ゲームセンター 前編 ~見てるだけじゃ分からなくて3~'
(……すごい)
マサキの横顔を見て、そう思ってしまう。
派手さはないのに、音だけで支えているみたいな安定感。
スコアが高いとか難しい譜面ができるとか、そういう技術の話じゃない。
マサキの上手さは、ズレをその場で直す感覚の鋭さにある。
リサが一瞬遅れたところを見て、言葉ではなく<半拍前のリズム>を置いて修正する。
押しつけじゃなく、ただ音としてそっと出すだけだ。
その一拍前の音に引っ張られるように、リサの動きがすっと揃っていく。
◇ ◇ ◇
マサキが横で見ているうちに、リサの指が最後のノーツをなんとか拾いきる。
画面が暗転し、リザルトが表示された瞬間、彼女の肩から力が抜けた。
「はぁー……」
長い息がこぼれる。
リサはそのまま、筐体の前で小さく前かがみになった。
結果はまずまずだった。
ミスはある。
それでも、最初の頃と比べれば明らかに形になっている。
リサは画面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「……できてる」
思わず漏れたその声には、驚きと安心が混ざっていた。
指先を軽く握り直しながら、もう一度結果を見返す。
その横で、ユヅキが軽く笑った。
「最初からオレじゃなくて松前くんに教えてもらえば良かっただろ」
冗談のような軽さだった。
だがリサは即座に顔をしかめる。
「そういうのいらないってば」
ぴしゃりと切る声。
本気で怒っているわけではなく、照れ隠しが混ざった反応だった。
そのやり取りの横で、マサキは一呼吸遅れて口を開く。
「……そうですね」
短い言葉だった。
けれど、自分でも少し引っかかる言い方になった。
(……見た目も中身も、こういう感じには勝てない。でも、この筐体だけは別だ)
冷静に考えているつもりなのに、そんな意識だけが浮いてくる。
張り合える場所がそこしかないことが、逆に気になってしまった。
(……今の、余計だった)
少し遅れて気づく。
ユヅキは年上で、こういう場の回し方にも慣れている。
リサが気を許しているのも、たぶん変なことではない。
それなのに、自分だけが妙に引っかかっている。
(……ガキかよ)
くだらないことで張り合おうとした自分が、少しだけ情けなく思えた。
ユヅキは軽く肩をすくめる。
「リサが変にもじもじしてるからややこしくなるんだよ」
その言い方も、冗談の範囲に収まっている。
リサはすぐに返した。
「それは関係ないってば」
軽く言い返しているが、完全に否定できているようには見えなかった。
マサキはそのやり取りを見ながら、胸の内で思う。
(如月が頼るのも、当たり前か)
ユヅキは、何も説明しなくてもその場に馴染んでいた。
軽く言うだけで話が進むし、リサもすぐに言い返せる。
そういうやり取りに、二人は慣れているように見えた。
気づけば、マサキの目はリサに向いていた。
さっきまで笑っていたはずの彼女が、表情をふっと変えている。
筐体の光に照らされた横顔。
まつ毛が薄く影を落としていて、唇は小さく結ばれている。
さっきまでユヅキに言い返していたときとは違って、今のリサは言葉を選んでいるように見えた。
何かを言いかけて、飲み込むように唇が小さく閉じた。
「……如月?」
マサキが短く呼ぶと、リサの肩がぴくりと揺れた。
それから、彼女は慌てて口を開く。
「あの……他にも、やってみたい曲あって……」
言いながらも、指先は落ち着かない。
さっきの結果が嬉しいのは、画面を何度も見返す目で分かった。
ただ、それだけではなさそうだった。
リサは一度言葉を切る。
少しだけ迷ってから、声を落として続けた。
「教えてもらえると……嬉しい、かも」
その言い方は、頼むというより、恐る恐る差し出すみたいだった。
できないところを見られるのが恥ずかしいのか、目線は少し外れている。
それでも、今のまま終わりたいわけではないらしい。
その言葉を受けて、マサキはふと目を落とす。
筐体の画面に残るリザルトを軽く見てから、リサへ目線を戻した。
(……気を遣ってるのか。さっきユヅキさんに言われたから、合わせてるだけだ)
さっきの流れを思い返す。
ユヅキが「教えてもらったら?」と振って、リサが流れで乗った形。
だから今も、無理して自分に合わせているだけに見えた。
(本当は、あっちの方がやりやすいだろ)
ユヅキの横にいたときのリサは、もっと肩の力が抜けていた。
軽くツッコミを入れて、冗談を返して、距離も近かった。
今のリサは、真面目すぎる。
楽しそうというより、ちゃんとやろうとしている顔に見える。
(……別に、楽しくないなら無理しなくていいのに)
マサキの中では、ゲームは上手くなること以上に、楽しいかどうかの方が大事だった。
できないところを詰めるのも、スコアを伸ばすのも嫌いではない。
けれど、そればかりに意識が向くと、息抜きだったはずのものが、いつの間にかただのストレスになる。
だからこそ、今のリサが楽しそうに見えないことが引っかかった。
それでも、断る理由にはならなかった。
「……ん」
短い返事。
それだけで十分だった。
少し間を置いてから、もう一言だけ落とす。
「じゃあ、もう一回やるか」
リサはぱちっと目を見開いて、小さく笑った。
「うん」
◇ ◇ ◇
マサキが隣に立っただけで、リサの背筋が、ふっと固くなった。
さっきまでの勢いは残っている。けれど、息をする間が、心なし慎重になっていた。
「ご、ごめんね。下手の相手させて…」
言いながら、リサは自分でも小さく肩をすくめる。
頬がうっすら赤いのは、ゲームの緊張だけではなかった。
マサキは画面を見たまま、短く答える。
「いや、別に…」
その一言に、責める感じはない。
ただ、思ったことをそのまま言ったような声だった。
(……無理させてない、よね?)
迷惑じゃない。
マサキの言葉を、そのまま信じたい。
けれど、本当に無理をさせていないのかは分からないまま、リサはコインを入れた。
ゲームが始まると、最初はまだ手の動きがぎこちなく乱れた。
流れてくるノーツを追い切れず、指先が一瞬遅れる。
それでも、隣にいるマサキのリズムに合わせていくうちに、少しずつ手が追いついていった。
(さっきより見える)
音に合わせて、次に押す場所が少し分かるような気がした。
途中で、マサキが短く言う。
「ここから、むずかしい」
画面から目を離さないまま、マサキは続ける。
「タイミングだけ気をつけて」
短い指示だった。
でも、必要なところだけをきちんと教えてくれている。
(見てくれてる)
それだけで、リサの緊張が少しゆるんだ。
難しいところでミスがひとつ出る。
けれど、すぐにリズムを戻せた。
(できてる……楽しい)
もともとリサはゲームが好きだった。
ただ、今までやってきたのは、RPGやアドベンチャーみたいに、時間をかければ少しずつ進められるものが多い。
反射やタイミングが大事なゲームは苦手だった。
画面は見ているつもりなのに、指が少し遅れる。
押したつもりなのに、音からずれる。
何が悪いのか分からないまま失敗する感じが嫌で、こういうゲームはなんとなく避けてきた。
だから、今の楽しさは初めてに近かった。
ミスはする。
指もまだ遅れる。
それでも、マサキが短く言ってくれたところを意識すると、さっきより少しだけ押せるようになる。
いつものゲームみたいに、時間をかけて進むのとは違う。
自分の手が少しずつ追いついて、さっきできなかったところができるようになっていく。
その感覚が、思ったより嬉しかった。
それが嬉しかった。
楽しくなってきたところで、ふと別のことが頭に浮かんだ。
(これ、あたしだけ楽しい…?)
その瞬間、指のリズムが、ふっと乱れた。
マサキはすぐに言う。
「今ちょっとズレてる」
淡々とした修正だった。
責めるような言い方ではない。
それでも、リサには少し違う意味に聞こえてしまう。
(やっぱり、そうかも)
自分は楽しい。
でも隣のマサキは、ただ見ているだけだ。
それなら、少し申し訳ない気がした。
リサのリズムがさらに崩れていく。
ノーツを押し損ねて、続いていた音が途切れた。
マサキは一度、筐体の一時停止ボタンを押す。
画面が止まる。
音も止まる。
そのまま、マサキはリサの顔を見た。
「……どうした」
問いかけは短い。
ただ、何があったのかを確認する声だった。
リサはうつむき加減に目を落とす。
「……あたしだけ、楽しいのかなって思って」
奥でユヅキが「あー」と小さく声を漏らすが、口は挟まない。
マサキはすぐに返す。
「別に、そんなことないけど」
リサはまだ納得しきれない顔で、唇をきゅっと結ぶ。
「でも……松前くん、ずっと見てるだけだから」
リサが言う<見てる>は、ゲーム画面のことだった。
自分だけがプレイしていて、マサキは横で画面を追っているだけに見える。
その言葉に、マサキは少し間を置いて答えた。
「見てるだけでも悪くないから」
リサはすぐに首を振る。
「だからそれだと、松前くんが面白くないよねって」
自分だけが操作して楽しいなら、それは申し訳ない。
リサはそう思っていた。
けれど、マサキはそっと目線を上げる。
そして、リサの言葉をまったく違う意味で受け取っていた。
「いや、見てるだけで楽しいよ。如月さん、可愛いし」
マサキが言った<見てる>は、画面ではなくリサのことだった。
「んぇ…?!」
リサは思わず一歩後ろに下がる。
筐体に軽くぶつかりそうになり、慌てて足を止めた。
顔が一気に熱くなる。
耳の先まで赤くなっているのが、自分でも分かった。
(いまそれ言うの?あたしを見て楽しいって何…っ?)
マサキは相変わらず画面の方を見ている。
あまりにも落ち着いているせいで、さっきの言葉が余計にはっきり残った。
「い、いや今の……」
リサは両手をばたばたさせながら、言葉を探す。
「いまそういうの言う流れじゃ、じゃきゃ」
途中で盛大に噛む。
ユヅキは後ろでその様子を見ながら、心の中で苦笑いした。
(可愛いって言われて、ここまで動揺するリサ初めて見たな…)
マサキは変わらず淡々と続ける。
「いや、事実で…」
マサキに、変な意味はまったくない。
如月さんは可愛い。
見ていて楽しい。
ただ、それをそのまま言っただけだった。
「いやいやいやいや!」
リサの声が裏返る。
(可愛いから楽しいって何?結びつかなくない?てか、あたし可愛い要素あった?)
混乱がそのまま顔に出る。
目が泳ぎ、指先も落ち着かない。
マサキはひと呼吸置いてから、もう一度言う。
「ちゃんと出来たとき、嬉しそうにしてるのが見てて可愛い」
そこにも、踏み込む意識はない。
ただ、さっきからずっと見えている「そういう瞬間」をそのまま言葉にしているだけだった。
「ひぇ……っ」
固まったまま、耳まで赤くなる。
変な声が漏れた。
恥ずかしさと嬉しさが同時に押し寄せる。
さっきまでの集中とは違う熱で、頭が追いつかない。
ユヅキはその場からそっと距離を取り、軽く背を向ける。
ポケットに手を入れ、慣れた動きでタバコの箱を取り出す。
中身を指で軽く押し上げ、本数を確かめるようにちらりと見る。
それから、入口の方へ歩き出した。
完全に離れるわけではない。
ガラス越しに中が見えるあたりで、少し時間を潰すつもりなのだろう。
(……さっさと付き合えよ)
◇ ◇ ◇
プレイが再開されると、さっきよりもリサの動きには迷いが少なかった。
ノーツの取り方も安定していて、失敗しても一度息を吐くだけで、すぐに次へ切り替えていく。
(さっきより、良くはなってるんだけどな)
マサキは横でそれを見ながら、淡々とリズムを刻んでいた。
リサは少しずつできるようになっている。
教え方としては、たぶん間違っていない。
それでも、マサキはどこか引っかかっていた。
リサは上手くできた瞬間だけ、表情をふわりとゆるめる。
その一瞬は、素直に可愛いと思える顔だった。
でも、マサキが見たいのはそれだけではなかった。
(ユヅキさんのとき、ああだったのに…)
ユヅキとやっていたときのリサは、もっと肩の力が抜けていた。
間違えても笑って、すぐ言い返して、軽口を混ぜながら遊ぶようにプレイしていた。
教わっているというより、一緒に遊んでいる感じに近かった。
その中でリサは、力を抜いて笑っていた。
マサキはその光景を思い出しながら、今のリサを見る。
今のリサは真面目だ。
一つ一つを丁寧に追って、失敗すると目元にふっと力が入る。
(オレが教えると、こうなるのか…)
マサキは横目でリサを見る。
集中している横顔。
まつ毛の影が落ちる目元は真剣で、唇は小さく結ばれている。
失敗したときの小さな焦り。
成功したときの、控えめな安心した顔。
それはそれで、悪くはない。
ただ、マサキの中には、さっき見たリサの顔が残っていた。
軽口を叩いて、リズムが少しズレても笑って、適当に言い返しながら進む感じ。
上手いかどうかより、隣にいるだけで気持ちが楽になるようなやり取り。
(ああいうの、やりたいだけなんだけどな)
羨ましいとか、そういう感情ではない。
ただ、リサといるなら、ああいう方が自然な気がしているだけだった。
それなのに今のリサは、どこか固い。
楽しんでいないわけじゃない。
でも、楽しもうとして頑張っている顔に見える。
(如月が今欲しがってるの、そっちなんだろうな)
マサキの中で、勝手に答えが作られていく。
ユヅキのように、軽く話しながら場に馴染んで、自然に笑わせられる相手。
そっちの方が、リサには合っているのかもしれない。
(ユヅキさんは、そういうの上手いんだろうな)
リサが力を抜いて笑っていた理由が、なんとなく分かってしまうのが悔しい。
そのとき、リサの声が横から落ちる。
「……今の、いけた?」
マサキは画面に目を戻してから短く言う。
「いけてる」
「よかった……」
ほっとしたように笑うリサ。
その横顔は、さっきより少しだけ柔らかくなっていた。





