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77. 文化祭準備 前編 ~あたしばっかり誘ってる2~ (挿絵)

「ちょ、ちょっと……やだ、エッチ」


 リサの声が裏返った。


「わざとじゃない……」


 マサキはほぼ反射で返す。

 というか、わざとであってたまるか。

 事故だ。

 完全に事故だった。

 しかしリサも跨いだ途中で固まってしまっている。

 狭い。

 近い。

 しかもマサキの頭のすぐ横へ、リサの手がついていた。

 制服のスカートがふわつき、甘い匂いがする。

 心臓がうるさい。


 リサは顔を真っ赤にしたまま、小さく声を漏らした。


「わ、わかってるから……それより、はやく屈んでよ」


 困ったみたいに言ってから、さらに小声になる。


「見ちゃやだ…」


「見ようとはしてない……!」


 マサキは半分パニックだった。

 だがリサも完全にテンパっている。

 跨ぐ体勢のまま止まってしまっている。

 マサキはまだ上を向いたまま固まっている。


「いいから、屈んで……」


 リサの声が、今度は少しだけ落ち着いた。


「……あ、ああ」


 ようやくマサキの思考が戻る。

 状況が状況すぎて、何をどうすればいいのか一瞬飛んでいた。

 マサキはゆっくり息を吐き、床に近づくように、しゃがむというより"逃げるように"姿勢を低くする。

 それでもまだ距離は近い。

 リサの足はすぐ横にある。


「あ、ありがと…」


 リサはまだ赤いまま、小さく息を吐いた。

 ようやく一歩、跨ぐ動作が再開される。

 慎重に、ぎこちなく。

 マサキは視線を床に固定したまま動かない。

 数秒後、ようやくリサが反対側へ着地する。

 ふわっとスカートが戻り、視界が開けた。


 マサキはしばらく動けなかった。

 今の数秒で寿命が削れた気がする。


 ロッカーを開けながら、リサがまだ赤い顔のまま、ちらっとこちらを見る。


「……ごめんね」


「……いや」


 悪いのはたぶん状況だった。

 というか、跨ぐ判断がおかしい。

 でもリサは本気で悪気がなかったのも分かる。

 だから余計に困る。

 マサキは手元のガムテープを無意味に押さえながら、深く息を吐いた。


(今の……普通に事故だろ)


 なのに。

 頭の中から映像が消えない。

 太ももの吸い込まれるような白さ。

 下着の生々しい質感。

 そして肺を満たした甘い匂い。


(……終わった)


 情緒が。


 マサキがその場に突っ伏したくなっていると。


「松前くん」


「……ん」


 恐る恐る顔を上げる。

 リサはロッカーから荷物を取り出したあと、まだ少し恥ずかしそうに笑っていた。


「……忘れてね?」


「無理だろ」


 思わず即答してしまった。

 数秒。

 空気が止まる。


(しまった)


 マサキは即座に目をそらした。

 言い訳が出てこない。


 するとリサは一瞬だけ目を丸くしてから。

 ふにゃっと困ったように笑った。


「もう……」


 怒ってはいない。

 でも耳まで赤かった。


 マサキはそれ以上リサを見れず、再び板へ向き直る。

 ただ。

 手元のガムテープは、さっきから全然真っ直ぐ貼れていなかった。


 ようやくリサが横を抜けた気配がして、マサキは小さく息を吐いた。

 まだ心臓がうるさい。

 さっきの距離が頭から抜けないまま、手元のガムテープを無意味に押さえ直す。


(……最近こういうの多いな)


 そう思った矢先だった。


「ごめん、もっかい通して」


 今度はすぐ背後から声。

 反射的に振り向きかけて、マサキは途中で止まる。


「いや、今度はオレがどく」


 同じことは繰り返さない。

 そう判断して、板から手を離そうとした瞬間。


『のしっ』


 背中に、柔らかい重みが乗った。


「……おい」


 マサキの声が一瞬遅れて出る。

 背中にじわっと体温が広がった。

 軽いのか重いのか判断できない感覚だけが残る。

 いや、重さはどうだっていい――感触が気持ちよすぎる。


「また動こうとしたでしょ」


 耳のすぐ後ろからリサの声。

 完全に背中に体を預ける形になっている。

 マサキは固まったまま息を止めた。


「いや……どこうとしただけだ」


「うそだー」


 そう言いながら、リサはさらに少しだけ体重をかけてくる。

 信じていない声だった。

 言い返すべきだ、と頭では分かっているのに。

 背中にかかる重みと距離が、思考を妙に鈍らせる。


「……重い」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


「は」


 リサの声がぴたりと変わった。


「それ、すごく失礼なんだけど」


挿絵(By みてみん)


「いや、違う……そういう意味じゃなくて」


 マサキは即座に言い直そうとする。

 だが感触に意識が引っ張られて、余裕がなかった。


 リサはむっとした気配を出したまま、少しだけ体勢を変えた。

 足を浮かすように体重をかけてくる。


「……っ」


 さっきよりはっきりと負荷が増す。


(いや、なんかいろいろ当たってるだろこれ…)


 体勢を崩せば全部が崩れる。

 どちらにしても動く選択肢が消えている。


「ちゃんと支えててね」


 背中越しに伝わる感覚がただ柔らかい。

 結局、マサキはそのまま中腰に近い姿勢を維持することになる。

 模造紙を貼る途中の板に片手を添えたまま、完全に固定される形だ。


(……何してんだオレ)


 作業どころじゃない。

 背中にはリサ。

 逃げ場はない。


 それなのにリサは、いつもの調子で少しだけ落ち着いた声を出した。

 背中にかかっていた重みは、そのままだった。


「松前くん、文化祭さー」


 背中越しに、いつもの柔らかい声が落ちてくる。


「……なんだよ」


 返事はできるのに、それ以上の動きができない。

 呼吸だけがやけに意識される。


「一緒にまわる人いる?」


「……いない」


 即答だった。

 事実を言っただけで、そこに深い意味はないはずだった。


「ほんと?じゃあ、あたしとまわってほしいんだけどー…」


「……は?」


 思考が一度止まる。


(この状況でその話するか……?)


 背中に人が乗っている状態で、文化祭の話をするという感覚がうまく追いつかない。

 逃げ場がないまま、会話だけが進んでいく。


「ねぇねぇ」


 そのまま、リサが少しだけ体重を揺らす。


「……揺らすな」


「はい」


 素直に返事だけはするのに、やめる気配はあまりない。

 どこか楽しそうな声だった。


 マサキは小さく息を吐く。


「如月、いろんな人に誘われてただろ」


「うん」


 間を置かずに肯定が返ってくる。


「松前くんとまわるから断ったよ」


 あっさりとした一言。


「……」


「松前くんから誘ってくれるかなって思ってたのに、全然だね」


 軽い拗ねみたいな声だった。

 なのに、内容だけがやけに残る。


(……待ってた?)


 思考がそこで引っかかる。

 言葉としては軽いのに、意味だけが妙に重い。


「……なんで」


 気づけば、反射で聞き返していた。


 リサは少しだけ背中で体勢を変える。

 柔らかさがほんの少し増す。


「まず松前くんが他の人とまわるの、イヤだし」


 一拍。

 言ったあとで、ほんの少しだけ間が空く。

 その後に続いた言葉は、あっさりしていた。


「それに、松前くんと一緒にいるの楽しい」


 さっきの重さを自分で軽く上書きするみたいに、自然に続く。


(……そういうの、普通に言うなよ)


 マサキは心の中でだけ呟く。

 外に出すと、全部崩れそうだった。


「松前くんから誘ってほしかったなぁ。あたしばっかり誘ってるの、ちょっと寂しいんだもん」


「いまオレの上に乗ってるのは?」


 口が勝手に動いた。


「色仕掛け」


 言った瞬間、リサは小さく笑ってから、少しだけ声を落とす。

 冗談っぽさは残したまま、ほんの少しだけ色っぽい響きが混ざる。


「……どこがだよ」


「え、なんで?こういうの、嬉しいって言ってたじゃん」


「言ってない……」


 色仕掛けが嬉しい、なんて話をした覚えはない。

 なのに、なぜかその前提で会話が進んでいる。

 マサキはそこで、ひとつだけはっきり自覚する。


(……嬉しい、は嬉しい)


 今の柔らかさとか、体温とか重さ。

 イヤなわけではない。

 反応に困る、というだけだ。

 だからこそ厄介だった。


 マサキは言葉を探しかけて――やめた。


「人が来たら困るだろ。そろそろ降りろ」


「イヤだったら振り落とせばいいじゃん」


(振り落とせるわけないだろ……)


 現実的に考えても無理だし、そもそもそんな選択肢が浮かぶ時点でおかしい。


「落とせるか。机も周りにあるし、危ないだろ」


 言いながら、マサキはようやく状況の方に意識を戻す。

 そのままリサは動かない。

 数秒だけ間が空いてから、小さく声が落ちた。


「じゃああたし、なんかバカみたいじゃん……」


 その言葉のあと、背中の重みがふっと軽くなった。

 リサは静かに背中から降りると、一度体勢を崩し――次の瞬間、妙に律儀な姿勢で座り直した。

 正座。

 さっきまでの距離の乱れが嘘みたいに、急に"普通の女子高生"の配置に戻る。


「松前くん、全然意識してくれないの……恥ずかしい」


(いや、バカみたいっていうか………バカだろ)


 マサキは目を少しだけ伏せたまま、言葉を飲み込む。


(そんなことしなくても…むしろ、何もしなくても勝手に男は夢中になる――)


 そこまで考えて、やめる。

 言葉にすると余計に変な方向に聞こえそうだった。


「意識って……何をだよ」


「言わせようとするのやめて」


 リサが少しだけ目をそらす。

 その横顔には、ほんの一瞬だけ迷うような間があった。

 マサキには、何かを飲み込んで、言葉だけ逃がしたように見えた。


「……じゃあ言わなくていいよ」


 マサキは短く返した。

 リサは少し目を落として、間を置く。


「ご、ごめんね……あたし、重かったよね」


「……体重のことか?」


「ち、違うよ、そっちじゃない」


 即座に否定が飛んでくる。


「今の空気の話。距離とか、雰囲気とか」


 さっきまで背中に乗っていたこと、その距離の近さ。

 冗談みたいに押しつけて、恋人みたいな真似をしてしまったことを指している。


「……ああ、そっちか」


 ようやく意味が繋がる。

 だが繋がったところで、どう返せばいいかは分からないままだった。


「体重も……だけど」


 ◇


 膝の上で手を握ったまま、目だけが落ち着かなく揺れている。

 さっき言われた「重い」という言葉が、頭の中で何度も反響していた。


(……重い、って)


 その単語が、さっきの一瞬の空気ごと蘇る。

 背中に乗っていたときのこと。

 冗談みたいにくっついてしまった距離。


(あのときも……)


 ふと、別の記憶が重なる。

 以前、軽く持ち上げられたときのこと。

 お姫様抱っこで助けてくれたときのこと。

 あのときは、特に嫌そうな顔もされなかった。

 むしろ普通に持ち上げてくれたから、深く考えたこともなかった。

 軽いと思われているんだ、とどこかで勝手に安心していた。


 でも今、「重い」と言われた言葉がそこに繋がってしまう。


(ほんとは、そのときも……)


 持ち上げられていたあの瞬間、マサキは本当は無理をしていたのではないか。

 落とさないように、嫌でも言わずに、ただ耐えていただけだったのではないか。


 そう考えた途端、胸の奥がきゅっと縮む。

 あのときの安心が、急に形を変える。

 嬉しかった記憶が、そのまま「気を遣わせていたのかもしれない」という不安に変わっていく。


 呼吸が少しだけ浅くなる。


(……そうだったのかな)


 答えは出ないまま、ただ"違っていたかもしれない過去"だけが残った。


 しばらく、教室の中は妙に静かだった。

 文化祭準備のざわつきはあるのに、マサキとリサのいる一角だけ、時間の流れ方が違うみたいに遅い。

 リサは正座のまま、ほんの少しうつむいている。

 さっきまでの距離の近さが嘘みたいに、膝の上で指をきゅっと絡めていた。


「あの……松前くん、さ……」


「もしかして……文化祭、一緒にまわりたい人が、いるとか……?」


 言い終えたあと、リサは目だけを上げる。

 その瞳が、少しだけ揺れていた。


 ◇


 マサキは一瞬、止まった。

 すぐに返事をすればいいだけの問い。

 なのに、なぜか一拍だけ遅れる。

 その"間"を、リサは見逃さなかったらしかった。


(……あ、言えないんだ)


 リサの肩が、わずかに落ちる。

 その沈黙が、勝手に意味を持ってしまう。

 誰かの名前を言いかけて、やめた。

 そういう種類の間。

 リサの中で、それはもう一つの答えになっていた。


「……え」


「ん?」


 マサキはただ、不思議そうに返すだけ。

 それが余計に、残酷だった。


「い、今……誰かの名前出そうとしてた?」


「……」


 マサキは少しだけ目をそらす。

 名前。

 確かに浮かんだ。

 でも、それは"誘う相手"としてじゃない。

 ただ思考の中に引っかかっただけのものだ。


「そ、そっか……いるんだ」


「いないって」


 即答だった。

 でもリサは、すぐには納得できなかった。


「そっかそっか……うん、そっか」


 言葉が軽く繰り返される。

 明るいようで、どこか確認するみたいな間の取り方になる。


「いや、何に納得してるんだよ」


「だって……今の間、変だったから」


「間?」


「言いかけて止まったでしょ」


「いや、それは……」


 説明しようとして、言葉が詰まる。

 誘う気があったわけじゃない。

 だから"いない"は間違っていない。

 でも、うまく説明できない。


 リサは少しだけ唇を噛んだ。


「……やっぱり、いるんだ」


「やっぱりって何だよ」


 マサキの声は少しだけ硬くなる。

 責めるつもりはない。

 ただ、勝手に話が進んでいくのが分からない。


 リサは目を落としたまま、小さく笑った。

 笑っているのに、どこか揺れていた。


「……だから、あたしは誘われないんだって……思っただけ」


 静かに落ちる声。


「待ってたの、ほんとバカみたい」


 その一言だけ、やけに軽く響いた。

 なのに中身は重い。


 リサは一度、胸の前で手を握る。


「……ごめん、変なこと言った」


「いや、別に」


 マサキは短く返す。

 何が変なのか分からないまま、ただ受け止める。


 リサはそれでも、少しだけ続けた。


「あの、あたし……文化祭、楽しみにしてて……」


「うん」


 マサキの返事はすぐ出る。

 短いまま止まる。


「松前くんとまわるんだって……勝手に思ってて……」


 その言葉の途中で、唇がわずかに震える。


(勝手に、って……)


 マサキはそこで初めて、少しだけ違和感を覚えた。

 でも、それを言語化する前にリサが続ける。


「だから……ちょっと、浮かれてたというか……期待してたというか」


 そこまで言って、リサは顔を伏せる。

 正座のまま、肩だけがわずかに落ちる。


 教室のざわつきが、遠くなる。


 マサキは息を吐いた。

 ため息に近い。

 けれど、投げやりではない。


「確かに一緒にまわりたいやつはいたよ……如月とな」


 その瞬間。

 リサの動きが止まった。


「……え」


 声が裏返る。


「でも、如月は他のやつに誘われてたから」


 淡々と続く。


「オレも誘うつもりはなかったからいないって答えた。それだけだ」


「いま……あの、なんて」


 リサの声は震えていた。


「だから、オレは如月と回りたかったって話」


 一拍遅れて、意味が落ちる。

 その瞬間、リサの顔から一気に熱が上がった。


(……え)


 思考が止まる。


(今の……なに?)


 さっきまでの「間」が一気に裏返る。

 好きな人がいるから言えなかったとか、そういう話ではなかった。

 むしろ逆だ。

 "自分"だった。


 認識が追いついた瞬間、リサの喉が詰まる。


「……じゃあ」


「ぶ、ぶんかしゃいっしょ……」


 途中で止まる。


「……噛んだ」


 赤くなった顔のまま、すぐ俯く。


「い、今のなし……」


 もう一度、深呼吸するみたいに顔を上げる。


「じゃ、じゃあ」


 今度はゆっくり言おうとして。


「ぶ……ぶんしゃかいっしょ……っ」


 そこで完全に止まる。


「……ああぁぁぁ……」


 そのまま顔を伏せる。

 正座のまま、固まる。

 耳まで真っ赤だった。


「……無理、今のもなし」


 小さくうめく声。


 マサキは数秒、黙ってそれを見ていた。

 そして、ぽつりと言う。


「……何回噛むんだよ」


 気づいたときには、マサキはほんの少しだけ口元を緩めていた。

 笑い声にはならない。

 その一言に、リサの肩がびくっと跳ねる。


「い、今……ちょっと笑った?」


「面白いからな」


 即答だった。


 リサは顔を伏せたまま、さらに小さくなる。

 でも、その耳だけは赤いままだった。


 リサは一度、唇を引き結んでから、少しだけ顔を上げた。


「いや待って、もう確定なんだから。松前くんから誘うパターンちょうだい」


「……は?」


 あまりにも突然の要求に、マサキは素で止まる。


「だから、文化祭一緒に回ろうって言って」


「それは確定だろ」


 事実確認のように返すと、リサはすぐに首を横に振った。


「ちゃんと言ってほしいの」


 その言い方は強くない。

 ただ、少しだけ困っているような、お願いに近い声だった。


(そんなに大事か……?)


 マサキは一瞬だけ考える。


(まぁ……大事なんだろうな)


 そういう空気だけは、なんとなく分かってしまう。

 ただ、"確定している"という事実と、"言葉にする"という行為は別物だった。

 頭の中ではもう決まっている。

 一緒に回る。そこに迷いはない。

 なのに、口に出すとなると急に重い。


(……どう言うんだ、こういうの)


 今までこういう場面はほとんどなかった。

 女の子を誘う、という行為そのものがほぼない。

 如月にしたって、一度きりだ。

 しかもあの時は勢いだった。


(今さら、ちゃんとした言い方ってなんだよ……)


 教室前で他の男子がリサを誘っていた声が、ぼんやり頭をよぎる。

 軽くて、自然で、ためらいがない。

 でも、それを真似するのは違う気がした。


(ああいうのは……違う)


 そもそも自分がやると、妙に軽く見える。

 それも嫌だった。

 ちゃんとした言い方。

 でも、かっこつけるのも違う。

 言葉だけが、宙に浮く。


 結局、出てきたのは一番不器用な形だった。

 少しだけ息を吸ってから、マサキは言った。


「文化祭なんだけど……もしよかったらでいいんだが」


 途中で一瞬だけ詰まる。

 それでも続けるしかなかった。


「オレは如月と一緒に回れたら嬉しい」


 一拍。


「無理なら気にしないで大丈夫だから」


 言い切ったあと、マサキは口を閉じた。

 正直、これでいいのか分からない。

 かっこいいわけでもないし、慣れているわけでもない。

 ただ、これ以上うまくは言えなかった。


 静かだった。


 リサは、動かない。

 ただ正座のまま、固まっている。


 数秒後。


「……」


 声にならない息が落ちる。


(……今の)


 リサの頭の中で、さっきの言葉が反響する。

 "一緒に回れたら嬉しい"。

 それだけでも十分なのに。

 その後に続いた「気にしないでいい」という一言が、妙に優しかった。

 今まで何度か誘われたことはある。

 でも、どれもどこかで"当然来るよね"という空気があった。

 来るのが前提。

 断らないのが前提。


 でも今のは違う。

 来てもいいし、来なくてもいい。

 その上で「一緒にいたい」と言っている。


(……ずるい)


 そう思った瞬間、リサの感情が一気に崩れた。

 正座のまま、両手で顔を覆う。


「……なにそれ」


 声がくぐもる。

 恥ずかしいのか嬉しいのか、自分でも分からない。

 ただ、胸の奥が妙に熱い。


 ◇


 マサキはその様子を見て、わずかに眉をひそめた。


(言えって言うから言ったのに……?)


 どうしてこうなったのか分からない。

 ただ、何かが刺さったらしいということだけは分かる。


 リサは顔を隠したまま、小さく息を吐いた。


「思った以上にちゃんと誘われて嬉しい」


 その言葉は、まだ少し震えている。

 それでも、確かに笑っていた。


 その直後だった。

 感情が整理されるより先に、口が動く。


「――はい、喜んで!」


 勢いだけで飛び出した返事は、いやにテンションが高かった。

 自分で言った瞬間に「やっちゃった」と気づいた。

 でも、声の明るさだけは隠しきれないまま、顔を覆い直す。


 そして、少しだけ落ち着いたあと。


「文化祭楽しみだなぁ」


 静かに落ちる声は、もうさっきまでの不安とは違っていた。

挿絵はAI生成。

SDで生成、GPTで編集しています。

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