新学期 ~罰ゲームだと思った帰り道2~’
「松前くんには、罰ゲームにしか見えなかったんだ」
視線が、まっすぐ向けられる。
(違う……いや、でも……)
言い訳が頭に浮かんでは消える。
何を言っても、言い逃れにしかならない気がした。
自分が傷つけたのは分かった。
けれど、どう直せばいいのかが分からない。
罰ゲームだと決めつけた。
でも、一緒に帰れたことまで嫌だったわけじゃない。
(違う、けど……じゃあなんだ)
自分でも分かってない。
だから余計に、何も言えない。
頭がうまく回らない。
それでも。
何か言わないといけないのに、まともな言葉が出てこない。
「罰ゲームだとしても、嬉しかったから」
リサは何か言い返そうとしていたのか、唇をきゅっと結んだ。
けれど次の瞬間、その表情が止まる。
リサの肩がビクッと動いたかと思うと、一気に顔が真っ赤に染まった。
「……はぇ?」
小さく漏れた声は、さっきまでの強さが嘘みたいに弱かった。
マサキはそこで、自分の言葉をようやく理解する。
(……いや、待て)
言ってることがおかしい。
というか、完全にアウト寄りだ。
リサは一歩、近づく。
さっきより、さらに距離が詰まる。
「嬉しかったって」
低い声で聞かれる。
逃げ場がない。
言い訳を探す。
罰ゲームだとしても。それでも。
(……ちゃんと、嬉しかった)
目の前にいるのは、あのリサで。
並んで歩いて、少し話して。
それだけで、もうそれで十分だった。
「……一緒に帰れて」
リサは何も言わない。
ただ、じっと見ている。
(……終わったな)
そう思う。
言い方は最悪だし、フォローもできてない。
でもいいか、と少しだけ思ってしまう。
これ以上取り繕うよりは、まだマシだと。
リサはしばらく何も言わなかった。
まだ何か言いたそうに唇を動かしかけて、それから小さく閉じた。
怒っているようにも見える。
でも、さっきみたいにまっすぐ責める感じではなかった。
赤い顔のまま、少しだけ目線を地面に落とす。
「ご、ごめん…あたし、感じ悪かったよね。そんなん、先に言ってくれてれば…勘違い、しなかったのに」
マサキは言葉を探すように口を開きかけて、すぐに閉じた。
(違う、そうじゃない)
謝らせたいわけじゃなかったのに、うまく伝えられない。
「……いや」
やっと出た声は、ほとんど意味を持っていなかった。
「別に、感じ悪いとか思ってない」
言いながら、自分でも説得力がないと思う。
「怒ってないの?」
確認する声は、さっきよりずっと小さかった。
「……怒ってない」
それだけじゃ足りない気がして、すぐに続ける。
「いや、ほんとに。そういうのじゃなくて」
言葉が空回りするのが自分でも分かる。
リサのことを責めたいわけでも、突き放したいわけでもないのに、全部ズレていく。
喉が詰まるみたいに、言葉が出てこない。
リサはそこで、やんわりと口を開く。
「あ、ありがとね。松前くん、あたしが罰ゲーム断れなかったと思ってて…だから早めに帰してくれようとしたんだよね。勘違いだったわけだけど」
少し間を置いてから、
「それ、優しすぎるでしょ。それに……そ、そんな口説き文句みたいなさぁ」
そこまで言って、急に言葉を詰まらせる。
「……っ」
目が泳いで、慌てたように顔を横に向けた。
「わわ…あたし変なこと言った。忘れていいから」
声が少し裏返っている。
マサキはすぐに反応できない。
(口説き文句……?)
一歩下がりかけて、でも踏みとどまる。
「あの……言ってないと思うんだけど」
リサは耳まで赤くして、早口になる。
「い、言ったよ。一緒に帰れて、嬉しいって…そんなん口説き文句じゃん。え、自覚なし?」
マサキは固まる。
(……え?今のが?)
「いや、それは……言ったけど」
それが言い訳にならないことは、自分でも分かっていた。
「変な意味じゃなくて、ただ……事実だから」
リサは顔をさらに赤くする。
「いやいやいや!」
「いやいやじゃなくて」
「いやいやいやいや!知らなかった…松前くんて、そんな感じなんだ。そういうの平気で言う?」
リサがなにを焦っているのか分からなかった。
口説いているわけではないからこそ、平気で言えた。それだけだ。
リサはまだ顔を赤くしたまま、でも目だけはちらっとこっちを見てくる。
必死に取り繕っている姿も、困ったみたいな目も、さっきまで強気だったくせに今は動揺しているところも。
(可愛い、ってこういうのか……)
(いや、本当になんでオレなんかと…)
そう思ってしまった瞬間、自分でさらに気まずくなる。
一緒に帰れて嬉しかった。
それは本当だ。
でも、それを口にしただけで、リサがここまで赤くなる理由が分からない。
口説き文句みたいだと言われるほどのことなのかも、分からない。
分からないものが増えるほど、最初の疑問に戻ってしまう。
「じゃあさ、如月さんがオレと帰る理由ってなに?」
リサは固まって、目を横にそらして、少しだけ言いにくそうに続ける。
「今日は全然喋れなかったから、今しかないなって」
少しだけ間を置いて、言葉を足す。
「松前くん……ずっとイヤホンしてたし。音楽好きでしょ?聴いてるの邪魔しちゃ悪いかなって」
目はまだ横を向いたまま。
「授業中以外、ずっと外してなかったから……話しかけるタイミング、最後までなくて」
言ってから、リサは少しだけ目をそらした。
自分で思ったより見ていたことを口にした、と気づいたみたいだった。
授業中以外、ずっと。
その言い方に、マサキは少しだけ引っかかった。
そんなところまで見ていたのか、と思う。
けれどすぐに、それより重いことに気づいた。
(……オレのせいか)
自然にそう思った。
でも、それだけじゃない。
イヤホンは、確かに音楽を聴くためでもある。
落ち着くし、集中できるし、余計な音が入ってこない。
けど。
(……あれ、外してたら)
少なくとも、話しかけられる余地はあった。
自分で塞いでいた。
音を遮るだけじゃない。
人も、空気も、全部。
(……壁、みたいなもんか)
無意識にやってたことを、初めて言語化される。
(そりゃ、話しかけづらいわけだよな……そういうの、ちゃんと考えてるのか)
何も言えないまま、ただ聞いている。
聞かない方がいい気がした。
でも、このまま曖昧にしておく方が、もっと危ない気もした。
今日話せなかったから。
イヤホンをしていたから。
その理由は分かる。
けれど、それだけなら自分である必要はない。
マサキは、その言葉を一度飲み込んでから、静かに言った。
「それは別に、オレである必要もなくないか?」
できるだけ感情を乗せないようにしたつもりだったのに、少しだけ声が硬い。
責めたいわけではなかった。
ただ、勝手に期待しそうになる前に、線を引きたかった。
リサは言葉を詰まらせる。
「い、いや。あるんだけど……」
すぐに否定するけど、続きが出てこない。
目が横へ逃げて、口を開きかけては閉じる。
(あるのに言えないのか)
マサキはその空白を見てしまう。
「いま言うと変な誤解されそうで……」
そこまで言って、また止まる。
◇
言えない。
言えば、全部繋がる。
去年の夏、あの時に『嫌がってるだろ』と言ってくれた日から、ずっと見ていたことも。
どうして気になったのかも。
ここまで来た理由が、一気に形になる。
でもそれは、重すぎる。
まだ、早い。
こんな距離で出していい話じゃない。
(……でも)
言わないままなのも、違う気がしている。
理由があるのに黙っているのは、不誠実にも思える。
(ちゃんと、いつかは言いたい)
なのに今は、どうしても言えない。
その、いつかがどこなのかも分からないまま。
言葉が、出てこない。
◇
マサキは少しだけ間を置いてから、確認するみたいに聞いた。
「どういう誤解?」
リサはフリーズする。
「え」
完全に詰まる。
「いや、その……えっと……」
口ごもって、目が泳ぐ。耳の先まで色が上がっていた。
「そ、その……だから……言いたくなくて…」
マサキはその言葉を聞いて、目線を落とした。
(言いたくないか……なら仕方ない)
それ以上踏み込むのは違う気がする。
「……そっか」
それだけ返す。
納得した、というよりは引き下がっただけの声だった。
リサはその反応を見て、
「え、あ、いや。そ、そうじゃなくて…」
言葉がうまくまとまらないまま、空中でほどけていく。
「無理に言わなくていい」
できるだけ平坦に言ったつもりだった。
でもその一言が、余計に距離を作ったみたいに感じられる。
リサは小さく息を飲んでから、困ったように目を揺らした。
「そうじゃなくてさ……言いたくないっていうか……その、今じゃないっていうか」
まだ耳まで赤いまま、必死に言い直そうとしていた。
声が上擦って、混乱しているのがにじんでいた。
マサキはそこで初めて、リサの言いたくないが拒絶じゃないことに気づく。
(……違うのか)
それなら、さっきの「仕方ない」は少しずれていた気がした。
同時に、少しだけ引っかかる。
(……分かるな、それ)
自分も、そういうことが多い。
頭の中では整理できてるのに、口に出そうとすると崩れる。
結局なにも言えなくて、あとで一人で反省する。
(……今じゃない、か)
マサキは小さく息を吐く。
「……じゃあ、今じゃなくていい」
それだけ言って、そこで止めた。
それ以上は踏み込まない。
追いかけるような質問もしない。
リサはしばらくぼーっとしていた。
「……うん」
短い返事。
でもその声はさっきより落ち着いていた。
マサキはそれ以上何も言わないまま、前を向く。
(これでいいんだろ)
自分にそう言い聞かせるみたいに。
横を見ると、リサはまだ少し赤い顔のまま、どこか力が抜けたように歩いていた。
聞かれなかったことに安心したのか、待ってもらえたことに安心したのか。
マサキには分からない。
「松前くんってさ」
マサキは少しだけ反応する。
「ん」
リサは言いかけて、一度だけ迷ってから続けた。
「思ってたとおりの人で安心した」
マサキは、その言葉を聞いて歩く速度を少し緩めた。
「……そうか」
それだけ口から出た。
嬉しいのかどうか、自分でもよく分からない返事だった。
リサは少し間を置いた。
さっきまで言えずに詰まっていた顔とは違う。
何かを思いついたみたいに、目が動く。
今すぐ全部は言えない。
だからといって、このまま待っているだけでもいられない。
そんなふうに決めたみたいに、リサは顔を上げた。
「せっかくだから自己紹介していい?あたしセブンて雑誌で読者モデルやってるんだ」
マサキは「ふーん」とだけ返す。
リサは慌てたように両手を少し振る。
「え、あ、自慢みたいに聞こえた?違くて、あたしのアピールポイントそこしかなくて」
言いながら、どこか落ち着かない表情になる。
(そこしかないわけない)
見た目も、雰囲気も、空気の作り方も。
いるだけで場が変わるような人間だ。
それなのに、わざわざ分かりやすいところを出してくる。
「いや、噂でそのくらいは知ってるから」
マサキは横目も向けずに答える。
「そ、そうなんだ」
リサは固まって、それからふっと視線を逸らした。
「そういうの、あんまり関係ないし」
少し間を置いて、淡々と続ける。
その言葉に、リサはすぐには返事をしなかった。
何かが引っかかっているみたいに、じっと前を向いている。
「関係ない、か。そーだよね、関係ないよね。なんか最近モデルだからって近づいてくる人多かったから」
(……やっぱり、そうなんだな)
肩書きで寄ってくるやつは、いくらでもいる。
それを前提にしてる話し方だった。
リサは少しだけ苦笑するように続ける。
「これ言ったら松前くん、あたしに興味もってくれるかと思っちゃって」
その言葉に、マサキは歩調をわずかに緩めた。
(興味……)
ないわけじゃない。
ただ、それは。
(モデルとか、そういうのじゃない)
外側の話には、あまり引っかからない。
でも。
(この見た目の女の子が、隣にいるのが落ち着かないだけで)
距離が近い。
声が近い。
目が近い。
それだけで、十分すぎるくらい意識が持っていかれる。
「さすが松前くんだね、全然ぶれないよね」
リサは少し笑っていた。冗談っぽく言ったつもりなのか。
(ぶれてない、っていうか……)
判断基準が違うだけだ。
(興味……)
マサキはその言葉だけ、頭の端に引っかけていた。
でも否定もできない、と自分でも思う。
ただそれは、たぶんリサが想像してる種類とは違う。
人気者とか、モデルとか、そういう外側の話には、やっぱり興味がない。
リサがちらっとこちらを見てくる。
何かを言いたそうで、でもまだ迷っている顔だった。
「たいていはもっといろいろ聞いてくる」
その言い方は少しだけ小さくて、でもちゃんと聞かせる声だった。
「喋るの苦手」
マサキはようやく答える。
嘘ではない。
でも、それだけでもない。
聞こうと思えば聞ける。
ただ。
(そこじゃない気がするだけで)
何を聞けばいいのか分からない。
リサはその返事を聞いて、ほんの少し黙る。
そして、小さく笑った。
「そーでしたそーでした」
少しわざとらしく繰り返して、肩を小さく揺らす。
(何がそんなに面白いんだ)
そう思うのに、問い返す気にはならない。
◇ ◇
別れ道にくる。
リサは軽く足を止めて、当然みたいな顔で前を指した。
「あたしこっちなんだ。松前くんあっちだよね」
マサキは眉を動かす。
(……なんで知ってる?)
口には出さない。
ただ、リサに目を向ける。
リサはその視線に気づいたのか、一瞬だけ目をそらした。
「何回か見かけたことあるんだよねー」
明るく言ったあと、すぐに笑う。
でも、鞄の持ち手を握る指だけは少し強かった。
けれどすぐに、何でもないみたいに笑う。
「ばいばい、また明日ー」
軽い調子で手を振る。
本当に何でもないみたいに、あっさりした別れ方だった。
マサキはそのまま立ち止まったまま、少し遅れて返す。
「……ああ」
それだけ。
リサはもう背を向けかけていたのに、振り返って距離を詰めてきた。
「ねぇ、なんかもっとさ」
(いや、近っ!)
マサキは思わず心の中で反射する。
「ちゃんと帰りのあいさつしないの?」
リサは悪気ゼロの顔で見上げてくる。
たぶん、リサの中ではただ挨拶をやり直してほしいだけなのだろう。
近すぎる距離にも、マサキが固まったことにも、あまり気づいていないように見える。
お互いの息がかかりそうな距離。
大きなくりっとした瞳。
肌は日焼けなんて知らないみたいに艶やかで、鼻筋は高すぎず整っていて、唇はふっくらとしている。
マサキが目を落とすと、リサのなにより突き出した胸がくっつきそうに迫ってきていた。
マサキが固まっていると、
「あいさつ大事でしょ?」
リサはさらに少しだけ身を乗り出してくる。
ふたつの膨らみがマサキの上半身に押し付けられた。
(あ、当たってる…!当たってる!)
その柔らかさを感じた瞬間、全身に冷や汗が走る。
頭が回らなくなってくる。
(や、やわらかすぎる……お餅みたいな……)
思考が停止しそうになる。呼吸の仕方すら忘れそうになる。
マサキは耐えきれず、リサの肩へ手を伸ばした。
触れた瞬間、それはそれでまずいと思う。
けれど、もう身体の方が先に動いていた。
「近いっ!」
グイッと押して、どうにか距離を作る。
距離が空いた瞬間、マサキは慌てて手を離した。
その反動でリサの胸が揺れた。
目が離せなくなって、思考が止まる。
「な、なによー」
リサは不満そうに、頬を膨らませて目を細めている。
(怒った顔も可愛いんだが……)
そんなことを考えている場合じゃないと思い直す。
「喋るの苦手でも挨拶はちゃんとしなきゃダメだよ」
少しふてくされたような言い方なのに、妙に真面目さが混ざっていた。
マサキは少し遅れて、その言葉を受け取る。
「……し、したけど」
「『ああ』だけじゃん」
すかさず返されて、マサキは言葉に詰まる。
リサはまだ少し拗ねた顔のまま、目線だけを上げる。
「もっとさ……ばいばいとか、またね、とか。そういうのがいい」
マサキは黙る。
(……そういうの、そんなに重要なのか)
分からないまま、前を向く。
でも、突き放す感じにはならない。
「……分かった」
リサは嬉しそうに
「じゃあ、言ってみて」
と催促する。
頷いてから、ひとつ息を吸う。
(ただの挨拶だ)
そう自分に言い聞かせる。
「……ばいばい」
声は小さいけど、ちゃんと出ている。
リサはぱっと表情を明るくする。
(可愛いな……)
リサは一歩下がると、
「じゃあね!また明日ね!」
手を振って、背を向ける。
それだけで満足したように、リサは歩いていく。
マサキはしばらくその背中を見送る。
距離が少しずつ離れていって、声をかける理由もなくなる。
そのあとで、静かに言った。
「……また明日」
もう聞こえない距離なのに、言ってしまう。
(いや、明日も話しかけてくれるとは限らないだろ)
軽く頭を振って、ようやく歩き出した。
◇ ◇ ◇
その夜。
マサキは自室のベッドに座って、スマホをぼんやり眺めていた。
画面は開いているのに、何も見ていない。
(……また明日、か)
その言葉だけが、やけに頭に残っている。
普通の挨拶のはずだった。
ただの別れ際の定型文のはずだ。
なのに、妙に軽く流せない。
(明日も……普通に話しかけてくるのか?)
そこまで考えて、少しだけ首を振る。
期待してるみたいで、嫌だった。
期待なんてしてない。
ただ、今日みたいなのはもう十分だろうと、そう思っているはずなのに。
ベッドに倒れ込む。
天井を見上げる。
(あの子は、たぶん誰にでもああなんだろう)
人気者で、空気を回して、誰にでもちゃんと笑えて。
その一方で、なぜか自分にだけ距離の詰め方が変だった。
思い出そうとすると、全部が中途半端に引っかかる。
カラオケのときの顔。
帰り道の沈黙。
怒ったときの目。
どれも、整理できないまま残っている。
(……オレじゃなくてもいいだろ)
口に出してみて、余計に分からなくなる。
答えは出ない。
でも。
嫌ではない、という事実だけが残る。
それが一番厄介だった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
リサは自分の部屋のベッドにうつ伏せになっていた。
足をぱたぱたと動かしながら、枕に顔を押し付ける。
「……やば」
声が漏れる。
思い出してしまう。
さっきの帰り道。
距離を詰めすぎた瞬間。
肩を押された感触。
そして。
『ばいばい』
あの、ぎこちない声。
(あれ、ずるいでしょ)
枕をぎゅっと抱きしめる。
普通の挨拶のはずなのに、妙に丁寧で。
変に素っ気なくて。
なのに、ちゃんと言ってくれた。
(ちゃんと、返してくれた)
それだけで胸の奥が落ち着かない。
今までなら、もっと軽く流れるはずだった。
でも今日は違った。
うまく言えない。
嬉しいのに、少しだけ怖い。
スマホを手に取る。
画面を見ても、何も開かないまま止まる。
聞こうと思えば、聞けたのかもしれない。
帰り道であれだけ話して、ばいばいも言ってもらって、明日もまたねと言えた。
でも今日は、もう十分すぎるくらい近づいた気がした。
「連絡先……聞けなかったな」
呟いて、また枕に顔を埋める。
連絡先を聞けば、明日を待たなくても話せる。
今日の続きが、今日のうちにできる。
そう思っただけで、胸の奥が少し熱くなる。
でも、これ以上近づいたら、松前くんはまた困った顔をする気がした。
(明日、ちゃんと話せるかな)
その不安だけが、頭の中で何度も浮かんでいた。





