スイーツ 前編 ~誘ったのはオレだから1~’
週末の予定として、マサキはリサと「スイーツ食べ放題へ行く」約束をしていた。
以前のマサキなら、そこへ辿り着くまでに何度も止まっていた。
誘う理由。
踏み込みすぎじゃないか。
迷惑じゃないか。
断られたらどうする。
まわりに勘違いされる。
そういう考えが、毎回どこかで足を止めていた。
けれど今回は違い、『リサと一緒なら平気』という言葉が前より自然に出た。
だからこそ、約束が決まったあとで、別方向の問題が始まる。
(……どこへ行けばいいんだ)
自室。
ベッド脇のローテーブルにタブレットを立て、マサキは無言で画面を見続けていた。
検索欄には『スイーツ食べ放題 ホテル』『ビュッフェ 人気』『ケーキ おすすめ』みたいな単語が並んでいる。
指だけが、延々と画面を滑っていた。
「……分からん」
小さく漏れた声は、本気で困っている時のやつだった。
レビュー。
写真。
ランキング。
SNS。
情報だけは大量に出てくる。
だが、逆に分からなかった。
(……どこが正解なんだ)
スクロールする指が止まる。
画面には、艶のあるショートケーキや、断面が綺麗なミルクレープが映っていた。
季節限定の苺フェアに、映えそうな内装。
笑っている女性客の写真と、キラキラした照明。
どれも<良さそう>には見える。
でも、それだけだった。
(いや……写真なんか、どうとでもなるだろ)
レビュー欄を開く。
『雰囲気最高でした♡』
『彼氏と来ました!』
『映えます!』
(知らねえよ……)
マサキは眉間を押さえた。
写真だけ綺麗でも、席が狭いかもしれないし、騒がしいかもしれない。
美味いのか、落ち着くのか、混むのか。
知りたいことほど、書いてない。
しかも、店名を検索するたびに、<カップルにおすすめ>みたいな文字が目に入る。
マサキはそこで一度だけ目を逸らした。
(なんでそれ前提なんだよ……)
また指が止まる。
今回は、自分から誘った。
夏祭りの時みたいな勢いじゃないし、文化祭みたいに、半分決まっていた流れでもない。
<リサと行きたい>と思って、自分から言った。
そこだけは、前と違う。
だからこそ。
(失敗したくない……)
静かに息を吐く。
イヤホンを選んだ時のことを、少し思い出す。
あの時も、二時間近く棚の前で悩んだ。
性能。
値段。
色。
重くないか。
変じゃないか。
リサに似合うか。
結局、<イヤホン>を見ている時間より、<それを付けてるリサ>を想像してる時間の方が長かった。
今回も似ていて、店を選んでいるはずなのに、頭に浮かぶのはリサばかりだった。
リサが少し前のめりになって、並んだケーキを覗き込む。
髪が肩からさらりと落ちても気にせず、目だけがぱっと明るくなる。
『おいしそー』
そんな声が、勝手に浮かんだ。
本当に食べたいものを見つけた時の、頬がゆるんで、目元までふにゃっと崩れる顔。
『ねー、どれから食べる?』
そう言いながら、リサはこっちを振り返る。
聞いているくせに、もう自分の中では半分決まっていそうな顔で、でもこちらの答えもちゃんと待っているような目をする。
次の瞬間には、フォークに小さく切ったケーキを乗せて、
『はい、あーん』
そこまで想像したところで、マサキは無言で口元を押さえた。
(……何にやけてんだ)
まだ店も決まっていないのに。
マサキは小さく息を吐いて、もう一度画面へ目を戻した。
ホテル系だと落ち着いてるかもしれない。
でも高級すぎると気を遣わせる。
学生っぽくない。
逆にチェーン系は軽すぎる。
画面を見ているのに、途中から店の情報が頭へ入ってこない。
学校で笑ってるだけで、周囲の視線を持っていく。
雑誌モデルをやっていて、私服も洒落ている。
髪を耳へかけるだけで妙に目を引く。
光を受けてふわりと揺れる髪。
細い首筋。
笑うと柔らかく細まる目。
ああいう子を、自分が店へ連れて行く。
マサキはベッドにもたれ、深いため息をついた。
(誘った側なのに、準備の土台が足りてねえ)
人気のカフェ。
美容室。
ファッションビル。
撮影で使うような、明るく整った場所。
リサは、そういう場所にいても違和感がない。
対して自分は、ゲーセンとCD売り場とコンビニくらいしか行かない。
その差が、じわっと残る。
レビューを閉じる。
別サイトを開いた。
また閉じる。
ホテルビュッフェ。
見れば見るほど、<正解が消えていく>ように感じた。
高級すぎると気合い入れすぎ感があるし、安すぎると適当に見える。
インスタ映え全振りも違う気がする。
人混みだらけも疲れそう。
(何が正解なんだ……)
思わず顔を覆う。
時間を見ると、もう一時間半近く経っている。
なのに、候補が増えただけで決まらない。
マサキは舌打ちしそうになって寸前で止めた。
イラついてるわけじゃない。
むしろ、ここまで悩んでる自分の方に少し引いていた。
(……楽しませたいんだよな)
その言葉が浮かんだ瞬間、マサキは目を逸らす。
なんか、気持ち悪い。
まるで彼氏みたいなこと考えてる。
当然みたいにリサの笑顔を欲しがってる。
自分で考えておいて、一瞬引く。
でも否定もできなかった。
リサが、美味しそうに笑ってるところを見たい。
『これおいしー』
そう言いながら、目を細める顔を見たい。
フォークを持ったまま、嬉しそうに身体を前へ乗り出す姿が浮かぶ。
それを見て、<誘ってよかった>って安心したい。
タブレットの画面を見ながら、マサキは小さく息を吐く。
今でも、「オレなんかが」という感覚は残っている。
それでも。
一緒に行きたい。
リサが笑ってくれるなら嬉しい。
その気持ちだけは、前よりずっと自然だった。
◇ ◇
翌日の教室。
昼休み前の空気はまだ少し眠たく、窓際から入る風だけがやけに気持ちよかった。
マサキはスマホを机の上へ伏せる。
数秒後、また裏返す。
検索履歴には、昨日と似た単語ばかり並んでいた。
『ホテルビュッフェ 人気』
『スイーツ 有名店』
『雰囲気いい ビュッフェ』
『ホテルラウンジ アフタヌーン』
時間をかければいいわけじゃない。
調べれば調べるほど、<失敗した時>の想像ばかり増えていく。
席へ頬杖をついたまま、マサキは小さく息を吐いた。
(自分で誘ったくせに……)
「マサキくん、眠そうだね。また勉強?」
すぐ横から、柔らかい声。
マサキが目を向ける。
リサは椅子へ浅く座りながら、こちらを覗き込んでいた。
さらりと肩へ落ちた明るい髪。
そのまま首を傾げ、小さく笑った。
「クマできてるー?」
「……いや、勉強じゃなくて」
マサキは言いながら、スマホ画面を伏せ直した。
その動きを見て、リサがぱちぱちと瞬きをする。
「なぁに?」
「……別に」
「隠した」
リサは身体を寄せる。
机へ腕を乗り出した拍子に、胸元がむにっと押し上がった。
「えー、なに? エッチなサイト?」
リサはくすっと笑いながら、一瞬だけ距離を詰めて机へ寄りかかり、面白がるように目を細めた。
「違う」
マサキは即答した。
「……店探し」
「ん?」
「スイーツ食べ放題の」
一瞬、リサの動きが止まる。
「それで寝不足なの?」
リサは数秒きょとんとしていたが、次の瞬間、肩を揺らして笑い出した。
「もー、真面目なんだから」
嬉しそうだった。
「いや……店とか、全然知らなくて」
マサキは目を逸らしたまま言った。
「口コミ見ても、何がいいのか分からないし」
「んー」
リサは考えるみたいに唇へ指を当てる。
伏せられたスマホを見て、それからマサキの顔を見る。
何か言おうとして、一度だけ口を閉じた。
その仕草ひとつで、近くの男子がちらっと目を向けるのが分かった。
本人は気づいていないらしい。
リサは少しだけ考えてから、ぱっと明るく笑った。
「あたしもね、ちょっと調べてたんだよねー」
「……え」
マサキの動きが止まる。
「スイーツ食べ放題って、あたし行ったことなくて。どんな感じか気になって」
リサはそう言いながらスマホを取り出し、机の上へ寄せてきた。
ふわりと甘いシャンプーの匂いが近づく。
「ほら、ここ。フルーツ多めらしいよ」
画面にはホテルビュッフェの写真。
苺。メロン。葡萄。
ケーキより先に果物が目に入る。
「あとここ、軽食いっぱいあるみたい。パスタとかスープとか」
「……なんで」
「マサキくん甘いの得意じゃないじゃん」
即答だった。
マサキは一瞬だけ黙る。
「だから、ずっとケーキだけだとキツいかなーって」
リサはスクロールを続ける。
「クレープも、お食事系あるとこ探したんだよね。ハムとかチーズとか」
「……」
「あとホテル系だと中広いとこ多いし。時間制限も長めのとこあるし」
マサキは画面を見る。
フルーツ。
軽食。
広い店内。
全部、自分のことだった。
(……オレのこと考えてる)
喉の奥が詰まる。
自分が<リサに合う店>を探していたみたいに、リサも<マサキが疲れない店>を探している。
それが嬉しい。
でも、検索結果を睨み続けて、止まっていた自分。
対してリサは、楽しそうに候補を並べていく。
それが、腹の底あたりに落ちる。
「……悪い」
「え、なんで?」
「いや……」
マサキは口を開きかけて、止まる。
目だけが机へ落ちた。
置いていかれてる感じがする。
情けない。
でも同時に、嬉しい。
感情が混ざって、整理できない。
リサはそんなマサキを気にした様子もなく、画面をスクロールし続けていた。
「ここも良さそうでね」
「そんな違いあるのか」
「んー、なんとなく?」
リサは肩を揺らして笑う。
「ホテルビュッフェなら、料理長の経歴とか結構見るかも」
「経歴……?」
「有名ホテル出身とか。あと、ケーキ専門店系列だとハズレ少ないよー」
マサキは瞬きをした。
そんな見方をしたことがない。
「あとね、口コミで見るのは補充のスピード」
「……補充?」
「食べ放題って、補充の速度で結構変わるんだよ。品切れしてたり、乾燥しちゃったり」
リサは画面を指で拡大する。
「ほらここ、ライブキッチンあるでしょ。焼きたて出るから強いかも」
「強い……」
「あと、季節のフルーツ変わるとこ。仕入れしっかりしてるから」
マサキは完全に聞く側になっていた。
知らない。
レビューの見方も。
店の選び方も。
どこを見るのかも。
リサは楽しそうに話しているのに、自分だけ置いていかれてる感じがした。
(オレは何も知らないで誘った……)
その感覚が、静かに沈む。
でも。
「マサキくんは、どれ気になる?」
リサが身体を寄せてくる。
肩が軽く触れる。
ふにっと胸が腕へ当たり、すぐ離れた。
「あ、ごめ」
「……いや、大丈夫」
マサキは体を少しずらす。
リサは今度は近づき過ぎずスマホだけを寄せてきた。
スマホ画面はマサキにも見やすい角度になっている。
「オレは……」
画面を見る。
ホテル。
フルーツ。
クレープ。
広い店。
全部、<マサキでも行きやすい条件>だった。
胸の奥が熱くなる。
「……この店」
「お、やっぱそこ?ここクレープ注文してから作ってくれるし、しかも皮パリなんだって」
リサが嬉しそうに笑う。
その拍子に、机へ乗り出した身体が揺れる。
「……よく見てるな」
「えへへ、まぁねー。食べるの好きなんだもん」
得意そうに肩を揺らすと、胸が小さく揺れる。
マサキは目を落とした。
自分は、<リサを楽しませなきゃ>ばかり考えていた。
でもリサは、最初から<二人で楽しめる形>を探していた。
(……かなわない)
店を探す速さも。
見る場所も。
自分はまだ、調べて悩んで止まってばかりだ。
でも、ここで落ち込んで終わるのは違う気がした。
せっかく誘えた。
リサも楽しみにしている。
なら。
(……当日、巻き返すしかないか)
マサキはもう一度、画面の店情報へ目を戻した。
◇ ◇
約束の前日の夜。
マサキは自室の鏡の前で、三回目の着替えをしていた。
黒のパーカーを脱ぎ、白シャツに替える。
なんか気合い入ってる感じがして、また戻す。
結局、暗めのカーディガンへ落ち着きかけて、また悩む。
(……いや、地味すぎるか)
鏡を見るたびに、「頑張ってる感」と「何も考えてない感」の中間が分からなくなる。
ベッドの上には脱いだ服が積まれていた。
スマホには、メモアプリ。
『改札出たら右』
『ホーム階段近い車両』
『店まで徒歩7分』
『先に受付』
『寒くないか聞く』
その下には、不自然なほど丁寧な言い回しが並んでいる。
『疲れてないか?』
『なんか飲むか?』
『座る?』
『歩けそうか?』
読み返して、マサキは顔を覆った。
(きしょい……)
なんでこんな台本みたいになっているのか。
しかも、読むほど不自然になる。
スマホを伏せ、ベッドへ倒れ込む。
けれど数秒後には、また起き上がっていた。
目的地までの経路も、出口番号も、電車の時間も、徒歩ルートも、ホテルの入口も、全部もう見ている。
なのに不安だった。
(待たせたら終わる)
リサは多分、本当に気にしない。
ただ、自分が嫌だった。
誘った側なのに、何もできないままだけは嫌だった。
マサキはスマホをスクロールする。
店の写真。
クレープ。
果物。
窓際席。
そのままふと、何度も浮かんでいる映像が混ざった。
リサが、クレープを持って笑っている。
『おいしー』
そんな声がまた勝手に再生される。
肩へ落ちる長い髪。
楽しそうに細まる目。
笑うたび、小さく揺れる胸。
「……」
マサキは無言で口元を押さえた。
緩んでいた。
(……寝るか)
そう思ったのに。
結局、もう一回だけ経路確認を開いた。
◇ ◇
駅前は、休日特有の少し緩いざわめきが漂っていた。
平日なら通勤や通学の人波が同じ方向へ流れていく場所なのに、今日は買い物袋を提げた家族連れや、手を繋いだカップル、キャリーケースを転がす旅行客がそれぞれ別の速度で歩いている。
駅前広場の端では小さなイベントでもやっているのか、遠くでマイクの音が響き、そこへ人の話し声や電車の到着音、改札を抜ける足音が重なっていた。
夏の熱が少し抜けた風は涼しく、駅ビルのガラスへ柔らかい光が反射している。
その全部が混ざる中で、マサキだけが妙に落ち着かなかった。
待ち合わせの三十分前。
早く着きすぎた、という感覚はない。
多分、リサもこのくらいには来る。
実際、これまでもそうだった。
お互い、「待たせたくない」が先に来る。
だからマサキも、半分当然みたいな感覚でここへ来ていた。
マサキは改札前から離れた柱の横へ立ちながら、もう一度周囲を確認する。
改札位置。
人の流れ。
ベンチ。
出口方向。
コインロッカー。
混雑具合。
リサが来たあと、どこへ立って、どの流れで改札へ向かうか。
ここなら合流しやすく、人波にも飲まれにくい。
スマホを取り出し、電車の時間を確認する。
目的地までの乗り換え。
ホーム位置。
出口番号。
全部、昨夜確認している。
見なくても言えるくらいには、もう頭に入っている。
なのにまた見る。
(……落ち着け)
マサキは小さく息を吐いた。
黒寄りのカーディガン。
白のインナー。
暗すぎない色のパンツ。
鏡の前で何度も着替え直した服。
スマホで時間を見る。
その時だった。
「あ」
顔を上げる。
ほぼ同時に、向こうも止まっていた。
「マサキくん」
リサだった。
その瞬間、マサキの思考が一回止まる。
白系の薄手ニット。
柔らかい生地が身体へ自然に沿っていて、学校の制服とは違う輪郭を作っている。
下は黒のミニスカート。
膝上で切られた裾から、細い脚がまっすぐ伸びていた。
初秋の風が吹くたび、スカートの端が小さく揺れる。
今日は少し涼しいし、多分、本人だって分かっている。
なのに、その格好で来ている。
(……寒くないのかよ)
そう思う。
髪も、服も、メイクも、いつもの学校とは違う。
気合いを入れている、というほど露骨じゃない。
でも、<今日は特別に出かける日>なんだと分かる格好だった。
マサキと会う時のリサは、たまにそういう雰囲気を纏う。
制服の時より大人っぽくて、でも、どこか浮かれた感じも隠れていない。
それが全部こちらへ届いてしまうから、余計に落ち着かなくなる。
肩へ流れた髪も、今日は毛先が軽く巻かれていた。
歩くたび、ふわりと揺れる。
薄く色づいた唇。
笑う前に緩む口元。
柔らかく細まる目。
駅前の人混みの中でも、自然に目へ入ってくる。
実際、近くを通った男の目が一瞬だけリサへ向いていた。
しかし、本人は全く気づいていない。
マサキだけが、その光景ごと見てしまっていた。
ニット越しの胸元も、呼吸に合わせて柔らかく上下している。
歩いてきた勢いの余韻みたいに、たゆ、と小さく揺れた。
そのたび、生地がわずかに引っ張られる。
細い身体。
でも胸だけは妙に柔らかく目に入る。
マサキは目を逸らそうとして、失敗した。
(……可愛すぎるだろ)
思った瞬間、自分で一瞬引く。
けれど否定もできなかった。
リサが目を丸くする。
「マサキくん早いねぇ、相変わらず」
「……リサも」
「えへへ、楽しみでさー」
その笑顔で、さらに止まる。
(……やばい)
評価くれるのメチャクチャ嬉しいです(^▽^)





