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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
新学期 編

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11/110

新学期 ~片耳だけ空けた距離3~'

 リサ:

 ねえミオちゃん聞いて

 今日さ、松前くんとお昼一緒だったんだけど

 連絡先交換した


 送信。


 リサはスマホを伏せて、机に頬杖をつく。

 教室のざわつきが、少しだけ遠く聞こえる。


(そーだよ、松前くんの連絡先ゲットしちゃったよー)


 スマホが震える。

 既読。

 早い。


 ミオ:

 それ、どこでやったの

 人いるとこじゃないよね


 リサは一瞬だけ目を泳がせる。


 リサ:

 うん、教室

 今しかないと思ってさ

 我ながらちょっと頑張った


 送信。


(いや実際、頑張ったでしょあれは)


 すぐに既読がつく。


 ミオ:

 ……あのね

 リサちゃん、今まで誰に聞かれても連絡先教えてなかったよね


 その一文で、指が止まる。


 リサ:

 うん

 松前くんが初めて


 送信。


 口元が少しゆるむ。


(初めて、か)


 ミオ:

 松前くんに教えたってことは

「自分もいけるかも」って思う人、確実に増えるよ


 リサの指が止まる。

 視線だけが、教室の方へ流れる。

 笑ってるグループ。

 ちらっとこっちを見る男子。


(……あ)


 言われて、ようやく形になる。

 分かっていなかったわけじゃない。

 そういうことが起きる可能性は、たぶん最初からあった。

 でも、さっきはそこまで考えなかった。

 聞くなら、今しかないと思った。

 このまま昼休みが終わったら、またタイミングを探すところから始まる。

 それが嫌だった。


 リサ:

 そこまで頭回ってなかった


 送信。


 ミオ:

 今までは「絶対教えない人」で通ってたから良かったけど

 一回崩れると、一気にハードル下がったって見られるの

 実際は違ってもね


 リサはスマホを少し強く握る。


(……そっか)


 ミオ:

 リサちゃんなら、ちゃんと上手く断れると思うけど

 つらかったら言ってね


 少し間。


 リサ:

 ありがと

 頼りにしてる


 送信。


 スマホを伏せる。


 教室のざわめきはそのまま続いているのに、さっきより少しだけ遠い。


 画面には新しく追加された名前。

「MASAKI」

 リサはその表示を見て、ほんのり笑う。


(最初のひとこと、なんにしよっかな)


 思わずまたニヤけてしまう。


◇     ◇


 リサはスマホの画面を閉じて、机の上に伏せた。

 そのとき。


「なあ、如月さん」


 声をかけられる。

 顔を上げると、クラスの男子が一人、机の横に立っていた。


「さっきさ、松前と連絡先交換してたよな」


「……うん」


 リサは軽く返す。


「じゃあさ、オレとも交換しない?」


 軽いノリ。

 でも、断られるとは思っていない顔だった。


(来た…)


 ミオの言葉がよぎる。

 リサはにこっと笑って、


「ごめん、それは無理かな」


 あっさり断る。

 男子は一瞬だけ止まってから、


「え、なんで?松前とはしてたじゃん」


 リサは軽く首を傾ける。


「うん、したよ」


「じゃあいいじゃん、別に。連絡先くらい」


 軽さを残したままの声。

 でも、さっきより少しだけ引っかかるものが混じっていた。

 リサは表情を崩さない。


「でも、全員に教えるわけにもいかないからさ」


 やんわり言った。


「……は?」


「相手はちゃんと選んでるから、ごめんね」


 柔らかく、笑っている。

 男子は少しだけ顔をしかめた。


「いや、選ぶって何。基準あんの?」


「松前はよくてオレはダメって、正直意味わかんねーんだけど」


 教室にいる人の視線が、じわじわ集まる。

 リサは表情を崩さないまま、


「それはごめん、言い方悪かったかも」


 男子の顔がわずかに歪む。


「……感じ悪くね?」


 リサは笑顔を保ったまま、言葉を飲み込む。


(あー……)


 これ以上、どうやわらかく断ればいいのか。

 リサが次の言葉を選びかけた、そのとき。


「……それもう答え出てるだろ」


 低い声。

 男子のすぐ後ろに、いつの間にかマサキが立っていた。

 男子が振り返る。


「……は?」


 マサキはポケットに手を入れたまま、


「断られてんじゃん」


 それだけ言って、何事もなかったみたいに通り過ぎる。

 視線も合わせない。

 ただ、そこにあった事実を言っただけ。


 男子が口を開きかけて、止まる。

 周りの空気も、そこで一度切れる。


(……強っ)


 リサは内心で少しだけ驚く。

 マサキはそのまま自分の席に戻って、何もなかったみたいに椅子を引いた。

 もう関係ない、みたいな顔。


 クラスのあちこちで、小さな声が弾ける。


「……さすがにあれはしつこくない?」


「ちょっとな、空気読めよって感じ」


 ひそひそと、でも少しだけリサ寄りの温度。


「如月さん可哀想」


「断ってんのに食い下がるのはキツわ」


 さっきまでの『なんでマサキ?』という空気とは、明らかに違う。


 男子生徒は耐えきれなくなったのか、黙って自分の席に戻った。

 少しだけ、流れが変わっていた。

 その中で、別の声。


「てか今さ、松前なんか言ってなかった?」


「え?いや、通り過ぎただけだろ?」


「なんか言ったからあいつ黙ったんじゃね?」


 曖昧なままの認識。結論も、ふわっとしたまま流れる。

 当の本人は、


「……」


 もう何も関係ないみたいに、机に肘をついている。

 リサはその様子を横目でちらっと見る。


(……いや、カッコ良すぎでは?!)


 思わず、口元が緩む。

 さっきまで少しだけ張っていた空気が、嘘みたいにほどけていく。

 リサはスマホを手に取って、画面を開く。


「MASAKI」


 その表示を見て……


「くふっ」


 小さく笑ってしまう。

 今度は、隠さなかった。


 リサはスマホの画面を見つめたまま、少しだけ考える。


 さっきの一言。

 空気の切り方。

 あの時みたいだった。


(……ありがとう、は言いたいんだけどな)


 指が止まる。


◇     ◇


 一方で、マサキは何事もなかったようにノートを開いていた。

 シャーペンの音は一定。姿勢もいつも通り。


 でも。


 ほんのわずかに、動きが固い。

 ページをめくるタイミングが一瞬遅い。

 視線が、たまにノートの同じ行で止まる。


(あれでよかったのか)


 考えるつもりはなかったのに、勝手に戻ってくる。

 ペン先が一瞬止まる。


 さっき、リサは言っていた。

 全員に教えるわけにもいかない。

 相手はちゃんと選んでいる。

 その言葉が、今になって妙に引っかかる。


 マサキは勝手に思っていた。

 あの子の連絡先なんて、周りの人間はもう当たり前に知っているのだと。

 自分だけが知らなかっただけで、今日の流れでついでに聞かれただけなのだと。


 そう思えば、期待しなくて済んだ。

 でも、違った。

 あの子は選んでいた。

 そのせいで、今度は詰められていた。


(……いや、余計なことは言ってない)


 別に助けたとかじゃない。

 優しさでもない。

 ただ単に、


(あの子だけは、無視すると後味が悪い)


 困っているのに、助けを求める顔をしていなかった。

 笑ったまま、いつも通りの声で断ろうとしていた。

 でも、その笑顔が少しだけ固かった。

 それに気づいたら、もう見なかったことにはできなかった。


 放っておくと、自分に飛び火しそうな内容だったのもある。

 そういう面倒なことを避けただけだ。


 自分に言い聞かせるようにして、また書き始める。

 そのとき。

 スマホが小さく震える。

 一瞬、反応が遅れる。


(……来た)


 視線だけ落とす。


 《さっきはありがとね》


 短い文。

 それだけなのに、少しだけ呼吸が詰まる。


(……別に)


 打つのは簡単なはずなのに、指が一瞬止まる。

 周囲の音が少し遠くなる。

 リサの視線がどこかにある気がして、無意味にページをめくる。


 《別に》


 送信。

 すぐに既読。

 間。


 返ってくる。


 《本当に助かった。あとカッコ良かった》


(カッコ良かった、って何だ)


 ほんの少しだけ、眉が動く。


 《そうか》


(深くしない方がいい)


 そう判断したはずなのに。

 すぐ返ってくる。


 《今度お礼させて》


 指が止まる。


(……お礼?)


 視線がノートから外れる。

 教室の音が少しだけ戻ってくる。

 でも、思考は戻らない。


(別にそんな大したことしてない)


 送るべき答えは決まってる。


 《気にしなくていい》


 即答。


(これで終わる)


 はずだった。


 《じゃあ勝手にする》


(……勝手に)


 わずかに息が止まる。

 返す言葉はあるのに、少しだけ遅れる。

 周囲から見ればほんの一瞬。

 でも本人には長い間。


(どういう意味だ)


 結局、短く返す。


 《……好きにしろ》


 送信した瞬間、指が止まる。


(……今の、言い方きつくないか)


 突き放したつもりはない。

 でも、文字だけで見るとかなり冷たい。

 返すならもう少し言い方があった気がする。

 でも、もう戻せない。


(……今のは、ないだろ)


 女の子に向ける言い方じゃない。

 返すならもう少し言い方があったはずなのに、焦って一番雑な言葉を選んだ。


(……終わったな)


 既読はついた。

 けれど、返事は来ない。

 その数秒が、やけに長い。

 画面に残った自分の言葉が、さっきよりずっと冷たく見えた。


 好きにしろ。

 そんなつもりで打ったわけじゃない。

 突き放したかったわけでもない。

 でも、文字だけで見ればそうとしか読めない。


(やらかした…)


 せっかく連絡先を交換した。

 向こうから話しかけてくれて。

 お礼まで言ってくれて。

 それなのに、最初のやり取りでこれだ。

 傷つけたかもしれない。

 気を悪くしたかもしれない。

 もう返ってこないかもしれない。


(何やってんだ、オレ)


 指が画面の上で止まる。

 謝るべきだ。

 そう思って、入力欄を開く。


 《悪い》


 そこまで打って、止まった。

 何が悪いのか。

 言い方がきつかったことか。

 それを今さら説明したところで、余計に面倒なやつになるだけじゃないのか。

 追撃する方が重い気がして、結局、文字を消す。

 スマホを伏せる。

 ノートに視線を戻す。

 でも、さっきまで書いていた行がどこだったのか分からない。


(……やり直したい)


 そう思った。

 たった一通。

 たった一言。

 それだけなのに、もう戻せない。

 スマホはもう震えない。



「ねえ」


 横から、軽い声がした。


 リサがいつもの調子で、机の横にひょこっと顔を出す。

 さっきの空気を引きずっている様子はない。

 むしろ、さっきより少しだけ距離が近い。


 肩の高さより少し下から覗き込むようにして、自然に視線を合わせてくる。

 髪が一度だけ揺れて、頬の横で止まる。

 その動きだけがやけに目に残る。


「松前くんのLINE、なんか楽だねー」


「……は?」


 マサキは顔を上げる。

 責められると思っていたわけではない。

 でも、さっき送った短い返事が頭の中に残っていたせいで、次に来るなら少し気まずい空気だと思っていた。

 なのに、リサは何事もなかったようにそこにいる。

 怒っている顔でもないし、傷ついた顔でもない。

 そもそも、そんなふうに受け取ってすらいない顔だった。


(……なんで、普通に来るんだ)


 気を遣って無理をしてる。

 この子なら、それくらいやりそうだと思った。

 気まずくなりそうな空気を先に笑って流すくらい、たぶん簡単にできる。

 だから、余計に分からない。


 マサキは一瞬だけ、リサの顔を見る。

 口元だけじゃない。

 声の軽さも、目の動きも、変に取り繕っている感じがない。

 無理に明るくしている時の硬さがない。

 本当に、その返事を引っかかるものとして受け取っていない。


 そう分かった瞬間、さっきまで勝手に膨らんでいた後悔だけが行き場をなくした。

 しかも出てきた言葉が、LINEが楽、だった。


(いや、なんだ?LINEが楽って)


 頭の中で言葉が散る。


 リサはスマホを軽く振りながら続ける。

 画面の光が指先に反射して、白く抜けた。


「一言で返ってくるから。超わかりやすい。簡単」


(簡単って何だ……それ悪い意味じゃないよな?いや、雑って言われてる?)


「……褒めてる?」


 口から出た声はいつも通りを装っているけど、少しだけ遅い。

 リサはきょとんとして、それからすぐに頷く。


「褒めてる褒めてる」


 にこっと笑う。

 口元だけじゃなくて、目の形ごと柔らかくなる笑い方だった。

 笑った拍子に、まつ毛がわずかに揺れる。

 光を拾って、そこだけ少しだけ明るく見える。


 その瞬間だけ、空気が軽く変わる。


(……いや今の、可愛すぎるだろ)


 ただ笑っただけなのに、変に間が残る。

 首を少し傾けたままこちらを見ている。

 マサキは目線を外す。


「だってさ、長くされたらこっちも長く返さなきゃってなるじゃん。あたし文字打つの遅いから、楽だなって」


 マサキはそこで、少しだけ言葉に詰まる。

 自分の返事は短くて雑なだけだと思っていた。

 でもリサは、それを冷たいものとして受け取っていない。

 むしろ、短いままで成立するやり取りとして受け取っている。


(……向こうも、こっちの方が楽なのか)


 そう思うと、さっきまで張りつめていた感じが少しほどけた。


「というか」


 小さく息を吸って、言い直すように口を開く。


「先に一言だけ送ってきたの如月さんじゃ……」


 言ってから、少しだけ間が空く。

 リサが固まる。


(いや、今のは責めてるみたいな言い方になった……っ)


 本当に言いたかったのは、そうじゃない。

 先に一言だけ送ってきたから、こっちも一言で返せた。

 長く返さなきゃいけないとか、どう書けばいいのかとか、そういうところで止まらずに済んだ。

 だから、楽だったのはリサだけじゃない。

 そう言いたかった。

 なのに、口から出たのは、先に短く送ってきたのはそっちだろ、みたいな言い方だった。

 マサキが内心で詰まっていると、リサは一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「それは、そう」


 あっさり認める。

 マサキが言い損ねた方の意味を拾ったみたいに、少しだけ楽しそうに目を細める。


「じゃあ、お互い様ね」


「お互い様か?」


 マサキはぼそっと返す。

 リサは小さく頷く。


「うん、お互い様」


 短いやり取りなのに、そこで少しだけ空気が戻る。

 マサキが短く返せたのは、リサが先に短く送ってきたから。

 リサが楽だと言ったのは、マサキも短く返してきたから。

 どっちかだけが合わせたわけじゃない。

 たぶん、少しだけ、同じことをしていた。

 そう思うと、さっきまでの後悔がすっと落ち着いた。


 リサは楽しそうにマサキを見る。

 視線が軽いのに、やけにまっすぐで、逃げ場がない。


(……)


 マサキの視線が止まる。


 髪の流れ。

 笑ったときに少しだけ下がる目尻。

 口元の動きがやわらかくて、言葉より先に表情が動く感じ。


 あと、距離が近いせいで、瞬きのたびに視線がぶつかる。


(……普通に顔かわいいんだけど)


 鼻筋とか目の形が整ってる、というより。

 動いたときに崩れないバランスがずっと安定してる感じ。

 こっちが見てることに気づいても、変に作らないままそのままでいるのが余計に目に残る。


(いや何考えてんだ今、ちゃんと会話しろ)


「さっきの、ほんと助かったよ」


 その言葉だけ、少しだけトーンが落ちる。


 マサキは動きを止める。


(助かった……?)


 さっきもLINEで言っていた。

 でも、あれは助けたつもりではない。

 放っておいたら後味が悪かっただけで、説明しろと言われても、たぶんうまく言えない。


「……別に」


 短く返す。

 頭の中は少しだけ忙しいのに、表には出さない。

 リサは、それを深くは聞いてこなかった。

 ただ、少しだけ嬉しそうに笑う。


「やっぱ松前くん、かっこいいよね」


 一瞬。


(……は?)


 脳が空白になる。

 意味は分かる。

 褒め言葉だというのも分かる。

 でも、その言葉を自分に向けられたものとして処理するには、どうしても一拍以上足りなかった。


(いや、今の流れでそれ出るのか? なんで? 何基準?)


「……そういうの、いいから」


 ぼそっと返す。

 いつも通りのトーンに戻そうとした声。


(最悪だな今の。何が「いいから」だよ、感じ悪すぎだろ)


 本当にそういうつもりじゃない。

 どう返せばいいのか分からなかっただけだ。

 こういう言葉を向けられ慣れていないのに、さらっと受け取れるわけがない。

 リサは、きょとんとする。


「やだな、お世辞とかじゃないよ」


 悪気がないのは分かる。

 むしろ本当に、ただそう思っただけの顔だ。

 それが逆に厄介だった。


(いやだから困るんだって、そういうの)


 否定したら角が立つ。

 肯定したら、もっとおかしな空気になる。

 流そうとしたら、今みたいになる。

 どれを選んでも正解が見つからなくて、思考だけが一瞬で詰まっていく。


「ごめん」


 そこまで考えて、ぽろっと出た。

 その一言が、少しだけ宙に浮く。

 リサは目を瞬かせる。


「え、なにが?」


 軽い声だった。

 その軽さに、余計に言葉が迷子になる。


(違う、今のは謝る場面じゃない)


 口を開きかけて、やめる。

 沈黙が一拍だけ落ちる。


 その間に、リサは特に急かすこともなく、ただマサキを見ていた。

 不思議そうでも、評価するようでもない。

 ただ、言葉が出てくるのを待っているだけの視線だった。


 マサキは短く息を吐く。


「さっきの……」


 言いかけて、また止まる。

 感じ悪かったと説明するのも違う。

 今さらフォローするのも変だ。

 そもそも何をフォローしているのか、自分でもよく分からない。

 結局、言葉を削っていくしかなかった。


「言い方が悪くて」


 ようやく、それだけ出す。

 リサは少しだけ目を細める。


「ふーん」


 納得したのかしていないのか分からない声。

 でも、それ以上は踏み込んでこない。

 その代わり、ふっと笑う。


「気にしすぎじゃない?」


 その軽さに、マサキはほんの少しだけ肩の力を抜いた。


(……助かる)


 これ以上掘られたら、確実に変な方向へ行っていた。

 リサは一度スマホを机に置いて、少しだけ首を傾ける。


「松前くんて、ほんとに喋るの苦手なんだね」


(……今さらそれ言う?)


 事実ではある。

 でも、わざわざ言葉にされると、妙に恥ずかしい。

 マサキは間を置いて、顔を上げる。


「それは、褒めてないよな」


 声はいつも通りのつもりだった。

 でも、ほんの少しだけ硬い。

 リサはきょとんとして、それからすぐに笑う。


「ううん、頑張って返事してくれてるの偉いよー」


(偉いってなん……)


 意味の整理が終わる前に、リサの手が伸びる。

 何の前触れもなく、ほんとに自然に。


 ぽん、と。


 マサキの頭に触れる。

 そのまま優しく、軽く、髪の流れを整えるみたいに撫でる。


(……え)


 思考が一瞬で止まる。

 教室の音が少し遠くなって、自分の頭の上だけがやけに現実的になる。


(いや待て、今これ何だ。撫でられてる? 頭? なんで?)


 動こうとすると全部おかしくなる気がして、身体が固まったまま動かない。

 リサは触れてから、ほんの一瞬だけ自分でも気づいたように目を瞬かせた。

 けれど、すぐには手を引かない。

 言葉で言い切れなかった分を、そのまま手のひらに乗せるように、髪の流れを軽く整える。


(こういうのって、もっと特別な時のやつじゃないのか……? いや、特別って何だ)


 頭の上だけがやけに熱を持って残る感覚に、思考がさらにまとまらなくなる。


(距離感、ほんとおかしいだろ、この子……)


 リサは数秒だけそうしてから、すっと手を離した。

 あくまで、さっきの会話の続きのような自然さで終わる。

 その瞬間、逆に余韻だけが残った。


(いやほんと、こういうとき何か言えよ……オレ)


 手を離したあと、リサは何事もなかったように目を外す。

 でも、口元がほんの少しだけゆるんでいるのは、自分でも隠せていない。

 何かを伝えようとしているように、その目だけがやわらかかった。


挿絵(By みてみん)

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