18. 休日の午後 ~デートみたいになった2~
「おいしー」
リサは幸せそうに目を閉じる。
マサキは内心、どうしようもなく落ち着かない。
(この慣れた感じ……何人の男と付き合ってきた……)
リサは口の端をペロリと舐める。
その仕草は自然で、無防備で、まるでこれが当然であるかのようだ。
「松前くん、あーん」
またパンケーキが差し出される。
(いや、だから……か、間接キスだって……!)
そう思いながらマサキは拒否できず、ゆっくりと口を開けた。
そのまま数回続いたあと、マサキは耐えきれず聞いた。
「如月さんは……慣れてるのか、こういうの」
リサは首を傾げる。
「こういうの?」
「いや……こういう……食べさせ合う……みたいな」
リサは少しだけ考えてから、さらりと答えた。
「女の子同士では普通にやる」
マサキはほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちになった。
リサは自分の口にも一切れ放り込んで、
「男の子にするのは初めてだからドキドキするね」
とさらりと言って、満足げにパンケーキを食べ続けた。
マサキの脳だけが、そこで綺麗に停止した。
(こういう人って……もっと経験あるんじゃないのか?)
その考えと同時に、別の記憶が頭をよぎる。
(いや、待てよ)
クラスの男子が休み時間にしていた会話。
『如月さんって絶対彼氏いるよな』
『いるでしょ、あれでいないわけなくね?』
当然みたいに語られていた"前提"。
(……みんな、決まった事みたいに言ってたよな)
マサキはフォークを置き、なるべく何でもない風を装って口を開く。
「如月さんは……彼氏とか、いたことあるんだよね」
リサはきょとんと目を丸くしたあと、首を傾げた。
「え、いないよ?」
「え……」
マサキは思わず声が裏返りそうになる。
(いない?……いや、待て)
頭の中でクラスの声がもう一回再生される。
"絶対いる"
"あれは彼氏いる顔だろ"
その"確定情報"みたいな雑談が、今あっさり否定された。
(どっちが本当だ?いや、目の前の本人がいないって言ってるんだからこっちか……でもあいつらあんなに自信満々だったぞ……)
情報が衝突して整理できない。
リサは不思議そうに、またひと口パンケーキをかじる。
その仕草は素朴で、何一つ嘘がないように見える。
(じゃあ、あの噂なんだったんだよ……本人に聞きもしないで、勝手に決めて……面白がって広げてただけか)
マサキは無意識に眉をひそめる。
(……勝手に作ってただけか)
そう思った瞬間、わずかな嫌悪が残る。
同時に、自分もその中にいた側だという事実が、じわっと遅れてくる。
(いるって勝手に思ってた……オレも同じ……)
そう気づいた瞬間、今まで"クラスの如月理沙"として見ていた像が、少しだけズレる。
噂の中の彼女は、いつも誰かと付き合っていて、華やかで、完成された存在だった。
でも今目の前にいるのは、ただパンケーキを食べているだけの、やけに普通な女の子だ。
(……じゃあ、あの"前提"全部違うのか)
その違和感を抱えたまま、マサキは言葉を投げる。
「あれだけ告白されてても、1人くらいいいなって思う人いないの?」
リサは首を振る。
「如月さんって理想高い?」
素直な疑問を投げたつもりだった。
だがリサは、少し考えるような顔をしてから、控えめに答える。
「好みじゃなかっただけ……」
その声は小さくて、でも確かに誰かを意識した響きが混ざっていた。
(如月さんの好みか……)
リサのような女の子が好きになる男は一体どんな人なのか。
芸能関係とか。
モデル仲間とか。
慣れてて、余裕あって、会話うまくて。
服とかブランドとか詳しくて。
並んだ時に絵になるようなやつ。
自然に女をエスコートできて。
周りから見ても"釣り合ってる"って言われるやつ。
そこまで考えて、ふと気づく。
(……1個も当てはまらないな)
笑えるくらい、綺麗にゼロだった。
年上でもないし、金もないし、ブランドも知らない。
会話もうまくないし、気遣いないし、向かいに座る相手に任せっきり。
見た目だって、地味で目立たない底辺を絵に描いた感じだし。
向かいの女の子にパンケーキ食べさせられただけで脳が止まるレベルだ。
(だったら、変に意識するだけ無駄だろ)
そう結論づけた瞬間だった。
「ねぇ、松前くん」
リサが声をかけた。
「……ん?」
「松前くんさ、さっき。あたしのこと、誰にでも話しかけたり誘ったりするって思ってたじゃん」
マサキの手が止まる。
「……言ったな」
リサはフォークを持ったまま、視線をテーブルへ落とした。
「これ言うの、結構恥ずかしいんだけど」
耳が少し赤い。
「松前くんに話しかけるの、普通に緊張するよ」
「……は?」
間の抜けた声が出た。
リサは視線を逸らしたまま続ける。
「誘うのも勇気いるし。断られたらどうしようってなるし」
マサキの思考が、一瞬きれいに止まる。
(如月さんが? オレに?)
リサはパンケーキを切りながら、少しだけ早口になる。
「さっき本屋で声かける時もめっちゃ迷ったし……」
最後だけ少し小さい。
マサキはフォークを持ったまま動けなかった。
(如月さんが、オレに、緊張?誘うのに勇気?断られるのを気にしてる?)
リサはフォークを持ったまま、視線を泳がせる。
「だからぁ……」
言い直そうとして、でもうまく続かない。
「違うんだよね」
「?」
「全然、平気とかじゃないし」
その言葉が落ちた瞬間、マサキの思考が一段階止まる。
リサは息を吸ってから、少しだけ早口になる。
「ここも、来てくれなかったら学校で気まずいなって思ってた」
「でも、なんか……来てくれたけど」
マサキはフォークを持ったまま、完全に動きが止まっていた。
(待て……この流れ、なんだ?それって、オレが選ばれる可能性もあるってことか?)
頭の中で状況を整理しようとして、逆にぐちゃぐちゃになる。
「松前くんは、あたしのこと男慣れしてると思ってホイホイ来たんだろうけど」
リサは苦笑みたいに口元を緩める。
「実際は、デートって浮かれてるくらいには余裕ないから」
マサキは完全に黙った。
さっきまでの距離感。
食べさせ合い。
あの自然な近さ。
全部、慣れてるからじゃなくて。
しばらく、何も言えなかった。
リサは視線をわずかに逸らして、
「男慣れしてるとか思われるより、まぁ知っててもらったほうがいいかと思って」
そのまま、ゆっくりとパンケーキを口へ運ぶ。
(……いやいやいや。それはない。ないはずだ。陰キャの妄想がひど過ぎる。意識しないって決めただろ)
マサキはその想像を頭の中で振り払いながら、改めてリサを見る。
リサはパンケーキをもぐもぐしながら、恥ずかしさをごまかすように振る舞っている。
「で、でも……めちゃくちゃ距離近かっただろ。普通に……いや、ほんとに……」
言いかけたところで、リサが目を逸らす。
「あんなん普通じゃやんないよ」
「……え」
「あとになって、何してたんだろって死ぬほど反省するし」
マサキはそこで、ようやく少しだけ理解する。
(オレ、かなり気を許されてるのか)
そう思った瞬間、胸の奥が変にざわついた。
「あのさ」
マサキは言葉を探しながら口を開く。
「オレにだけだって、言ってただろ」
「……うん」
「だったら、その……気をつけた方がいいと思う」
リサが顔を上げる。
マサキは視線を落としたまま続けた。
「如月さんみたいな……可愛い子だったら」
そこで一回詰まる。
「誰でもいいんだって、勘違いされる」
空気が止まった。
リサの手がぴたりと止まる。
「誰でもよくないってば」
声が小さい。
でも、はっきりしていた。
「……勘違いじゃないから」
マサキは息を止める。
リサはフォークを置いたまま、指先をぎゅっと重ねている。
マサキは視線を落とした。
「オレ、女慣れしてないから……それ、どういう意味で言ってるのか分かんないんだけど」
言いながら、自分で線を引く。
(これ以上はだめだろ)
踏み込んだ瞬間、戻れなくなる気がした。
「だから」
リサが言う。
「松前くんだって、思わせぶりなことばっか言うじゃん」
「……なにが」
「可愛いとか。キレイとか。いい子だとか。喋れるの奇跡とか」
マサキは顔を上げる。
リサは少し拗ねたみたいに唇を尖らせていた。
照明の下で頬がうっすら赤い。
そんな顔するんだな、と変なところで思う。
「いや、それは」
言葉が詰まる。
「事実だからって言ったよな」
「もー、そういうの」
リサが額を押さえる。
「あたしだって困るんだけど」
(困るのはこっちだろ……)
マサキは喉まで出かけた言葉を飲み込む。
リサは視線を逸らしながら、続けた。
「そういうこと平気で言うってことは、あたしのこと異性として意識してないでしょ」
マサキの肩が止まる。
(いや、意識してるから困ってんだろ)
けれど、それを口にした瞬間、何かが決定的に変わりそうで言えなかった。
リサは顔を赤くしたまま、探るみたいに聞く。
「他の子にも同じこと言ってるよね」
「女とほとんど喋ったことないのに、どうやって言うんだよ」
一瞬。
リサがぱち、と目を瞬かせたあと、小さく息を吐いた。
「……そっか」
肩の力が抜けたみたいに笑う。
その笑い方が、さっきまでよりずっと無防備で。
マサキは思わず目を逸らした。
可愛すぎて、まともに見ていられなかった。
「あの……如月さんは……」
「呼び捨てでいいよ」
軽く落ちたその一言に、マサキは一瞬止まる。
カフェの照明の下で、リサはストローの袋を指先で折りながら、何でもないみたいな顔をしていた。
けれど、その横顔だけ妙に落ち着かない。
マサキは言葉を探すみたいに、一度コップへ手を伸ばす。
「……如月さんは、なんでオレに話しかけたんだ? その……気になるっていうのも、なんで?」
その言葉が落ちた瞬間、リサの動きが止まった。
ぱち、と瞬きをひとつしてから、少し困ったみたいに笑う。
「んー、あんま言いたくないって言ったんだけどなぁ」
マサキは視線を逸らした。
(そうだった……)
「無理にとは、言わないけど……」
◇ ◇
リサは一拍おいて、笑った。
「松前くんのこと知ったのは去年の夏ごろでー」
柔らかい声で語りだす。
(いや、話すんかい)
マサキは、心でツッコミを入れつつ、
「オレとはクラス違っただろ」
リサは小さく頷く。
「教室の前で友達と喋ってたんだけどさ。知らない男子が混ざってきて、なんか恋愛の話になったの」
マサキは黙ったまま聞く。
「最初は軽かったよ? 彼氏いるのー? とか、誰がタイプー? とか」
リサは笑う。
けれど、その笑い方はさっきまでより少しだけ薄かった。
「でも途中から、"じゃあオレと付き合う?"みたいになってさ。なんか、逃げづらい感じになっちゃって」
その時の空気を思い出したのか、リサの眉がほんのわずか寄る。
マサキの表情がわずかに変わる。
「友達にも、"一回くらい付き合ってみれば?"とか言われて。あたし、今ほどそういうの、うまく断れなくてさ」
マサキの指先が、グラスの縁で止まる。
「笑ってごまかしてたんだけど、だんだんキツくなってきて」
そこでリサは顔を上げた。
「その時、松前くんが通ったんだよね」
マサキは記憶を探るみたいに目を細める。
「普通ならさ、関係ないしスルーするじゃん。クラス違うもん」
でも、と小さく続ける。
「松前くんはさ、立ち止まることもなくて、こっち見ることもなくて。ただ――」
その言い方に、少しだけ熱が混ざる。
「『……嫌がってるだろ、気づけよ』って」
その一言だけ、少しゆっくりだった。
「それ言って、そのまま行っちゃったんだよね」
マサキは眉を寄せる。
「ん?」
「覚えてる?助けてくれてありがとう」
マサキの視線がわずかに動いた。
「悪い……全然覚えてないし、それが本当にオレだったとしたら、助けたとかじゃないと思う」
「うん、今の松前くん見てると、"助けよう"っていうより、思ったことそのまま口にしただけっぽいし」
リサは楽しそうに笑う。
「あの時の松前くん、なんかすごいカッコよかったんだよねー」
マサキは気まずくなって、視線を落とした。
その日のことを覚えていない自分が、少し情けなく思える。
「気づいてて、ちゃんと『やめろ』って言えなかったのは、ごめん……」
リサは手を横に振り、
「そんなことないって」
すぐに首を振る。
「露骨に割って入られたら、あたし多分もっと気まずかったし。あのくらいがちょうどよかったの」
フォークを持ったまま、リサは目を細める。
マサキはわずかに顔が熱くなったが、すぐに視線をそらして、抑えた声で返した。
「実際には助けてないわけだろ。……だったら、オレと話す必要あるか?」
リサは少しだけ迷ってから、
「んー、助けてもらったから話したいわけじゃないんだよね。あたしさ……イヤなこと言われても笑って誤魔化しちゃうんだよ。だいたいあとで後悔するんだけど。こんなことで怒るんだ。とか、冗談通じない。とか言われたくなくて、流すことが多いの」
マサキは小さく頷く。
(まぁ、見てたらそうだよな……)
「でも、松前くんはあたしが笑ってても……気づいてくれたから。あたしのこと、わかってくれそう……な気がしたの」
リサは恥ずかしそうに視線を動かす。
マサキは間を置いてから、言葉を返す。
「いや、オレ……女の子のことは全然わかんないんだが」
リサは小さく笑った。
「そうなの、意外とそう。松前くんそういうのは鈍感なの」
(オレ、なんでこんなこと言われてんだ……)
リサはくすっと笑いながら、視線を落とす。
「で、そのあとお礼言いたくて話しかけに行ったんだけど」
「あ」
マサキの顔が引きつる。
リサの目が細くなる。
「思い出した?」
「……なんか、違うクラスの女の子が近づいてきて」
マサキは言葉に詰まる。
リサは頬を膨らませた。
「逃げたよね?」
「いや、オレに話しかけてくる違うクラスの女の子とかどう考えても怪しいだろ。しかも顔がキレイすぎたらそりゃ警戒するって」
リサは短いため息をついた。
「あたしそんな理由で逃げられてたんだ」
「5回くらい来てたよな」
マサキは苦笑いで誤魔化す。
「気づかれなかったのも合わせたら10回以上ですー」
マサキは完全に言葉を失った。
向かいでは、リサが拗ねたみたいにパンケーキをつついている。
(……悪いことしたな)
マサキは咳払いした。
「あの……悪かった。走って逃げられたら、気分悪いよな……」
リサは目を丸くしてから、肩をすくめる。
「気分悪いっていうか、あたし嫌われてるのかなって思った。だから追っかけるの止めて松前くんのこと観察してたんだけど」
「観察……」
見られていたということに、緊張が走る。
「自分から誰かに話しかけること滅多にないし、ずっとイヤホンしてスマホいじってた。ずっと1人でいる感じ」
マサキは思わず前を向いてから、小声で言う。
「それは……幻滅するよな」
「え、幻滅?なんで?誰にでもそんなだから、あたしが嫌われてるわけじゃないんだなって安心したって話だよ」
「いや……せっかく、カッコイイとか思ってくれたのに……よく見たら大したことなくて、陰キャの根暗野郎で……」
リサは間を置かずにさらりと言った。
「今もカッコイイと思ってるよ?」
マサキの動きが止まる。
「無口で一匹狼っぽいし。騒がしい男の子苦手だから、あたしそういう人の方が落ち着くんだよね」
リサはそう言いながら、髪を耳へかける。
覗いた耳元でピアスが小さく揺れた。
マサキは視線を逸らす。
(……今も?)
思考が一瞬遅れる。
(いや、期待するな。これは勘違いするやつだ。お世辞だ)
「なんかさ、ずっと思ってたんだよね。あたし、そういうのに弱いんだなって」
でも、その言葉のあとにほんの少しだけ間が空く。
マサキは何も言えない。
(……弱いってなんだ)
意味を考えようとして、やめる。
考えたら、多分ダメなやつだと思った。
「誰とも関わらないようにしてる人がさー、『嫌がってるだろ、気づけよ』って。助けたつもりもないし、覚えてすらないし」
マサキは返事に困る。
リサはそんなマサキを見て、少し楽しそうに笑った。
「最初はクールでカッコイイって感じだったのに、女の子と喋ったことないとかシャイで可愛いじゃん」
マサキは黙り込む。
なにか言いかけるマサキを見て、リサは不思議そうに首をかしげる。
その仕草がまた可愛い。
「如月さんみたいな人が、オレみたいなのを気にかけるの……おかしいだろ。どういう世界線だよ」
リサは軽くふふっと笑う。
「世界線て、言い方。でも実際そうなんだもん、おかしくないよ」
マサキはすぐには返せなかった。
「あと、あたし。松前くんが思ってるほどお高い人間じゃないよ。作り笑いしかできない、本音は言わない、上辺だけの付き合い。今さら変えられなくてズルズルきちゃったんだよね」
軽く言おうとしているのに、声の端だけが少しだけ揺れている。
マサキは視線を落としたまま、
「……あの空気じゃ、簡単には変えられないよな」
その言葉は軽い説教でも励ましでもなく、ただ事実として置かれたみたいだった。
リサの指が止まった。
マサキは気づかないまま続ける。
「笑っといた方が面倒にならない時あるし。そこで急に拒否ったら、逆に自分が悪いみたいになるからな」
リサは何も言わない。
ただ、ゆっくり瞬きをしたあと、肩の力が抜けたように笑った。
そのまま、再びパンケーキを食べ始める。
「……やっぱ松前くんは優しすぎ」
「別にいまのは優しくない」
マサキは即座に否定する。
「……あのさ、あたし」
マサキがフレンチトーストを食べようとした手を止める。
「まだ松前くんに言ってないことがあるんだけど」
マサキは無意識に姿勢を正した。
リサは少しだけ笑って、それからふわっと目を細める。
「もっと仲良くなってから話すね」
軽いのに、妙に"線引き"がはっきりしていた。
マサキは一瞬だけ言葉を失う。
(仲良くなってから……)
その言葉が頭の中で反響する。
リサは続けて、今度はさっきよりずっと柔らかい声で言った。
「それまであたしと仲良くしてね」
その言い方はやわらかくて、でも妙にまっすぐだった。
マサキは返事に詰まる。
「……仲良くって言われてもな」
ぼそっと返しながら、視線をコップの縁へ落とす。
仲良くする、という感覚がそもそもよく分からない。
誰かに自分から連絡したこともほとんどないし、休日に誰かと出かけることだってなかった。
まして相手は女の子で。
しかも、如月理沙だ。
教室の中心にいて、誰とでも話せて、笑ってるだけで空気が変わるような存在。
自分とは住んでる場所が違うと思っていた。
けれど。
向かい側でパンケーキを切り分けているリサは、さっきまで恥ずかしそうに視線を逸らしていて、思わせぶりだと拗ねて、逃げられた回数を数えていて。
男慣れしてそうだとか、彼氏がいるだとか、勝手に周りが言っていた像とは、全然違った。
気を遣って笑って。
断れなくて後悔して。
嫌われたかもってへこんで。
そんなの、拍子抜けするくらい普通の女の子だった。
(……いや)
普通、なんて言い方も違う気がした。
マサキは息を吐く。
リサはこちらを見ている。
その視線に落ち着かなくなって、また目を逸らした。
「難しいんだよな……そういうの」
「仲良くするの?」
「……人と距離近いの、慣れてない。友達いないし」
正直に言うと、リサは目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「いいね、それ……あたしが1番仲良くなれそうじゃん」
さらっと返されて、マサキは言葉を失う。
(……なんだよ、それ)
リサはそのままパンケーキを口へ運ぶ。
頬が小さく動いて、髪が肩へ流れる。
その何気ない仕草を見ているだけで、胸の奥が妙に騒がしかった。
(……まぁ)
今まで思ってたより、ずっと。
噂で聞いてたより、ずっと。
いい子だった。
マサキは視線を落としたまま、静かに息を吐く。
「……オレ、愛想ないけど」
「そうなんだ」
「会話も下手だし」
「そんなことないよ」
「気まずくなるかもしれないし」
「あたしは平気」
リサが笑う。
つられるみたいに、マサキの口元も少しだけ緩んだ。
「……だったら、まぁ」
そこまで言ってから、少し迷う。
でも結局、誤魔化しきれなかった。
「オレでよければ」
リサの目が、ぱっと柔らかくなる。
「うん」
その返事が嬉しそうで。
マサキはまた居心地悪くなって、逃げるみたいにコップへ手を伸ばした。




