ショッピング 前編 ~なんでオレなんだ2~
浴衣を一通り見終わって、会計を済ませる。
袋を受け取って、売り場を離れた。
人の流れに戻る。
リサが満足そうに微笑む。
「すごい気に入ったの買えた。ありがとう」
「……そうか」
正直、疲れたというより、意識を使った感じが残っている。
そのまま少し歩く。
リサが横を見る。
「じゃあ次、水着行こ」
(……)
足が止まりかける。
でも、止める言い訳が見つからない。
「……ああ」
短く返す。
水着売り場。
並んでいるのは、さっきと明らかに違うもの。
(いや……)
視線の置き場に困る。
無意識に、少しだけ足が遅れる。
そのまま距離を取ろうとした瞬間。
「……どしたの?」
横から声。
振り向くと、リサがすぐ隣にいる。
逃げる余地がない距離。
「別に……」
前を向く。
リサは少しだけ様子を見て、くふっと笑う。
「松前くん恥ずかしいのー?」
図星を刺すみたいに言う。
「……」
無言。
リサは顔を近づける。
「大丈夫だって」
軽い調子で。
「こんなの、下着と変わらないんだから」
(……)
思考が止まる。
(それは余計に恥ずかしいだろ)
言葉にはしない。
視線の行き場がなくなる。
リサは気にした様子もなく、歩き出す。
「ほら、行こ」
軽く腕を引くような距離感。
結局、並んで進むしかない。
(……なんで普通にいけるんだよ)
自分だけが妙に意識している気がして、余計に落ち着かない。
でも……
離れる理由も、もうなかった。
数分後。
「松前くーん」
呼ばれる。
振り向く。
リサが、何着か手に持っている。
「どっちがいいと思う?」
(……やっぱ来るか)
目を逸らす。
でも、逃げきれない。
「……どれ」
近づく。
リサが2着を見せる。
片方は、布地の面積が多い落ち着いた色。
露出も控えめで、無難な印象。
もう片方は……
明るい色。
そして、極端に布地が少ない。
(……)
意味が分かる。
(いや、普通はこっちか…)
落ち着いた方。
そっちのはずだ。
でも視線は、また明るい方に引っ張られる。
浴衣と同じ。
(如月に似合うかで言えば……)
「……そっち」
短く答える。
明るい色、布地が少ない方。
「え、こっち?」
リサが少し意外そうにする。
「なんで?」
言葉に詰まる。
落ち着いた方を見る。
でも……
「……そっちの方が」
間を置く。
「……似合うと思う」
その言葉に、リサが固まる。
目の色が変わる。
「……へぇ」
小さく声が出る。
次の瞬間、ふっと笑う。
「松前くんも男の子だねぇ」
(え)
マサキは意味が分からない。
リサは、手に持った<布地の少ない方>を軽く揺らす。
「ううん、別にいいけど」
少しだけ楽しそうに続ける。
「こういうのが好きなんだ?」
(違う)
そう言いたいのに、言葉が出ない。
リサの中ではもう答えが決まっている。
<マサキはこっちを選んだ>。
それはつまり、そういうことなんだろう、と。
(……待て)
誤解している。
でも訂正するタイミングがない。
リサはそのまま鏡の前に戻る。
「じゃあ、これ試してくるね」
軽く言って、試着室へ向かう。
(……は?)
思考が止まる。
「ちゃんと見てね」
さらっと言う。
「……」
言葉が出てこない。
(見るって、なにを)
分かっているのに、整理できない。
リサは試着室の方へ向かう。
カーテンの前で一度だけ振り返る。
「逃げないでよ?」
軽く笑う。
そのまま中に入る。
残されたマサキ。
(……)
動けない。
試着室のカーテン。
閉じられている。
(いや、オレは明るい色の方が似合うと言っただけで…)
頭の中で言い訳が巡る。
でも、状況は変わらない。
(……どうすんだ)
数分が、やけに長い。
ほんのわずかな物音にも、意識が向く。
(……)
余計な想像が、勝手に浮かぶ。
慌てて、振り払う。
(……考えるな)
そう思うほど、逆に意識が引っ張られる。
そのとき。
「ねえ」
カーテンの向こうから声。
心臓が、少しだけ跳ねる。
「……なに」
「ちょっと見て」
(は?)
◇
リサはカーテンに手をかける。
その前に止まる。
(……思ったより、これ際どいかも)
鏡の中の自分をちらっと見て、少しだけ思う。
でもすぐに打ち消す。
(まあいいか)
◇
カーテンが開く。
ピンクをベースにしたレースとリボンで華やかなビキニ。
布地は少なく、全体のラインがはっきり見える。
想像していたより、ずっと大胆なデザインだった。
くびれたウエストを強調するように、リサは体を反らして全体を見せた。
「ねえ、どう?」
リサが少しだけ首を傾ける。
マサキは止まる。
(……これ、どういう状況だ)
でも目を逸らすのも違う気がして、そのまま見る。
リサは軽く体をひねる。
「似合う?」
「……似合ってる」
すぐにそう答えた。
それは本音だった。
「じゃあ、これにするね」
明るい声。
◇
リサは最初から、マサキと一緒にプールへ行く前提で考えていた。
ただ、誘うタイミングをまだ探しているだけ。
そしてそのために。
(松前くんが、ちゃんと「可愛い」って思うやつにしたい)
無意識に、ではなく。
かなりはっきりと。
だから今の言葉は、むしろ嬉しい寄りだった。
◇
一方。
マサキの中で別の考えが浮かぶ。
(プール、誰と行くんだ……。これを誰に見せるんだ……)
まだ聞いていない。でも気になってしょうがない。
自分以外の誰かに、この姿を見せたら……。
そう思うだけで、胸の奥に妙な感覚が残る。
リサが、これを着て行く場所。
そこに、オレはいない。
友達と行くのか。
あるいは……男と。
(着てほしくない)
でも、勝手に想像だけが出てくる。
他の誰かと並ぶ光景。
(なんか、それは嫌だ)
理由は分からないまま、口が動く。
「……それで、プールとか行くのか」
リサは軽くうなずく。
「うん、そうだよ」
マサキは間を置いてから続ける。
「……あんまり、そういうの着てるの見せたくない」
言ったあと、自分でも止まる。
(何言ってんだこれ)
リサは少しだけまじまじとマサキを見る。
驚きというより、確認に近い目。
そして小さく笑う。
「松前くんが選んでくれたから、これにしたのに…」
怒ってはいない。
むしろ納得したような顔だった。
そのまま流れるはずの空気。
でも、マサキの中ではまだ何かが引っかかっていた。
(違う、そういう意味じゃなくて)
うまく言葉にならないまま、視線が揺れる。
絞り出すように言う。
「その……見えてる部分が」
そこで止まる。
(何言ってんだ、これ)
でも止めるタイミングもない。
「……いや」
言い直そうとして、また詰まる。
前を向いたまま、やっと出る。
「もう少し……隠れてる方が、いい」
静かな声だった。
リサは瞬きをする。
そしてすぐに、軽く笑う。
「なにそれ、心配してるの?」
からかうでも、否定するでもない。
マサキは即答できない。
代わりに、短く。
「……別に」
でもその「別に」は、あまり成立していない。
リサはその反応を見て、少し考える。
そして、ふっと息をつく。
「そっか」
軽く笑って、試着室の中へ戻る。
数分後。
「ねえ」
カーテンが少しだけ開く。
リサが顔を出す。
「もう一回いい?」
さっきの水着を手にしている。
でも、表情は軽いまま。
「どっちにするか、ちゃんと決めてほしい」
その言い方は冗談っぽいのに、少しだけ本気が混ざっている。
マサキは止まる。
(まだ選ぶのか)
リサはもう一度、二着を並べる。
落ち着いた色の方と、明るい方。
マサキは見比べる。
(……)
明るい方を見る。
すぐに目を外す。
(いや……)
さっきの<際どい方>が頭に浮かぶ。
でも、今は違う。
(あれは、やめた方がいい)
理由は説明できない。
ただ、それだけははっきりしていた。
マサキは短く言う。
「……そっち」
落ち着いた方を指す。
リサは目を丸くする。
「そっち?」
「……ああ」
「じゃあ、こっち着てみる」
あっさり決める。
明るい方、例の<際どい方>は、そのまま戻される。
リサは特に惜しむ様子もない。
むしろ楽しそうだった。
マサキはそれを見て、肩の力が抜ける。
(……これでいいのか)
正解が分からないまま。
「やっぱ松前くんに来てもらって良かった」
◇ ◇ ◇
フードコートの方から、昼時のざわつきが広がっていた。
リサは袋を軽く持ち直しながら歩く。
「お昼どうする?食べたいのある?」
「……ん、任せる」
そんなやり取りのまま、ゆっくり通路を進む。
しばらくして、マサキが足を止める。
「……トイレ行く」
「ん、分かった」
リサは軽くうなずく。
「あたし、フード街ちょっと見てるね」
マサキは少しだけ考えてから頷く。
(そのくらいなら大丈夫か…)
「……ああ」
リサは軽く笑う。
「後でね」
そう言って、フードストリートを歩いていく。
マサキはトイレへ向かう。
それぞれ別の方向へ。
◇
リサは楽しそうに周囲を見回す。
(何食べようかなー)
歩きながら、視線が次々と店に吸い寄せられる。
(ラーメン食べたいけど……デートには向かないなぁ)
少しだけ唇を尖らせる。
中華料理の写真が目に入る。
(あ、最近中華食べてない)
さらに歩くと、ステーキの写真が目に入る。
(ここのステーキ美味しいんだよね)
(でも松前くんの前でガッツリ肉ってどうなんだろ)
(ピザいいな……いや、でも手汚れる。綺麗に食べれる自信ない……)
そのあと、スイーツ系の店が見える。
(あ、ケーキ!……いや、昼ごはんじゃないか)
自分でツッコミを入れる。
(なんか全部食べたいんだけど)
軽くため息をついて笑う。
結局決めきれずに、店の前をふらふらと見ていた。
本人の中では真剣だが、足取りは軽い。
フードストリートの人の流れが一段だけ濃くなる。
そのときだった。
「ねえ、ちょっといい?」
後ろから声。リサは振り向く。
そこには、少し距離の近い位置に、男性が2人立っていた。
軽い服装、軽い表情。
「キミ、かわいいね」
その一言で、ナンパだとすぐ分かる。
「どこ行くの?ご飯?」
片方が軽く笑いながら距離を詰める。
「俺たちも今から食べるとこなんだけどさ、一緒にどう?」
もう一人も自然なふりで続ける。
「一人で回ってるでしょ?」
悪意は薄いが、断りづらい圧だけはある。
「なんでも奢ってあげるからさ」
リサは瞬きをして、次の瞬間にはもう答えていた。
「ごめんなさい、彼氏と一緒なんで」
言い切りは早い。
迷いも、間もない。
それで終わるはずだった。
だが、男の片方が首をかしげる。
「え、どこにいんの?」
もう一人も軽く笑う。
「今いないなら、ちょっとくらいならいいじゃん」
視線がリサの周りをゆっくりと探る。
「ほんとにいるの?」
最初より一歩、距離が近い。
片方が笑いながら、半歩さらに寄る。
「ちょっと話すだけならいいでしょ」
その瞬間、リサの中の何かが、すっと冷える。
笑顔のままなのに、呼吸だけが一瞬浅くなる。
(ちょっと、近い)
頭では分かっている。
ただの声かけ。
普通に断ればいいだけ。
それなのに、さっきまでの余裕が少しだけずれる。
(ううん、大丈夫。こういうの、もう1回きつめに断ればいいだけ)
そう思ったのに、相手との距離がさっきより近くなる。
(どうしよう、怖い)
喉の奥が詰まる。
言葉が出ない。
視線だけが、無意識に逃げ道を探す。
(2人いる……無理)
さっきまで<断れる>と思っていた距離が、急に違って見える。
(言わなきゃ)
判断が止まる。
そのとき、視界の端に動きが入った。
(……あ)
フードコート入口。
(来た)
「こっち」
リサの短い声。
マサキが戻ってきていた。
少し遅れて、ナンパの一人がその存在に気づいて目を細める。
もう一人がすぐに鼻で笑った。
「彼氏ってそれ?」
視線がマサキへ向く。
もう一人も、上から下までざっと見て、
「……普通すぎだろ」
軽く笑う。
その笑いには、さっきまでの距離の詰め方とは違う、<雑な評価>が混ざっていた。
「なんか地味すぎない?」
少し首をかしげる。
「いや、なんでこの子にそれ?」
最後は半笑いのまま、答えを求めていない声だった。
リサは一歩、自然にマサキの隣へ寄る。
「彼氏です」
短く、はっきり言い切る。
同時に、リサの手がマサキの腕へ絡んだ。
さっきの迷いは、もうない。
ナンパの片方が、軽く息を吐くように笑う。
「釣り合ってないじゃん」
リサはマサキの腕をぎゅっと引き寄せる。
(当たってるな……)
マサキは動けない。
目だけが、わずかにリサへ向く。
リサは前を向いたまま、男二人とは目を合わせていなかった。
(……怖かったのか)
その考えが頭をよぎる。
「そういうの好きならいいけどさ」
もう一人が肩をすくめる。
「じゃあ邪魔したわ」
だが、去り際に小さく投げるように言葉が落ちた。
「でもさ、ちょっと意外だわ」
「もっとカッコイイの想像してた」
二人はそのまま、人混みに紛れていく。
静かになる。
リサは目を落とした。
「……ごめん」
マサキにだけ聞こえる声。
「断るために彼氏にしちゃった」
軽く言っているようで、ちゃんと気にしている声だった。
マサキはすぐには返さない。
さっきの言葉が、まだ頭に残っている。
<普通すぎ>
<地味>
<釣り合ってない>
一つずつ引っかかる。
否定しようと思えばできるはずなのに、うまく浮かばない。
しばらくして、短く言う。
「……別にいい、そういう場面なら。あんま役に立ってなかったけどな」
それ以上は続かない。
リサはその横顔を見る。
眉がほんの少しだけ動く。
さっきの言葉が、まだ残っているのが分かった。
(……気にしてる)
そう思った瞬間、口が先に動いた。
「松前くん、カッコイイよ」
軽く言う感じじゃない。
ちゃんと見て、ちゃんと出てきた声だった。
沈黙が落ちる。
マサキは反応に困ったように顔を上げた。
「……は?」
短い。
理解できていないというより、受け取り方が追いついていない声だった。
「さっきの、気にしてるでしょ。普通とか、地味とか」
言いながら、リサ自身も少しだけ気まずそうに息を吐く。
「ああいうの違うよ。負け惜しみで言ってるだけだから」
断言する。
マサキは黙る。
(……気にしてる)
その自覚だけが、遅れて刺さる。
否定しようとしても、言葉が出ない。
代わりに、短く返した。
「別に……気にしてない」
でも、さっき以上に説得力がなかった。
リサはそれを見て、目を細める。
「うそ」
軽い声。
でも、責めない。
ただ、事実みたいに言う。
「……あたしは、松前くんカッコイイと思うよ」
今度は、ちゃんとした言葉だった。
静かになる。
マサキはその言葉を受け取ったまま、しばらく何も言わない。
(カッコイイ)
さっきとは違う種類の言葉。
でも、すぐに別の考えが浮かぶ。
(さっきのも、そういう流れか)
ナンパを断るための<彼氏のフリ>。
場を収めるための<カッコイイ>。
どちらも、同じ箱の中へ入っていく。
マサキは目を落とした。
「……そういうのも、社交辞令みたいなもんだろ」
言い切りではない。
確認でもない。
ただ、少し距離を置くための言葉だった。
リサは固まる。
(社交辞令)
その単語に、眉が動く。
マサキは目を上げないまま続けた。
「さっきの流れで、そう言うしかないもんな。普通とか地味とか言われたあとの、フォローっていうか……」
途中で、自分でも言葉が変な気がして止まる。
でも、修正できないまま続ける。
「別に本気で言ってるわけじゃないだろ」
言ったあと、少しだけ間が空く。
リサはすぐには否定しなかった。
少し考えるような間。
それから、
「……じゃあさ」
声のトーンが少し変わる。
「どう言えば信じてくれるの?」
責めていない。
試してもいない。
ただ、本気で聞いている声だった。
マサキは答えられない。
「別に……そういう話じゃない」
リサが首をかしげる。
「社交辞令じゃないって、証明しろってこと?」
「…………」
「言ってもどうせ最初から信じてくれない人に?」
責めるわけじゃない。
でも、正確に当ててくる。
マサキは黙ったまま、目を外した。
最初から決めていたのかもしれない。
<フォローだろ>って箱へ入れて、そこで終わらせようとしていた。
リサは小さく息をつく。
「もー」
軽く言って、笑った。
「松前くんって本当にめんどくさいよね」
怒っていない。
からかってもいない。
呆れたみたいな顔なのに、口元だけ柔らかい。
「そうやって言わせようとするのずるいと思うよ」
マサキは少し固まる。
リサはそのまま続けた。
「てか顔。整ってるじゃん、普通に」
さらっと言う。
「松前くんさ、自覚ないだけで見た目いいよ」
「……」
マサキはうまく返せない。
「クラスの女の子たちも、わりと言ってるよ。顔はいいのになぁって」
「……誰が」
「それは言いたくない。松前くんがその子のこと意識しちゃうじゃん」
マサキはしばらく黙ったまま、目を落とす。
「……さっきのやつらの方が、見た目はいいだろ」
「えー、そう?」
リサは怪訝そうな顔をした。
「それっぽく見せてるけど、中身ないの丸わかりじゃん」
マサキは言葉を失う。
「カッコイイとか可愛いって計算じゃないんだよね」
リサは声を落とした。
「作ってる感じを見せちゃダメなの。モデルの現場じゃ、そんなん全部ボツだからね」
まっすぐマサキを見る。
「あたしがカッコイイって言ったら、それは本当なの」
迷いのない声だった。
(社交辞令じゃない……か)
嘘じゃないことくらい、見れば分かった。
分かってしまったあと、逆にどう返せばいいのか分からなくなる。
「……そうか」
やっと出たのは、それだけだった。
「うんっ」
リサは満足そうに頷くと、
「じゃあ、ご飯にしよ」
ぱっと空気を変える。
切り替えが早い。
リサは周囲を見回した。
「おなか空いたなー。なに食べようかなぁ」
さっきまでの真面目な顔が、もう消えている。
いつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。
その落差に、マサキは肩から力が抜けた。
リサはそのまま、マサキの腕を抱えるように引っ張る。
「……おい」
引っ張られた腕へ、柔らかい感触がはっきり当たる。
さっき、ナンパ男の前でやった<彼氏のフリ>。
本来なら、もう続ける理由はない。
「歩きにくいだろ」
声が少し乱れる。
でも、リサは気にした様子も見せない。
「もうちょっとこのままがいい」
腕へ回る力が少しだけ強くなる。
抵抗しようと思えばできる。
振り払うのだって簡単だ。
でも。
(……本気で嫌がってないって、バレてるんだろうな)
マサキは前を向いたまま歩く。
リサは腕を組んだまま、辺りをきょろきょろ見回していた。
「松前くんなに食べたい?」
「別に、なんでもいいんだけど……」
腕へ伝わる柔らかさが気になる。
思考が上手くまとまらない。
その時、ふっと香ばしい匂いが鼻へ入ってきた。
肉の脂が焼ける甘い匂い。
少し焦げた醤油みたいな香り。
食欲を直接引っ張るような匂いだった。
マサキの視線が自然と流れる。
ガラス越しに、鉄板の上で肉が焼けていた。
「……肉」
無意識に言葉が漏れる。
「え」
リサが顔を上げた。
その目が、一瞬で明るくなる。
「お肉がいいの?」
「まぁ、でも本当になんでもいい……」
言い終わる前に、
「やった! あたしさっきからあそこのステーキ屋さん気になってたんだよね」
リサは弾けるみたいな笑顔で、近くの店を指差した。
その反応に、マサキは少し意外そうな顔をする。
「……本当にいいのか」
リサは目を逸らした。
そのまま、マサキの腕をさらにぎゅっと抱きしめる。
「最初は男の子の前でステーキとかどうなのって思ったよ? デートならパスタとか無難かなって……」
さらっと、<デート>って言葉が混ざる。
マサキの視線が揺れた。
でも、リサは気づいていないみたいに続ける。
「でも、松前くんが肉って言うなら我慢する必要ないよね。お互い食べたいんだし仕方ないよね」
声が弾んでいる。
嬉しいのが隠せていなかった。
そのままリサは、マサキを引っ張るように歩き出す。
「早くー。ちゃんと歩いてよー」
「引っ張るなって……」
歩幅が少し乱れる。
でも、リサは楽しそうに笑っていた。
(……デートね)
マサキは、引っ張られながらその言葉を頭の中で繰り返す。
パスタを上品に食べる姿より。
肉を前にして目を輝かせてる今の方が、ずっとリサらしい気がした。
それに、そんな彼女の好みを無意識で当ててしまった自分にも少し驚いていた。
リサの横顔を見る。
マサキは口元を緩めた。
モデルだから、もっと少食なのかと思っていた。
でも、今のリサは、そんな作ったイメージよりずっと自然で。
見ていて落ち着いた。
評価くれるのメチャクチャ嬉しいです(^▽^)





