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15. 休日の午後 ~本屋の出会い~ (挿絵)

 駅前の本屋は、休日らしく人が多かった。


 入口の自動ドアが開くたび、外の熱気と一緒にざわめきが流れ込んでくる。

 雑誌コーナーのあたりは特に人の流れが絶えなくて、立ち読みしている学生や、袋を抱えた買い物帰りの人間が狭い通路を行き交っていた。


 マサキは一度入口の横で立ち止まってから、中へ入る。


 目的は決まっていた。

 雑誌コーナー。


 歩きながら視線だけが棚をなぞる。

 女性誌。

 ファッション誌。

 メイク特集。

 知らない単語だらけの表紙。


(思ったより入りづらいな……)


 場違い感がすごい。

 女子高生の集団に混じっているだけで、妙に居心地が悪かった。


 それでも足を止めなかったのは、気になったからだ。


 学校にいる如月理沙しか知らない。

 教室で笑ってる顔。

 身体を寄せてくる距離感。

 やたら近い視線。

 でも、それ以外を知らない。


 モデルのリサ。

 学校の外にいるリサ。

 知らない場所で、知らない顔をしてる彼女。


(……なんで気になってんだ)


 自分でもうまく説明できないまま、雑誌棚の前で足を止める。


 色の強い表紙が並ぶ中で、視線が一冊に引っかかった。


「……これか」


 手を伸ばす。

 表紙には知らないモデルたちが並んでいて、その中に小さくリサの名前が載っていた。

 学校で見る姿とは、まるで繋がって見えない世界だった。


 指先が雑誌の端に触れる。

 その瞬間。


「あれ、松前くん?」


 すぐ横から声が落ちてきた。

 マサキの肩が跳ねる。

 反射で雑誌を棚へ戻した。


(……終わった)


 ゆっくり振り向く。

 そこに立っていたのは、リサだった。


「……き、如月さん」


 声が固くなる。


(なんでここにいるんだ……いや、ここ本屋だ。いるだろ普通に)


 学校で見る制服姿じゃない。

 淡いピンクのブラウス。

 柔らかい色の布地が、本屋の白い照明を受けて少し透けるみたいに明るい。

 オレンジのプリーツスカートは歩くたび裾が揺れて、視界の端が落ち着かない。


(……私服、こんな感じなのか。これは無理だ、可愛すぎる。可愛いって言ったほうがいいのか? いや、見てますって言ってる感じになるからダメだ。オレが言ってもキモいだけだ)


 思っていたよりずっと柔らかい。

 雑誌の中みたいに作られてないのに、目に入るだけで変に意識が持っていかれる。


 視線の置き場が分からなくなる。

 顔を見ると近すぎる。

 逸らすと不自然。

 結果、ブラウスのリボンの少し下あたりを見てしまい、自分で「どこ見てるんだ」と焦る。


 リサはそんなこと気にした様子もなく、ぱっと表情を明るくした。


「松前くん一人?なにしてるの?」


「う、うん……買い物」


 答えてから、自分で雑すぎると思った。


(買い物ってなんだよ。ざっくり過ぎる)


「そうなんだー。あたしも一人」


 リサは自然にマサキの横へ並ぶ。

 肩が触れそうな距離。


「ねぇ、これ見て」


 リサが棚を指さす。


「あたしが載ってる雑誌」


 さっきマサキが取ろうとしていた雑誌だった。


 マサキは一瞬黙る。


(バレてないよな……?)


 リサはそのまま雑誌を手に取る。

 ページを開く指先が慣れていた。


「これに載ってるんだよ」


「そうなんだ」


「見たことない?」


「……女が見る雑誌をオレが見てたらキモいだろ」


 口にしてから、少し引っかかる。


(いや……そういう考えで見てるからキモいのか?)


「なぁにそれ」


 リサが笑う。


「別に気持ち悪くないのに」


 ぱら、とページをめくる音がした。

 鮮やかな写真。

 整えられた光。

 作り込まれた表情。

 その中に、リサがいた。


 学校で見る顔と同じはずなのに、どこか違う。

 視線の置き方も、笑い方も、全部が完成されている。


(……すごいな)


 思わず見入る。

 その横で、本人が普通にページを覗き込んでいる。


「それ好きなカット」


 肩が近い。

 シャンプーみたいな甘い匂いがふっと混ざる。


(近いって……)


 反射的に少し身体を引く。

 でもリサは気づいていない。


「この時、風すごかったんだよね。髪めちゃくちゃになってさー」


挿絵(By みてみん)


 楽しそうに笑う。

 雑誌の中では完璧に整っているのに、本人は裏話みたいに崩して話してくる。


 ページの中のリサを見る。

 横を見る。


(これ……同じ人間か?)


 頭の中で上手く繋がらない。

 モデル。

 学校の人気者。

 なのに、今はすぐ横で、普通に笑っている。


「……すごいな」


 気づけば口に出ていた。


「え?」


「いや、その……」


 言葉を探す。

 でも上手くまとまらない。


(現実感ないっていうか……)


「なんか、モデルって感じする」


 雑な感想だった。

 でも一番近かった。


 リサは一瞬きょとんとして、それからふっと笑う。


「うんうん、モデルだよー」


 軽く返されて、少しだけ息が抜ける。

 その直後。


「ありがと」


 リサが少しだけ顔を寄せた。

 距離が急に近くなる。


 マサキは視線を逃がすみたいに雑誌を見る。

 ページの中のリサ。

 横にいるリサ。


 見比べるたび、違う。


 もう一度、写真を見る。

 そして横を見る。


「なに?」


 目が合い、リサが不思議そうに聞く。


 マサキは少し間を置いてから――


(こういうの、変に誤解されるから……言うべきじゃないのかもしれないけど)


 それでも。

 今見ているものを、そのまま言葉にしない方が不自然な気がした。


「やっぱ、キレイだなって」


 空気が止まる。

 リサの動きも止まる。


「……んぇ」


 変な声が出る。


 マサキも遅れて止まった。

 空気が変わる。


 リサはぱちぱち瞬きをしてから、ふいっと顔を逸らした。


「ちょ、ちょっと待って」


 耳まで赤い。


(あ、これやばいこと言ったか?)


 マサキは遅れて気づく。


「ま、松前くん……そういうの多くない?」


「いや……思ったから」


 言い訳みたいになって、自分でも困る。


 リサは口元を押さえたまま前を向く。


「か、勘違いするから……気をつけたほうがいいよ」


「勘違い?」


 聞き返すと、リサは小さくうなずいた。


「その……なんか、そういうふうに思っちゃうから……」


 言ったあとで、自分でも耐えられなくなったみたいに顔を伏せる。


「ち、違う違う! 変な意味じゃなくて!」


 慌てて手を振る。

 でも余計に怪しかった。


 マサキは少し黙る。


(そういうふうに思っちゃう……?)


 さっきの言葉が、頭の中で残る。

 自分はただ思ったことを言っただけだ。


(そんな照れることか……?)


 モデルなんだから、こういうことは言われ慣れていると思っていた。

 でも目の前のリサは、雑誌の中の余裕なんてどこにもなくて、指先まで落ち着かなさそうに揺れている。


「お、女の子はそうなの。だから、その……軽く言わないほうがいいよ?」


 小さく言われる。


 マサキは前を向いたまま、ぼそっと返した。


「……軽く言ってるつもりはないけど」


 その瞬間。

 リサの顔が一気に赤くなる。


「……へ」


 数秒止まって。


「待って待って待って……」


 両手で顔を覆ったまま、その場でしゃがみ込む。

 オレンジ色のプリーツが床にふわっと広がった。


「無理……心臓に悪い……」


 マサキはその姿を見下ろしたまま固まる。


(なんでこうなるんだ……)


 雑誌の中では、あんなに完成されていたのに。

 目の前のリサは、うずくまったまま首まで真っ赤だった。


 プリーツスカートの裾が床に広がって、淡いオレンジ色が本屋の白い床にやけに目立つ。

 肩まで落ちた髪の隙間から、熱を持った耳が覗いていた。


 通路を人が横切っていく。

 雑誌を立ち読みしていた女子高生がちらっとこちらを見て、何か話しながら去っていく。


(……この状況、客観的に見たらかなりヤバいのでは)


 マサキは無意識に周囲へ目を配ったあと、またリサを見る。

 本人はしゃがみこんだまま、顔を覆って動かない。


「……立てる?」


 恐る恐る声をかけると、リサの肩がぴくっと揺れた。


「ちょ、ちょっと待って……いま顔見れない……」


「いや、でもここ通路だし」


「う、うん……」


 声がくぐもる。


 マサキは困ったように頭を掻いた。


(オレ、そんな変なこと言ったか……?)


 ただ思ったことを言っただけだった。

 雑誌の中のリサも綺麗だったし、今目の前にいるリサも綺麗だった。

 それをそのまま口にしただけで、ここまで赤くなる意味が分からない。


 でも。


 ちら、とリサを見る。


 顔を隠した指先まで落ち着きなく動いていて、呼吸も少し浅い。


(……慣れてるわけじゃないのか)


 勝手に、そういうものだと思っていた。

 モデルをやっていて、誰とでも自然に話せて、距離も近くて。

 こういう言葉なんて聞き飽きている側の人間なんだろうと。


 けれど、実際に目の前にいるリサは、雑誌のページみたいに余裕のある顔なんてしていなかった。


 マサキが前を向いたタイミングで、リサがそろっと顔を上げる。

 赤い。思った以上に赤い。

 目が合った瞬間、また熱が広がっていくのが分かるくらいだった。


「……んしょ」


 立ち上がろうとして、リサの身体が少しふらつく。


 マサキは反射的に腕を掴みかけて、直前で止めた。

 代わりに、少し距離を詰める。


「……大丈夫か」


「だ、大丈夫……」


 言いながらも、リサはまだ目を合わせられないまま髪を耳にかける。

 その仕草だけ妙に女の子っぽくて、マサキは逆に置き場を失った。


 リサは小さく息を吐いてから、少しだけ笑う。


「……ねぇ、松前くん」


「ん」


「このあと、お茶しない?」


 マサキは数秒止まった。


「……は?」


 意味を理解するまで、少し時間がかかる。

 休日、リサ、二人、お茶。

 頭の中で状況だけが変に並ぶ。


 リサは前を向いたまま、ブラウスの袖を軽く摘まんだ。


「その……せっかく会ったし」


 マサキは黙ったままリサを見る。

 さっきまでうずくまっていたせいか、髪が少し乱れている。

 でも本人はそんなこと気にしていないみたいに、落ち着かなさそうに指先だけ動かしていた。


「……なんでオレと」


 拒絶というより、純粋に分からなかった。


 リサは一瞬だけ目を丸くして、それから困ったみたいに笑う。


「期待させたから」


「期待?」


「ほら、さっきの……」


 そこで言葉を濁す。


 マサキの頭の中で、さっきの会話がゆっくり繋がっていく。


『キレイだな』

『軽く言ってるつもりはない』


 そこまで思い出してから、マサキは前を向いた。


(……いや、だからってお茶になるのか?)


「……別に、オレが言ったからって、気にする必要ないと思うんだけど」


「気にするよ」


 即答だった。

 さっきまで真っ赤だったくせに、こういうところだけ真っ直ぐ返してくる。


 マサキは言葉に詰まる。


(お茶か……)


 マサキは一度外へ目をやる。

 本屋のガラス越しに見える通り。

 休日の人混み。

 カップル。

 笑い声。


 その中に、自分とリサが並ぶ光景を想像してしまって、思考が止まりかける。


(オレと如月さんが二人で……?)


 学校で話すのとは違う。

 教室なら周囲がいる。

 空気もある。

 でも二人きりは違う。

 逃げ場がない。


(なに話すんだよ……)


 沈黙、気まずい空気。

 店員の「お待たせしましたー」だけ。

 向かいに座るリサ。

 視線。


 想像しただけで胃が変な感じになる。


 そもそも女の子と二人で出掛けた記憶がない。

 グループで遊ぶとかならまだ分かる。

 でも「お茶しない?」は別だ。

 イベントの種類が違う。


(これって……世間一般ではデート寄りじゃないのか?)


 いや違う。

 落ち着け。

 如月理沙だぞ。


 クラスの中心。

 誰とでも話せる。

 モデル。

 陽キャ。


 たぶん本人の中ではもっと軽い。

 マサキみたいに、一個一個を重く受け取ってないだけだ。


(……でも)


 ちら、と横を見る。


 リサはまだ少し頬を赤くしたまま、前を向いていた。

 ブラウスの袖を摘まむ指先だけが落ち着かなく動いている。


 その様子が、「余裕ある側の人間」というイメージと全然噛み合わない。


(これ、なんなんだ……)


 雑誌の中では、あんなに完成されていたのに。

 目の前にいるリサは、言葉一つでしゃがみ込んで、誘うだけで前を向いている。


 作っていたイメージと違いすぎて、逆に距離感が掴めなくなる。

 だから余計に危ない。

 変に期待しそうになる。


(いや、落ち着けって……)


 こういうのを真に受けると終わる。

 絶対あとで自分だけ変な勘違いしてたパターンになる。


 でも、だからといって断る理由もない。

 むしろ、ここで断ったらたぶん後悔する。


 女の子と二人でお茶なんて、人生でそう何回も起きるイベントじゃない。

 まして相手は、教室で遠巻きに見られてる側の人間。

 雑誌に載ってる側。

 そんな相手が、今、自分を誘っている。


(……失敗は許されないけど、どうせ1回限りだ)


 そこでようやく、言い訳みたいな着地点ができた。


 マサキは小さく息を吐く。


「……まぁ、お茶奢るくらいなら」


 その瞬間、リサがぱちっと瞬きをした。


「……え?」


「だから、お茶。行くんだろ」


 リサの表情が一気に明るくなる。


「あ、うん。でもあたしが奢るから心配しないで」


 マサキは少し止まった。


 その返しが、思っていた方向と違ったからだ。


(……あれ?)


 てっきり。

『期待させた責任取って』とか。

『キレイって言ったんだから奢って』とか。

 そういう半分冗談みたいな流れだと思っていた。


 だから「お茶奢るくらいなら」と返した。

 変な空気にした埋め合わせ。

 その程度の意味だった。


 でもリサは、そこを当然みたいに受け取らなかった。


「あたしが誘ったんだし」


 むしろ、自分が出す側だと言わんばかりの顔をしている。


(……別に、奢らせたいわけじゃないのか)


 期待させた、なんて言い方をしたくせに。

 もっと軽いノリだと思っていたのに。

 なのにリサは、そこを駆け引きみたいに使わない。


 モデル。

 陽キャ。

 男慣れしてそう。


 勝手に頭の中で作っていた「如月理沙」のイメージが、また少しズレる。


「どっちが誘ったとかじゃなくて、女に金出させるのは違うと思うが……」


「え、松前くんてそんな感じ? 意外と古い考え方……」


「奢るって言ってるんだから素直に喜べば」


「それはこっちのセリフなんですけど?」


 言い返しながら、リサが少し笑う。


 さっきまで顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいた人間と同じとは思えなくて、マサキは妙な感覚になる。


 雑誌の中の完成されたモデル。

 距離感のおかしいクラスメイト。

 今、自分の前で口を尖らせている女の子。


(……全部、同じなんだよな)


 勝手に別物みたいに見ていただけで。


 少し間が空いてから、マサキはぼそっと言った。


「……じゃあ、割り勘なら行く」


 リサがじっとこちらを見る。

 それから、不満そうに口を尖らせた。


「ずるい」


(なんだその顔、モデルがする顔じゃないだろ……)


 子どもみたいに拗ねた表情だった。

 雑誌の中で見るリサは、もっと隙がない。

 笑い方も、視線の向け方も、全部「見せる形」になっている。


 なのに今のリサは、唇を尖らせたまま不満そうにこっちを見ていて、感情がそのまま顔に出ていた。


 オレンジ色のプリーツスカートが、身体の動きに合わせて小さく揺れる。

 腕を組むでもなく、怒るでもなく、ただ「むぅ……」みたいな顔で立っているのが妙に幼く見えて、マサキは前を向いた。


 こんな顔もするのか、と。

 学校で見ていた如月理沙と、今目の前にいるリサが、少しずつ繋がらなくなっていく。


 リサは少し考えたあとに言う。


「お茶はしたい。でも気を遣わせるのはなんかイヤ」


 その言い方も、駆け引きみたいな感じがなかった。

 もっと軽く、「いいじゃん奢ってよー」みたいに来るのかと思っていたのに。

 変に遠慮している。


 マサキは一瞬だけ考えてから口を開く。


「女の子って普通、奢られたら嬉しいもんじゃないのかな」


 疑問というより、確認に近かった。


 マサキの中の「女の子」の情報源なんて、ネットとか周囲の会話とか、その程度しかない。

 男が奢る。

 女は喜ぶ。

 なんとなく、そういうものだと思っていた。


「……人によるよ」


 リサは少し頬を膨らませる。

 さっきまで真っ赤になっていたくせに、今はまた表情がころころ変わる。


 そのままリサは、探るみたいにマサキを見る。


「もしかして松前くん、女の子とよく出掛けてたりする?」


 マサキは止まった。


(そんなわけないだろ)


 むしろ逆だ。

 女の子と二人で出掛けるなんて、今日のこれが人生初イベントだ。

 教室で話すだけでも気を遣うのに、休日に二人でお茶とか意味が分からない。


 今だって平静を装っているだけで、頭の中はかなりうるさい。


 なに話すんだ。

 店とかどうする。

 沈黙になったら。

 変なこと言ったら。

 隣歩くのか向かい座るのか。

 考え始めるとキリがない。


「……いや」


 短く返す。


「じゃあなんでそんな普通はーとか言えたの」


「なんとなくのイメージ」


「ふーん……」


 リサはまだ少し疑ってるような顔をする。


「……何回かはある?」


「一度もない。見たら分かるよな」


 あっさり言う。

 変に取り繕う方が恥ずかしかった。


 すると、リサの肩から少しだけ力が抜ける。

 それから、改めて観察するみたいにマサキを見る。


「うーん……モテそう」


 さらっと落ちてきた言葉に、マサキの思考が一瞬止まる。


 モテそう。

 その単語、自分の人生で向けられることあるんだな、と妙なところで感心した。


「……ないよ」


「なんで隠すの?」


「隠してない。如月さんの方が男慣れしてるだろ」


 言った瞬間、自分で顔をしかめた。


「え……」


 リサが固まる。


(……違う)


 言いたかったのはそうじゃない。

 男慣れ、なんて言い方をしたかったわけじゃない。

 ただ、距離感に迷いがないというか。

 誰とでも自然に喋れて、こういう空気にも余裕がある側の人間だと思っていただけで。


 そこでようやく、自分が踏み抜いた地雷の形が見えた。


(最悪だろ今の)


 マサキは前を向く。

 本棚の背表紙がやたら鮮明に見えた。


「違う。そういう意味じゃない」


 慌てて言い直す。


「如月さんが、慣れてるっていうか……」


 でも、その時点で駄目だった。

 慣れてる、が違う。

 修正しようとするほど変な方向へ滑っていく。


 マサキは小さく息を吐いた。


「……余裕ありそうに見えた」


「余裕……?」


 リサが首を傾げる。


「オレみたいな陰キャにも普通に声かけてくるし、誘ってくるし……あと距離も近いし……触られても平気そうにしてるし」


 ぽつぽつと出てくる。

 途中から、自分でも何を説明してるのか分からなくなっていた。


「だから、そう思った……」


 最後だけ少し小さくなる。


 リサは黙った。

 目が一度宙を泳いで、それからじわっと頬が赤くなる。


「……そ、そういうことか」


 引きつったみたいに笑う。


「ごめん、あたしが誤解させたんだね」


「いや、さすがにそこまで勘違いはしてないけど……如月さんがそういうつもりじゃないのは分かってるし」


「そういうつもり……?」


「いや、だから……男は女に距離を近くされると、こいつオレに気があるのかなとか思ったりする……」


 言いながら、熱が顔まで上がってくる。

 何を説明してるんだ自分は。

 しかも本人相手に。


 リサの動きが止まった。

 頬がまた赤くなる。

 今度は耳まで染まっている。


 マサキは反射的に付け足す。


「いや、だからって……そういう意味じゃないとは分かってるって」


「じゃあ、どういうつもりだと……?」


「如月さんは、オレがクラスで浮かないように気を遣ってるだけだろ」


 その瞬間。

 その言葉に、リサが固まったのが見えた。


「ん……?」


 思わず声が出る。


 リサは少し考えたあと、前を向く。

 言うか迷っているみたいに、指先がスカートの裾を摘んで離した。


「松前くんが、気になってるのは……ほんと」

挿絵はAI生成。

SDで生成、GPTで編集しています。

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