54. 花火大会 後編 ~また言い方を間違えた2~
「意外と助けてくれないこともあるんだね」
リサは軽く唇を尖らせながら、マサキの横を歩く歩幅をわざと少しだけ詰めた。
マサキは前を向いたまま、視線もあまり動かさずに淡々と返す。
「まだいけそうだったから」
「だからってさー」
リサは不満そうに言いながらも、声は軽く、どこか冗談めいている。
「どこまでやるのか気になって」
「なにそれぇ」
「やっぱすごいよな、如月は」
「いじわるいじわる」
そう言ってマサキの肩に軽くぶつかる。
「ああいうのコツとかあるの?」
「なにがぁ?」
首をかしげる。
「作った言葉がぽんぽん出てくるやつ」
「あーね、ほんとの自分を出さない」
マサキはそこで少しだけ足元に視線を落としてから、ぽつりと呟いた。
「難しいな…」
「本音を話そうとしなければ簡単だよ?」
リサはさらっと言う。
軽い調子のまま、でも少しだけ説明するような声だった。
「…………そうなのか」
マサキは短くそう返して、それ以上は続けない。
リサは横目でそれを見て、ふっと笑う。
「松前くんは真面目だからね」
軽くからかうように言ってから、少しだけ間を空けて続ける。
「モデルになった時に先輩にいろいろ教えてもらったの。この業界は汚い大人も多いから気をつけなさいって」
その言葉に、マサキの歩みは止まらないまま、ほんのわずかだけ視線が動く。
「へぇ」
いつも通り短い返事。
リサはそのまま、軽い口調で続けた。
「つけ入るスキを与えたら簡単にお持ち帰りされるわよって」
その瞬間だけ、場がほんの少しだけ重くなる。
冗談っぽい言い方なのに、どこかリアルな重さがあった。
マサキは一拍置いて、リサの方を見たまま小さく言った。
「……されたのか」
それは責めるでも茶化すでもなく、ただ事実を確認するみたいな声だった。
リサは一瞬だけ目を瞬かせる。
そのあと、すぐにいつもの調子に戻して、軽く笑った。
「心配してるのー?ないない」
手をひらひら振って、場ごと軽く流す。
その仕草で、さっきのわずかな重さもすっとほどけていく。
マサキはそれ以上は何も言わず、視線を前に戻した。
「……そうか」
短く、それだけ。
リサはその横で、少しだけ視線を前に向け直す。
さっきまでの軽い歩調のまま続けているのに、声だけはふと落ち着いたものに変わった。
「大人の世界は、本当のこと言うと面倒になる場面が多い」
言い方は明るいままなのに、どこか聞き慣れたみたいな落ち着きがある。
リサは少しだけ間を置いて、言葉を選ぶみたいに続ける。
「あと、自分を出さないだけで嘘ってわけじゃないし、ちょっとズラしてるだけ」
その一言だけは、軽く笑って締めるように落とされた。
マサキは少しだけ間を置いてから、ぽつりと言う。
「それ簡単にできるの、すごいよな」
その言葉が落ちた瞬間、リサの動きがほんの一拍だけ止まる。
「え」
それからすぐに、表情がふわっと崩れていく。
さっきまでの"整えて話すリサ"が一回ほどけて、代わりに年相応の反応がそのまま出てくる。
「えへへ」
声が少しだけ上ずる。
褒められたことに気づいたのが遅れて追いついてきたみたいに、耳までじわっと熱が上がっていく感じの笑い方だった。
◇ ◇
人の流れから少し外れた場所に出た瞬間、空気がふっと変わった。
さっきまでの喧騒が遠のいて、代わりに落ち着いた灯りと、妙に静かな通路みたいな空間が広がる。
屋台はあるのに、なぜか人が少ない。
残っているのは、ほとんどが二人組ばかりだった。
マサキは歩きながら、すぐに違和感に気づく。
(……ここ、カップルばっかりだな)
家族連れや団体はほとんどいない。
自然と、距離の近い二人だけが残る場所みたいになっている。
(いや……そういう場所かここ)
リサに「いい穴場がある」として聞いていた言葉の意味が、今になって遅れて理解に追いつく。
(めっちゃ近くで花火見れるけど人いない、って……)
(人がいないんじゃなくて、"そういう人しか来ない場所"ってことか)
マサキは一瞬だけ横目で周囲を見る。
距離の近い会話、肩が触れたまま歩く二人、何も言わず手を繋いでいるカップル。
その全部が、この場所では"普通"として成立していた。
(……普通に騙されたな、これ)
足を止めるわけにもいかず、そのまま歩くしかない。
隣を見ると、リサは特に何も気にした様子もなく前を向いている。
その自然さが逆に、逃げ場のなさを強くしていた。
その中には、普通にキスしているカップルもいた。
周囲を気にせず、何度も間を置きながら唇を重ねている。
戻る気配のない距離のまま、そこに当たり前みたいに存在していた。
マサキは反射的に視線を逸らす。
そのまま視線を切った先で——リサと目が合った。
距離が、近い。
身長はほぼ同じで、ほんの少しだけマサキの方が高い。
そのせいで、顔の位置がそのまま揃う。
視線を合わせた瞬間、さっきのカップルの光景が妙に現実味を持って重なった。
リサは、マサキが視線を逸らした理由に気づいている顔をしていた。
そして、軽く首をかしげて。
「……あたしたちもする?」
その言葉が落ちた瞬間——
マサキの頭の中で、一気に映像がフラッシュバックする。
人混みに押されて、気づけばリサの顔がすぐ目の前まで来ていたあの瞬間。
お互いの息が当たり、ほんの少しでも動けばそのままキスできてしまう距離だったこと。
(あれは……事故で、距離は今より近かった…)
さらに別の記憶が重なる。
スプーンは一つだけで、2人でアイスを交互に口をつけて食べていた時間。
自分が使ったスプーンを、そのままリサが何の抵抗もなく使っていたこと。
(あれは間接キスだけど、実質キスみたいな…むしろその先の唾液交換まで済ませてるわけで)
思考が一気に崩れる。
変な方向に思考が進む。
(あそこまでしたんだから…キ、キスくらい…)
考えがそこに行きかけた瞬間、別の思考が割り込む。
(す、するって……どっちから?普通そういうのって、男側からだろ……無理無理無理)
意味の解釈が"想像"に変わった瞬間、拒否がほぼ反射になる。
別に嫌じゃない、というより、今さらそれを拒否する理由の方が曖昧になる。
(でも別に、変な意味じゃなくて……ちょっとくらい、キスってどういう感じなのか興味がないわけじゃない……しかも相手は如月だし……可愛いし、普通に話せるし……オレとこうやって、ちゃんと一緒にいてくれる女の子とか他にいないし……)
そこまで来て、脳内で一瞬だけ"肯定"に近い形ができかける。
——が。
すぐに別の思考がそれを叩き潰す。
(いや待て、なに考えてんだ。これはどう見ても如月のノリだろ。イチャつくカップル見て、ちょっと変な空気になりそうだったから言ってるだけ。あの流れで本気にするやつとか、普通に痛い。というか、ここで乗ったらキモいって思われるやつだ)
さっきまでの"前向き"は一瞬で消える。
頭の中で結論が出る前に、口が先に動いた。
「……いや、無理」
声が少しだけ揺れる。
リサは一瞬だけ目を見開いて、それから小さく息を吐いた。
「……そっか」
声は落ち着いているのに、すぐには笑わない。
「イヤかぁ」
確認するみたいな言い方。責めるでもなく、押すでもない。
少し間を置いてから、いつもの柔らかい顔に戻す。
「じゃあやめとく」
それだけ言って、視線をそらす。
リサが「じゃあやめとく」と視線を外したままの横顔を見て、マサキは一拍遅れて理解する。
(言い方を間違えた……)
今の自分の言い方は、拒否だけが残ってしまった。
そうじゃない。
マサキは小さく息を吸ってから、言葉を選び直す。
「……違う、イヤとかじゃない」
そこで一度止まる。言い切る前に、ちゃんと整理するみたいに間を置く。
「……如月とそういうのがイヤってわけじゃなくて」
そこまで言って、少しだけ目を逸らす。
(ここ、ちゃんと言わないとダメだ)
言葉を一つずつ落とすように続ける。
「ただ、好きとかそういうのがないまま、"してみたいからする"みたいなのは……違うと思った」
喉が一度だけ動く。
「それって、不誠実っていうか……」
少しだけ迷ってから、正直に言う。
「ちゃんとした理由がないままそういうことをするの、オレは違うと思う」
一拍。
空気がわずかに止まる。
マサキはさらに続けた。
「あと……もし如月が冗談で言ってるとして、オレだけ変に本気にしたら……」
視線を落としたまま、短く吐く。
「気持ち悪いって引かれるんじゃないかって思ったのもある」
その言葉に自分でも一瞬だけ引っかかるが、言い直さない。
それが本音だった。
「こういうの、男側からするものだっていうのがあって……オレには、自分からは絶対に無理だって思うから」
一度言葉を区切って、最後だけ少しだけまとめる。
「結果的に、ああ言った」
言い終えたあと、マサキはようやくリサの方を見る。
拒否したかったわけじゃない。
切り捨てたかったわけでもない。
ただ、ちゃんとした形じゃないものに乗るのが怖かっただけだと。
リサはマサキの言葉を最後まで聞いてから、小さく息を吐いた。
すぐには言葉を返さず、少しだけ間を置く。
「……うん、さっきのは」
言葉を探すように一拍だけ止まって、それから続ける。
「この場所の雰囲気に引っ張られた、っていうのはある……」
周りを見るというより、思い返すみたいに一瞬だけ視線が揺れる。
「でも、それは言い訳。松前くんの言ってることの方が正しい」
そこで一度、言葉を区切る。
さっきまでの柔らかさが抜けて、少しだけ真っ直ぐな顔になっている。
「好きとかないまま、軽くそういうことをするのは違う……っていうのは、本当にその通りで」
短く息を整えてから、視線を少し下に向けて続ける。
「そこをちゃんと考えないで言ったのは、あたしが悪かった」
一度だけはっきり言い切ってから、ゆっくりと頭を下げた。
「周りの空気とか、してる人がいるからとか、そういうのに流されてた……ちゃんと考えてから言うべきだった」
少し間を置いて、ようやく肩の力を抜くように表情が緩むが、まだ軽さは戻っていない。
「さっきのは、あたしが悪い」
一度だけはっきり言い切ってから、視線を落とす。
「ああいうの見てると……早い方がいいのかなって、ちょっと焦った気持ちになった」
最後の言葉は少しだけ弱くなる。
そして、静かにもう一度息を吐いてから。
「ごめん」
そう言って、またゆっくりと頭を下げた。
マサキは一瞬だけ言葉に詰まってから、ぼそっと言う。
「……如月が謝る必要ない」
視線は少し外れたまま。
「オレの方が、勝手に変な想像しただけだし」
(ちゃんと話してくれたのに、ここで重くする必要ない)
そう思って、場を戻そうとする意図だけで言葉を足す。
間を置いてから、少しだけ固い声で続ける。
「だから、忘れていい」
終わらせるための言葉。
リサは頭を上げたあとも、すぐには笑わない。
さっきの謝罪が軽く扱われていないことだけを確かめるみたいに、少しだけ間を置く。
「……ううん」
短く返してから、そのまま静かに受け止める。
(忘れていい、じゃない。松前くんが、ちゃんと話してくれたことだから)
「今のは、ちゃんと覚えておく」
それは重くするためじゃなくて、
松前くんが見せた誠実さを、自分の中で雑に終わらせないための言葉だった。
ちょうど言葉が落ちきった、その瞬間だった。
場を切るみたいに、遠くで一発、音が響く。
ドン、と低く腹に響く遅れた衝撃。
夜の空が一瞬だけ白くほどけて、次の瞬間には大きな花が開いた。
見上げると、夜の黒に色が散っていく。
さっきまで少しだけ残っていた言葉の間も、その光に押し流されるみたいに薄くなる。
リサは小さく息を吐いてから、わざと軽く言う。
「……ごめんね、変な空気にして」
すぐ隣で、マサキは視線を花火の方に向けたまま、短く返す。
「いや、もういいよ」
その声はさっきより少しだけ落ち着いていた。
リサはその横顔を見て、少しだけ目を細める。
「松前くん、そういうのちゃんと話してくれるから、いっつも助けられてる」
一瞬だけ、花火の音が途切れる隙間でその言葉が残る。
マサキは空を見たまま、少しだけ間を置いてから言う。
「花火見とけって」
リサはすぐに、ふっと笑って空を見上げる。
「見てるー、たーまやー」
また一発、大きく咲く。
その光の中で、マサキは小さく息を吐く。
「助けられてるの、オレの方だけどな。さっきはちょっと言い方きつかったし」
リサは一瞬だけきょとんとして、それから肩の力を抜くように笑う。
「ふふ、もういいって」
さっきマサキが言った「もういいって」と同じ、少しだけやわらかいトーン。
マサキは横目も向けずに、短く言う。
「花火見とけ」
リサはすぐに返す。
「たーまやー」
また空に、光が広がった。
花火が上がるたびに、夜の空が一瞬だけ明るくほどけては、また静けさに戻っていく。
その間を埋めるように、リサの声だけがゆっくり流れていた。
「さっきのたこ焼きさ、やっぱ熱すぎじゃなかった?あれさ、受け取った時に箱が熱くって熱くって、一口目あたしが食べたじゃん?普通に舌やられたんだけど。松前くんはあたしのお陰で火傷しなくて良かったよね」
「…そうなのか」
「りんご飴ってさ。絶対食べにくいのに、こういうお祭りのときだけ主役みたいな顔してるの。あれ何なんだろうね。でも手に持ってるだけでお祭り感出せるのはさすがだと思う。あれもう日本の文化」
「…わかる」
「そういえば、チーズハットグ食べれなかったのちょっと後悔してる。お祭りで絶対食べようと思ってたのに、気づいたらお腹いっぱいでさ。あたしね、あれチーズ切れないように食べるのめっちゃ得意なんだ。松前くんに見せたかったの」
「そんなにか」
「クラスの女の子に会ったときさー、松前くんめっちゃモテてたよね。カラオケ行こーよとか普通に誘われてたじゃん。あれ見て内心焦ってたんだよ。取られるんじゃないかって、あーやばい待って待ってってなってね。松前くんが『如月としか行かない』って言ってくれて、正直ちょっと安心したんだよね」
リサが言い終わったあと、少しだけ間が空く。
花火の音が一発、遠くで遅れて響く。
マサキは空を見たまま、少しだけ眉を寄せる。
「……そういえば、あれ、何であんな騒いでた?」
リサは一瞬だけきょとんとする。
間を置いて、ぼそっと続ける。
「普通に断っただけで、あの反応おかしくない?」
本気で分かっていない声。
「えー……あれはさー」
少しだけ視線を上に逃がして、言い方を選ぶみたいに間を置く。
「松前くんがどうするかじゃなくて、すでに相手を選んだ言い方したからだよ」
さらっと言う。
「あれはさー……周りからしたら誰と行くか、もう決まってるって聞こえるの」
マサキは空を見たまま、わずかに眉を寄せた。
「……そういうもんか、じゃあどう言えばいい」
いまいち納得していない声。
本気で聞いている。
「答え合わせするー?『気が向いたら』とか『そのうちねー』とかで流すかな。松前くんだとー『考えとく』が合ってると思う」
言いながら、くすっと小さく笑う。
マサキはその光を見上げたまま、小さく息を吐いた。
「……なるほど、難しいな」
まだ少しだけ納得しきれていない顔のまま。
「まあでもあたし的には、さっきの言い方の方が正解だけど?」
冗談っぽく言う。
花火の音と混ざって、他愛のない会話が流れていく。
どれも意味のあるようで、ないようで、でも途切れない。
リサは特に深い意味もないように、次々と話題を変えていく。
マサキはそれに、たまに相槌を返すだけだった。
しばらくして、リサの声が少しだけトーンを変える。
「松前くん」
「……ん」
「今日楽しい?」
一瞬、花火の音が強く重なる。
マサキは少しだけ間を置いてから、短く答えた。
「……うん」
リサはそれを聞いて、すぐには次を重ねない。
一発花火が上がって、空が明るくなるのを待つみたいに、一拍置いてから続ける。
「来て良かった?」
(なんの質問だこれ)
一瞬だけそう思うけど、言葉にはしない。
マサキは視線を空に戻したまま、もう一度だけ小さく頷くように答える。
「……うん」
その返事を聞いたあと、リサは少しだけ息を吸って、軽く笑うように言った。
「じゃあ、また来年も一緒に来よ?」
マサキはその言葉を聞いた瞬間、ほんの一拍だけ止まる。
(また来年も——?)
意味自体は単純だ。
ただ一緒に来よう、というだけの話。
でも——
(来年も一緒って、それ……約束になるやつじゃないのか)
思考が一気に変な方向に広がる。
(今ここで軽く「いいよ」って言ったら、それ前提になるだろ。来年もこの関係が続いてる前提で話してることになるし……いや、それは別に悪いことじゃないけど、でも……)
花火の音が一発、遅れて響く。
(そもそも来年どうなってるかなんて分からないし、クラスも違うだろうし、安易に言うのも違う気がするし……かといって断るのもおかしいし……)
考えすぎて、言葉がまとまらない。
(なんて言えばいい…ここで来年の話を決めるのって変じゃないか?)
一瞬遅れて、口が動く。
「……来年は、分からないだろ」
言った瞬間、自分でも分かる。
(あ、これ違う)
言葉の意味は間違っていない。
でも——今この場で返す言葉じゃない。
場がほんの少しだけ止まる。
リサは一瞬だけきょとんとして、それから小さく笑う。
「そりゃそうだけどさー」
軽く流すような声。
でもその奥で、ほんの少しだけ間が空いた。
マサキはその違和感に気づく。
(……やってしまった)
さっきと同じだ。
また言い方を間違えた。
本当は否定したかったわけじゃない。
ただ、軽く約束することに引っかかっただけなのに。
うまく言えない。
正解がわからない。
そのまま少しだけ視線を逸らして、ぼそっと付け足す。
「……行けたら」
言い直したつもりだった。
でもそれも、どこか逃げているみたいな言い方になる。
リサはそれを聞いて、少しだけ目を細める。
「うん、じゃあ行けたら来ようね」
リサはそう言いながら、ほんの一瞬だけマサキの顔を見る。
そのあと、間を置かずに続ける。
「……行けたら、絶対来よ」
さっきより少しだけ強い言い方。
軽く言っているようで、引かない。
マサキは一瞬だけ言葉に詰まる。
(絶対って……)
でも、さっきみたいに否定する言葉が出てこない。
出そうとした瞬間に、それが違うと分かる。
リサはさらに重ねる。
「じゃあ、決まりね」
ほとんど確認を取らない言い方。
そのまま、もう一歩だけ踏み込む。
「約束ね」
やわらかい声。
でも、逃げ道を残さない言葉。
マサキは少しだけ息を止める。
(……また言い方、間違える)
そう思うのに、今度は何も言えない。
否定もできないし、曖昧にもできない。
さっきみたいに距離を作る言葉を出すのが、違う気がする。
花火が大きく開く。
夜空が一瞬だけ明るくなる。
その光の中で、マサキは小さく息を吐いた。
「……うん」
短い返事。
それ以上は何も言わない。
でも——
今度は、さっきみたいな後悔は残らなかった。
リサはその返事を聞いて、ふっと笑う。
満足したみたいに、少しだけ肩の力を抜く。
花火が続けて夜に咲く。
その光の下で、
さっきまで曖昧だった"来年"が、ひとつだけ形を持った。
◇ ◇ ◇
マサキの部屋
自室のベッド。
マサキは仰向けに倒れ込み、暗い天井を見上げていた。
祭りのざわめきはもうない。
静かすぎる部屋の空気が、今日の出来事を一つずつリアルに蘇らせていく。
(……疲れた)
肉体的なものじゃない。
精神的な疲労。いや、完全にキャパオーバーだ。
腕には、今日一日リサと腕を組んでいた体温の名残がある。
人混みで押し付けられた信じられないくらい柔らかい感触の記憶までこびりついている。
(……考えないようにしてたのに)
一人になると、ダメだ。
全部が鮮明にフラッシュバックする。
たこ焼きやアイスでの、ほぼ実質キスみたいなやり取り。
「如月が大事になった」とか、自分が口走った気恥ずかしいセリフ。
そして——一番の爆弾。
カップルだらけの暗がり。
リサが少し上目遣いで言った言葉。
『……あたしたちもする?』
あの時のリサの顔。少しだけ赤い頬。潤んだ瞳。
ほんの少しでも動けば、触れられる距離だった。
(……っ)
マサキは無意識に、ベッドの上で寝返りを打ち、枕に顔を押し付ける。
あの場では、必死に理性を総動員した。
好きとかそういうのがないまま、雰囲気に流されてするのは不誠実だ。
ちゃんとした理由がないとダメだ。
もっともらしい理屈を並べて、全力でブレーキを踏んだ。
自分からなんて絶対に無理だとも言った。
リサはそれを真剣に受け止めて、謝ってくれた。
あれでよかった。正解だったはずだ。
でも。
祭りが終わって。
一人きりの部屋で、ごまかしの効かない静けさの中。
男としての本音が、どうしようもなく頭をもたげる。
(……なんでちょっと残念がってんだ)
最悪だ。
自分で断っておいて、なに考えてるんだ。
でも、想像してしまう。
もしあの時、断らずに頷いていたら。
少し背伸びをするリサの肩に触れて、あのアイスを咥えていた艶っぽい唇に触れていたとしたら。
(あー………)
顔が熱い。
理屈では「誠実さ」なんて言ったが、本当はただビビっただけじゃないのか。
綺麗すぎるリサを前にして、怖気づいて逃げただけなんじゃないのか。
「誰がするか」なんて裏返った声で言った自分が、今猛烈にダサく思える。
(……次は)
次なんてあるのか。
分からない。でも、来年も一緒に行く約束はした。
(……次にああいう空気が来たら、たぶん…)
そこまで考えて、マサキは思考を強制終了させた。
これ以上は、頭がおかしくなる。
それでも、目を閉じればまた、白い浴衣姿のリサが鮮明に浮かび上がってきた。




