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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
日常① 編

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イヤホン 前編 ~行かないって言ったのに2~'

「だから」


 行けば済む話だ。

 教えてやるだけなら、それで終わる。


 リサも困らない。

 むしろ、その方が早い。


 けれど、そうすると別のものまで一緒についてくる。

 マサキと行けるなら、自分でもいける。

 そんな雑な見方が、どこかで生まれる。


 如月さんは、軽く見られていい人間じゃない。


「行かないって」


 少しだけ強く出てしまったのは、自分でも分かった。


 リサの表情が止まる。

 その瞬間、自分の声の強さだけが遅れて耳に残った。


 リサはすぐに笑おうとした。

 でも、さっきまでの勢いは戻らない。


「…」


(先輩、これは照れてるのと違うと思います)


 昨日の休憩室で言われた言葉が、そのまま頭の奥で引っかかっている。


『照れてるだけ』


『高校生はそういう時期』


『もっとグイグイいった方がいい』


 そのまま受け取って、少し強めに踏み込んだつもりだった。

 でも今の空気は、それとは少し違う方向に沈んでいる。


(照れとかじゃない…)


 そう思った瞬間、リサの言葉が喉の奥で止まった。


「…」


 黙ったリサを見て、マサキの方も一瞬だけ動きを止める。


 さっきまで普通に返していたリサが、何も言わない。

 笑って流すでもなく、すぐに次の言葉を出すでもない。


(これはまずい)


 強く言いすぎた。

 そう気づいたときには、もうリサの表情が少しだけ引いていた。


「悪…」


 マサキが謝ろうとした、その途中だった。


「ごめん」


 リサの方が先に、短く謝った。


 その一言で、張りかけていた空気が戻る。

 マサキは言いかけた言葉を飲み込んだ。


 リサは何もなかったみたいに、軽く笑ってその場を離れていく。


 ここに残れば、マサキに気を遣わせる。

 謝らせる。

 さっきの空気を、もっと変な形にしてしまう。


 だからリサは、先に謝って、先に引いた。


 ただ離れる直前、ほんの一瞬だけ振り返る。


 その表情は、不満でも落ち込みでもなかった。

 でも、さっきまでみたいに無邪気に押してくる顔でもない。


 普通に笑っている。

 また来る、という顔もしている。


 だから余計に、マサキには少しだけ引っかかった。


 マサキはそれを見ないふりをして、ノートに視線を戻す。

 けれど、ページはほとんど進まないまま、しばらく止まっていた。


 ◇


 昼休みが終わる直前、チャイムが鳴る少し前から、教室の空気は一度だけざわつきを強める。

 椅子が引かれる音。

 机の中にノートを戻す音。

 誰かの笑い声。


 その中で、マサキはペンを持ったまま動かなかった。

 両耳にイヤホンを入れたまま、スマホの画面だけを指でスクロールしている。

 音は外に漏れない。

 呼びかけても入ってこない。


 それでも、さっきまでの会話だけが、まだ机の上に残っているみたいだった。


『ぶるーちゅーす………聞いたことある』


『線ない方がいくない?松前くんはなんで線あるやつ?』


『ぽあたん?ぽあたん?』


 普通に楽しかった。


 リサは分からないことを、そのまま聞いてくる。

 少しずれていて、でも変に取り繕わない。

 マサキが少しだけ直すと、ちゃんと聞いて、納得した顔をする。


 会話が止まらない。

 変な空気にもならない。

 自分がうまく返せなくても、リサの方が勝手に次を持ってくる。


 それが、少し楽だった。


(あれでいいはずだった)


 ただの雑談なら、それでよかった。

 イヤホンの話をして、分からないところを説明して、リサが変な言い方をして。

 それで終わるなら、何も問題なかった。


 なのに途中から、話が別の形に変わった。


 一緒に行くかどうか。


 そこまで行くと、もうただの雑談では済まない。


 マサキは指先でイヤホンのコードを軽く引っ張り、絡みをほどくみたいに無意識にいじる。

 さっきの自分の言い方が少しだけ浮かぶ。


「行かない」


 あれは正しかった。


 曖昧にすれば、きっとそのまま流れで決まっていた。

 リサは悪気なく距離を詰めるし、自分も楽だった分だけ、たぶん断るのが遅れる。


 だから切った。

 切るしかなかった。


(楽しかったのに)


 その気持ちだけが、少し遅れて浮かぶ。


 断ったことは間違っていない。

 でも、楽しかったことまで消えるわけではなかった。


 チャイムが鳴る。

 マサキはようやくイヤホンのコードから手を離した。


 さっきの<また来る>みたいな顔を思い出す。

 不満でも、未練でもない。

 何も終わっていないみたいな、普通の顔。


 あれが一番やっかいだった。


 自分は終わらせたつもりなのに、リサの顔だけが、まだ続きがあるみたいに残っている。


 窓の外を見る。

 光はさっきと同じ角度で机を白くしている。


 何も変わっていないのに、さっきの会話だけが少しだけ浮いて残る。


(……あれ、楽しかったな)


 その認識だけは、否定しないまま残った。


 ◇   ◇   ◇


 放課後の教室は、昼よりもさらに音が分散していた。

 帰る準備をする生徒たちの気配だけが、薄く積もっていく。

 マサキは窓際の席で、鞄のチャックを閉めていた。


「松前くん」


 声がして、顔を上げる。

 リサが立っている。


 昼休みと同じ距離。

 けれど、少しだけ違う空気があった。


 迷っていないわけではない。

 それでも、引くために来た顔ではなかった。


 昼休みの誘い方を、言い直しに来たのだと分かる。

 クレープとか、奢るとか。

 そういう余計なものを削れば、今度は普通の用事として聞こえる。

 リサはたぶん、そう考えたのだと思う。


「クレープじゃなくて、別のならいい?」


 いきなり条件を変えてくる。

 マサキは少し間を置いてから、淡く首を横に振る。


「いかない」


 短く、でも切る位置だけははっきりしている。

 リサの目が、ほんの少し揺れた。


 それでも、すぐには引かない。


「普通にイヤホン、買うだけ…ほかなんもない…」


 声が少し小さくなる。

 デートじゃない。

 ただイヤホンを買うだけ。


 そういう形に寄せようとしているのが分かる。


 マサキは机に視線を落としたまま、言葉を整える。


「それなら、別に誰かと行けばいい」


 説明みたいな断り方だった。

 リサは一瞬だけ止まる。


 目を伏せかけて、それでももう一度だけ顔を上げる。


「わかんないから、選んでほしいだけ…」


 そこだけは、本音の温度が少し混ざった。


 ただ一緒に行きたい、ではなく。

 分からないから、選んでほしい。

 そう言い換えられると、マサキもすぐには返せなかった。


(選ぶってことは、並ぶってことだ)


 店に行く。

 横に立つ。

 同じ棚を見る。

 リサが分からないものを、マサキが選ぶ。


 それはもう、ただ説明するだけの距離ではない。


 昼休みに楽しかったところへ、また戻ってしまう。

 戻れば、今度は線を引けなくなる。


 でも、それをそのまま言えば、リサが自分を選んだことまで否定する形になる。

 自分と一緒にいると軽く見られる。

 そんなことを言われて、リサが傷つかないはずがない。


 だから、もう一段だけ丁寧に落とす。


「選ぶのは、店員でいい。オレはいらない」


 言い方は変えない。

 でも、ひとつひとつを切り分けて渡すみたいに、急がない。


 リサはそこで、ようやく止まった。


 表情が崩れるわけではない。

 ただ、さっきまで残っていた小さな期待だけが、目元からすっと引いていく。


「……そっか」


 さっきより静かな声だった。

 納得したというより、言われたことをそのまま受け取っただけの反応。


 リサは小さく息を吐いて、顔を上げる。


「じゃあ、イヤホンいいや」


 その声は軽かった。

 いつもみたいに、何でもないことみたいに切り替えた声だった。


 けれどマサキには、その軽さの方がかすかに引っかかった。

 さっきまで机の横で真剣に悩んでいた顔まで、一緒に引っ込めてしまったように見えた。


 リサはすぐに鞄を肩にかける。


「またね」


 それだけ言って、教室を出ていく。


 廊下に消える背中は、引きずっていない。

 歩き方も、声も、いつも通りに戻っている。


 だから、これでいいはずだった。


 マサキはそのまま席に残る。

 窓の外は夕方に近い光で、机の角だけがまだ白いままだった。


 さっきの会話は、ちゃんと断った。

 順番も間違えていない。

 一緒に行く理由はないし、選ぶのは店員でいい。


 それでも、最後の一言だけが、じわりと残る。


 『イヤホンいいや』


 欲しかったはずのものが、あっさり消えたみたいな言い方だった。


 一緒には行かない。

 それは、変わらない。


 でも、イヤホンは必要なんだろうと思う。

 あれだけ聞いてきたのだから、まったくいらないものではなかったはずだ。


 店員に聞けばいい。

 そう言ったのは自分だ。


 けれど、リサが一人でちゃんと選べるのかは、少し気になった。

 変なのを買って、結局使わなくなるくらいなら、最初から買わない方がいい。


(いや、別にオレが気にすることじゃない)


 そう切ったはずなのに、切った先でまた同じところに戻ってくる。


 必要では、あったんだろ。


 ◇   ◇   ◇


 放課後の廊下は、さっきよりずっと遠く感じた。

 さっきまで普通に歩いていたはずなのに、足の感覚だけが少し遅れてついてくる。


 別にデートしようとか、そういう重いものじゃないつもりだった。

 ほんとに、ただそれだけ。

 一緒に電気屋に行って、イヤホン見て、分からなかったらちょっと聞いて。

 それだけの話。

 そんな軽いやつ。

 なのに、なんでそれすらもダメなのか分からない。


 リサは廊下の端で一度だけ立ち止まる。

 教室のドアの向こうは、まだ少しざわついているのに、自分の中だけが変に静かだった。


 会話、ちょっと弾んだと思ってた。

 ちゃんと聞いてくれてたし、ちゃんと返してくれてたし。

 少し笑ってくれたように見えた。


(気のせい?)


 一緒に来てくれそうな流れだと思った。

 ほんとに、そう思った。

 頭の中でさっきの言葉が勝手に巻き戻る。


『数千円の…有線イヤホンの音質で聞きたいってなったら、無線だと数万するから』


『音質違うって言っても、そこまで悪いわけじゃないから。普通に無線でいい』


『電気屋なら店員が詳しいから。駅前の電気屋いいぞ、知識あるし押し売りもない』


 ちゃんと教えてくれたじゃん。

 なにがダメだったの。


(勘違いだった…松前くん、照れてるとかじゃなかった)


 喉の奥で、言葉が引っかかる。


(あれは脈ないです…先輩…)


 昨日の控室で聞いた軽いノリの言葉が、急に重さを持つ。


『照れてるだけ』


『グイグイいっていい』


 全部、逆だった。


(可愛いって言ってくれたのは……そういう意味じゃなかったんだ)


 そう考えた瞬間、胸の中が少し冷える。

 さっきまでの空気ごと、薄く剥がれていくみたいだった。


(グイグイ言ったら嫌われる…待ってるだけじゃ進まない…どうしたらいいの…?)


 視線を落としたまま、指先だけが少し動く。

 スマホの画面を開きかけて、やめる。


『オレはいらない』


 その一言だけが、やけに静かに残っている。


(イヤホン、必要なくなっちゃったな…)


 ほんとは違う。

 必要ないんじゃない。


 でも、今それで松前くんの歌を聴いたら、嬉しいだけじゃいられない気がした。


 さっきまで<楽しい側>に入っていたものが、急に現実に戻された感じ。

 ポケットの中でスマホが少し重い。


 そのとき、ふと先輩に言われた言葉が浮かぶ。


『のんびりしてると取られちゃうよ?』


 胸の奥がきゅっと縮む。


(やだよぉ…)


 声にならないまま、喉の奥でだけ小さく落ちる。

 でも、何をどうしたらいいのかは分からない。

 押したら、だめだった。

 でも引いたら、そのまま離れていきそうで怖い。


 松前くんは、普通に話してくれる。

 ちゃんと教えてくれるし、適当に流したりもしない。

 なのに、一歩だけ近づこうとすると止まる。

 その線が、リサにはまだよく分からなかった。


(難しいよぉ…)


 胸の奥でだけ、小さくこぼれる。

 廊下の向こうでは、部活に行く生徒たちが笑いながら通り過ぎていく。

 夕方前の光が窓から斜めに入って、床を白く伸ばしていた。


 リサはその光をぼんやり見ながら、ゆっくり息を吐く。

 イヤホンを買えば、松前くんの歌をもっとちゃんと聴けると思ってた。

 現場に向かう途中とか、待ち時間とか、少し緊張した時とか。

 そういう時に聴いたら、なんか頑張れる気がしてた。

 でも今は、その想像をすると少しだけ苦しい。


『オレはいらない』


 あの声だけが、静かに残っている。

 リサはポケットの中のスマホをぎゅっと握って、それから小さく顔を上げた。

 まだ、嫌われたって決まったわけじゃない。

 でも、<このまま押せばいい>でもない。

 その間の答えが、まだ見つからなかった。


 ◇   ◇   ◇


 学校帰りの駅前は、人の流れだけが妙に速かった。

 制服姿のまま歩きながら、マサキは何度もポケットの中の財布を触る。

 別に、変なことをしに来たわけじゃない。

 イヤホンを買うだけだ。

 ただ、それだけなのに、足取りが落ち着かない。


 店の自動ドアが開く。

 冷房の匂いと、家電特有の少し乾いた空気。

 イヤホン売り場は壁一面に並んでいた。


(多……)


 価格帯も種類も多すぎる。

 有線、無線、ノイキャン、スポーツ向け、低遅延、重低音特化。

 マサキは無意識に腕を組む。


 リサは、歌を聴くって言ってた。

 なら、まずノイズキャンセリングはあった方がいい。

 現場移動とか、待ち時間とか、人の多い場所もあるだろうし。


(じゃあ、ノイキャン強いのは……)


 自然と視線がSONYの棚に行く。


(まぁソニーか)


 音の傾向も万人向けだし、ノイキャンも強い。

 変なクセも少ない。

 値段を見る。


(……たっか)


 三万近い。

 いや、性能は分かる。

 分かるけど。


(高校生が渡す額じゃねえだろ……)


 リサの家は金持ちだ。

 多分、この辺を普通に使っててもおかしくない。

 だからこそ難しい。

 安すぎると、<適当に選んだ感>が出る。

 でも高すぎると、重い。

 引かれるかもしれない。


(なんだこれ……)


 イヤホンを選びに来ただけなのに、急に難易度が高い。

 マサキは棚の前をゆっくり移動する。

 白。

 黒。

 ネイビー。


(黒は違うな)


 リサが黒いイヤホンをつけているイメージが浮かばない。

 白は無難。

 でも、なんか普通すぎる。


(……デザイン重視か?)


 女子ってそういう感じあるよな、とぼんやり思う。

 いやでも、リサは変なところ雑だから分からない。

 可愛いの好きそうではある。

 でも露骨すぎると逆に違う気もする。


「これのオレンジとか……ないのか」


 思わず小さく漏れる。


(如月、オレンジ好きだったな)


 スマホケース。

 ヘアゴム。

 小物の色。

 少し温かいオレンジ色を見ると、なんとなくリサっぽいと思う。


 でもイヤホンは意外と無い。

 白。

 黒。

 ピンク。

 水色。

 オレンジだけ綺麗に存在しない。


(なんでだよ)


 少しだけ真顔になる。

 そのあと、ふっと視線が止まる。

 薄いピンク。


(ピンク……)


 棚の端にある淡いピンク色が目に入る。

 マサキは少しだけ近づく。


(……あ、これ結構いいかも)


 変に派手じゃない。

 落ち着いた色合い。

 リサの髪色とか、私服の柔らかい色味に合いそうだった。


(いや、でも色で選ぶの違うか?)


挿絵(By みてみん)


 手に取って、戻す。

 その横の別メーカーを見る。


(如月さん、こういう設定とか苦手そうだしな……操作簡単な方がいいか)


 アプリ設定が複雑なのは多分めんどくさがる。

 ケースの開閉。

 ボタン配置。

 タッチ操作。

 説明文を一個ずつ読む。


(タッチ誤爆しそう……)


 却下。


(これバッテリー短……)


 却下。


(ケースでか)


 却下。


 気づけば三十分経っていた。

 店内BGMが二周目に入る。

 マサキは棚の前でしゃがみ込んだまま、スマホで型番を調べる。

 レビューを見る。


『女性にも人気!』


(それ誰目線だよ)


『低音が魅力』


(如月そこ求めてなさそう)


『配信者におすすめ』


(配信しねえだろ)


 一度は別の棚へ移った。

 けれど、白は無難すぎて、黒はやっぱり違って、ピンクは少し可愛すぎる気がして、結局また同じ場所へ戻ってくる。


 そのたびに、リサがつけているところを想像してしまう。

 似合うかどうか。

 重く見えないか。

 ちゃんと使えるか。


 考えているうちに、時間だけが勝手に過ぎていった。


 小さく息を吐く。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 むしろ少し楽しい。


(これ、如月に似合いそうだな)


 ふと、頭に浮かぶ。

 リサがイヤホンを耳につけて、「え、かわいいー」って笑う顔。


『松前くん、ちゃんと選んでくれたの?』


 そう言いながら、嬉しそうにしてる顔。


 マサキの口元が少し緩む。

 すぐ真顔に戻る。


(……なにニヤけてんだ)


 誰も見てないのに、なんとなく周囲を確認する。

 もう一度棚を見る。

 結局、最初に気になっていたSONYの淡いピンクに戻ってくる。

 値段は、ギリギリ高校生のプレゼントとして変じゃないライン。

 ノイキャンもある。

 音質も十分。

 見た目も軽い。


(……これか)


 二時間近く悩んだあとで、ようやく手に取る。


 その瞬間、急に疲れが来た。


(終わった……)


 レジに向かう。

 店員がバーコードを通す。


「ラッピングお付けしますか?」


 マサキの思考が止まる。


(ラッピング……?)


 いるのか。

 いや、いるのかもしれない。

 女の子に渡すものだし。

 相手はリサだし。

 剥き出しで渡すより、ちゃんとしていた方がいい気もする。


 リサが受け取って、目を丸くするところが浮かぶ。


『え、これ……あたしに?』


 そのあと、嬉しそうに笑う顔まで浮かびかけて、マサキは内心で急ブレーキをかけた。


(いや待て)


 ラッピングなんてしたら、完全にプレゼントになる。

 絶対に重い。

 終わる。


『え、なにこれ』


『怖……』


 みたいな反応されたら立ち直れない。

 マサキは数秒黙る。

 店員が待っている。


「……いや、大丈夫です」


 結局、断った。

 レジ袋だけを受け取る。


 店を出た瞬間、マサキは長く息を吐いた。


(終わった……)


 人生の重大イベントを一個乗り切った気分だった。

 駅前の風が少し涼しい。

 袋を見下ろす。


 その中に、小さなピンクの箱。


 リサが耳につけるところを、また想像してしまう。


 如月、喜ぶかな。

 ちゃんと使ってくれるかな。

『かわいいー』とか言うかな。


 そこまで考えて、少し口元が緩む。


(……可愛いな)


 自然に浮かんだ言葉に、ふと気づく。

 さっきから脳内ではずっと、如月が何回もイヤホンをつけたり外したりしている。


(……気持ち悪いな、オレ)


 普通に気持ち悪い。

 浮かれた分だけ、後から冷たいものが戻ってくる。


 もう一度、袋を見る。


 そして次の瞬間。

 マサキの足が止まった。


(……待て)


 重大イベント、終わってない。

 むしろこれからだ。


(どうやって渡すんだよ……これ)

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