第5話② 名は祝福を
2026年5月末期。
熱狂都市ルカの近郊にて──
「…それで、次はどうしましょう?」
トラブルを起こした聖方教会の大聖堂から、急いで離れ、近くの街にまで逃げ込んだ夏樹とカノン。
…しかし、その後までは考えていなかったのか、カノンが困ったように夏樹へ尋ねた。
「勝手にしろ」
不機嫌そうな声で一言。
夏樹がカノンに向かって投げつける。そして、そのまま彼女に背を向けて、前へ歩き出した。
「えっ、ちょっと!?待ってください!」
カノンは慌てると、ロングスカートを風で揺らしながら走って、夏樹のあとを追いかける。
そして直ぐに彼の前に立ち塞がり…
「一人で進んだら、ダメじゃないですか!私たちもう仲間なんですよ?」
カノンが夏樹のことを咎める。
「頷いた覚えはない」
だが、夏樹からぶっきらぼうに答えが返ってきた。
それを聞いたカノンは、眉をひそめると怒ったように夏樹に言い放つ。
「何ですか…それ。私のことをキズモノにしたくせに」
「意味がわからん」
「ほら。あなたを助けたせいで私、犯罪者になっちゃたじゃないですか?そういうのをキズって…」
「…………」
カノンを無視して、夏樹は再び歩みを進めようとした。だが逃すまいとばかりに、カノンが素早くディフェンスに入る。
「って。こら!また勝手に…」
「あの時。お前、『あなたがしてくれたことですから』って言ってただろ」
「……あ」
「最初に助けたのは俺だった。つまりお前は借りを返しただけだ」
「………うっ」
痛いところを突かれてしまい、何も言い返せないカノン。
そもそもアンプールとの戦いに加勢したきっかけ自体が、自分を猛牛から助けてくれた夏樹へ恩返しするためである。
「確かにそうですね…」
「なら、もう用はないだろ」
夏樹が凍てつくような視線をカノンにぶつける。
「で、でも…ほら?私と一緒に旅をするのは夏樹さんにとっても良いことばかりですよ!」
「何の話だ」
「気になりますか!…うんうん。やっぱり一人より二人のほうが心強いですからね!それにいざって時に助け合えますし」
食いついた!とばかりに必死に熱弁を始めるカノン。
「お互いに手を取れば、人を探す効率も二倍!
…とはいえ私は殺人なんて、絶対に手伝えませんし、いくら事情があっても、そんな酷いことは止めたほうがいいと思いますけど──」
「お前の倫理などどうでもいい」
そんな言葉はもはや聞き飽きている。とでも言いたげに夏樹が吐き捨てる。しかし、カノンも負けじと話を続けた。
「…だけど、私のお姉ちゃんは軍人なので、もし見つかれば、夏樹さんが悪い人を捕まえるくらいだったら協力してくれるはずです」
「軍が動かんから、俺はここに居る」
「お姉ちゃんは別です!義理堅い人だから、他の怖い軍人さんなんかとはわけが違います」
偏見に満ちた言葉ではあるものの、自分の信用する姉なら間違いなく、困っている誰かのための力になってくれるとカノンは力説する。
「だから、私と一緒に行きましょ?」
「…そもそもお前と目的地が同じとは限らん」
「一応、私は軍の本拠地らしいジュネイスって場所を目指してるんですよ!」
「ジュネイス……遠い。お前の出身は?」
「芸術都市フラン近くの村ですね」
その答えに、夏樹が怪訝そうな顔をした。
「フラン?さっきまで居た熱狂都市は、ジュネイスから真逆だろ」
芸術都市というのは、ここから東側にある都市の名前であり、ジュネイスはそれよりさらに南東あたりに存在する場所だ。
夏樹の疑問に、カノンもまた疑問を浮かべる。
「そうなんですか?村の東らへんにあるって聞いてたから、ずっと右へ進んでたんですけど……」
すると、夏樹が一瞬、馬鹿でも見るかのような視線を送ってから、音も立てずにカノンの隣を横切った。
「…あっ。だから一人で行くのは禁止です!!」
ーーーーーーー
「わぁ〜、見てください!あそこに花屋がありますよ!」
「…………」
「ちょっと寄っていきませんか?」
街通りを歩いていると、カノンの目に一軒の小さな花屋が前のほうに見えてきた。
カノンは目を輝かせながら、夏樹の横に少し顔を出して話しかける。
「…興味ない」
「いいじゃないですか。少しくらいなら、何も変わらないですし」
「一人で行ってこい」
「ダメです。夏樹さん、その間に一人で逃げちゃうでしょ?」
察しが良いのか、悪いのか。
嫌がる夏樹を尻目にして、カノンが夏樹の腕を強く引っ張っりながら無理矢理、花屋がある場所まで連れていった。
辿り着くと店の前には長机が並べられており、その周りを囲んでいる花を植えた鉢植えが、この店の商品らしい。
「おぉ、リリーの花がありますよ!」
白い鉢植えに植えてある、赤やオレンジ色の花を指差して楽しそうな声を上げる。
「ん〜!良い香り…」
カノンは顔を花びらの近くにまで持ってくると、右手で軽く仰いで匂いを嗅いだ。
「リリーと言えば、白のイメージが強い花ですけど…ここの店は他の色も多いですね。ほら、夏樹さんも嗅いでみますか?」
正面に置いてあるオレンジ色のリリーの周囲を見渡しながら感嘆の声を上げると、カノンが気づいたように夏樹のほうへ振り向き、匂いを勧めてくる。
しかし、夏樹は無言のままそっぽを向いた。
「もう、冷たい人ですね…」
そのまま、カノンが他の花も見物しようとすると──
「あらあら、お客様ですか?可愛いらしいですわね」
テーブルの奥から女性が姿を現した。
「あ、こんにちは!カノン・エーデルスです」
「うふふ。いきなり挨拶だなんて、真面目ですわね」
ピンクと白のボーダー服の上から、白いフリルの髪飾りとエプロンを着込んだ、20代くらいであろうか。 この花屋の店員らしい彼女は、独特の話し方をしながらカノンに話しかける。
「何かお探しですの?」
「いえ…たくさん素敵な花があるな。って思って少し見ていたんですよ!」
「褒めていただけるなんて、光栄ですわね」
嬉しそうに、口に手を当てて優しく微笑む女性。
「それにしても、本当に素敵です…あのアネモネとかも八重咲きで凄く珍しいですよねー」
カノンの視線の先に青い花が映る。それは八重咲きと呼ばれる花びらが幾重にも重なった形状で、構成されており比較的貴重なものであった。
その言葉を聞いた女性が、首を傾げる。
「やえ…ざき?」
「え?えっと……」
「あぁ、ごめんなさい。私、新人で、花にあまり詳しくないの。無知ですわね」
彼女は入ったばかりの店員で、まだまだ花のことを知らなかったらしく戸惑いを浮かべた。
花屋で働いているのだから、てっきり何でも知っていると思い込んでいたカノンは、それを聞いて一瞬意外そうな顔をするも、直ぐに頬を緩める。
「そうだったんですね!なら、私がいっぱい教えてあげますよ!」
客と店員である関係など直ぐに忘れてしまい、嬉しそうな顔で、自分の知識を話せるだけ話そうとカノンが前のめりになった。
そのまま近くの花を指差して、解説を始めようとするが。
しかし…
『───いい加減にしろ!!』
カノンの隣に居た夏樹が、怒号を響き渡らせる。
そして彼女の胸ぐらを掴むと、鋭く尖らせた眼光で、カノンのことを突き刺すように睨みつけた。
「お前と無意味に過ごしている時間なんざ、俺にはない。大した用がないなら、もう行くぞ!」
少しだけだったはずが、放っておけばおくほどに伸びていきそうな寄り道に痺れを切らしたらしく、怒りを滲ませて吐き捨てる。
「第一、花如きが何の役に……なんだ?」
だが、夏樹の言葉が途中で止まってしまった。
その隣で、衝撃を受けたように自分の顔を凝視している女性の姿に気づいたからだ。
「俺に、何か用か?」
「…いえ、驚いただけです」
不審に感じた夏樹が尋ねると、女性は視線を逸らす。そして、顔をしかめると夏樹に向かって告げる。
「うるさく、騒がしく、喧しい。……その子、可哀想ですわね」
憤怒の形相を浮かべる夏希に対して、怒りの言葉を投げかけるのと同時に、女性が別の方向に顔を向ける。夏樹もまた視線を元に戻すと──
「…あ、え…ふぇ?」
夏樹の眼前で混乱に思考が追いつかず、目に涙を滲ませるカノンの姿がそこにあった。
「…大丈夫ですの?悲しそうですわね」
「い…いやべ、つにぃ、うっ」
ショックを受けたようで、強張った顔とともに、細まった瞼の下から次々に涙が溢れ出す。
カノンの赤く染まった頬は怯えに震えていて、鼻水が鼻の奥から迫ってきているようだ。
悲しみで声帯を閉まらせて、まともに声を出せなくなりながらも、嗚咽いて何とか話そうとするカノン。
「…鬱陶しい。直ぐに泣き喚きやがって」
それを見て、夏樹が忌々しそうに舌打ちする。
「だから、お前みたいなやつとは居たくない」
「ちょっと!それ以上は止めなさい!!ありえないですわね!」
女性が軽蔑の眼差しを夏樹に送った。
しかし、夏樹はそんな彼女たちのことすら無視すると、花屋から去ろうと歩き始める。
「……最低ですわ」
一人、呟く女性。
「ねぇ、あんなクズの言うこと、間に受けちゃ…」
何とか励まそうと、カノンに視線を送る女性だったが…
「──だ、だめ!一人は!」
その時。カノンは既に去ろうとする夏樹の肩を掴んでいた。
「……いい加減、離せ!!」
「いやです!らって、…わたしと、夏樹さんは、仲間なんですから!だかりゃ」
振り返った夏樹の顔を、赤く腫れた瞳で見つめながら見上げて、掠れた声で必死に訴えるカノン。
それに、夏樹の目が大きく見開かれる。
「がってに…んっ、勝手にいくのはだめ!」
「まだ言ってるのか?違うって言ってんだろ!」
「違わない!仲間です!だから夏樹さんのこともひとりにはしません!!」
周囲からの不審がる視線を一身に浴びながら、カノンは街道の中で大声を出して宣誓した。
「お前…本気で頭がおかしいぞ」
夏樹が表情を引きつらせながら、真顔になる。
「仲間、仲間って。壊れたみたいに言い続けて、お前には何が見えてるんだ?俺のどこが仲間に見えた?」
どこまでも冷たい目で、見下すように夏樹は罵った。その漆黒の双眸の奥は、深淵のように深々としていて、見る者に恐怖をも抱かせる。が…
「──そんな理由、いくらでもあります」
その瞳を、涙ぐんだ目で真っ直ぐに見据えて、カノンが夏樹へ言い放つ。
「…最初に夏樹さんは私と同じ犯罪者で、あと私と同じ人探しが目的で」
「はっ、その程度で仲間扱い?お前。やっぱり頭のネジが…」
「違いますよ。それだけじゃないんです」
喉の奥から溢れそうになる嗚咽もぐっと堪えて、嘲笑を含んだ言葉にも負けじと身体を奮い立たせた。
「私は知ってますもん。さっき自分のことを話してくれた時。…ううん、多分初めて会った時には気づいてました」
カノンは宿る記憶を遡っていきながら、数時間前に会った時のことを思い出す。
「私たちには二人だけの、他の誰にもない共通点があるんです」
外からから見れば性格など真反対の二人だが、それでもカノンは、自分たちが仲間であると確信していた。
それはカノンが夏樹と知り合ってから、彼に感じるシンパシー。
「だって、夏樹さんは…私と同じで」
『───ひとりぼっちだから』
…静寂が訪れる。
永遠にも思えるほど、二人の間を渦巻く時間が止まって見えると。
「……………あ?」
夏樹がそう困惑の息を漏らし、固まった。
「私…村を出てから、ずっと一人だったんですよ」
「…………」
「初めて外に来て、知らないものばかりの世界はワクワクしましたし、優しい人も多くて嬉しかった」
そんな夏樹をよそにして、カノンが小さくぼやき始める。
出てくるのは前向きな言葉ばかりであるが、声には微かな震えが含まれている。
「でも結局、どこを見ても一人ぼっちなのは私だけ。それが嫌で、ちょっとだけ悲しくて…」
太陽の光に照らされる濡れた瞳は、切なさを感じさせながらも、カノンが見つめる先に映るのはただ一人。
「だから、夏樹さんとは仲良くなれそうな気がしたんです。私と似たところがたくさんあったから」
夏樹が絶句する。
この女は何を言っている。
自分がこいつみたいな弱虫と同じところがあるなんて、ありえるわけがない。と…
「…俺はお前とは違う。自分のためなら平気で人だって」
「何も違わないですよ。だって、私と同じで寂しそうにしてるじゃないですか!」
しかし、負けじと叫び立てるカノンは、夏樹のどす黒い眼の奥すらも見通すかのように、確信じみた意志を秘めていた。
「もちろん…私は夏樹さんの全部を知らないですし、夏樹さんも、私のことは全然知らないままだと思いますけど……
それは、これから仲良くなっていけばいいだけですし、今大事なのは私たちが同じひとりぼっちだってことです」
そうカノンが迷うことなく言い放つ。
「一人はすごく辛い。私も一人だから、その気持ちは分かります」
「…だから、お前の孤独を埋めるために、俺が隣に居ろと?」
「いえ!私も寂しいですけど、夏樹さんのことだって私は心配なんです。…もし、ここで自分と似た人が困っているところを見捨てたりなんかしたら、多分…明日起きた時の目覚めが悪くなっちゃいますから」
力なく笑うカノン。
夏樹はそんな彼女に怒りに近い何かさえ覚える。まるで、この自分を理解した気でいるようなカノンの言葉がいちいち不快でたまらない。
こんな独善的な考えに耳を貸す価値なんてあるのか。
「せっかく、広い世界の中…一人ぼっちの仲間どうしで出会えたんです。これから二人で居れば、きっとお互いの寂しさも吹っ飛ばせますよ!」
なのに、カノンの目は不思議と、遠くの理想を語りながらも、夏樹のことを見ている。
「そういうわけで、私は夏樹さんと一緒に旅をします!拒否権なんかないですからね!」
…違う。これはきっと彼女の優しさなのだ。
自分のためとも宣っているが、それだけでは明らかに説明がつかない。
カノンは自分の孤独を埋めることを望んでいながら、おそらくは夏樹の孤独が埋められることもまた、望んでいるのだろう。
自分以外の誰かにも幸せになって欲しい。
それがカノン・エーデルスという、純真な理想論を抱いた人間の本質。
「……やっぱお前、どうかしてるな」
それを嫌でも察してしまった夏樹がぼやく。
「お前と俺は仲間じゃないし、一緒に行動したくもない。俺にいちいち付き纏ってくるのも気持ち悪い」
「酷いこと言ってもダメです。どんなに突き放されても、無視はしてあげません」
無垢が故の、どこまでも強引な思いやり。
ぷりぷりと怒った顔をするカノンを見て、夏樹はもはやカノンを引き離すことは不可能だと悟った。
…あるいは、無理やりにでも突き飛ばして、走れば逃げられるかもしれないが。
「──!」
しかし、夏樹がカノンの寂しさと希望に満ち溢れたどこか儚ない顔を見ていると、何故だか凍てついた心に一筋の迷いが現れる。
だからなのか…夏樹は苦渋の表情を浮かべながらも、今だけは選んでしまった。
「──俺は仲間など作らない」
「そんなこと言ったって、夏樹さんは…」
「だが!」
突然、自分の言葉を遮るようにして放たれる大声に、カノンが身体を一瞬だけ揺らす。
そして彼女が気づくと、夏樹は心に複雑な感情を含ませながらも、カノンをすでに見つめていた。
「また泣かれても、鬱陶しい」
夏樹は気分を害したとでも言いたそうに吐き捨てる。
しかし──
「…花くらいは見てやる」
そんな言いたくもない言葉を口に出してしまう。
一瞬、理解が追いつかなくて身体を硬直させるカノン。
夏樹が出した結論は、自分が求めていた結果であるのにも関わらず、彼女自身も心のどこかでは信じきれていなかったのか。
カノンが目を大きく見開いて丸くすると…
「───っっ!」
言葉を飲み込んだのと同時に、頬が思わず緩んでいき、そして。
「そう来なくっちゃ!」
嬉しさのあまり叫び出したい気持ちを乗せて、満面の笑みを夏樹へぶつけるのだった。
一方、その頃。
「…なんで、あんなクズが。ありえない、ありえないですわね」
夏樹とカノンの揉め事を静かに見物していた花屋の女性が、ショックを受けた表情で悲痛な声を上げていた。
理由は分からないながらも、何故か取り乱している今の彼女は明らかに普通ではなく、無意識に二人のほうへ歩いていこうとしたが。
すると、店の奥の扉が開いて、誰かの声が聞こえる。
「おーい"リチーナ"!外で騒がしい音がしたが、何かあったのか?」
「あぁ、店長。なんでも…ありませんわ」
扉から顔を半分だけ覗かせた小太りの店長に、リチーナと呼ばれる彼女はすぐに正気を取り戻すと、はっとした様子で返事を返した。
「そうか。悪いが店の中を手伝ってくれないか?色々と運ぶ物が多くてな」
「……えぇ」
救援を求めてきた店長に向かって、それだけ告げると。
リチーナは店の中へ戻りながら後ろを振り向き、笑顔を浮かべるカノンに向かい合う、困惑した様子の夏樹へ憎悪に近い何かを込めて、自問自答するように呟く。
「あんな悪人にさえ手が差し伸べられるというのなら、どうして⬜︎は──」
……………
「あれ。さっきの店員さんは、どこに行っちゃったんでしょう?」
一時的に夏樹と和解したことで、有頂天になりながら店の前へと振り向いたカノン。
だがそこには、さっきまで居たはずの女性の店員が立っていない。
「…帰っちゃったのかな。花のことを教えたかったのに」
カノンが少し残念そうに顔を曇らせた。
しかし、今は夏樹との約束を優先することに決める。
「仕方がないので、今は夏樹さんだけですけど、いーっぱい紹介してあげますね!」
「紹介って何を」
「花の名前とか、意味とか…?」
「…………?」
ピンと来てない様子の夏樹を見て、カノンの脳裏にまさかという予感が過ぎる。
「そもそも夏樹さん。花ってどういう理由で売られてるかって知ってます?」
「…食うのか?」
的外れな夏樹の答えを聞いて、「思った通りだ」と。カノンが呆れた。
「食う、って…そんなわけないじゃないですか?」
花屋を食料品店か何かだと思っていそうな夏樹に、カノンの突っ込みが入る。
けど大して興味もなさそうに、変わらずの仏頂面を続ける夏樹。
「花はですね。愛でたり、大切な人に送るものなんです」
カノンは前のめりになって力説する。
「意味あるのか。それ」
「いくらでもありますよ!例えば、ほら」
カノンが顔を横に向けて、釣られて身体も動かしながら、近くの机の下に置かれている黄色いトーチ状の花穂から白い羽のように小さな花弁を飛びだす花を指差した。
「これはパキスタス・ルテアですね!普段は温かい場所に咲く小さくて可愛らしい花で、なんだか小鳥のお花さんって感じがして、すごくキュートなんです」
目を細めながら輝かせて、カノンは頬を綻ばせる。
「ちなみにルテアには「美しい娘」や「飾らない心」って意味があるんですよ」
「意味はあっても、意味がわからん」
「あはは、こういうのは"花言葉"っていうんですけど、私もよく分からないですね〜」
苦笑いを浮かべるカノン。
花の名前や特徴はたくさん覚えていられるが、意味の由来は全てに明確な記録が残っているわけではないため把握しきるのは難しかった。
「でもきっと、昔の人がこれを見て、美しい娘だなぁなんて思ったんでしょうね」
うんうん。と感慨深そうに頷く。
その隣で夏樹は「お前と同じ変わったやつだったんだろうな」と心の中でこっそり呟いた。
「夏樹さん…何か失礼なこと考えてません?」
「知らん」
「あれ、気のせいかな……って。これはまさか!」
夏樹の些細な顔の変化に、一瞬悩むようにして唇に指を当てたカノンが視界の端に、また別の花を捉える。
それは粒々とした緑色の球体に刺が生えた草のようなもの。
「熟れる前の苺みたいな見た目。間違いないですね…エキナセアです!」
カノンが叫び立てた。
「北方区域だと花屋で売ってるのは珍しいって聞いていたんですけど…」
「……草?」
「いえ、れっきとした花ですよ!別名ムラサキバレンギク。ただ咲くのが夏なので今は緑色です」
「よく見分けがつくな。雑草にしか見えん」
まだ花が咲いてすらいないのに、それでも名前はピンポイントで当てられるカノンに、夏樹は花に興味などないのに驚いてしまった。
「私の夢覚もそうなんですが、花のことが大好きなんです。あ、これの花言葉は「あなたの痛みを癒します」っていって…」
カノンが思い出すように声を漏らす。
「薬にもなることから来た意味だと思うんですけど、花が咲くとグラデーションのかかった花びらになり、それが蕾と合わさってグレープフルーツみたいで…食べたら結構美味しそうなんですよ〜」
カノンは花を前にして浮かんでくる想像に、目と口を緩ませた。
「…やっぱ食いもんじゃないか」
「ま、まぁ実際お茶とかにも使われてますし、そういう花もあるってことですね!」
夏樹が疑うような目で見てくるが、すぐさま我に返ったカノンが笑って誤魔化す。
ルテアがお茶の葉っぱになるのは嘘ではない。
だが、それでも夏樹は詭弁だと。信じていないみたいで、横目でカノンのほうに視線を送ってきた。
そんな夏樹に、少しだけカノンは気まずさを感じて──
「…そういえば夏樹さんの誕生日っていつなんですか?」
ひとまず話を変えるようと、なんとなくずっと気になっていた話を夏樹に振ってみる。
すると、どうしてか眉をひそめる夏樹。
「何故だ」
「んー。これから一緒に旅をするんだったら、いつまで続くか分かんないし、そのうち誕生日が来ちゃうかもしれないじゃないですか」
そうカノンが笑いかける。
「そういう時に花とか、何かプレゼントを渡せるようにしておきたいなって」
「要らん。そもそもお前とは…」
「まぁ、そう言わずに!あ、なら今は何歳ですか?」
カノンの好奇心からか次々に繰り出される新たな質問に、夏樹は一瞬考えた表情を浮かべた後に困った顔を浮かべた。
「…覚えてない」
小さく漏らされる声。
カノンはてっきり、また夏樹が適当なことを言っているのかとも思ったが、彼の呆気にとられた様子を見るにどうやら本気で覚えていないらしい。
少し面食らったものの、むしろこれはチャンスだとカノンは考える。
「珍しいですね。まさかそんな人がいるとは…じゃあ私が数えてあげるので、生まれた年を教えてくださいよ!」
ちょっぴり悪い顔をしてカノンが夏樹に尋ねる。
意地でも夏樹の誕生日を知りたいらしいカノンに、夏樹は嫌そうな顔をするが、やがて思い悩んだすえ、観念したようにぼやく。
「──2009年の6月31」
自分が誕生した生年月日。
たとえ年齢を忘れても、自分の幼い頃のこびりついて離れない記憶から、夏樹がそう告げると、カノンは10本の指を折りたたみながら空を見上げて計算を始める。
「2009年、6月31日。……えっ?…ってことは今16歳!?私と同い年じゃないですか!!」
導き出された答えに、心底驚くカノン。
「…そうなのか」
「はい!私は夏樹さんより一年遅いんですけど、2010年の3月3日に生まれたんです!」
どうでもよさそうな声の夏樹とは正反対に、カノンが嬉しそうに声を上げる。
まさか夏樹と自分が同じ年齢だとは、思っても見なかったのだ。
「というか、夏樹さんの誕生日まであと1ヶ月もないんですね」
「それまでにお前と、おさらば出来ていればいいがな」
「んー、どうでしょう?それにしても……そっか。同い年、ふふ」
「……なんだ?」
「いえいえ」
気味悪がってくる夏樹へ、カノンが微笑む。
「じゃあやっぱり…私たち、似たものどうしですね!」




