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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
日常① 編

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イヤホン 前編 ~行かないって言ったのに1~

 撮影現場は、屋外セット特有のざわつきに満ちていた。

 スタッフの足音、機材の金属音、遠くで鳴っている指示の声。

 それらが重なって、ひとつの大きな騒音のように流れている。


 その中心から少し外れた場所で、リサは控えめに立っていた。

 衣装の裾を軽く整えながら、呼吸の仕方を思い出すみたいに、静かに息を吐く。

 先輩の声がかかる。


「緊張してる?」


 リサは一瞬だけ視線を上げて、それから小さく頷いた。


「あ…コラボ初めてで…迷惑かけないかなって」


 言いながら、自分でも声が少し固いのが分かる。

 現場の空気が悪いわけじゃない。

 それでも<初めて>という事実だけが、余計に体の端々を意識させていた。


 先輩は軽く笑って、肩の力を抜くみたいに言う。


「最初はねー、私は撮影前に好きな音楽聴いてる。気分あがっていいよ」


「音楽…」


 その単語に、リサの思考が一瞬だけ止まる。

 最近のカラオケは、歌を録音できる。

 リサはそこで、こっそりマサキの歌を録音していた。

 それをスマホに移してからは、ほとんど毎日、家で再生している。

 お風呂の中でも、寝る前でも。


 特別な理由を考える前に、気づけば手がそこに伸びている。

 ただ、それを外で聴こうと思ったことはなかった。

 聴いているときの自分の顔や反応を見られたくない、という感覚があった。


 それ以上に、大事なものを外に出すのは違う気がしていた。

 隠しているというより、最初から「そこに置く場所」が決まっているみたいな感覚だった。


 リサはバッグの中からスマホを取り出す。

 音量をできるだけ小さくして、イヤホンの代わりにそっと耳へ当てる。

 流れ出した音は、マサキの声だった。


 一瞬で、周囲のざわつきが遠のく。

 照明の白さも、スタッフの足音も、遠くの笑い声も、薄く溶けていく。

 残るのは、その声だけになる。


 リサの表情から、余計な力が抜けた。

 さっきまで張っていた肩の線がほんの少し落ちて、呼吸がゆっくり戻る。


 それは傍から見れば、「緊張がほぐれた顔」だった。

 実際には違った。

 音の向こう側に、すぐ本人の姿が浮かぶ。

 教室でぼそっと喋るマサキ、視線をそらすマサキ、不器用に短く返すマサキ。


 その全部とは別に、今流れているのは<歌っているマサキ>だった。

 真面目でも不器用でもなく、ただ音に乗っているだけのマサキ。

 想像した瞬間、リサの頬がゆるむ。

 気づかないうちに、目元が柔らかくなっていく。

 口元だけ、ほんの少し上がってしまう。


 …抑えきれていない。

 普段の松前くんも好きだ。

 でも、こうして<歌ってる松前くん>を知ってしまうと、それはそれで別の好きが増えてしまう。


(歌う時だけ、口大きく開けてくれるんだよね…普段は喋ってくれないから、声もあんまり聞けないけど………はぁ、やっぱいい声)


 考えているうちに、歌っているマサキを想像して楽しむ。

 マサキが歌う前の少し照れている姿まで浮かんでしまって、余計にダメだった。

 無意識に、目がやわらいでいる。

 頬の力が抜けたまま、戻し方を忘れている。


 先輩はそれを見て、自然に納得する。


(あ、落ち着いたね…)


 そんな程度の認識で、軽く覗き込む。


「リサちゃんなに聴いてるの?」


 先輩の声が横から落ちてくる。

 リサははっとして顔を上げた。


「あ、ご、ごめんなさい。うるさくしちゃって」


「いや、ここ普通に騒がしいから気にならないよ。カバー曲でしょ?誰が歌ってるのかなって」


「………」


 その瞬間、リサの動きが止まった。

 何でもない問いのはずなのに、耳の奥でマサキの声が重なる。

 現実と混ざって、熱だけが先に顔へ上がってくる。

 一気に頬が熱くなる。


 歌手を聞いただけなのに顔を赤くする理由が分からない先輩は、首を少し傾げた。


「いやいや、いい声だから誰が歌ってるのかなって」


 リサは視線を落としたまま、どうにか言葉を絞り出した。


「……クラスの…と、友達です」


「えっ、プロじゃないの?歌うま!なに、彼氏?」


「………ち、違いますぅ」


 否定はしたものの、声は明らかに動揺していた。

 先輩は楽しそうに笑う。


「好きなんだー。まっさきにそれ聴くなんて可愛いじゃん」


「や、あの…なんていうか」


 うまく説明できない。説明してしまえば、余計に何かが崩れる気がした。

 そのとき、別の先輩の声が割り込んできた。


「なに、なんの話してんの?」


 先輩が振り返って、軽い調子で答える。


「リサちゃんの恋バナ。好きな男の子が歌ってくれたやつ録音して聴いてるんだって」


「うそ、可愛すぎ」


 空気が一段階軽くなる。

 その軽さの中で、リサだけが少し遅れて息を吸ったまま、動けなくなっていた。


 ◇   ◇   ◇


 撮影が終わって、控室の空気は一気に緩んでいた。

 メイク道具のケースが閉まる音、椅子が引かれる音、スタッフの軽い笑い声。

 さっきまでの張り詰めた明るさがほどけて、部屋の温度だけがひと段階下がったみたいに感じる。


 その中で、リサのスマホから音が流れていた。

 マサキの歌。


 さっきの話を聞いた先輩たちに、少しだけ聴かせてと言われて、リサは断りきれなかった。


 スピーカー越しでも分かる、最初の一音からすでに音程が正確に置かれている声。

 立ち上がりのブレがなく、サビに向かっても一度も軸が揺れないまま、一定の精度で積み上がっていく。

 息継ぎの位置も自然で、切り替わりの瞬間すら設計されているように滑らかだった。


 狭い休憩室のざわつきの中でも、音だけが浮くのではなく、空間の基準そのものをじわじわ書き換えていくように響いていた。


「これ高校生が歌ってんの?原曲超えてるじゃん」


 先輩が素直に目を丸くする。


「ね、ここの英語の発音とかよすぎる」


 先輩も頷きながら、軽くリズムに乗るように肩を揺らした。


「………」


 リサはその横で、小さく身を縮める。

 褒められているのは分かる。

 すごいって言われているのも伝わる。

 それなのに、顔の熱だけが引かなくて、うまく相槌を返せない。


 スマホの画面を見ているふりをしながら、視線だけが落ち着かなく泳ぐ。

 歌が流れている間ずっと、心臓の音のほうがうるさい気がした。


(やばい、これ……普通に耐えられないかも)


 ただ歌を聴いているだけなのに、頭の中に浮かぶのはあのカラオケの部屋だった。

 マイク越しにまっすぐこっちを見ないまま、それでも自分に向けて歌われたあの声。

 だから今こうして外で流れているだけなのに、全部が<見られている側>に戻されていく。

 隠していたはずの気持ちまで、そのまま音に引っ張り出されているみたいで、息の置き場所が分からなくなる。


「イヤホンとかでちゃんと聴いた方がいいよ、全然違うから」


 先輩の何気ない一言に、リサは顔をわずかに上げる。


(イヤホン……イヤホンか……)


 頭の中で、その単語だけがぐるぐる回る。

 確かにそうだ、と理屈では分かる。

 でもそのすぐ後ろに、別の感情が追いかけてくる。


(松前くんの声、ちゃんと聞くなら……ちゃんとしたの、いるよね)


「……買います」


 気づけば、口が勝手に動いていた。

 松前くんの歌が流れているせいで、思考がどこか一段遅れている。

 ただの音のはずなのに、耳に入るたびに胸の奥が軽く跳ねる。


「うんうん、その子と一緒に買いに行ったらいいよ」


 先輩が何気なく言ったその言葉に、リサの動きがほんの少し止まる。


「………誘っても、あんまり…断られること、多くて」


 ぽつりと出た声は、少しだけ小さかった。


「えー」


 先輩が軽く驚く。


「照れてるんだって、高校生でしょ?男の子ってそういう時期だよ」


(照れてる……)


 その単語が、さっきよりずっと近くに感じられる。

 先輩も笑いながら続ける。


「あー、確かに。可愛い子に誘われてさー、緊張してるんだって」


「………そういうのは、言われたことあります。キレイだから、緊張するって」


 言った瞬間、少しだけ後悔する。

 でも、否定する理由も見つからなかった。


「え!やっぱそうじゃん」


 先輩が嬉しそうに身を乗り出す。


「脈ありすぎじゃん、誘った方がいいよ絶対」


「でも…」


 リサはそこで言葉を止める。


(脈あるかな……)


 考えようとしても、うまくまとまらない。

 さっきから流れている松前くんの声が、頭の奥でずっと残響みたいに鳴っていて、そのたびに思考が少しずつほどけていく。


「むこうが折れるまでグイグイいったほうがいいよ」


(グイグイいく子、好きかな……)


「男の子ってさー、女の子から来てくれた方が嬉しいんだよ」


「そうなんだ…」


 先輩の何気ない断言に、リサは小さく相槌を打つ。


(そういうものなんだ)


 でもその<そういうもの>が、自分の中のどこに当てはまるのかは分からない。


「可愛いって言ってくれるの?」


「……はい」


(いっぱい言ってくれる。普通に、当たり前みたいに)


 それを思い出した瞬間、胸の内がまた少し騒がしくなる。


「それもうむこうも好きじゃーん」


(好き…?!)


 言葉が強すぎて、思考が一瞬止まる。

 <好き>という単語だけが浮いて、どこにも着地しないまま宙に残る。


「待ってるだけじゃ進まないよ?」


(確かに…)


 進む、という言葉だけは妙にしっくりきた。

 でも<どこに>進むのかまでは、まだ見えない。


「のんびりしてると取られちゃうよ?歌聴いただけで惚れそうだもん」


 その言葉に、リサは口元を緩める。


「……ですよねー」


 冗談っぽく返したつもりだった。

 でも、声は思ったより小さかった。


(それはイヤ…っ)


 喉の奥で、かすかに感情が引っかかる。

 <取られる>という言葉だけが、やけに鮮明だった。


 ふと浮かんだ気持ちは、すぐには消えなかった。

 そのまま、音楽と一緒に胸の奥に沈んでいく。

 リサはスマホを持ったまま、小さくうつむいた。


 ◇   ◇   ◇


 翌日の昼休み。

 マサキの席は、いつもの窓際にあった。

 光が机の角だけを細く白くしていて、その上にノートとペンが置かれている。

 教室は騒がしいのに、この席だけは少しだけ切り離されたみたいに静かだった。


 その静けさの中に、リサが来る。


 歩き方がまず違った。

 急いでいるわけでもないのに、視線が自然に集まる。

 髪が肩の上で軽く揺れて、立ち止まる直前に遅れて落ちる。

 声をかける前のひと呼吸で、周りの空気まで勝手に整っていくみたいだった。


 可愛い、という単語で雑にまとめるには少し足りない。

 顔が整っているとか、髪が綺麗とか、そういう一つずつの話ではない。

 笑う前の目元も、こちらを見下ろす角度も、口を開く少し前に息を吸う仕草も、全部が人の視線を引っ張ってくる。


 雑に扱えない種類の可愛さがある。


「ねえ、松前くん」


 その声が届いた瞬間、マサキはペン先を止めた。


 少し甘くて、でも近すぎない。

 教室のざわつきの中でも、そこだけ耳に残る声だった。

 名前を呼ばれただけなのに、周囲の雑音がかすかに薄くなる。


「あたしのスマホ、イヤホンさすとこないんだけど。どうやって歌聴くの?」


 マサキは視線を上げずに答える。


「…Bluetoothで無線イヤホン」


 リサは一瞬だけ止まる。


「ぶるーちゅーす………聞いたことある」


 理解しているのに、少しずれている。

 そのズレが妙に柔らかく見える。


 マサキの喉が一瞬だけ動く。


「……っく、やめろ」


「なに?」


「いや…」


 軽いやり取りなのに、マサキの中では別のことが勝手に動き始めていた。


 如月さんは、普通に可愛い。


 そんなことは今さら考えるまでもない。

 見た目が整っている。

 声が柔らかい。

 少し首を傾げるだけで、周りの視線が自然にそっちへ流れる。


 それなのに、本人はそのことを分かっているのか分かっていないのか、こうして普通に近づいてくる。

 机の横に立って、何でもない顔で話しかけてくる。

 名前を呼ぶ声も、質問するときの目も、どこか逃げ場がない。


 可愛い子に話しかけられている。


 ただそれだけのことが、マサキには少し重かった。


 自分みたいなやつが普通に話していると、周りが変な基準にする。

 如月さんがこの距離でいいなら、自分もいける。

 あいつと話しているなら、そこまで特別な相手じゃない。


 そんなふうに、雑に見られる入口になる。

 それは、違う。

 如月理沙は、軽く扱われていい子じゃない。


 その考えが、喉の奥にかすかに残った。


「線ない方がいくない?松前くんはなんで線あるやつ?」


 マサキは一瞬だけ目線を落とし、すぐ戻す。


(線じゃねえ…コードだろ)


 口には出さない。

 出したところで説明が増えるだけだし、今のリサにはたぶんどっちでもいい話だ。


 マサキは自分のイヤホンを見ながら、反射で答えかける。


「…音質?」


 言ってから、いや違う、と頭の中で一度止める。


「値段の問題」


「高いの?」


「数千円の…有線イヤホンの音質で聞きたいってなったら、無線だと数万するから」


「えっ、そうなんだ。それだとスマホかえたくなるね」


 リサは納得するように軽く頷く。


 何でもない相槌のはずなのに、その仕草はどこか綺麗だった。

 背筋の角度も、肩に落ちた髪の流れも、頷いたあとにほんの少し伏せる目元も、全体として整っている。


 マサキは一瞬だけ横目で見る。

 髪がわずかに肩から落ちている。

 光に当たって、濃いこげ茶の色が少し薄く見える。

 その横顔が整っていて、説明のないまま<見てしまう側>に引っ張られる。


「いや、ポタアンとかあるけど…」


「ぽあたん?ぽあたん?」


 その瞬間、さっきまでの綺麗な横顔が、少しだけ崩れた。


 リサは同じ言葉を、確かめるみたいに二回続けて口にした。

 一回目は、聞こえた音をそのまま真似するみたいに。

 二回目は、少し首を傾けて、途中の高さを変えて。


 <どう言えばそれっぽいのか>を試しているだけの声だった。

 その言い方が、妙に幼くて、柔らかい。


 さっきまで整って見えていた分だけ、その抜け方が余計に目立つ。


(……なんでそんな確認の仕方すんだよ)


 短く、笑いかけてしまう。

 マサキはすぐに飲み込んだ。

 ここで笑ったらバカにしてからかったみたいになる。


 リサはまだ答えを待っている顔のまま、首を傾けていた。


 マサキはリサのスマホへ手を伸ばす。

 画面ではなく、下の端。

 充電ケーブルを挿す場所を、指先で軽く示した。


「ここからイヤホンさせるように変換できる」


 スマホを見てほしいつもりだった。

 なのにリサは、スマホを自分の手元から動かさないまま、マサキの指先の方へ顔を近づけてくる。


「へー」


 声が、思ったより近い。


 マサキは一瞬だけ指を止めた。

 リサの髪が肩から少し落ちて、スマホの端にかかりそうになる。

 説明しているのは端子の話なのに、視界の中にはリサの横顔と、近い声と、こっちを覗き込む目元まで入ってくる。


 その素直さが、逆に距離を曖昧にする。


「でも、ちゃんとしたやつ買おうとするとやっぱり高い」


「あー、そうなんだー。いろんな方法あるんだね。どうしよっかな」


 リサは顔を少し離して、スマホの画面へ視線を落とした。


 けれど、体はまだマサキの机の端に軽く寄ったままだった。

 机に触れた制服の裾が、こちら側へ入っている。

 近い。

 本人はたぶん、まったく気にしていない。


 リサはスマホを持ったまま、真剣に悩む顔をする。

 眉をわずかに動かして、唇を小さく結んで、画面とマサキの説明を頭の中で照らし合わせているようだった。


 何となく聞いているわけではない。

 ちゃんと考えている。

 その素直さが、また余計に<普通に可愛い>に見える。


 わざとじゃなく、作ってもいない表情が、そのまま成立している。


「音質違うって言っても、そこまで悪いわけじゃないから。普通に無線でいいと思う」


 リサはそのまま、視線だけ少し動かす。


「そうなんだー。電気屋さん行かなきゃ」


 独り言みたいに落ちたその言葉は、別に深い意味があるようには聞こえなかった。


 ただの雑談だ。

 イヤホンの話をして、音質の話をして、ポタアンを変なふうに聞き返されて。

 分からないところを説明して、リサがそれを素直に聞く。


 それで終わるはずだった。


「電気屋さん行きたいなー」


 けれど、続いた声は少しだけこちらに向いていた。


 リサは何かを強く求めているわけではない。

 ただ、思いついたことをそのまま口にしているだけなのだと思う。

 それでも、マサキにはその先が少し見えてしまう。


 分からないから教えてほしい。

 詳しい人に聞きたい。

 じゃあ一緒に来てほしい。


 そう繋がっていく流れが、自然にできてしまう。


 さっきまでの空気は、楽しかった。

 リサは分からないところをそのまま流さないで、ちゃんと聞き返してくる。

 ずれているのに、聞いてくる。

 それをいちいち説明すると、納得した顔をする。


 頼られるのも、別に悪くない。


(別に、これでいいだろ)


 そう思いかけて、胸のどこかに引っかかりが残る。


 このまま続けば、マサキが教える側になる。

 リサが分からないことを聞いて、マサキが答える。

 その形が、自然にできていく。


 それは楽だ。

 けれど、今のままだと少し良くない。


「…」


 リサはそのまま、マサキの机の端にさらに身を乗せた。

 上体が前に出たぶん、夏服の胸元がマサキの目の前に来る。

 ノートを見るつもりで目を落としても、白い制服と大きな膨らみが視界をふさいだ。

 マサキは一瞬だけ視線の置き場を失う。


「行けばいいだろ」


 リサはその返事を聞いて、軽く頷く。

 断られた顔ではなかった。


 むしろ、昨日先輩たちから聞いた言葉が、頭の中でそのまま形になったみたいな顔だった。


 『男の子は照れると素っ気なくなる』


 ちゃんと向き合って誘っているのに、わざとそっけなく返している感じ。

 リサには、それに見えた。


「あたし分かんないから、教えてくれる人きてほしい」


 その言葉に、マサキはわずかに間を置く。


(オレじゃなくていい)


 そういう形に戻しただけだ。


「電気屋なら店員が詳しいから。駅前の電気屋いいぞ、知識あるし押し売りもない」


 自分が行く前提を消すための説明だった。


「へー」


 リサは声を小さく弾ませた。


 ちゃんと説明が返ってきたことへの納得と、話の流れが少し現実的に整った感じ。

 ただの拒否ではなく、しっかり考えて返してくれている。


 その受け取り方が、リサの中で勝手に前向きな形になる。


(やっぱり照れてるだけなんだ)


 そういう認識のまま、リサはその流れを自然に続ける。


「松前くん一緒に」


「行かない」


 マサキは被せるように言った。


 さっきの説明は、行かないための説明だった。

 店員に聞けばいい。

 駅前の店なら大丈夫。

 そこまで言えば、自分が行く必要は消えるはずだった。


 なのにリサの中では、普通に誘いへ繋がっている。


「クレープ奢る」


 昨日、先輩に言われた言葉がリサの頭に残っていた。


(むこうが折れるまでグイグイいったほうがいいよ)


 だから、もう少しだけ押してみる。

 軽く引かれても、一回で終わらせない。


 リサはそういう顔をしていた。


「そうじゃなくて」


「マリオンの」


 条件を足せば成立すると思っている。

 話を聞いていないというより、最初から別の前提で受け取っている。


「だから」

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