マサキはそこで、ようやく確信した。

 作業のためではない。

 ペンキの見張りでもない。

 こいつらは、最初から二人をここに残すつもりだった。

 その意図だけが、教室の中でやけに統一されている。


 リサはそのやり取りを聞いて、きょとんとしたあと、とびきりの笑顔で……


「うんっ!そうする」


 と答えた。


 その場にいた男子たちは、その笑顔に全員揃って心臓を撃ち抜かれた。


「じゃ、よろしくなー」


「邪魔しないからー」


 妙に満足そうな顔をしながら、ぞろぞろと教室から消えていく。

 扉が閉まり、静けさが戻る。


 残されたのは、マサキとリサだけだった。

 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、空気が落ち着く。

 その静けさの中で、リサは当然のように一歩近づいた。

 そして。


 迷いなく、マサキの手を握る。

 ぎゅ、と小さく力がこもる。

 ためらいも、探るような間もない。

 ただ「そこにいるのが当たり前」みたいな握り方だった。


 リサは嬉しそうに、軽く手を引く。


 ◇   ◇   ◇


 見張りと言っても、やることはほとんどない。


 二人はペンキを乾かしている机から少し離れた壁際に腰を下ろした。

 窓は開いていて、外から入る風がカーテンをゆっくり揺らしている。

 乾きかけたペンキの匂いと、さっきまでの作業の熱だけが、教室の中にまだ残っていた。


 リサはマサキの手をぎゅっと握ったまま、床に座っている。

 その指はさっきからまったく離れる気配がない。


 マサキも壁に背を預けたまま動けずにいた。

 離れるべきなのか、このままでいいのか、その判断だけが曖昧だった。


 ふと横を見ると、リサがいた。

 髪をひとつにまとめた毛先を、指先でくるくると遊ばせている。

 何気ない仕草なのに、やけに目が離せない。


「……」


 マサキが目を止めていると、リサはそれに気づいたように笑った。


「いま、人いないし……くっついてもいい?」


 あまりにも自然な言い方だった。

 悪気も、迷いもない。


「いや……いまさっきまで作業してたから、ちょっと汗とか……」


 言いかけて、言葉が途中で止まる。

 理由としては間違っていないはずなのに、どこか別のものが邪魔をしていた。

 リサは一瞬も考えないまま答える。


「気にしない」


 そのまま、迷いなく立ち上がる。

 気づけば、マサキの真正面に回り込んでいた。

 壁際に寄りかかっていたマサキは、完全に逃げ道を失う。


「いや、ちょっ……ほんとに待てって」


 声にわずかな焦りが混じる。


 それでもリサは止まらなかった。

 マサキの脚の上に乗ろうとするみたいに、少しずつ体重を預けてくる。

 マサキは反射的に両手を出した。

 止めるつもりだった。

 けれど、距離が近すぎる。

 リサの胸を思いっきり鷲掴みにしてしまった。


「……っ」


 リサの声が小さく漏れる。


 ◇


 マサキも完全に固まったまま動けない。

 手のひらには『むにゅ』と感じる感触。

 手に力を入れると、むにっとたわみ、柔らかい感触が伝わってくる。


(オレはまたやった…)


 リサは顔を真っ赤にし、プルプル震えている。


「……ごめん」


 声がいつもより少しだけ低い。

 マサキはゆっくりとリサの胸から手を離す。


「すまん、わざとじゃない」


「分かってる」


 リサはすぐにうなずいた。

 マサキの声が、さっきより少し低い。

 それが余計に、リサの胸の奥を落ち着かなくさせた。

 責めるつもりなんてないのに、マサキの方が悪いことをしたみたいな顔をしている。


(べつに、わざとでもいいのに……)


 そんなことを思ってしまって、リサは自分で少しだけ困った。

 でも、嫌じゃなかった。

 驚きはした。

 恥ずかしくもあった。

 けれど、離れたいとは思わなかったし、マサキにそんな顔をしてほしくもなかった。


 だから、リサはそのままマサキの膝の上に軽く体重を預けた。

 マサキの体が、ほんのわずかに固まる。

 リサはすぐに顔を上げた。


「……痛くない?」


 確認する声は小さかった。

 乗っても平気かどうか。

 近くにいても嫌じゃないかどうか。

 それを聞いたつもりだった。

 マサキは一瞬、言葉に詰まる。

 けれど、リサを押し返しはしなかった。


「いや、別に……」


 短い返事。

 その返事だけで、リサの指先から少し力が抜けた。

 嫌ではないらしい。

 少なくとも、今すぐ離れろとは言われていない。


 マサキは目をそらしそうになって、けれど完全にはそらさなかった。

 困ったように固まったまま、それでもリサを見ている。


 その反応が、リサには少しだけずるかった。


(逃げないんだ)


 さっきもそうだった。

 疲れていることを言葉にしないまま、マサキはリサを楽な場所に置いてくれた。

 何も聞かず、何も責めず、ただ隣にいられる形にしてくれた。


 そのことを思い出すと、胸の中がまた熱くなる。

 見てくれていた。

 ちゃんと気づいてくれていた。

 その人が今、すぐ目の前にいる。


 リサはマサキの顔を見つめた。


 至近距離で見るマサキは、いつもより少しだけ目元が硬い。

 けれど、その奥にある焦りまで見えてしまう距離だった。


 乾きかけのペンキの匂いがする。

 窓から入る光が、マサキの頬に薄くかかっている。

 それだけのことなのに、リサは目を離せなかった。

 マサキも、何か言おうとしているのに言葉が出ないみたいだった。


(……嫌なら、きっと離すよね)


 自分に都合のいい考えだとは分かっていた。

 でも、リサはそう思ってしまう。

 膝に乗っても、押し返されていない。

 目を合わせても、逃げられていない。

 手を伸ばしても、たぶん怒られない。


 そんな確認ばかりが、頭の中に積み重なっていく。

 一つ一つは小さかった。

 けれど、その全部が「もう少し近づいてもいい」と言っているみたいに思えた。


(マサキくんが逃げない)


 それだけで、止まる理由が少しずつ見えなくなっていく。


 マサキの方はそれどころではなかった。

 目の前のリサが近い。

 近すぎる。

 膝に乗っている重みも、指先が服に触れている感覚も、全部が判断を鈍らせてくる。

 そして、至近距離で見る顔は、やっぱり綺麗だった。


 髪の束が少し揺れるたびに、目が勝手にそこへ吸い寄せられる。

 リサはそんなマサキの内側を知らないように、まっすぐ見つめてくる。


 その目が、真剣で、逃げ場がない。


(……まずい)


 理屈ではなく、そんな言葉が浮かぶ。

 リサの顔が、ゆっくりと近づいてきた。


(いや、これ……)


 マサキの鼓動が一気に速くなる。


(キスしようとしてる……?)


 息を飲んだ。

 止めないといけない。

 そう思うのに、体がすぐには動かなかった。

 リサの細い指が、そっとマサキの頬に触れる。


挿絵(By みてみん)


 触れ方は慎重だった。

 乱暴でも、勢い任せでもない。

 触れてもいいかを確かめるみたいに、指先だけが先に来る。

 マサキはそこでようやく息を吸った。


(ダメだ、これはさすがに……)


 言わないといけない。

 今言わないと、本当に届いてしまう。

 そう分かっているのに、リサの顔が目に入るたびに、言葉が遅れる。


(如月が……可愛すぎる……)


 その一瞬の遅れを、リサは別の意味に受け取ってしまった。

 マサキが逃げない。

 頬に触れても、手を払われない。

 目をそらされない。


(今なら、届く)


 感覚だけで、そう判断してしまう。

 リサの中では、迷いが完全になくなったわけではなかった。

 けれど、やめる理由より、近づきたい気持ちの方が少しだけ勝っていた。


 もう少しだけ。

 あと少しだけ。


 そう思って、リサは動いた。


「おい、ちょっと待っ……」


 マサキの声が、ようやく出る。

 その声で、リサの動きが一瞬だけ揺れた。

 止まろうとした。

 でも、距離が近すぎた。

 勢いを殺しきれないまま、リサの顔がそのまま近づいて……


 次の瞬間。


『こつんっ』


 軽い音がした。

 柔らかい衝撃。

 唇ではなく、おでことおでこがぶつかった。

 一瞬、時間が止まる。


 痛いというほどではない。

 ただ、あまりにも想定外で、マサキはぽかんと口を開けたまま固まってしまう。


 リサも同じように、「え?」という顔で動きを止めていた。

 何が起きたのか理解するまでに、少し時間がかかった。

 そして先に動いたのは、リサだった。


「……ごめん」


 小さく、素直な声。


「変なことしたうえに、失敗した」


 耳まで赤くなっているのに、目だけはちゃんとこちらを見ている。


 その姿が、ずるいくらい真っ直ぐだった。


 マサキはその表情を見て、言葉を失いかける。


 怒るでもなく、気まずく逃げるでもない。

 ただ、少しだけ困って、少しだけ恥ずかしそうにしている。


 それだけなのに、妙に落ち着かない。

 目をそらしそうになって、やめた。

 代わりに、無理やり息を整える。


「まあ、その……」


 言葉を探す間が少しだけ空いた。


「これも文化祭の思い出ってことで」


 自分でも何を言っているのか分からないまま、そう落とした。

 リサは目を細めて、それから笑う。


「……あたしにとっては、ちょっと苦すぎる思い出なんだけど」


 文句のようでいて、声は柔らかい。

 マサキもそれにつられるように、ようやく少しだけ笑ってしまった。

 張りつめていたものが、そこでようやくほどける。


 ◇


 静かな教室の中で、変に長く残る沈黙だけが、ゆっくりと二人の間に落ちていた。

 ……はずだった。


(びっっっくりした)


 マサキは壁にもたれたまま、動けずにいた。


(なんでキスしよとした?)


 額はぶつかった。

 唇は触れていない。


 リサはまだマサキの足の上にいた。


 軽く体重を預けたまま、すぐそこにいる。

 さっきより少し顔は離れたが、それでも近い。

 近すぎる。

 額がぶつかったあとだから一度終わったような気になりかけたが、状況としては何一つ片づいていなかった。


(なんでまだいるんだ)


 いや、違う。

 降りろと言えばいい。

 言えばいいのに、その一言が出ない。

 ここで「降りてくれ」と言ったら、拒絶みたいに聞こえる気がした。

 かといって、このままでいいと言えるわけもない。

 それはそれで、何かを認めたみたいになる。


(どうすればいいんだよ)


 視線を下げるとリサの胸がそこにある。

 かといってリサの顔を見続けるのもまずい。

 だから床を見る。


 意味はない。

 床に答えが書いてあるわけでもない。


 それでも、リサを直視するよりはマシだった。


(いや、まず整理しろ)


 マサキは無理やり頭の中を並べようとした。

 リサは近づいてきた。

 頬に触れた。

 唇が触れそうなところまで来た。

 そして本人は、額がぶつかったあとに「変なことをしたうえに、失敗した」と言った。


(失敗した、って言ったよな)


 そこが引っかかる。

 失敗。

 何に失敗したのか。

 額をぶつけることに失敗したわけでもない。

 そんなもの、成功も失敗もない。

 なら、何をしようとしていたのか。


(……キス、だよな)


 そこまでは分かる。

 分かってしまう。

 鈍いとか、勘違いとか、そういう逃げ方はできなかった。

 あの距離で、あの角度で、頬に手を添えられて、分からない方がおかしい。


 リサはキスしようとしていた。


 たぶん。

 いや、たぶんじゃない。


(してたよな、あれ)


 そこまで認めた瞬間、心臓がまた変な跳ね方をした。

 問題は、そこからだった。


(なんで)


 まず、それが分からない。

 二人きりだったからか。

 疲れていて判断が鈍っていたのか。


 クラスの連中に妙な流れを作られたせいで、リサも少し変になっていたのか。

 リサの距離感が近いのは前からだ。

 今日に限った話じゃない。

 だから、いつもの延長で少し行きすぎただけ、ということにすれば、まだ処理できる気がした。

 でも。


(失敗したって言ったんだよな……)


 その言葉が、逃げ道を塞いでくる。

 冗談なら、もっと軽くごまかせたはずだ。

 ノリなら、笑って流せたはずだ。

 なのにリサは、耳まで赤くして、ちゃんと謝った。

 目も逸らさずに、変なことをしたと認めた。


 つまり、リサにも自覚があった。

 何をしようとしたのか分かっていた。


(いや、だからなんでオレに)


 そこだけが、どうしても飲み込めない。

 リサが誰かに甘えるのは分かる。

 人懐っこいし、距離も近い。

 そういうところがあるのは知っている。


 でも、さっきのはそういうものとは違う。

 手を握るとか、隣に座るとか、くっつくとか、その範囲では収まっていなかった。

 あれは、さすがに違う。


(まさか…いや、ない)


 変な方向に考えが行きかけて、マサキはすぐに止めた。

 ない。

 それはない。

 リサが自分を特別に見ている、みたいな都合のいい結論へ飛ぶのは危ない。

 そういうものではないはずだ。

 たぶん、疲れていて、二人きりで、変に距離が近くて、それで流れがおかしくなっただけだ。


 そう考えた方が、まだ安全だった。

 安全なはずだった。


(でも、逃げなかったのはオレも同じだろ)


 その事実が、さらにマサキを黙らせる。

 リサが近づいてきた。

 止めるべきだった。

 実際、止めようとは思った。


 けれど、声が出るまでに一瞬遅れた。

 その一瞬、自分は何をしていたのか。

 リサの顔を見ていた。

 可愛いと思っていた。

 止めなければいけないと分かっているのに、目が離せなかった。


(最悪だろ)


 マサキは奥歯を噛みしめる。

 リサだけの問題ではない。

 自分も止めきれなかった。

 なんなら、少しでも期待したんじゃないか。

 そう思った瞬間、頭の中が一気にうるさくなる。


(いや違う、違うだろ。期待ってなんだ。何を期待してるんだ。相手は如月だぞ。何考えてんだオレは)


 そこでまた、膝の上の重みを意識してしまう。

 終わった話ならよかった。

 額がぶつかって、笑って、距離を取って、それで終わりならまだよかった。

 でも、リサはまだそこにいる。

 マサキの膝の上にいて、ほんの少しだけ気まずそうにしながらも、降りようとしない。

 近くにいること自体を嫌がっていない。


 それがまた、判断を狂わせる。


 さっきからずっと近い。

 顔も、手も、声も、全部が近い。

 しかも、近いことをリサが嫌がっていない。


(いや、だから何なんだよこれ)


 手をどこに置けばいいのか分からない。

 床につけば不自然だし、壁につけると余計に固まっているみたいになる。

 リサの肩に触れるのは論外だ。

 背中に回すなんてもっと無理だった。


 結局、マサキの手は半端な位置で止まる。

 何もしていないのに、何かしているみたいで落ち着かない。


「……マサキくん?」


 リサが小さく名前を呼んだ。

 その声だけで、マサキの体がわずかに跳ねる。


「な、なんだ」


「いや、すごい固まってるから」


「固まるだろ」


 思ったより正直な声が出た。

 リサは一瞬きょとんとして、それから困ったように笑う。


「……だよね」


 その笑い方が、またよくなかった。

 反省している。

 恥ずかしがっている。

 でも、離れたいわけではなさそうに見える。

 マサキにはそれが一番困る。


(可愛いんだよ)


 さっきからずっと、思ってしまっている。

 額をぶつけて、失敗して、謝って、まだ恥ずかしそうにしているリサが、どうしようもなく可愛い。

 だから余計にまずい。


(嫌じゃないのが一番まずい)


 マサキは自分の中に出てきたその答えに、ほとんど絶望した。

 嫌ではない。

 それだけは、もうごまかしきれなかった。


 焦っている。

 困っている。

 どうすればいいのか分からない。

 今すぐ距離を取るべきだとも思っている。


 それなのに、リサが膝の上にいることを、完全には嫌だと思えていない。

 それが一番まずかった。


(終わった)


 頭の中で、いつものように雑な結論が出る。

 何が終わったのかは分からない。

 ただ、何かは確実に終わった気がした。


 気づけば、キス未遂の相手がまだ膝の上にいる。

 しかもその相手は如月理沙で、さっきからずっと可愛い。


(意味が分からん)


 マサキはゆっくり息を吸って、どうにか声を出そうとした。

 まずは、距離を取る。

 それが正しい。

 たぶん正しい。

 でも、リサを傷つける言い方だけは避けないといけない。

 そんなことを考えている時点で、もう完全に遅れていた。


「……あの」


 ようやく出た声は、自分でも情けないくらい小さかった。

 リサが目の前で首をかしげる。

 その仕草一つで、また頭の中がぐちゃぐちゃになる。


(だから可愛いんだって)


 言えない。

 言えないまま、マサキはもう一度だけ、床の方へ目を逃がした。


 膝の上にかかる重みは、思っていたよりずっと軽い。

 けれど、その軽さの分だけ、布越しの温かさがはっきり伝わってくる。


 額がぶつかっただけで、何も起きていないはずだった。

 それなのに、マサキの中ではもう、起きてしまったこととして残っている。


 ただ、膝の上にいるリサの重みだけが、いつまでも現実だった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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