表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/78

57. うしろめたいこと ~距離を壊したのはどっちか~ (挿絵)

 翌々日の昼過ぎ。

 容赦ない日差しが、アスファルトを焼いている。

 立っているだけで、じわじわと体力を削られるような暑さ。


 リサは、その中を歩き続けていた。

 スマホを握ったまま、何度も同じ道を往復している。

 額にうっすらと汗。

 最初は軽く拭いていたけど、もう気にする余裕もない。


(……これだと不審者っぽい)


 もう何周目か分からない。

 それでも足は止まらない。


 マサキの家の近く。

 正確な場所は知らない。この辺りだというのはなんとなく覚えていた。


 視界が、少しだけぼやける。

 さっきから、水分もほとんど取っていないことに気づく。


(既読つかないってなに……)


 画面を見る。

 送ったLINEはそのまま。


『プール楽しかったね』

『また行きたいな〜』


 未読。時間だけが増えていく。


(……なんかあったのかな)


 最初は軽く考えていた。

 忙しいだけとか、寝てたとか。

 でも、半日、1日と経つにつれて、その可能性が薄れていく。


(変な終わり方してないよね……?)


 一昨日のことを思い出す。

 流れるプール。距離。会話。

 変な空気にはなってないはず。

 むしろ——


(ちょっといい感じだと思ったんだけど…)


 そう思った瞬間、胸の奥が少しざわつく。


(……松前くん、なにもないといいけど)


 その不安だけで、ここまで来ている。



 足を止める。

 同じ家の前を、もう何度も通っている。


(さすがに怪しい人…)


 自分でも分かっている。でも帰る気になれない。


(顔見たら分かる気がする)


 理由なんて、あとでいい。とりあえず、ちゃんと話したい。


 額を流れた汗が、顎先からぽた、と落ちる。

 喉が渇いている。でも、ずっと自販機を探す余裕もなかった。

 スマホを握る手が、少し熱い。

 息を吸っても、空気まで熱を持っているみたいで、胸の奥がむっと重い。



 ふら、と体が揺れる。

 一瞬、バランスを崩しかける。


「……あれ」


 小さく呟く。頭が少し重い。

 視界の端が、じわっと白く滲む。


(気持ち悪い……)


 こめかみの辺りが、じんじんする。

 汗は出ているのに、体の内側だけ熱がこもっているみたいだった。

 呼吸が少し浅い。立っているだけなのに、足にうまく力が入らない。


(……なにこれ?)


 ぼんやりした頭で、判断が鈍る。

 でも、今さら帰る気にはなれなかった。



 そのとき。

 がちゃ、と音がした。近くの家の玄関。

 反射的に顔を上げる。


 扉が開く。

 イヤホン。スマホ。見慣れた姿。


(……いた)


「……松前くん」


 声が出る。思ったよりも、力が入らない。



 マサキが顔を上げる。目が合う。一瞬で固まる。


「……は?」


 完全に予想外の顔。


「なんでいるんだ…」


 リサは、少しだけ息を吐いて。


「よかった」


 それが先に出る。そのまま続ける。


「連絡つかないから、体調でも悪いのかと思って」



 言い終わったあと。

 ふわっと体が傾く。視界が一瞬だけ白くなる。


「え……」


 小さく声が漏れる。

 マサキの目つきが変わる。


「……おいっ」


 一歩で距離を詰める。

 次の瞬間、リサの体が前に傾く。

 完全に崩れる、その直前。

 ぐっと腕が伸びる。反射的に、体を支える。

 肩と腕を掴む形で引き寄せる。


 近い。体温がそのまま伝わる距離。

 でもそんなことを気にしている余裕はない。


「大丈夫か」


 低い声。さっきまでとは違う、はっきりとした焦り。


 リサは少しぼんやりしたまま、


「ごめ……ん、大丈夫……」


 と言うけど、足元は明らかに安定していない。

 体重がそのままマサキに預けられている。


 マサキは一瞬だけ周囲を見る。

 日差し。影のなさ。

 このまま外にいさせるのは、明らかにまずい。


「人の体調がどうとか言ってる場合か」


 返事を待たずに、体を支え直す。


「……悪い」


 短くだけ言って、そのままリサの体を抱き上げる。

 横から腕を差し入れて、背中と膝裏をすくう形。

 いわゆる、お姫様抱っこ。


「……え」


 リサの声が、かすかに漏れる。

 視界が一気に高くなる。体が浮く感覚。

 マサキの腕に、完全に乗せられている。


 リサは反射的に、マサキの肩に手を乗せた。

 近い。顔も、距離も。呼吸すら感じる距離。


(……近い)


 ぼんやりした頭でも、それだけは分かる。


挿絵(By みてみん)


 マサキはそのまま足早に玄関へ向かう。

 リサの体重をしっかり支えたまま、一切揺らさないように。

 腕に力が入っているのが分かる。


「……重い?」


 ふらついた声で、リサが言う。


「今それ気にするな」


 短い。でも、その言い方が逆に余計なことを考えさせない。


 玄関に着く。足でドアを押し開ける。そのまま中へ。

 涼しい空気が、一気に流れ込む。


「……っ」


 リサが小さく息を吐く。


 マサキは入り口から一番近いリビングまで進んで、


「ここ」


 低く言って、ソファへそっと下ろす。

 ゆっくり。負担がかからないように。

 手を離す瞬間だけ、ほんの一瞬、動きが慎重になる。


 完全に座らせてから、やっと距離を取る。


「動くなよ」


 短く言い残して、すぐにキッチンの方へ向かう。


 リサはソファに沈みながら、ぼんやりと天井を見る。


(……びっくりした)


 さっきの感覚が、まだ残っている。

 腕の感触。体を持ち上げられた瞬間。


(え、カッコ良……)


 ぼんやりした思考のまま、頬が少し熱くなる。

 でも、それ以上に——


(……会えた)


 その安心の方が大きかった。



 マサキはキッチンから冷たい水をコップに入れて持ってきた。


「飲め」


 短く言って渡す。

 リサは両手で受け取って、少しずつ口をつける。

 その様子を確認してから、カーテンを閉めてエアコンを入れる。

 それから、リサから距離をおいてソファに腰かけた。



 沈黙。

 エアコンの音だけが静かに響く。



(……言うか)


 頭の中で、さっきの続きが浮かぶ。

 LINEを返さなかった理由。

 ごまかそうと思えば、ごまかせる。

 でも——


(また嘘になる)


 それだけは、引っかかる。

 流れるプールでの自分の行動は、それほど重かった。


「……如月」


 呼ぶ。リサが顔を上げる。

 まだ少し赤いけど、さっきよりは意識がはっきりしている。


「ん……?」


 マサキは一瞬だけ言葉を止めて、手元を見たまま言う。


「……LINE返してなかったの」


「……うん」


 リサは静かに頷く。

 責める感じじゃない。ただ、待っている。


「見てわかるとおり……体調とかじゃない」


 先にそれだけ否定する。


「分かった」


 リサは小さく返す。

 マサキは少しだけ息を吐く。


「一昨日のあと、ちょっと考えてた」


「うん」


 マサキは続ける。


「……ああいう距離、くっついたりとか。オレが触ったり…」


 言いかけて止まる。

 どこまで言うか。頭の中で線を引く。


「如月は普通に来てるだけなのに……オレは変に意識して」


 リサは黙って聞いている。

 目は逸らさない。


「……そのあと」


 少し詰まる。

 言葉を探す。


「一人で思い出して……その、後ろめたいことした」


 はっきりとは言わない。

 でも、意味は伝わるライン。


 リサの指が、コップを少しだけ強く握る。


「……後ろめたいことって?」


 すぐに聞く。

 マサキは一瞬だけ言葉に詰まる。

 眉をわずかに寄せる。


「……だから」


 うまく言えない。でも、ここで止まったらまた同じになる。


「一昨日のこと、思い出して」


 少しずつ言葉にする。


「……そのまま」


 一瞬だけ詰まる。

 それでも続ける。


「……一人で処理した」


 ぼかしている。

 でも、さっきまでよりははっきりしている。


 リサは、きょとんとする。


「……処理?」


 そのまま聞き返す。

 まだ繋がっていない。


(……ここまで言っても分からないのか)


 呆れに近い感覚。

 でも同時に、それだけ"違う前提で動いてる"ってことも分かる。


 マサキは眉を寄せる。


「……男側の問題」


 ぼそっと言う。

 リサは、さらに分からない顔になる。


「男側?」


「普通に接してても……そういう風に考えることある」


「……?」


 完全に伝わっていない。

 リサは考えてから、


「えっと……ごめん、やっぱりよく分かんない」


 正直に言う。


(もういい、言うか…)


 一瞬だけ目を閉じる。


(どうせ嫌われるようなことをしたんだし…)


 逃げる意味はない。


「あのあと…帰ってから…」


 リサは黙って聞いている。


「一人で、思い出して……そのまま、如月で抜いた」


 リサの表情が一瞬止まる。


「……え」


 マサキはそのまま続ける。


「如月のこと考えて……そういうことに使った」


 はっきり言う。

 もう引かない。


 沈黙。


 リサの思考が、ようやく追いつく。

 さっきまで繋がらなかったピースが、一気に形になる。


「……あ」


 小さく声が漏れる。

 数秒、何も言えない。


 マサキはその反応を見ない。

 見る気もない。ただ、続ける。


「……だから、今後そういうことがないように…如月と離れたかった」


 最後に、自分で言い切る。



「ご、ごめ……」


 一度、言葉が途切れる。


「……あたし、ほんと分かってなくて」


 ぽつり、ぽつりと。

 言葉を探しながら。


「言いたくないこと、言わせちゃったよね」


 眉が少し下がる。


「そういうの……隠しておきたかったよね、ごめんね」


 小さく続ける。


「……家まで来ちゃって」


 目が下に落ちる。


「ヤなこと、聞いて」


 最後は、少しだけ弱くなる。


 リサはそこで一度、言葉を止める。

 指先でコップを撫でながら、ゆっくり言葉を探す。


「……でも」


「あたしも、悪かったと思ってる」


 マサキの眉が、わずかに動く。


「男の子って、そういうのあるんだろうなっていうのは……なんとなく分かってたのに」


 少し苦笑い。


「プールのときも、いっぱいくっついてたし」


 流れるプール。距離。スライダー。

 自然に寄りかかっていた自分を思い出す。


「松前くん、全然いやそうじゃなかったから……普通に平気なんだと思ってた」


 静かな声。


「我慢してるとか、そういう風には見えてなかったし……」


「あたし、自分が近づきすぎてる自覚、ちゃんとあったのに」


 そこで一瞬だけ言葉が止まる。


「なのに、そのまま甘えてたから」


「だから……松前くんが悪いみたいには思ってない。ごめんね」


 マサキは、少しだけ固まる。


(……如月が謝るのは違うだろ)


「……あのね」


 小さく切り出す。


「なんとなく、分かってるっていうのは」


 目を逸らさずに言う。マサキの表情が、ほんの少しだけ動く。


「たまに、そういう話ふられることあるからなんだけど」


 少しだけ苦笑いが混ざる。



「ぶっちゃけ如月さんって、なにオカズにしてんの?」


 軽いノリの声。笑い混じり。


「えー、なにそれ」


 笑って返すしかない空気。


「いやいや、だってさ。如月さん経験ないわけないじゃん」


「夜とか一人のときにさ」


「男は普通にあるからさー」


 さらに、少しだけ距離の近い声。


「オレ、如月さんでいっつも■■■■してる」


 下品な笑い声が起きる。


「もーやだ、そういうのー」


 その場では、軽く笑って流す。

 いつも通り。でも——


(……キッモ)


 内心では、はっきり思ってる。



 マサキを見る。


(松前くんだって、そういうことするんだろうな…とは、思ってた)


 自分が誰かしらに性的な目で見られていること自体は、分かっている。

 今までも、ずっとそうだったから。


 それを直接本人の口から知らされるのは、経験上——

 軽く笑って流せるものでもなく、冗談として受け取れるものでもない。

 でも今のこれは、同じ話の内容なのに、全然違う感情がある。


(……前に、ちょっとだけ考えたことある)


 ほんの一瞬、思い出す。


(松前くんが、そういうことするとき…なに考えてるんだろって)


(誰を想うのかなって……)


 すぐに、そこで思考を止める。


(普通にエッチな動画とかだよね……)


 軽く、自分の中で片付けていた。

 そう思っていたからこそ。


 今、目の前で言われたことの意味が、じわじわと変わってくる。

 ただの"そういう話"じゃなくて、


(……あたし、なんだ)


 小さく、胸の奥が揺れる。


(いやいや、あたし以外も普通にいるでしょ)


 すぐに、打ち消す。


(今回はたまたま、あたしだったってだけで……)


 そうやって、自分の中でバランスを取ろうとする。

 でも——


 一瞬だけ、頭の中に浮かんでしまう。


 松前くんが、一人でいるとき。

 さっき言っていた通りに、自分を想いながらしている光景。


(……っ)


 思考が追いついた瞬間、自分で自分に引く。

 なのに、完全には止めきれない。

 慌てて口元を押さえる。


(あ、あたし………キッモ)



 マサキはすぐに返さない。

 少し黙ってから、口を開く。


「まぁ、男は所詮そういう生き物なんだが……それでも」


 手元を見たまま、続ける。


「……変なこと考えてるやつが近くにいるのは、如月にとってもよくないだろ」


 少しだけ、言い切る強さが戻る。

 自分に言い聞かせるみたいに。


「普通に考えたら、距離置いたほうがいい」


 マサキの言葉が、静かに落ちる。

 リサは少し考えてから口を開く。


「……松前くんて、難しく考えちゃうタイプだから」


 ぽつりと。すぐに、少しだけ慌てて付け足す。


「あ、気遣ってくれてるのは分かるよ?」


 目はちゃんと向けたまま。


「でもさ、松前くんの中でそれが正解でも……あたしにとって、逆だったりするんだよね」


 押しつけるでもなく、ただ事実として。

 マサキの眉が、わずかに動く。

 リサは続ける。


「松前くん本人が気まずいからっていうなら、まぁ仕方ないんだけど……」


 少しだけ間を置いて、


「"あたしにとってどうか"って話なら」


 一度、息を吸って。


「……あたしは、松前くんと距離おきたくない」


 はっきり言う。空気が、少しだけ張る。

 マサキが短く返す。


「……まだ意味わかってないのか」


「わかってるよ?……あたしのこと、性的な目で見てるって意味だよね」


(はっきり言うな……)


 それだけ思った。

 リサは、そのまま続ける。


「松前くんは、あたしと離れる前提で話してくれたと思うから。やっぱり気まずいとは思うんだけど……」


 少しだけ声が柔らぐ。


「……あたしも、ここは譲れないと思ってる」


 真っ直ぐに。


「返信の理由だって、ごまかそうと思えばいくらでもできたのに。ちゃんと本当のこと言ってくれるし。離れようとする理由だって……あたしのためだし」


 言いながら、表情が少し緩む。


「……あと」


 ほんの一瞬だけ迷う。

 それでも、言う。


「さっきの……抱っこされたの……すごい、嬉しかったから」


 小さく。


「だから、そういうのが……ない方が、イヤって思う」


 最後は、少しだけ弱くなる。

 でも、言葉自体は、ちゃんと残った。



 マサキの中で、何かが確実に揺れる。


「……オレは、普通に考えたら、避けるべきだって話で」


「……変なこと考えてる時点で、もうアウトだろ」


 言葉が少しだけ強くなる。


「それで普通に接しようとしてるほうが、おかしい」


 マサキは顔を上げる。


「普通、引くだろ。気持ち悪いって思うだろ」


 声が低くなる。


「……そういう話になるはずなんだ」


 確認するみたいに言う。

 でも、一つだけはっきりしてる。

 思ってた展開じゃない。


 その空気の中で、リサが、少しだけ息を吐く。


「……ね、ちょっとだけ話していい?」


 マサキは返さない。でも、止めもしない。


 リサはそのまま続ける。


「この前さ、一緒に買い物行ったとき。あたしが2階で見てたやつ、覚えてる?」


 マサキは、わずかに眉を寄せる。


「……ああ」


「あれね、乙女ゲームっていうんだけど」


 ほんの少しだけ、言いづらそうにする。


「ずっと、隠してたの。そういうの好きって、あんまり言いたくなくて」


 苦笑が混ざる。


「二次元の男の子にさ。実在しない人に、デレデレしてるのとか」


 言いながら、自分でも少し恥ずかしそうに笑う。


「……普通に考えたら、気持ち悪いって思われるかなって」


「今まで、誰にもちゃんと言ったことなかったし。松前くんに知られるのが、一番怖かった」


 正直に言う。


「でも…松前くん、全然そんな感じじゃなかった。女ってそういうの好きだよな、くらいで終わって」


 少しだけ、笑う。


「なんか、拍子抜けするくらい普通で」


 そのときの空気を思い出す。


「……あれ、嬉しかったんだよね」


 小さく付け足す。


「だからってわけじゃないけど……あたしも、松前くんのこと」


 一瞬だけ止まる。


「なるべく、そのまま受け入れたいなって思ってるのは、ほんと」


 ゆっくりと言う。


「全部が全部、同じにできるかは分かんないけど。でも、松前くんが思ってるほど…」


 少しだけ首を傾ける。


「……あたし、それ大したことだと思ってないっていうか」


 困ったように笑う。


「うまく言えないや」


 小さく息を吐く。


「伝わるといいんだけど」

挿絵はAI生成。

SDで生成、GPTで編集しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on ロゴ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ