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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
文化祭当日 編

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101/111

文化祭1日目 ~見つけた景色と拾った嫉妬1~'

 文化祭の校舎棟、その端の特別教室。

 そこは他の出し物に比べると、人通りが少なかった。

 入口に貼られているのは、


『ロボット部展示』


 の文字。

 派手な装飾も、呼び込みもない。

 教室の中には工具箱や配線、ノートパソコン。

 机の上には途中まで組まれた部品が並んでいて、空気は完全に<文化部の部室>だった。

 マサキは何気なく足を止める。


「入るの?」


 リサが隣で首を傾げた。


「……ちょっと気になる」


「へー、珍しい」


 そう言いながら、リサも一緒に教室へ入る。

 その瞬間。

 ロボット部員たちの空気が止まった。


「……え」


「如月さん?」


 部員の誰かが、思わず立ち上がりかけた。


「マジで?」


 学校内でも目立つ存在。

 しかも読者モデル。

 その<可愛い女の子>が、ふつうに展示教室へ入ってくるだけで、空気の密度が変わる。


 顔立ちは整っていて、立っているだけで視線が集まるタイプなのに、本人はそれを気にしていない。

 リサはそんな視線の変化に気づかないまま、展示スペースの中央を見る。

 その動きで、軽くスカートの裾が揺れる。

 動きそのものは何気ないのに、やけに目に残る。


(……ほんとに、目立つな)


 マサキはそう思ってから、すぐロボットへ視線を戻す。


 そこにいたのは、オレンジ色のロボットだった。

 六本脚。

 金属フレームむき出しの構造。

 脚の関節が細かく分かれていて、蜘蛛みたいにも見える。


「うわっ」


 リサの目が一気に輝く。


「なにこれ、すごっ。ちゃんと歩いてる!」


 前へ出ると、肩のラインが少しだけ動く。

 その仕草だけで空気が軽く揺れるように見える。

 ロボットは非常にゆっくりだが、床を這うように前進していた。

 かしゃ、かしゃ、と機械音を鳴らしながら脚が動く。

 しかも途中に置かれた木の板へ差しかかると、そのまま前脚を持ち上げて段差を乗り越える。


「え、登った!すごいすごい!」


 リサが思わず前へ出る。

 そのとき、長い髪が軽く揺れて、横顔の輪郭がはっきり見える。

 笑うと目元が柔らかくなるタイプの顔で、いわゆる<可愛い女の子>そのものだった。

 部員のひとりが、やや緊張しながら説明する。


「じ、自律制御で……バランス取りながら動いてます」


「自律?」


 リサはそこで首を傾げた。

 説明してくれた部員ではなく、なぜか隣のマサキを見る。


 マサキはロボットの動きを見たまま答えた。


「……自分で考えて動いてる」


 短い。

 しかし、リサが欲しかったのはそういう答えだった。

 詳しい仕組みの分からないリサにも、マサキの簡潔すぎる返答は理解しやすい。


 リサの目が丸くなる。


「え、自分で?」


「段差をセンサーで見て、倒れないように傾きを調整してる」


 リサはロボットを見る。

 それからもう一度、マサキを見る。


「なんで分かるの?」


「いや、見ればなんとなく……」


 その横で、ロボット部員が小さく頷いた。


「だいたいそんな感じです……」


「ほぉー」


 リサは納得したあと、またすぐロボットへ視線を戻す。

 そのとき、前に身を乗り出したことで姿勢が伸びる。

 スタイルの良さが嫌でも分かる立ち方になっていたが、本人は完全にロボットに集中している。


「めちゃくちゃ未来じゃん」


 ロボットは相変わらず、

 かしゃ、かしゃ、とゆっくり脚を動かしていた。


「かわいいー……」


「かわいい?」


 マサキが反応する。


「頑張ってる感じ」


 ロボットは相変わらず、

 かしゃ、

 かしゃ、

 とゆっくり脚を動かしている。


 リサは完全に見入っていた。

 その横顔は、さっきまでの食いしん坊っぽさとは違って、素直に楽しんでいる<普通の女の子>の顔だった。

 それなのに、目立つ見た目だけは変わらない。


 部員たちはその様子を呆然と見ている。

 学校でも目立つ側の存在で、モデル活動もしている女の子。

 そんなリサが、自分たちの展示を目を輝かせながら見ている。

 その状況が、まだ現実感を持っていなかった。


「……なんか、普通に嬉しいな」


 誰かが小さく漏らす。

 その横でリサは、完全に子供みたいな顔をしていた。


 ◇


「VR体験、か」


 教室の一角に設置されたブースを見て、リサが目を輝かせる。

 ヘッドセットとコントローラーが並んだ簡易的な体験コーナーだ。


「面白そう」


 即決だった。

 リサはゲームが上手くない。

 運動神経がいい方でもない。

 だが、こういう体験型は基本的に全部好きだ。


「イヤな予感しかしない」


 マサキが小さく言う。


「大丈夫だって、ゲームなんだし」


 リサは軽く笑って、もうすでに列へ向かっている。


(この『なんだし』が一番信用できない)


 マサキはそう思いながらも、結局後ろに続いた。


 ◇ ◇


「うわっ、閉じ込められた!」


 リサの声がヘッドセットの中から跳ねる。


「待って待って待って、なんか来た!」


 次の瞬間、体がびくっと動いた。


 どんっ。


「痛」


 横へ勢いよく避けた拍子に、現実側でマサキの肩にぶつかる。


「ごめん!」


 謝りながら、また別方向へ身体を向ける。


「え、今度はこっち!?」


 どすっ。


 今度は背中からマサキへぶつかった。


「避けた!いまの完全に避けた!」


「オレには当たってるんだよ」


 係の生徒が笑いを堪えていた。


「うわっ!!」


 リサが横へ飛ぶ。

 身体を捻った。

 しゃがむ。

 後ろへ下がる。


 その動きの中で、しゃがんだ瞬間にスカートの裾がふわっと浮く。

 空気を含んで一度だけ広がり、すぐに重さで落ちる。

 マサキの視線がそこで止まる。


(見え……ないな)


 だが、視界には白いラインが残る。

 太ももの輪郭だけが、しゃがみの反動でわずかに見えて、すぐ消える。


 リサは見えていないものに本気で反応しているだけなのに、現実では完全に<ぶつかってくる人>になっていた。

 よけるたびにマサキへぶつかる。


「ちょ、待って怖っ!」


 リサは視界の中の何かに反応しながら、足元を探るようにキョロキョロと視線を動かす。


「なに」


 リサの体が一歩ずつずれる。

 そのたびに現実側ではマサキの方へ寄っていく。


「床崩れた!」


 リサの身体がまた一歩マサキの方へ寄る。


「あるよ」


「針いっぱいあるーっ」


 前へ倒れかけた身体を、マサキが反射的に受け止める。

 数秒後。

 マサキは片手でリサを支えたまま、もう片方の手でヘッドセットに触れる。


「外すぞ」


 そっと持ち上げた。


 視界を塞いでいたものが外れた瞬間、リサの目がぱちぱちと瞬く。

 映像の世界から、いきなり現実の教室へ戻され、焦点が少しだけ合っていない。


 そして次に、目の前にあるものを認識する。


 マサキの顔。

 ほとんど同じ高さにある目。

 すぐ近くの呼吸。


 身長がほとんど変わらないせいで、距離の近さがそのまま正面から来ていた。

 ついさっきまで目の前にあった崩れる床と針の映像が、急にマサキの顔に変わった。


 数秒遅れて、自分の体勢まで理解する。


 マサキに正面から抱き付いている。

 一気に顔が赤くなる。


「え、あ」


 言葉が追いつかない。

 リサの目が、マサキの顔と自分の腕の位置を行ったり来たりする。


挿絵(By みてみん)


 マサキは手を離しながら言う。


「大丈夫か」


 リサはまだ頰が赤いまま、ようやくマサキを見上げる。


「マサキくん、近くない?」


「ほっといたら転ぶだろ」


 避けようと思えば避けられたはずの理由も、それ以上は説明しない。

 リサが横からぶつかっても、後ろからぶつかっても、すぐ支えられる位置から離れなかった。


 リサはマサキを見てから、ふっと笑う。


「もー、過保護なんだからー」


 照れをごまかすみたいに、肩の力を抜く。

 それからゆっくりと距離を戻した。


 ◇


 廊下の端に、少しだけ暗い入口があった。

 黒布で覆われた簡易ゲート。

 その横には、手作り感のある立て看板。


『美術部 × 情報処理部合同展示

 Projection Mapping』


「ぷろ……なんとか」


 リサが看板を見上げながら首を傾げる。


「プロジェクションマッピング」


 マサキが横から読む。


「なにそれ」


「映像投影」


 リサが首を傾けたまま、また聞く。


「体験ゲーム?」


「全然違う」


 即答だった。

 リサは口を尖らせる。


「避けたり撃ったりするやつじゃないの?」


「VR引きずりすぎ」


「だって楽しかったし」


 入口の前では、情報処理部らしい男子がノートPCを開きながら調整している。

 奥は暗くて見えない。

 リサはなおも怪しそうに入口を覗き込んだ。


「で、なにするの?」


「見るだけ」


「見るだけ?」


「うん」


 リサが少し引く。


「……それだけ?」


「うん」


「地味じゃない?」


「地味ではない」


 マサキはそう言って、先に黒布をくぐる。

 リサもあとを追った。


 中はかなり暗い。

 教室の照明は落とされ、壁や床には白布が張られている。

 小さく環境音みたいな音楽が流れていた。

 映像はすでに流れていた。


「うわー」


 リサの足が止まる。

 教室いっぱいに、夜景が広がっていた。


(こういう時の顔、ほんとに子供みたいになるな)


 マサキは横から見て、すぐ視線を戻す。

 ただ、こういうときのリサが妙に<可愛い女の子>に見えるのは、たぶん事実だった。


 高い展望台から見下ろすような景色。

 無数の街灯。

 車のライト。

 遠くまで続くビル群。


 しかも映像は壁だけじゃない。

 床にはガラス越しみたいな光が映り込み、天井には満天の星空が広がっている。

 暗い教室そのものが、<夜の展望台>に変わっていた。


「え、すご……」


 リサの声が自然に小さくなる。

 壁際に立てば、本当に高所から街を見下ろしているみたいだった。

 遠くの光がゆっくり瞬く。

 夜空には流れ星まで流れていた。


「学校じゃないみたい」


 そのまま、きょろきょろと天井を見上げた。


「星めっちゃある……」


 天井いっぱいに散った光が、ゆっくり瞬いている。

 ただの画像じゃない。

 空気ごと夜になったみたいな感覚だった。


「すごいねこれ……ほんとに外いるみたい」


 リサはそう呟きながら、一歩だけ前へ出る。

 床に映った夜景の光が、靴の周りで揺れた。


「あたし、去年さぁ。食べてばっかでこういうの見たことなかった」


 去年は、もっと分かりやすく賑やかな場所ばかり見ていた。

 暗い入口の奥に、こんな景色があるなんて考えもしなかった。


 マサキはリサを見る。


「今年も食べてるだろ」


「食べるのは文化祭の基本だから」


 即答だった。

 リサはそう言いながらも、視線はまだ夜景へ向いたままだった。


 窓枠に合わせて映された街の光が、ゆっくり流れていく。

 教室の角度まで計算されているのか、立つ位置によって景色の見え方が変わる。


「あ、飛行機飛んでる」


 リサが指をさした方向を、マサキも追う。


「映像な」


「分かってるってば」


 笑いながら返す。

 でも本当に楽しそうだった。

 リサは少しだけ前へ歩く。


「これ、ずっと見てられるなぁ」


 その声には、本気で感動しているのがそのまま出ていた。


 奥では、美術部員と情報処理部員らしき生徒たちが、少し緊張した様子でこちらを見ている。

 学校でも目立つリサが、自分たちの展示をこんな反応で見ている。

 それだけで空気が少しざわついていた。

 リサはそんなことにも気づかず、天井を見上げたまま小さく笑う。


「すごいねぇ、プロなんとか」


「プロジェクションマッピング」


 ◇


 文化祭の校舎棟。

 模擬店の並ぶ賑やかな廊下を歩きながら、マサキはふと足を止めかけた。

 廊下の端。

 少し人通りの少ない方に、小さな案内板が立っている。


『鉄道研究部 ジオラマ展示』


 ほんの一瞬だけ、視線が止まる。

 線路。

 模型。

 ジオラマ。

 そういう作り込まれたものを見るのは、嫌いじゃない。

 むしろ、ちょっと気になる。

 ただ……


(まぁ、いいか)


 マサキは何事もなかったみたいに視線を外した。

 文化祭でわざわざ女の子を連れて入る場所ではない。

 少なくとも、リサが楽しむ感じではないだろう。

 暗い教室で模型を見るより、普通はもっと派手な出し物へ行く。

 そのまま歩こうとした瞬間だった。


「入らないの?」


 横から声が飛ぶ。

 マサキは足を止めた。

 リサが、さっきの案内板を見ている。


「なんか気になってたでしょ」


 マサキの動きが止まる。


「いや……別に」


「見てた」


 即答で、断定口調。

 マサキは視線を逸らす。

 たしかに見た。

 でも、本当に一瞬だったはずだ。


「行こ」


 あまりにも自然だった。

 自分が興味あるかどうかより先に、<マサキが気になってたから>で決まっている。

 その言い方に、マサキは黙る。

 リサはもう扉へ向かっていた。


「ほらー」


 軽く手招きする。

 マサキは小さく息を吐いて、そのあとを追った。


 中は少し暗い。

 照明を落とした教室の中央に、大きなジオラマが設置されていた。


「おぉー」


 リサの声が自然に漏れる。

 線路が街の中を走っている。

 住宅街。

 商店街。

 川。

 鉄橋。

 山。

 小さな街灯まで光っていた。


「すご……」


 リサはそのまま展示へ近づく。

 そして、すぐにしゃがみ込んだ。


「うわ、細かっ……!」


 スカートの裾がふわりと床に広がる。

 さっきまでマサキが気になってたからくらいの感じだったはずなのに、リサはもう普通に見入っていた。


「見てこれ!」


 小さく指をさす。


「コンビニの中まである!」


 マサキも横から覗き込む。

 ガラス越しに、小さな店員と客まで配置されていた。


「ほんとだ……」


「え、雑誌棚ある」


 楽しそうだった。

 さらに横へ移動する。


「あっ、洗濯物干してる!」


 ベランダ。

 小さなシャツやタオルが並んでいる。

 その前に身を乗り出した瞬間、リサの髪が肩から落ちる。

 光を拾って揺れる。

 マサキはその動きを見て、すぐに視線をジオラマへ戻した。


(いや、リサを見てるわけじゃない)


 言い訳みたいに頭の中で区切る。


「こんなとこまで見る人いる?」


 リサがしゃがんだまま顔だけマサキに向ける。


「リサが見てる」


「たしかに」


 そのまま、さらに奥を覗き込む。


「あ」


 声がまた変わる。


「この人寝てる!」


 小さなアパート。

 窓際。

 小さな布団。

 その中に、本当に小さな人形が寝転がっていた。


 マサキは思わず笑った。


 周囲では、鉄道研究部の生徒たちがちらちらこちらを見ていた。

 学校でも目立つ側の女子で、読者モデルでもあるリサが、数秒で出ていくどころかしゃがみ込んで細部を見ている。


 マサキは、その横顔を見る。

 自分が少し気になった展示。

 でも今、リサは自分より楽しそうに見ている。

 そのことが、なんとなく嬉しかった。

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