新学期 ~隣の席と一曲の逃げ道2~’
読者モデルとか、学校で目立つとか、そういう言葉が先に来る相手だった。
クラスの中心にいて、自分とは違う場所にいる人間。
でも今は、から揚げを一つもらって、分かりやすく機嫌が良くなっているだけに見える。
そのせいで、少しだけ困った。
遠い人間だと思っていた方が、たぶん楽だった。
さっきまでの緊張が、少しだけ別の方向へずれる。
リサは何も知らない顔で、二個目のから揚げへ手を伸ばしていた。
「えっ、まだ食うの?」
思わず出た言葉だった。
リサはその反応に少し驚いて、手を引っ込めた。
「ご、ごめん。松前くんのだった。美味しくてつい…」
「いや、食ってもいいけど…」
マサキがそう言うと、
「いいの?」
リサの顔がぱっと明るくなる。
さっきまで遠慮するみたいに揺れていた目が、一気に輝いた。
嬉しさがそのまま顔に出たみたいな反応だった。
「あぁ」
「えへへ、やったー」
本当に嬉しそうに笑いながら、再び箸を伸ばした。
から揚げを摘まむ前に、一回だけマサキの方を見て笑う。
その笑顔が妙に無防備で、さっきまで周囲へ向けていた愛想のいい笑い方と少し違って見えた。
マサキはその表情を見て、
(可愛いな……)
と、思った。
さっきの気まずさを引きずる感じもなく、もう普通に戻っている。
マサキはその切り替えの早さに、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
コーラを一口飲む。
さっきまで張っていた意識が、少しだけ緩む。
リサはから揚げを食べながら、満足そうに小さく頷く。
頬がほんの少し緩んでいて、口いっぱいにしたまま幸せそうに目を細める。
整った顔なのに、食べてるときだけ妙に年相応で、そのせいで少しだけ調子が狂う。
その横顔を見て、マサキはふと引っかかる。
(……なんで、そんな楽しそうなんだろうな)
隣にいるのは自分なのに。
盛り上げているわけでもない。
気の利いたことを言ったわけでもない。
さっきからまともに会話も返せていない。
それなのにリサは、マサキの隣でから揚げを食べて、普通に笑っている。
自分がいるせいでつまらなくなっているわけではない。
少なくとも、今のリサはそういう顔をしていない。
そう思ったら、さっきまでずっと硬かった肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。
(……なんか、楽しめてる気がする)
そう思ってから、すぐに違うと打ち消した。
別にカラオケが楽しいわけじゃない。
騒がしいのは相変わらず苦手だし、周りの視線も気になる。
できれば早く帰りたい気持ちだって、完全に消えたわけではない。
ただ、リサが自分の隣で楽しそうにしている。
それだけで、ここにいてもいいような気がした。
(……まあ、これくらいなら)
マサキはそれ以上深く考えるのをやめて、もう一口コーラを飲んだ。
「お前ら、さっきからなにイチャついてんだ」
マイク越しの声が飛んだ瞬間、2人の肩が跳ねた。
声の主はクラスのお調子者だった。
笑いながら、さらに続ける。
「リア充め」
軽い調子の言葉。
けれど、声色にはわずかに引っかかるものがあった。
リサはびっくりしたように目を丸くして、
「ち、違うって。イチャついてないよー」
誤魔化すみたいに笑う。
他の女子が口を挟む。
「でも仲良くない? あの2人」
別の男子も乗っかる。
「なんか距離近いよな」
「もしかして付き合ってる?」
リサはマサキの方を見ないまま、笑顔を崩さず返した。
本当は一度くらい、隣の反応を確かめたかった。
でも、そこでマサキを見ると、周りの視線までそっちへ流れる気がした。
だからリサは、あえて前だけを見た。
「違うよー、今日初めて喋ったんだよ?」
言ってから、ほんの少しだけ胸の奥が引っかかった。
本当のことではある。
でも、そんなふうに言い切りたいわけでもなかった。
マサキは顔を逸らし、耳の奥で声だけを拾っていた。
ここで反応したら、余計に面倒になる気がする。
だから黙る。
隣ではリサが焦ったように手を振っていた。
「席狭かっただけだよー。あたしが勝手に詰めただけ」
「あたしが寄りすぎちゃったの」
周囲の声にも自然に返しながら、笑いに変えていく。
(人気者も大変だな……)
リサは視線を左右へ流しながら、途切れそうな会話を拾っていく。
場が変に止まらないよう、軽く話題を散らしているのが分かった。
マサキはその様子を横目で見る。
(器用だな……)
自分なら、たぶん黙って耐えるしかできない。
その流れへ重ねるように、別の男子が手を上げた。
「如月さーん、次オレの隣来てよ」
「オレとも喋ってー」
声が重なる。
リサは一瞬だけ視線を泳がせたあと、また笑顔を作る。
「ほら、席もう決まってるし」
「さっき教室でいっぱい喋ったでしょー?」
冗談っぽい声のまま、はっきり線を引く。
曖昧にすると長引く。
そういう空気に慣れている感じだった。
その場は一度落ち着きかける。
けれど。
「なんか如月さんってさー」
別の男子が笑いながら口を挟んだ。
「松前にだけ甘くね?」
笑い混じり。
でも、完全に冗談でもない。
「ここまで道案内してたしー」
「注文もわざわざ聞いてやって」
さらに別の声。
「オレらにはそんな丁寧じゃねーよな?」
「対応違くね?」
軽口みたいに言っている。
けれど、視線はちゃんとリサへ向いていた。
近くにいた女の子同士が、一瞬だけ顔を見合わせる。
笑えばいいのか。
止めるべきなのか。
そんな微妙な間が落ちる。
空気が、少しだけ重くなった。
それでもリサは笑顔を崩さない。
(……そっちに持っていかないで)
一瞬だけ、そう思った。
ここで変に否定すればマサキを落とすことになるし、認めれば今度はマサキへ視線が集まる。
ほんの一瞬だけ迷ってから、
(ほんとは、こういうの使いたくないんだけどな……)
リサは少し困ったように眉を下げた。
「えー、あたしそんなふうに見えてたんだぁ」
口元を手で軽く隠す。
「差つけてるつもりなかったんだけどなー……」
柔らかく。
でも、ちゃんと可愛く見える角度で。
「そんなふうに見えてたなら、今度から気をつけるね。ほんとにごめんね」
最後だけ少し真面目な声。
その瞬間、流れが変わった。
「いや、そういうわけじゃ……」
最初に言った男子の勢いが弱まる。
「ほんとー? よかったー」
リサはすぐに笑って戻した。
マサキはそのやり取りを横目で見ていた。
(……すっげぇな)
誰も傷つけない形で、自分が少し下がって場を収める。
さっき階段で見た崩さない感じと同じだった。
ただ明るいだけじゃない。
ちゃんと計算してるのに、それを見せない。
自然にやってるように見えるのが、余計にすごかった。
それまであった刺さるような視線も、もうほとんど消えている。
(……これなら、もう来ないだろ)
そう思って少し肩の力を抜いた、そのとき。
「いやでもさー」
まだ引かない声があった。
「結局、松前の隣から動かないわけじゃん」
マサキは小さく息を吐いて、目を伏せる。
(……まだやるのかよ)
せっかく戻りかけた流れへ、また指を突っ込むみたいな言い方。
視線が、またじわっと集まり始める。
マサキは無意識に隣を見た。
リサは、まだ笑っている。
口を開きかけて、そこで止まった。
視線は前を向いたまま。
一度もこちらを見ない。
(……ああ)
遅れて意味に気づく。
(オレに話振られないようにしてるのか)
話を向けられれば、自分も何か返さないといけなくなる。
それを避けるために、全部、自分で受けている。
さっきからずっとそうだった。
からかわれているのは2人なのに、矢印がこっちへ向かないようにしている。
(……そこまでやるか、普通)
しかも、守ってる感じをまったく出さない。
自然に。
(……これ、完全に守られてる側だろ)
胸の奥に何かが引っかかる。
自分は何もしていない。
隣に座って、全部任せているだけだ。
(……それでいいわけない)
このまま黙っていれば、またリサが何か言う。
また上手く処理する。
でもそれは、ただ押しつけてるだけだ。
(それは、さすがにダサい)
逃げるのは簡単だ。
黙っていればいい。
でも、それを選べば、またリサに背負わせる。
(……それは違う)
歌うのは正直、気が重い。
目立つのも、注目されるのも苦手だ。
でも、ここはカラオケだ。
言い返せなくても、歌が始まれば今の話は止まる。
笑いに変えることはできなくても、マイクを取れば視線は自分に向く。
それが嫌で仕方ないのに、今はその方がまだマシだった。
リサがまた何か言わなくて済むなら、それでいい。
(……今度は、オレの番だろ)
マサキは小さく息を吸った。
「……次、オレ歌うわ」
◇
「え」
リサの指先が口元で止まる。
少し迷うみたいに視線が揺れて、それから小さく息を吐いた。
(松前くん、歌いたくないって言ってたのに……)
緊張しているのが分かる。
無理しているのも分かる。
止めた方がいいのかもしれない。
無理しなくていいよ、と言えば済むのかもしれない。
でも、そこで止めたら、マサキが今前に出てくれた意味まで消してしまう気がした。
(あたしのせいで無理してるよね……でも)
視線が少し細くなる。
(……嬉しい)
「……あ、ありがとう」
頼ってしまった、という気持ちごと、その一言に込めた。
◇
マサキはリモコンを受け取る。
リサが「今日初めて喋った」と言って場を落ち着かせたことも、
可愛い側へ少し寄せながら空気を丸くしていたことも、
全部分かっている。
(オレは、ああいうの苦手なんだよな……)
嫌味じゃない。
ただ、自分には向いていない。
目立つこと。
期待されること。
笑われること。
どれも性に合わない。
(だからって、任せっぱなしは違うだろ)
マサキは曲を入れる。
無意識に選んでいたのはロックだった。
さっき、リサが好きだと言っていたジャンル。
(……なんでこれ選んでんだ、オレ)
自分でも分からないまま、決定ボタンを押す。
画面が切り替わる。
「え、松前が歌うの?」
「しかもロック?マジで?」
ざわ、と空気が揺れた。
マサキはマイクを握る。
少し俯く。
マイクを持つ手が、わずかに震えていた。
イントロが流れ始めた。
ざわついていた場が、自然と静まっていく。
マサキは俯いたまま、片手でマイクを持つ。
もう片方の手は膝の上で軽く握られていた。
緊張している。それは見れば分かる。
でも。
最初の一音。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
低く、少し掠れている。
なのに、驚くほど真っ直ぐ通る。
音へ入る瞬間が異常に正確だった。
ブレない。
強く出すところは、一気に押し切る。
なのにサビ前で少し引いた瞬間、逆に声の芯だけが残る。
その落差が、耳の奥に残った。
◇
(……え)
リサは思わず瞬きを止める。
マサキは視線を上げない。
俯いたまま歌っている。
なのに、不思議と声だけは前へ出てくる。
Aメロでは抑えている。
静かに流しているのに、リズムが全然ズレない。
少し後ろに溜める歌い方。でも遅れない。
サビに入った瞬間だけ、急に抜ける。
声量が一段上がる。
部屋のスピーカー越しなのに、生で押されるみたいな圧があった。
「……」
それまで騒いでいた男子が止まる。
誰も口を挟まない。
茶化す空気が消えていた。
ただ上手いだけじゃない。
詳しいことは分からない。
でも、ただ歌が上手い人とは違うことくらいは分かった。
歌い慣れている。
音楽を聴いてる人間じゃなく、やってる側の歌い方だった。
息を吸う場所。
少し遅らせるみたいなリズム。
最後の音を残しすぎない抜き方。
ひとつひとつは分からないのに、全部が自然に耳へ入ってくる。
しかも、それを本人がまったく見せようとしていない。
(……なにこれ)
リサは完全に目を奪われていた。
ロックなのに雑じゃない。
感情だけで押してない。
ちゃんと聴かせる形になっている。
高音へ上がる瞬間も、苦しそうな感じがない。
無理やり出してるんじゃなく、最初からそこが届く音域みたいに抜ける。
サビ終わり、少し掠れた声がそのまま余韻になる。
その空気ごと、部屋の流れを持っていっていた。
(す……すごい)
リサは気づかないうちに、少し前へ身を乗り出していた。
歌っている間だけ、マサキの雰囲気がまるで違う。
誰より目立っているのに、そのことを気にしている感じがない。
ただ曲の中にいる。
それが余計にズルかった。
(……これ、ズルいでしょ)
◇
曲が終わる。
最後の音が消えたあと、ほんの一拍だけ静寂。
そのあと。
「ブラボー!」
クラス一のお調子者が大きな声で拍手した。
それをきっかけに、全員が自然と拍手する。
さっきまでの空気は、もう残っていなかった。
「え、やば。マジで歌うま」
「松前くんてそういうキャラなんだ」
「いっつも音楽聴いてるのは知ってた」
拍手と声が一気に広がる。
マサキは少し疲れたように小さくため息をついて、コーラを一口飲んだ。
リサはそっとマサキに顔を寄せ、耳打ちする。
「松前くん、歌わないって言ってたのに歌わせてごめん。でも聴けて良かった」
マサキはリサの方を見てから、
「いや…急に、歌いたくなっただけ…」
そう返す。
「またそんな…助けてくれたんでしょ。前にもあったから分かってる」
リサは小声で言った。
(前にも…?)
マサキは記憶を辿ってみるが、何も思い出せない。
(まぁ、助けたというか……)
ただ、隣で頑張っているリサを見ていたら、何もしないわけにはいかなかった。
でもそれを言っても仕方ないと思って、言葉を飲み込む。
リサは小さく微笑んだ。
その後はマサキに対して「次はこれ歌って」というリクエストがどんどん飛んできた。
本当は、一曲で終わるつもりだった。
けれど、ここで断れば断ったで、また変に注目される気がした。
「いや」と言うより先にリモコンが回ってくる。
断るタイミングを探しているうちに、別の曲名が飛んでくる。
それに、ここで空気を止めたら、またリサがフォローに回る。
それが分かってしまったせいで、余計に断りづらかった。
マサキは小さく息を吐いて、リモコンを受け取る。
「……うん」
気づけば、何曲も歌っていた。
誰かに突っ込まれると、リサが代わりにフォローしたり、逆に面白おかしく話を広げたりしている。
マサキはその様子を見ながら、
(如月さんってすごいな……)
と思う。
自分とは何もかも違う。
見た目も、雰囲気も、いるだけで場の流れを変えてしまう感じも。
人の視線を集める側と、外れる側。
最初から立ってる場所が違う。
(こういうのが上に立つ側の人間なんだろうな)
マサキはもう一度コーラを飲む。
周りのクラスメイトたちも興奮が冷めないまま、次々に話しかけてくる。
「松前くん、これ歌える?」
「俺もこれ頼む!」
マサキは苦笑しながら、
「うん…」
とリモコンを受け取る。
◇
リサはそんなマサキの姿を見ながら、少しだけ唇を結んだ。
みんなが盛り上がっているのは嬉しかった。
マサキがすごいところを、少しだけ誇らしくも思った。
でも、そのぶんだけ、最初に断られたことが変に残っていた。
あたしが誘ったときは、歌わないって言ったのに。
みんなに頼まれたら、ちゃんと歌うんだ。
そう思った瞬間、自分でも子どもっぽいと分かっている不満が、胸の奥で小さく膨らんだ。
「あたしが誘ったのに…」
ぽつりとつぶやいた。
隣のマサキ以外には聞こえないくらい小さな声だった。
◇ ◇ ◇
マサキが全てのリクエストに応え終わったあと、リサはむくれていた。
わずかに唇を尖らせ、視線を外している。
それまで楽しそうに場を回していた延長には見えない顔だった。
マサキはリサの方を見て、
「き、如月…さん……?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
「あたしが誘ったときは、歌わないって言ってたのに……」
「いや、あれは……」
「みんなのリクエストには答えるんだー……」
頬を膨らませ、そっぽを向く。
マサキはその言葉に焦りを感じる。
(これって、怒ってる…?)
ただの軽口じゃない気がした。
それまでとは違う、少しだけ個人的な不満が混ざっている。
焦るマサキに、リサが畳みかけるように言った。
「あたしだって、歌ってほしい曲いっぱいあったのに……」
マサキはギョッとして言葉に詰まる。
(なんで…?)
リサは一瞬だけ目を逸らす。
そのまま、少しだけ声を落として、
「あたしが誘ったのに……」
消えそうな声で呟いた。
「え?」
マサキは聞き返す。
しかし、リサは何も答えなかった。
「あの…いま、なんて?」
マサキが再度尋ねると、リサは顔を赤らめ、拗ねたみたいに言う。
「……今度、2人で…カラオケ…」
言いかけたまま、そこで止まった。
その言葉が、自分で思ったよりずっと逃げ場のないものに聞こえた。
みんなの前じゃなくて、あたしの前で歌ってほしい。
そう言っているのと、ほとんど同じだった。
しかも、マサキは歌いたくないと言っていた。
今日だって、無理して歌ってくれたのは分かっている。
そこまで分かっているのに、また自分のために歌ってほしいなんて、子どもっぽすぎる気がした。
自分で言った言葉の意味に気づいたのか、リサは頬をそらしたまま俯く。
慌てて引っ込めるみたいに、
「な、なんでもない…っ。なんか、子どもっぽいこと言っちゃって……」
さっき出した本音を、なかったことにしようとするみたいだった。
マサキは状況を理解できずに困惑した。
「いや、いいんだけど……」
リサは俯いたまま、消えそうな声で呟く。
「……やっぱり、まだあたしのこと嫌い?」
その言葉は、軽くはなかった。
さっきの流れ。
距離を詰めた瞬間、うまくいかなかった感覚。
それを、そのままぶつけた問いだった。
マサキは突然の問いに戸惑う。
「いや、嫌いとか思ったことない」
リサは安堵したように、
「良かったー……」
と言いながら胸をなでおろした。
本当に、少しだけ力が抜けた顔だった。
リサの胸の奥で、何かがほどける。
それと同時に恥ずかしさが込み上げてきて、顔がさらに熱くなった。
(2人でなんて、そういうことだって言ってるようなものじゃん)
ほっとしたのか、余計に恥ずかしくなったのか、自分でも分からない。
でも、少しだけ遠慮がちに付け加える。
「あの……今度は2人でカラオケ、行かない……?」
さっきより慎重な言い方。
でも、意味は同じだった。
マサキはその一言に目を見開き、戸惑いを隠せない。
(え?2人で?)
「なんで……?」
マサキにとっては、本当に分からなかっただけだった。
どうして自分と二人で行きたいのか。
その理由が、どうしても見つからない。
けれどリサには、その一言が少しだけ拒まれたみたいに聞こえた。
リサの指先が、膝の上でぎゅっと丸まった。
言えばいい。
一緒に行きたいから、と言えばいい。
でも、それを言ったら、もう誤魔化せない気がした。
リサは顔を真っ赤にして押し黙った。
一瞬だけ何か言おうとして、やめる。
だって、あたしも聴きたいから。
みんなじゃなくて、自分にだけ歌ってほしいから。
そこまで浮かんで、リサは慌てて飲み込んだ。
そんなことを言ったら、もうほとんど理由を隠せない。
「い、いいよ。もう…忘れて」
そのまま俯いてしまう。
それまでとは違う沈黙が落ちる。
「あ、あぁ……」
マサキはそう答えるしかなかった。
リサの様子を見ながら、朝のことを思い出す。
『彼氏とかいんのかな』
『絶対いるだろ』
『男なんて選び放題なんだろ』
あの軽口。
でも、あれが普通の認識なんだと思う。
見た目も、立ち振る舞いも、こういう人には自然と人が寄ってくる。
それに。
(距離、近いよな……)
さっきからの距離感。
注文のときも、席に座るときも、さっきのやり取りも。
自分に対してだけとは思っていない。
(ああいうの、慣れてるってことだろ)
男と自然に近づくことも。
だからこそ。
(如月さんからしたら、オレみたいに距離を取るやつが珍しいだけか)
話しかけても舞い上がらない。
誘われても、すぐに乗れない。
近づかれるたびに、いちいち固まる。
そういう反応が、少し変わって見えているだけなのかもしれない。
嫌われていない。
それは、さっきの反応で分かった。
でも、それと好かれているかどうかは別だ。
少なくとも、マサキの中ではそうだった。
如月さんは優しい。
距離も近い。
たぶん、誰に対してもそういうところがある。
だったら、自分だけを特別だと思う方が危ない。
半分くらい、自嘲みたいにそう思った。
本当の理由には、気づかないまま。
挿絵はAI生成。
SDで生成、GPTで編集しています。





