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16. 休日の午後 ~本屋の出会い2~

「松前くんが、気になってるのは……ほんと」


 マサキの思考が止まる。


「……え?」


 反射的に声が低くなる。

 自分でも分かるくらい、変な声だった。


 リサの肩がびくっと揺れる。


「そういうのじゃなくて……! えっと、違くて……ほんと気になってるだけ」


 慌てて両手を振る。

 細い手首がぱたぱた動いて、髪が肩の上で揺れた。


 マサキは返事ができない。

 頭の中で言葉だけが変に反響していた。


 気になってる。

 リサが。

 オレを。


(いや待て待て待て待て)


 喉が急に乾く。

 本屋の空調の音だけ妙に耳についた。


「からかってるだけなら……やめてほしい」


 やっと出た声は、思ったより掠れていた。


 リサは目を丸くする。


「違うって、松前くんが勝手にそう解釈したんだよ」


 即答だった。


 その返しの速さに、逆に頭が混乱する。


(いきなりなに言い出すんだ……)


 無意識に握った拳に汗が滲む。

 前を向こうとして、でも向いたら負けな気がして、結局またリサを見てしまう。


 さっきまで赤くなっていた頬はまだ熱が残っていて、目元もどこか落ち着かない。

 それなのに、こっちを真っ直ぐ見返してくるから困る。


(いや、落ち着け。どう考えてもないだろ)


 教室で男子が勝手に騒いでる側の人間だぞ。

 廊下歩くだけで視線集めるタイプの女の子で、雑誌にも載ってて、知らない男からだって声かけられてそうな側。

 そんなやつが、なんで自分を気にする。


(……ワンチャンくらいは、あるか?)


 浮いた考えが脳裏を掠めた瞬間、自分で潰した。


(いやいやいや、ないない)


(オレが本気で相手にされるわけないだろ……。絶対ない。マジになると引かれて終わるヤツだ)


 こっちは慣れてないから、勝手に意味があるように見えてるだけ。

 マサキは自分にそう言い聞かせる。


 でも、落ち着こうとするほど、さっきの「気になってる」が頭の中で繰り返された。

 呼吸のタイミングが少しズレる。

 誤魔化さないと危ない気がした。


「まぁ、オレみたいなのが如月さんと喋ってるのが奇跡みたいなもんだから」


 軽く流すみたいに言う。

 言ったあとで、自分でも嫌になる。


(……ダサ)


 リサの周りにいる男は、もっと自然に話すんだろう。

 自信ありげに笑って、こんな一言で勝手に挙動不審になったりしない。


 マサキは小さく息を吐いた。


「はぁ……」


 漏れたため息に、リサが少し眉を下げる。


「松前くんが、そういう口説き文句みたいなの言うのずるいよね」


「口説いてないが……?」


「だって、あたしをすごい上みたいに言ってくるじゃん」


 リサが困ったみたいに笑う。

 その顔が柔らかくて、マサキは逆に目を逸らした。


「いや、それは本当のことだろ。如月さんはモテるし……オレと対等に話していい人間じゃないのは分かってる」


 本棚へ目を逃がしたまま続ける。


「思っていることを言ったんであって、口説いてるのとは違う……」


「対等に話していい人間じゃないって、読者モデルやってるから?」


「同い年で大人に混じって仕事してるのは……正直えらいと思う。それだけじゃなくて、誰にでも分け隔てなく親切だし……まわりの空気を壊さないように大人の対応したり、まぁ偉いなぁと。モデルは関係ない」


 ぽつぽつ零れる。

 飾るつもりはなかった。

 見たままを言っているだけだった。


 でもリサは、途中から黙っていた。

 目元に少し力が入って、唇が小さく閉じる。


「……なんで、そんな……褒めてくれるの? また、その、期待……させ……」


 声が途中で掠れる。


「オレが勝手に思っただけで……期待って、なに」


「男の子ってそういう褒め方しないじゃん。顔とかさ、見た目の話ばっか」


「いや、オレも如月さんの容姿は普通にレベル高いと思ってるけど」


 何気なく返した瞬間。

 リサの肩がびくっと跳ねた。


 小さく息を呑む音が漏れる。

 両手が胸元へ寄せられて、そのまま固まる。


 マサキはそこでようやく、自分がまた余計なことを言ったらしいと察した。


(……なんで毎回こうなるんだ)


「ここで話すのもなんだし、通路だし。場所変えよ。せっかくだしお茶しよ。奢るから」


 そう言って歩き出しかけたリサの横顔を、マサキは反射みたいに見返した。


 さらっと言った。

 本当に、なんでもないことみたいに。


 出口へ向かうリサの後ろ姿を見ていると、断る選択肢だけが妙に遠かった。


 オレンジ色のプリーツが歩くたび軽く揺れて、そのたび白い脚がちらりと覗く。

 肩にかかった髪が揺れて、耳元の小さなピアスが照明を拾った。


 さっきまで顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいたくせに、歩き出した途端また自然に人混みに溶け込んでしまう。


(……どういう人間なんだ、これ)


 雑誌の中では完成されて見えた。

 男慣れしていて、余裕があって、誰にでも同じ距離感で接するタイプ。


 でも実際は、ちょっと褒めただけで耳まで赤くして、言葉に詰まって、誘うだけで前を向いて。


 勝手に作っていただけか、とまた思う。

 モデルの如月理沙を。


 目の前にいるのは、思った以上に変なところで不器用な女の子だった。


「だから割り勘だって」


 口から出たのは、結局そこだった。


 リサが振り返る。


「そーだった」


 くすっと笑う。

 その笑い方が、さっきより少し柔らかい。


 マサキは前を向いた。


(いや、落ち着け。別にデートじゃない)


 ただのお茶。

 話の続き。

 それだけ。


 そう思おうとするたび、"女の子と二人"という部分だけがしつこく残る。


 しかもリサは、周囲から見ればどう考えても"高嶺の花"側だ。

 こんなの、人生でそう何回も起きるイベントじゃない。

 むしろ、これを逃したら次なんてない気すらする。


(……失敗したら終わるけど)


 そこでまた胃が痛くなる。


 けれど。


 リサはそんなマサキの脳内なんて知らない顔で、本屋の出口へ向かっていく。


「行こー」


 軽い声。

 その一言だけで、断るタイミングが完全になくなった。


 マサキは半歩遅れて後ろを追う。


「用があって本屋に来たんじゃないのか?」


 歩きながら聞くと、リサは足を止めて振り返った。


「あー、うん。別に大した用事じゃないから」


 少しだけ目が泳ぐ。

 照明の下で、肩に落ちた髪がふわりと揺れた。


(……?)


 一瞬だけ引っかかる。


 でも、それ以上は聞かなかった。


(まぁ、オレに話すようなことじゃないか)


 勝手に踏み込む距離でもない。

 マサキはそのまま歩幅を合わせる。



 言えない……松前くんが本屋に入ってくの見えたから付いて来たなんて)


 リサは前を向いたまま、小さく唇を噛む。


 そんなこと言ったら、絶対引かれる。

 ストーカーみたい、と自分でも思う。

 でも、見つけた瞬間、気づいたら追いかけていた。


 レジ横の雑誌コーナーで立ち止まる背中を見つけた時も、声をかけるまでに無駄に時間がかかった。

 それなのに今は、二人でお茶に行こうとしている。


(……外で偶然会うなんて、こんなチャンス滅多にない)


 隣に並んだマサキを横目で見る。

 本人は平静を装っているつもりなのか、無表情で前を向いていたけれど、耳だけほんの少し赤かった。


 ◇


 マサキは本屋から出ると、リサの隣には並ばず、半歩ほど後ろを歩いた。


 休日の駅前は人が多い。

 買い物袋を提げた人たちの間を縫うように、リサの長い髪がふわりと揺れる。


(並んで歩いてるとこ見られたら、絶対変な誤解される……)


 いや、誤解で済めばいい。

 クラスの連中からしたら、今さら誤解も何もないのかもしれないが。


 リサは歩きながら、ふと足を止めた。


「……なに」


 マサキも止まる。


 振り返ったリサが、少しだけ眉を寄せた。


「後ろ歩かれるとちゃんとついてきてるか不安になるから、横来てくれる?」


 人混みの中でそう言われると、断るほうが変みたいだった。


(いやでも、近いんだよなこの人……)


 リサの隣を歩くと、距離感が全部おかしくなる。

 肩とか、髪とか、匂いとか、そういうの全部が近すぎて、意識しないほうが無理だった。


「学校のやつに見られると面倒じゃん……」


 小さく返すと、リサの目が少し落ちた。


「あたしの隣歩くの、そんなにイヤ?」


 少しだけ前屈みになって、下から見上げてくる。

 薄い色の唇がわずかに尖って、睫毛の影が揺れた。


(いや、それは反則だろ……っ)


 休日の私服姿のリサは、学校で見るより柔らかく見える。

 肩にかかった髪の流れとか、歩くたびに揺れるスカートの裾とか、そういう細かいところまで目に入ってしまって、余計に困る。


「いや、その……そういうつもりじゃ」


 うまく言葉が出ない。


(如月さんが嫌な思いするかもしれないって話なんだけどな……)


 マサキは小さく息を吐いた。


「……別に、イヤじゃないけど」


 それを聞いた瞬間、リサの顔がぱっと明るくなる。


「やった」


 その笑い方が妙に無防備で、マサキは前を向いたまま隣へ並んだ。


 しかし。


(近い)


 思ったより近い。

 肩が触れる寸前の距離。

 人混みのせいではない。

 リサが普通に近い。


 マサキが少し横へ避ける。

 すると、リサも同じ分だけ寄ってくる。


(なんでだよ)


 もう一歩離れる。

 また寄ってくる。


(磁石か?)


 歩幅を速めても、ぴたりと隣についてくる。

 耳元で髪が揺れるたび、甘い匂いが掠めて、集中力が削られていく。


「き、如月……」


 思わず口から出た。


「なぁに?」


 リサが首を傾げる。

 その動きで髪がさらりと流れて、耳元の小さなピアスが光った。


(……可愛いな)


 反射的にそう思ってしまって、マサキは自分で嫌になる。


「近い」


 短く言う。


 するとリサは、一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。


「松前くんだってさー、いま呼び捨てにしたよね。急に距離縮めようとしてくるじゃん」


 マサキの動きが止まる。


(……やば)


 完全に無意識だった。


「……それは……ごめん」


 小さく謝ると、リサは楽しそうに肩を揺らした。


「呼び捨てでいいよー。下の名前でもいいし」


「いや……」


 反射で否定しかけて、マサキは言葉を飲み込む。

 そのまま少し目を落としてから、


「あのさ……如月さんって、その距離感で男と喋ってたら危なくないか……?」


 と呟いた。


 リサはむっとしたように唇を尖らせる。


「違うって。松前くんがいっつもイヤホンしてるから、呼んでも気づいてくれないんじゃん。それに声小さいんだもん。この距離じゃないと聞こえないの」


「あ……ごめん、オレのせいか……」


 マサキは思わず肩を落とした。


(オレ、勝手に勘違いしてたのかよ……)


 リサはそんなマサキを見ながら、少しだけ笑う。


「そーそー、別に誰にでも近いわけじゃないから。松前くんだけだから」


 さらっと言われたのに、その言葉だけが残った。


(……誰にでもじゃない)


 頭の中でそこだけ繰り返される。


(いや、待て。イヤホンしてんのオレくらいだからって意味だ。そういう話だろ)


 自分で自分に言い聞かせながら、マサキは耳のイヤホンに触れた。


「……じゃあ外す」


 そう言ってイヤホンを抜こうとした瞬間。


「いや待って」


 リサが慌てたように腕を掴む。

 そのままぐいっと引かれた。


『むにゅっ』


「…………っ!?」


 腕に柔らかい感触が挟まる。


 一瞬、なにが起きたのか分からなかった。

 けれど、腕に伝わる弾力と熱で、状況はすぐに理解できた。


(いや待て待て待て待て)


 リサの胸の間に、腕が完全に埋まっていた。


 柔らかい。

 柔らかすぎる。


 リサが腕を引っ張る動きに合わせて、むにっ、と感触が変わるたび、頭が真っ白になる。


(近いとかそういうレベルじゃねぇだろ……っ)


「イヤホンそのままでいいっ」


 リサが焦ったみたいに言う。

 その動きでさらに胸が押し当たって、腕の感覚がおかしくなる。


「い、いや……いいから」


 引き抜こうとする。

 けれど、リサが反射的にまた引き寄せた。


(終わった)


 温かさが腕を包み込む。


(如月さんのおっぱい……じゃなくて何考えてんだオレっ)


「いや、さすがに、これは……」


 声が裏返りそうになる。

 リサも顔を真っ赤にしているのに、そのまま腕を抱え込むみたいな形になっていて、余計に危険だった。


「くそっ」


 耐えきれず、マサキは一気に腕を引き抜いた。


『ぽよんっ』


 解放された胸が波を打つみたいに揺れて、マサキは反射で顔を逸らす。


(見んな見んな見んな)


 耳にイヤホンを押し込み、音量を上げる。

 けれど、腕に残った感触だけは全然消えない。


(落ち着け……落ち着けって……)


 すると、リサがなにか言っている。

 でも音楽で聞こえない。


 マサキがちらっと横を見ると、リサが真っ赤な顔のまま必死になにか伝えようとしていた。


(怒ってる……?)


 その瞬間。

 リサの顔が一気に近づいた。

 耳元に吐息がかかる。


「……っ!」


 肩が跳ねる。


(近っ……!)


 耳が熱い。

 リサの唇が動くたび、呼吸が掠める。


 耐えきれず、マサキはイヤホンを片方外した。


「……なに」


 自分でも驚くくらい声が掠れていた。


「ごめんなさい」


 リサは耳まで赤い。


 マサキは少し黙ってから、イヤホンを手の中で握った。


(……なんなんだよ、ほんと)


「……別に」


 ようやくそれだけ返す。


「許してくれる?」


 その言い方が妙に弱くて、マサキは前を向いた。


「……別に、怒ってない」


 リサが少しだけ近づく。


「ごめんなさい、ちょっとやりすぎた……」


 マサキは息を吐いた。


「……わざとかよ」


「い、いや。さすがにわざとじゃないよ」


 少し眉を寄せる。


「……だろうな」


(リサがあんなことわざとやる意味ないし……)


 そこまで考えて、ふと止まる。


 じゃあなんで、あんな必死だったんだ。


「じゃあ、なんでだよ」


 リサの指先がスカートの裾を摘まむ。


 少し黙ってから、


「……近づきたかったから」


 静かに落とした。


 マサキの呼吸が止まる。


「それは、理由になってないけど?」


「松前くん、すぐ距離取るじゃん。後ろ歩くし、近づいたら逃げるし……」


 リサは少しだけ困ったみたいに笑った。


「イヤホン外しちゃったら、近づく口実なくなっちゃうでしょ……だから、多少強引にでも止めなきゃって」


「あのな、だからって誰にでもああいうのは……」


「誰にでもしてないってば」


 即答だった。


 マサキは喉が詰まる。


「オレにだけって言い方はやめてくれ」


 自分でも驚くくらい弱い声だった。


「それ、どういう意味だよ」


 リサはすぐ答えない。

 少しだけ唇を噛んでから、


「そのままの意味だよ。他の人には、ああいうことしない」


「……じゃあ、なんでオレなんだよ」


「さっき言ったじゃん。松前くんのこと気になるって」


 マサキは言葉を失った。


「それは冗談で言ったんだろ」


「松前くんが勝手にそう解釈したんだよ」


 あっさり返される。


「……それ、オレにどうしろって話だよ」


 リサは少しだけ目を伏せた。


「どうもしなくていいよ。ただ……そばにいたいだけ」


 マサキは完全に固まる。


(わけが分からなすぎる)


 人通りの多い歩道。

 横を誰かが通り過ぎていくたび、肩が掠めそうになるのに、マサキの意識は隣のリサに引っ張られたまま動かなかった。


 リサは前を向かない。

 さっきまで耳まで真っ赤だったくせに、今は妙に静かな顔でこっちを見ている。


「……そばにいたいだけ」


 その声だけが、不自然なくらいすっと耳に残った。


(……いや、それって、どういう意味で。なんでそんな簡単に言えるんだよ)


 マサキは喉を鳴らす。

 うまく息が吸えない。


「オレの理解の範囲外なんだけど」


 やっと出た声は、自分でも驚くくらい小さかった。


 リサは少し困ったように笑った。


「うん。そうだよね」


 否定しない。

 冗談っぽく誤魔化しもしない。

 そのまま受け止めるみたいに頷かれて、マサキのほうが逆に目を彷徨わせた。


(なんなんだよ、この人……)


 もっと軽く返されると思っていた。

 "ノリ"みたいな感じで流されると思っていた。

 なのに、リサは変に真面目な顔のまま黙っている。

 その沈黙が落ち着かない。


「あ、あの……松前くんがイヤなら止めるよ? さっきみたいなことも、またしちゃうかもだし」


(さっきみたいなこと)


 瞬間、腕の感覚がぶり返す。


『むにゅっ』


 柔らかかった。

 温かかった。

 引き抜いた瞬間に揺れたのまで思い出してしまって、マサキは反射的に顔を背けた。


(いや思い出すなっ)


 耳まで熱くなる。


「……いや、それは」


 言葉が途中で止まる。


(止めなくていいって言ったらアウトだ、ああいうのを期待してるって思われる。いやでも、止めろって言ったらなくなる)


 頭の中で考えがぶつかる。

 整理しようとするたび、余計にぐちゃぐちゃになる。


 マサキはちらっとリサを見る。


 リサはさっきより少しだけ肩を縮めていて、指先でスカートの裾をつまんでいた。

 その仕草が妙に子供っぽく見えて、さっきまでの距離感バグった感じと繋がらない。


(……勝手に作ってたの、オレか)


 雑誌で見るリサ。

 学校で笑ってるリサ。

 男慣れしてそうなリサ。

 頭の中にあったイメージと、今目の前で様子を窺ってるリサが、全然一致しない。


「そ、そういう話じゃなくて」


 マサキは小さく息を吐いた。


「……あのさ」


 リサが顔を上げる。


「それ、オレがイヤって言ったら本当にやめるのか?」


「うん」


 即答だった。


「やめてほしいなら、やめるよ」


 迷いがない。


 その返事に、マサキのほうが言葉を失う。


(もっと押してくると思ってた)


 あんな距離で迫ってくるくせに。

 腕を抱え込むみたいなことしてくるくせに。

 でも、止めろと言われたら止まる。

 それが妙に引っかかった。


「しつこくして嫌われるのが1番イヤだからね」


 リサはそう言って、小さく笑った。

 さっきみたいな明るい笑い方じゃない。

 誤魔化すみたいに、口元だけ少し上げる。


 マサキは何も返せなくなる。


(嫌われるのがイヤって、なんでオレにそんなこと)


 そこまで考えて、また止まる。


 リサは待っていた。

 急かさない。

 でも、逃がさないみたいに隣を歩いている。


「……オレは」


 声が掠れる。


「女とか慣れてないから……そばにいたいって言われても、どう受け止めていいか分からない」


 リサは小さく頷いた。


「うん」


 否定しない。

 笑わない。

 そのまま聞いている。


 マサキは前を向いたまま続けた。


「まぁ、でも……如月さんを嫌うってことはないと思う。いい子だっていうのは分かるから」


 言ったあとで、自分でも妙なことを言った気がした。

 もっと他に言い方あっただろ、と遅れて頭を抱えたくなる。


 けれど、隣のリサの動きがぴたりと止まる。


「……いい子」


 小さく繰り返す。

 その声が少しだけ震えていて、マサキは反射的に横を見る。


 リサは俯いたまま、唇をぎゅっと閉じていた。

 長い睫毛の先がわずかに揺れる。


 それから、ふっと肩の力を抜くみたいに笑った。


「……えへへ」


 照れたみたいに頬を指先で掻く。

 その仕草が妙に自然で、マサキは一瞬言葉を失った。


(……可愛い)


 また思ってしまう。

 しかも今度は誤魔化しが効かないくらい、はっきり。


「松前くんてさ、女の子に慣れてないとか言うけど。扱い方はすごい上手いよね…」


「……は?」


 間抜けな声が出る。


「いや、どこが」


 即座に否定すると、リサはくすっと笑った。


「無自覚こわいなぁ」


 そう言って、少し前を指差す。


「お店ここー」


 ガラス張りの小さなカフェ。

 木目の看板と、やわらかい色の照明が外まで漏れている。


 自動ドアに映った二人の姿が、並んで止まった。

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