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忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
序章 僕と君の三千世界
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第5話 夢覚

 夢覚(リライブ)とは何か?それは人の願いから生まれる特殊な能力のことである。

 

 人は多かれ少なかれ誰しも願いを持っている。しかし、ただの願いで夢覚(リライブ)は目覚めない。本人の体質や才能にもある程度は依存するが、基本的に願いの強さが一定の基準値を超えることで初めて…願いの具現化。すなわち夢覚(リライブ)が宿るのだ。

 ──そして、それこそこの世界の人々が夢覚者(むかくしゃ)と呼ばれる所以でもある。


 世界が統一される前の時代。夢覚(リライブ)を持った人間の数=その国の兵力そのものであり、戦争を行う上で、強力な戦力として各国からその存在が重要視されて来た。

 人間は二つの存在。夢覚(リライブ)を持つ「夢を覚えし者(リライバー)」と、持たざる「夢から覚めし者(ルーザー)」に分けられており、特にルーザーの立場は極めて低く、奴隷のような扱いはもちろんのこと、強制的に夢覚(リライブ)を目覚めさせる実験や捨て駒として使用され、その人権は無いに等しかった。


 ところが80年前、戦争が終結し世界がまとまったことで状況は一変する。ある程度の平和が保障されるようになり、人は夢覚(リライブ)を持たずとも生きていけるようになった。極めつけは映像技術や電波回線といった科学の発達である。

 これにより、テレビや電話などが台頭し始めて、情報の伝達速度が爆発的に高まった。それに加えて、携帯型写映機といった誰でもテレビ画面で自身の番組を放送、或いは視聴できるようになる魔法の道具が登場したこともあり、老若男女身分問わずに人々は自身の存在を世界に向けてアピールし始める。

 

 …だが、それが夢覚者(むかくしゃ)たちの世界をがらりと変えてしまうのだった。

 そもそもとして夢覚(リライブ)は戦争の道具などでは無く、人々の具現化された夢に過ぎないのだ。しかし携帯型写映機の登場で、短時間の間に様々な立場の人間を観測できるようになったことで、人々は自身の限界を知ってしまった。目指す夢の先にいる、手が届かない程に格上の人間、或いは夢を目指した末に落ちぶれた人間…

 要は皆現実を知ってしまったのだ。夢は決して叶うことはないという現実を。その影響により夢覚(リライブ)を持つ人間は減少し、かつては所有していた者が夢覚(リライブ)を失うことも珍しくはなくなった。そうしてすでに入れ替わりつつあったリライバーと、ルーザーの立場は完全に逆転してしまう。

 次第に自身を「夢から覚めし者(ルーザー)」ではないと主張し始めた人々。やがて、夢覚者(むかくしゃ)は人類全てを指す者ではなく、叶いもしない夢を未だ見る敗北者(リライバー)を指す言葉となった。

 

 すなわちこの現代で夢覚(リライブ)を持つ人間は、夢見がちなだけの愚か者なのである。


 




ーーーーーーーーー


「夢覚(リライブ)<花天>」


 カノンの身体から光が溢れ出し、周囲に色とりどりの花が咲き乱れる。

 

「貴様も、夢覚者(むかくしゃ)であったか!小娘!」


 右手で夏樹をぶら下げながらも、アンプールは驚愕に目を見開く。まさかこんなにも小さく弱々しい小娘が自身と同じ力を所有していたとは夢にも思わなかったのだろう。


「…その人を、離して下さい」


 いつものたどたどしい様子は何処へ行ったのやら。決して目を背けずにアンプールの前に立ちはだかるカノン。衛兵たちは巨大な棘のある花に囲まれて近づくことは出来ない。


「それは出来ん!!この逆賊は我が誇りに傷を付けた!」


 アンプールは決して退かず、その身体は依然として巨大なままだ。目には憎悪にも近い感情が宿っており、もはや守護騎士としての矜持すら感じられない。


「此奴の肩を持つのであれば、小娘と言えど夢覚者(むかくしゃ)…容赦はせん!」

「私はただ、恩を返したいだけです!」

「ならば…死ねィィィィィ!!!」


 アンプールの左腕から、空を裂くかのようなブローが繰り出される。しかしカノンはその瞳を揺らすことなく…

 

「ー触れないで(オニアザミ)」


 カノンの前に現れたのは赤紫色の花の集合体。オニアザミと呼ばれる花だ。

 花の下の蕾にはびっしりと棘が揃っており、茎には刃と見紛う程に鋭い葉を持っている。ただし、大きさは通常に比べ、肥大化したアンプールの拳に並ぶ程巨大であった。


「これは… 」


 凄まじい勢いで放たれた拳が、花にめり込んだところで止まった。いくら自身の鍛え抜かれた鋼鉄の肉体に劣るとはいえ、決して柔らかくはない肉の鎧でも貫通ができなかったのだ。


 しかし、アンプールはすぐに理由を悟る。花から拳を引き抜いて、すぐに見たのは、穴が開いて血を流す自身の拳であった。

 オニアザミの花の下に生えていた棘がアンプールの肉の鎧を止めて刺し貫いたのである。


 ありえない。ただの花のどこにこんな力があるのというのか…アンプールは完全に見誤っていた。「鬼」と称される程に危険なこの花を、そしてそれを使役する目前の女(カノン)を!!

 

 カノンの夢覚(リライブ)<花天>は一度でも見たことのある花に染まる能力。

 言うなれば自身の身体を媒介として記憶にある花を呼び出す事ができるのだ。

 前提条件として、より本物に近く染まるためには視認以外に花そのものへの理解を深める必要があるものの、サイズや呼び出せる量にはカノン自身の許容量を超えない限り制限はない。 


 本来ならば、これといった危険性はない能力であるが、カノン自身が元来持っていた素質。何より幼少期から、姉が世界中で集めて来た花々で生み出された花畑の世話をしていたこともあり、カノンは最大限にそのポテンシャルを引き出す事が出来ていた。


「なんという頑丈で…凶悪な防壁よ。しかし守るだけでこの吾輩はやれんぞ!」


「気高い貴婦人(リュウゼツラン)」


 カノンの右腕を覆うようにして開いた葉の中心から、螺旋を描き伸びた鋭い茎が生え、その側には黄色い花が咲いている。


「めでたいですね!数十年に一度しか咲かないリュウゼツランの花ですよ」


 そのまま、飛び上がり鋭く尖った茎の先端から刺突を連続で放つ。


「貴婦人の嗜み(リュウゼツラン・スイート)!」


 カノンの華奢な身体から繰り出される大した重さの籠っていない刺突。完全に武器の鋭さに任せた蓮撃ではあったが、アンプールの肉の鎧を突破するにはそれで充分だった。

 蝶のように舞えずとも、蜂のように刺す。ある種の恐怖と美しさを孕んだ攻撃。カノンが華麗に着地する頃には肉の鎧が穴だらけになっていた。


「ふざけるな!貴様も、この吾輩を愚弄するというのかぁぁぁ!!」


 過去最大の屈辱を与えられ、一層顔を紅に染めるアンプール。男なら、まだしも女などに…この才能と努力に溢れるアンプール様がいいようにされてたまるものか!

 そう身体を更に大きくし、もはや怪物となったアンプール。自分の自尊心(プライド)を守るために、誇り(プライド)すら投げ売って、最終手段に出る。


「聞けぃ!小娘!!この男がどうなっても良いのか!恩人なのだろう?傷つけるわけにはいかぬよな!!」


 右腕で掴んだままの夏樹を前に突き出し人質に取ったアンプール。カノンが何もせずに立つしかないのを見て、下卑た笑いを浮かべ…


「もう遅いです」


 直後、アンプールの右腕が斬り落とされた。


「なっ!何ィィィ!!一体何を!」


「神を尊ぶ(ヒサカキ)」


 動揺するアンプールの前に現れたのは、ーー夏樹だった。


「ヒサカキの花からはとっても臭い匂いがするんです。だからあなたを攻撃した時、夏樹さんの前に置いて来ました。気付け薬として」


 一か八かの賭けではあったが、夏樹が気絶していることを信じ行った秘策。最も既に息絶えていた可能性もあったが…神はカノンに微笑んだようだ。


 鼻をつまみながらもボロボロの身体を奮い立たせて再びアンプールの前に立つ夏樹。


「──感謝する」

「気にしないでください。あなたがしてくれたことですから」


 目は合わせずとも言葉で、自身を救ってくれた少女に感謝を告げる夏樹。自分の身勝手で関係のない人間を巻き込んだことに複雑な気持ちはあるものの、今己がすべきは…


「葉落一心流『花鳥風月(カチョウフウゲツ)』」


 描かれた複数の斬撃がアンプールを襲い掛かる。<傲慢>の能力で損傷した肉の鎧は修復できるとはいえ、右腕、左腕は使用不可。体にも複数の穴が空いていて、すぐには機能が戻らない。

 そのまま『花鳥風月(カチョウフウゲツ)』でアンプールの身体を削り続け、ついに


「見えた」


 アンプールの本体が顕になる。


「葉落一心流」


 斧を即座に腰へ添え。急いで本体を肉の鎧で隠し包もうとするアンプールへ向けて、柄を逆手で持ち…そのまま上へ斬りあげる


『木ノ葉割(コノハワリ)』


 居合の如く、抜き放つようにして放たれるその斬撃は、再生しつつあった肉ごと縦に斬り裂いた。


「この吾輩が、こんなやつらに…」


 次々に崩壊していく肉の鎧。腹から頭にかけて斬られて血を流し、「守護騎士」アンプールは砕かれた自身の自尊心(プライド)と共にようやく倒れたのだった。


「逃げるぞ!」


 一部始終を見終えると、夏樹のほうに駆け寄ってくるカノン。しかし突然夏樹に手を掴まれて、2人は走り出した。

そのまま観衆たちを押しのけて、出口を目指す。


「きゅっ、急にどうしたんですか!」

「急げ!"天聖騎士"が来れば、全てが終わる!」

 

 それから走り続けた夏樹たちが、ようやく腰を落ち着けるのは、街を出た頃だった。







「それで?聞かせて頂きましょうか。あんなことをした理由」


 にこやかに微笑むカノン…いや微笑んでなどいない。口角を吊り上げながらも、明らかに怒っている。

 夏樹も命の恩人。何より自身が巻き込んでしまった彼女には頭が上がらないのか、諦めたような表情を浮かべる。


「それには…少し、昔のことを話す必要がある」


 そう言うと夏樹は遠い昔を思い出すように自身の過去について語り始めた。


「今から八年前、俺は極東地方で暮らしていた。だがある日全てを奪われた」


 聞けば、元々北方区域から遥か遠くに位置する東方区域の極東地方で暮らしていたという夏樹。

 しかし住んでいた村を一人の男に滅ぼされたという。そいつは突然現れて村を破壊し尽くした。街の診療所、通っていた小さな学校、皆で耕した畑、それに自分の井戸。

 …夏樹自身、両親が咄嗟にリビングに置かれていた戸棚へ隠してくれたため、なんとか助かったものの、次に外に出た時彼を待っていたのは地獄であった。

 

 燃え盛る家屋、骨に成り果てていく両親、そして村長の首を掴んで何かを問いかける"隻腕を二本持った男"…


「隻腕を二本?」

「あぁ…奴には腕が四本あり、両腕とも一本だけ、欠損していた」


 目にどす黒い感情を宿し、とてつもない殺気を放つ夏樹。カノンは驚いて一歩下がったものの、夏樹の話は続く。


「俺は奴を見つけて殺す。そのために、聖方教会を探っている」

「──待ってください!それとさっきの話、何の関係が…」


 聖方教会の聖書。その一節にとある文が刻まれている。九つの鍵が再び揃いし時、契約の箱は開かれ…全人類を苦しみから解き放つ救済主が世界に降臨する、と。

 頭をこんがらせ何が何だか分からない様子のカノンだったが、夏樹は目を尖らせる。そして…


「あの時。俺の村を襲撃した奴は"鍵はどこだ?"と話していた」

「…鍵?鍵なんか、どこにもありそうですけど──」

「俺もそれが何かは知らん。だから、手掛かりを探している」

「それが聖方教会?つまり夏樹さんは、その人と聖方教会に何らかの繋がりがありそうだと。そういうわけですね」


 頷く夏樹。懐を漁り出し、一つの物を取り出す。それは教会の地下で厳重に保管されていたあの茶色い小包である。

 

「だが、俺はついに見つけた!これがやつらの隠していた秘密だ!!」


 そのまま袋が破れる程の勢いで小包から取り出されたのは一冊の本。


「こ、これは!!」


『ドキドキ♡禁断のアンビバレント(クレマノス著)』

















???????????



 …その本の中に描かれていたのは、禁欲を戒律とする教会の神父が街娘に劣情を抱き、始まってしまう。未成年お断りの禁断ラブコメディ!


「…………………」バタンッ


 即座に本を閉じ、懐に仕舞う夏樹。


「何も無かったな」

「…そうですね」


 勝手に盗み見ておきながら、即座に記憶からの抹消を図る2人。しかし、インパクトが強すぎたのか、どうやっても忘れることが出来ない。


「そもそもなんで教会に忍び込んだんです?」

「極東地方の漫画では教会の地下に秘密が隠されているのが定番だった」

「馬鹿なんですか!?」


 思わずツッコミを入れてしまったカノン。薄々勘づいていた気もするが、この少年は想像以上に阿呆だった。


「教会の騎士様を皆の前でボコボコにして…これじゃ私たちお尋ね者になっちゃいますよ?」

「…………」


 相変わらずの仏頂面で黙り込む夏樹。

 漫画を盗むためだけに教会を襲撃した少年少女など、人々の記憶から永遠に忘れられることはないだろう。


 このままでは一生、犯罪者として追われ続けてしまう。しかし…


「…ぷっ」


 暗い空気の中、カノンの口から噴き出す音が聞こえ。


『あはは!』


 ──悲観するどころか、カノンは笑い始めた。


「あ〜はっは。なんですかこれ!こんなのありなんですか?ふーふー笑いすぎてお腹が…」

「…そんなに面白いか?」

「面白いですよ!ふふふ」


 急に笑いながら、声を出すカノンに夏樹が不審者でも見るような目を送る。これの何が笑えるのだ、と。

 やがてカノンは、そんな夏樹の視線に気づくと。

 

「あは。ほら、夏樹さんも笑って…」


 カノンが振り向き、夏樹の顔を覗き込む。だが…


「──あ」


 目に映ったのは、夏樹のふてぶしさを感じさせる顔。

 自分にとっては笑えるような楽しい出来事でも、夏樹は一切笑っていなかった。

 すると、カノンはあることを思い出す。


「(…そうだ。夏樹さんって今、一人なんだ)」


 頭に蘇ったのは、夏樹がさっき話してくれた自分の過去。

 それは、あまりに現実味のない空想のような話であり、本が取り出された時の勢いもあって頭から飛んでしまっていたが、仮にその話が真実なら、夏樹は。

 

「(家族とかも、もう居ないんだよね)


 夏樹の笑顔がない顔。

 カノンはそれを見て、そんな風に考えてしまった。


 唯一の肉親である姉も消えてしまった自分と同じで、両親が死んだという夏樹を見て、カノンは──


 変わらず機嫌が悪そうに、突然笑うのをやめたカノンの様子を伺ってくる夏樹。

 彼に対し、頭を下げて考え込むように自分の頬へ手を当てると、カノンが思考を始め、少しして口を開く。


「ーよし、じゃあ決めました!」


 いきなり何かを決意したように、カノンの顔が引き締まった表情に変わった。

 大きく宣誓するように声を上げ、そしてカノンは夏樹へ面と向かう。


「夏樹さんって、復讐の相手を探しているんですよね?実は私もお姉ちゃんを探していて、お互いに人探しが旅の目的なんですよ」


 さっきまでとは関係のない話に一瞬身構えるも、唐突に始まったカノンの変化に嫌な予感を覚える夏樹。


「夏樹さんの事情はよーく分かりましたし、私も夏樹さんとは、もう少し話したいと思っていたんです」


 だが、カノンは遠慮なく言い放つと、夏樹の態度など気にする素振りもなく、自分の言いたいことを好きに話し続けた。


「何よりこれから指名手配されるなら、一人だとすぐに捕まっちゃうかもしれません…なので」


 すると、カノンが夏樹に手を伸ばす。


─『私と夏樹さん。せっかくですし、二人で旅をしませんか?』


 自分と行動をともにしようと誘うカノン。

 案の定、夏樹の予感は当たってしまった。

 

 夏樹は以前、小杉にも話した通り、旅で仲間など絶対に作りたくない。

 だからこそ、冷たい顔で答える。


「断…むぐ」

「ダメですよ?…私をキズモノにしておいて。ろくに話しないで、さよならだなんて」


 しかし、返事を言い終える前に指で口を塞がれてしまった。拒否する資格など最初からないらしい。そのままカノンは艶かに微笑んで…


「──これからよろしくお願いしますね」

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