53. 花火大会 後編 ~また言い方を間違えた~
人の流れから少し外れた、開けた場所。
さっきまでの密度が嘘みたいに、空気が一段軽くなる。
屋台の明かりも少し遠くなって、ざわめきが背中側に流れていく。
「はー……」
リサが小さく息を吐いた。
腕はまだ絡んだまま、離れる気配はない。
「人、多かったね」
「ああ……一気に増えたな」
さっきの通り。
会場に近づくにつれて、流れが一度詰まった場所。
あそこだけ明らかに密度が違っていた。
「松前くん、大丈夫そ?」
少しだけ顔を覗き込んでくる。
距離が近い。
(……さっきからずっと近いけど)
離す理由も、もうない。
というより——
(離さない方がいいか)
さっき、流されたときのことが頭に残っている。
リサの腕にかかる力が、ほんの少しだけ強いのも、そのせいだと分かる。
「……別に」
いつもの返し。
でも、
「ほんと?」
少しだけ首を傾げる。
視線がまっすぐ来る。
「……人混み、嫌いでしょ?」
マサキは一瞬だけ目を逸らす。
(まあ、嫌いだけど)
元々はそうだ。
騒がしくて、距離がなくて、落ち着かない。
だから——
本当なら、今日もそうなるはずだった。
(如月を誘ったのは、オレだしな)
夏祭り。
こういう場所が苦手なのは分かっていた。
それでも誘ったのは自分で。
(それで楽しめなくなるのは、違うから)
多少無理するつもりではいた。
……でも。
さっきの人混みを思い出す。
押される感覚、ぶつかる人、熱気。
(……あれ)
違和感が残る。
(そこまで、きつくなかったな)
自分でも少しだけ意外だった。
マサキは、ほんの一拍だけ間を置いてから、
「……別に、そこまででもない」
ぽつりと漏らす。
リサが目を丸くする。
「え、そうなの?」
「ああ」
短く頷く。
一瞬だけ迷って、でもそのまま続ける。
「……如月がいるから」
そのまま出た言葉。
リサの動きが止まる。
「……え」
小さな声。
マサキは特に気にせず続ける。
「一人なら、普通にイラついてると思うけど」
淡々とした調子のまま、
「……如月が隣にいると、そっちに意識いくし」
少しだけ言葉を探して、
「人混みにイライラする余裕、ない」
言い切る。
風が、少しだけ抜ける。
リサは何も言わない。
ただ——
絡めた腕が、ぎゅっと引き寄せられる。
「……そっか」
小さく呟く。
でもその声は、さっきまでより少しだけ高くて。
顔は逸らしたまま。
「行くか」
いつも通りの調子で言って、歩き出そうとする。
会場の方からは、ざわめきが少しずつ大きくなっている。
まだ花火は上がっていないが、人の流れは確実にそっちへ向かっていた。
でもリサは、腕を離さない。
むしろ——一歩分、寄せてくる。
「……うん」
小さく頷く。
◇
(なんか……今日ずっとドキドキしてる)
人混みのせいじゃない。
さっきの出来事のせいでもない。
(松前くんがいるからかな)
そう思った瞬間、また少しだけ心臓が跳ねた。
リサは気づかれないように、ほんの少しだけ距離を詰める。
その頬は、提灯の明かりよりもわずかに赤かった。
◇ ◇
人の流れに乗って進んでいると、ふいに横から声が飛んできた。
「やっぱ如月さんだー!」
一瞬で気づく。
同じクラスの女子たち。
「浴衣すごい似合ってるー」
「え、ほんと可愛い」
「さすがモデルって感じするー」
距離が一気に縮まる。
自然に囲まれる形になる。
リサは反射的に、笑顔を作る。
「えへへ、ありがとー」
いつもの調子。
何も変わらない顔。
その瞬間——
(……オレ邪魔だろ)
マサキは反射的にそう判断する。
こういう場は、リサのものだ。
自分がいると、場が一段鈍る。
腕を引こうとする。
だが——
ぐい、と。
逆に引き寄せられた。
リサの腕が、さっきよりもはっきりと力を込めて絡みついてくる。
逃がさない、みたいに。
マサキは一瞬だけ視線を落とす。
(……離す気ないのか)
そのまま動かない。
「松前くんも一緒なんだ」
「いいなー、一緒に来てくれる男子がいて」
「仲よくて羨ましいよねー」
(……なにそれ)
言葉は軽い。
普通の会話。
なのに——
『いいなー』?
『羨ましい』?
その部分だけが、変に強く残る。
(それ、ちょうだいって意味じゃないよね?)
一瞬で、変な方向に思考が飛ぶ。
◇
(なに言ってるの、あたしから奪えるわけないじゃん)
でも、なんとなく面白くない。
だから——
「うん、今日は松前くんと一緒」
「人混み苦手って言いながらちゃんと付き合ってくれるんだよー」
笑顔のまま返す。
「え、意外なんだけど。松前くんポイント高いじゃん」
「松前くんてそうなんだ、優しい」
腕にかかる力が、ほんの少しだけ強くなる。
「それなのに誘ってくれたの、松前くんの方なんだ」
「ちゃんと最後まで付き合ってくれるし、優しいよー」
軽く笑って返す。
胸の奥が、じわっとざらつく。
(渡さない)
はっきり思う。
その瞬間、自分で少しだけ驚く。
(……あたし、なに張り合ってんの)
でも、やめない。
あくまで自然に。
崩さない。
崩せない。
でも——
(……なにそれ)
リサは笑顔を崩さないまま、ほんの少しだけ腕に力を込める。
マサキの腕に、自分の体を寄せる。
「あたし見る目あるんだよー?」
くすっと笑いながら言う。
でもその言葉は、ほんの少しだけ本音が混じっている。
「いいねー、今度みんなで遊びたいよねー」
流れをやわらかく広げる。
閉じすぎず、でも逃がさない。
女子たちは楽しそうに笑う。
空気は軽いまま。
でも——
全部、冗談だって分かってる。
分かってるのに、妙に耳に残る。
そのとき——
「てか松前くんて今フリーなの?」
ひとりが、あっさりと踏み込んだ。
(……っ)
一瞬だけ、呼吸が止まる。
視線は動かさない。
笑顔も崩さない。
でも——
腕にかける力だけが、わずかに強くなる。
答えを待つ空気。
自然と、視線がマサキに集まる。
マサキは少しだけ間を置いた。
ほんの一拍。
考えるでもなく、ただ言葉を選ぶみたいに。
「……まあ、一応」
短い返答。
(……は?)
リサの思考が一瞬止まる。
フリー。
一応。
間違ってない。
嘘でもない。
でも——
(あたしがいるじゃん)
胸の奥のざらつきが、少しだけ広がる。
「え、フリーなんだ?」
「じゃあワンチャンあるってことだよね?」
ほんの少しだけ、胸の奥がざらつく。
(あたしのこと大事って言ったじゃん)
それでも笑う。
(……イライラする)
腕に力が入る。
絶対に、離さない。
(……なんで無理してるんだ?)
マサキは、さっきから変わらないリサの笑顔を横目に見た。
「そういえばさ、松前くんて歌うまいじゃん」
「じゃあさ、今度カラオケ行こーよ!」
軽いノリ。
でも、一歩踏み込んだ距離。
(……っ)
リサの指先に、また力が入る。
渡さない。
視線が、マサキに集まる。
マサキは少しだけ眉を寄せる。
ほんの一瞬、考えるみたいに間があって——
「……そういうの、如月としか行かない」
ぽつり。
静かに、でもはっきり。
ただ単純に、目の前の女子たちとはほとんど会話したことがなく、大勢で騒ぐ空気も得意ではない。
リサとはすでに何度か一緒に行動していて、カラオケにも行ったことがある。
だから"知らない相手と複数で行く"という選択肢が最初から成立していなかった。
——一拍。
「「え」」
空気が止まる。
次の瞬間——
「「きゃーっ!!」」
一斉に沸いた。
「聞いた?聞いた?」
「ちょっと待って今のやばくない!?」
「それもうそういうやつじゃん!」
一気に騒がしくなる。
マサキは少しだけ眉を寄せる。
(……なんで騒いでるんだ)
ただ答えただけのはずなのに、妙に騒がしい。
視線を少しだけ逸らす。
その隣で——リサが固まった。
「一途じゃん!」
「え、それもう確定じゃない?」
「如月さんだけってことじゃん!」
(……)
リサは笑顔のまま固まる。
(松前くんあたしのこと好きじゃん?!)
一瞬だけ、思考がそれ一色になる。
(いやいやいや待って、それはさすがに早いって……でも今の言い方は……え?え??)
心臓が無駄に跳ねる。
熱が上がる。
抑えきれない。
顔、たぶん赤い。
でも——
笑顔は崩さない。
崩せない。
ただ、腕に絡めた力だけが、さらに強くなる。
さっきまで胸の奥にあったざらつきが、すっと消えていく。
代わりに——熱が、じわっと広がる。
でも、不思議とさっきみたいな焦りはない。
腕に絡めたまま、ほんの少しだけ距離を寄せる。
女子たちはまだ騒いでいる。
「如月さんずるいってそれー!」
「完全にそういうやつじゃん!」
リサはいつもの調子で笑う。
「えへへ」
声、ちょっとだけ上ずる。
でも——
その笑顔は、さっきより少しだけ柔らかかった。
マサキはその様子をちらっと見る。
(……なんでそんなに騒いでるんだ)
小さく息を吐く。
(……分からない)
結局、それだけだった。
リサは笑いながらも、その内側で少しだけ違和感を噛み砕いていた。
(そういえば松前くんて……)
人付き合いがめちゃくちゃ苦手で、目の前の女子たちとはほとんど会話したこともない。
大勢で騒ぐ空気も得意じゃないタイプだ。
その中で、自分は——普通に会話できて、一緒に行動したこともある数少ない相手。
(「如月としか行かない」っていうより……)
少しだけ言い直すみたいに考える。
(「如月"なら行ける"」ってだけだ)
そこに恋愛的な意味が入っているわけじゃない。
たぶん本当に、それだけの話だ。
意味を整理した瞬間に急に恥ずかしさが追いかけてくる。
(なにあたし「松前くんあたしのこと好きじゃん?!」とか思って、ドヤ顔で笑ってたし!あたしすごいバカじゃん!)
顔が熱い。
……でも、
(あたしだから一緒に行くっていうのは、理由としてあるんだよね)
それは恋じゃなくても、リサにとっては十分に特別だった。
◇ ◇
人の流れから少し外れたところで、今度は別のグループとぶつかるように遭遇する。
「めっちゃ可愛い子いると思ったら如月さんじゃん」
「如月さん来てたんだー」
「浴衣似合いすぎ」
「いやマジで可愛い」
一気に視線が集まる。
リサは一瞬でいつもの営業用の笑顔を作る。
「ほんと?ありがとー」
「ちょっと頑張ったんだよね」
隣でマサキは、空気になろうとしていた。
視線を外し、必要以上に存在を消すように立つ。
その中で、ひとりの男子がふと思い出したように口を開く。
「俺も花火誘ったんだけど」
空気が少しだけ変わる。
視線が、自然にマサキへ向く。
「なんで松前くん?」
「マジでそこ気になる」
「無理矢理誘ったらダメじゃん」
「如月さんはみんなのものなんだからさー」
「いやマジで謎なんだけど」
言葉が重なっていく。
マサキは答えない。というより、答え方が見つからない。
(……こうなるよな)
うまく説明できない。
なにか言ったら絶対失敗する。
でも黙ったままで流せる場面じゃない。
その横で、リサが一歩だけ動く。
マサキの腕を引くというより、視線の中心から外すように軽く位置をずらした。
さりげなく、重心だけを動かす動きだった。
「えー、松前くんが良かったからだよ。あたしが」
さらっと一言。
話題の矛先を、マサキから自分へ引き戻す。
空気が一瞬止まる。
「それ言われたらなにも言えねーじゃん」
「納得するしかないだろ」
「なに、如月さんが選んだって意味?」
話の中心が完全にリサに戻る。
マサキは、少しだけ目を瞬かせる。
(……オレの話じゃなくなってる)
気づけば、もう流れは変わっていた。
リサは何事もなかったように笑っている。
「え、如月さんから誘ったの?」
「んー、松前くん」
一拍置いて、軽く肩をすくめる。
「まあ、あたしが誘わせたみたいなとこあるから」
「なにそれ」
「どういうことー?」
「圧かけたとか?」
笑いが混ざる。
リサは悪びれずに続ける。
「そうだよー、あたしずっと待ってるのに。誘ってくれないなんてあり得ないでしょ」
「……え?待ってたの?」
「待ってるから早く誘えって感じ?」
「そりゃ無視できないよな…」
冗談の空気に変わる。
重かった視線はもうない。
リサはそこで、
「そしたら、ちゃんと誘ってくれたの」
「えらいよね」
ぽん、肘でマサキの腰あたりを小突きながら言う。
そのじゃれ合いのような雰囲気に、男子グループは顔を見合わせる。
もうマサキに突っ込む理由もなく、納得するしかない空気になっていた。
マサキはそんなリサを横目で見る。
(逃がし方、うまいな…)
男子グループの「なんで松前くん?」から始まった空気。
一歩間違えれば、普通に面倒な方向に転がっていたはずだ。
しかしリサは、自分の話にすり替えて、冗談っぽく流して、相手が突っ込みやすい形に落とす。
しかもその中で、誰かが悪く見えることも、場が刺々しくなることも避けていた。
流れを止めずに、でも尖らせない。
そのまま自然に"納得したことになる形"へ持っていく。
(前も、こうだったな)
昼休みの教室。
どうでもいいノリで絡まれてたときも、リサはああやって笑って終わらせていた。
「いないよー」とか、「またそれー?」とか。
あれも、強く否定して場を壊すわけでもなく、曖昧に濁して延命もしない。
一番揉めない形で"終わらせている"。
それに階段のときもそうだった。
自分のミスみたいに見える言い方をして、気まずさが残らないようにしていた。
1番すごかったのは、カラオケの時か。
男子たちが、リサと自分の距離を見てざわついた。
『付き合ってるの?』
『松前にだけ距離近くない?』
『それ怪しくない?』
一気に、からかいと詮索が混ざった空気になる。
少しでも返しを間違えれば、茶化しが長引くタイプのやつだった。
そのときリサは、一歩も動じなかった。
『違う違う、そういうんじゃないって』
まず、全体を軽く否定する。
でも押し切らない。笑顔のまま、場の圧を上げない。
『えー、あたしそんな感じに見えてたんだぁ』
からかいの矛先を、自分の"無自覚さ"にずらす。
わざと少し困ったように見せて、相手に"いじりやすい余白"を渡す。
その瞬間、空気が少しだけ緩む。
さらに——
『今度から気をつけるね』
軽く、自分を一段下げる。
誰も責めない形で、話題そのものを終わらせる。
(あれで一回、止まった)
マサキはそのときのことを思い出していた。
あの流れは、リサが全部"受けて終わらせた"。
しかも、自分に火が向かないようにしながら。
(こっちに話振らせないようにしてた)
誰かを責めない。誰かを浮かせない。
でも場はちゃんと収める。
さらにさっきのもそうだ。
質問を振らせないように、自分の話に持っていく。
しかも、相手に話しやすい空気まで残していく。
(喋るの苦手なやつにも、ちゃんと合わせてる)
話題を自分で回して、マサキに「答えなくていい形」を作っていた。
普通なら「どう思う?」とか振るところを、絶対にそれをしない。
会話を"完成させないまま続ける"やり方。
気を遣ってる、とかいうレベルじゃない。
もっと自然で、当たり前みたいに処理してる。
しかもその上で、場の中心にちゃんと立ってる。
リサは男子グループの前でも、変わらず笑っている。
会話の中心にいるのに、誰かを置いていかない形を崩さない。
軽く扱ってるわけじゃない。
でも重くも見せない。
ただ自然に"ちょうどいい形"に整えていく。
マサキは小さく息を吐いた。
(……やっぱ、すごい人だ)
しかも厄介なのは、それをやっている本人が、たぶんそれを"特別なこと"だと思っていないところだった。
男子グループの空気は、さっきの「なんで松前くん?」の重さが抜けて、今度はもっと軽い方向に流れていた。
というより、あからさまに"可愛い子と話したいだけの雑談"になっている。
「普段どんな系の服着てるの?」
「シンプルなの多いよー。動きやすいの」
「休日とか何してんの?」
「普通に家でだらだらしてるー」
「買い物とか誰と行くの?」
「幼馴染みの女の子とよく遊ぶんだ」
次々に飛んでくる問いに、リサは軽く笑って返す。
「彼氏いないのおかしくない?」
「えー、おかしくないよ。別にー」
「じゃあさ、好きなタイプとかは?」
「やっぱ優しい人がいいな」
「付き合ったことは?」
「ないないー」
笑顔の形は崩れない。声のトーンも一定。
そのあたりまでは、まだ"ただのノリ"だった。
「如月さんの初体験ていつ?」
その一言で、空気の質がほんの少しだけ変わる。
すぐに別の男子が肩をすくめて笑う。
「お前それ聞く?」
「いや冗談だろって」
「でもさ、彼氏いなくても普通にありそうじゃん」
軽い。軽いはずなのに、言葉だけが少しだけ生々しい。
リサは表情を崩さないまま、
「そういうのはまだだよー」
笑っている。
ちゃんと、いつも通りにこなした。
「どこまでしたことある?」
「そういう流れになることも相手もいないってば」
「キスしたことあるかどうかだけでも」
「したことないよ。ほんとほんと」
「付き合う前はどこまで触ってOKなの?」
「全部ダメですー」
「でも本当は経験済みでしょ?」
「そう見られちゃうの困るかもー」
否定はしているのに、場は極端に尖らないように調整されていた。
突き放さず、でも深掘りさせないライン。
質問に答えてるのに、ほんの一瞬だけ考えてから出している。
しかし、ちゃんと場が止まらない速さに合わせてる。
「如月さんさ、ほんと話しやすいよね」
「なんか安心するわ」
空気が少しだけ静かになる。
「ごめん最後に1個だけ、いま好きな人いる?」
ほんの少しだけ"核心"に寄った声。
リサの指先が、ほんの一瞬だけ止まる。
でも顔には出さない。出せない。
軽く瞬きをして、いつもの笑顔の形を保ったまま、少しだけ間を置く。
「んー……」
視線をわざと少し上に逃がして、考えてる"フリ"を一秒だけ挟む。
少しだけ困ったみたいに眉を下げて、冗談っぽく返す。
「そういうのはナイショ」
さらっと"答えない理由"を冗談に変換する。
「いるでしょ絶対」
「逃げたでしょ今」
「いるやつの反応じゃんそれ」
また軽い笑いに戻る。
場は壊れない。重くもならない。
「はいはい、内緒でーす」
言い切らない。認めない。否定もしない。
ただ"話題をそこで終了させる形"に整える。
その横で、マサキはそのやり方を見ていた。
(……答えが全て完璧すぎる)
否定でも肯定でもない。
踏み込ませず、でも場は冷やさない。
その中で——リサは一歩だけ距離を詰めた。
何気ない動きみたいに、マサキの腕をそのまま抱き込む。
ぎゅ、と一瞬だけ強く。
マサキはその感触で気づく。
一拍だけ置いて、視線を外さずに小さく口を開く。
「……行くぞ」
ぼそっと、必要最低限。
リサはすぐに顔を向けて、何事もなかったように頷く。
「うん」
その動きもあまりに自然で、誰も"合図だった"とは思わない。
男子たちは一瞬だけ間を置いてから、
「あー、悪い悪い」
「引き止めたな」
と笑って道を開ける。
場はそのまま、壊れずに流れていく。




