第7話 困惑
ここはゴミ捨て場。
その内にそびえ立つ、何十年と前に本来の役割を失ってしまった倉庫の一つ。
中でダマカスに従う住民たちが、いつものように適当に無駄話をしたり、簡単な仕事をしていると……
「──はーい!お邪魔しま〜す!」
突如として、倉庫内の扉がけたたましい音を立てて突き破られた。
驚いた住人たちが慌てて、その出所に視線を送る。
すると、そこではジンが曲げた足を大きく上げて、楽しげな表情で笑っている。
「ちょっと話を聞きたいんだけど、オレの言うことを聞いてくれる人って居るかな?
「テメー、ジンか!いきなり来て何しやがる!」
「……ダメっぽい?」
その隣に立つ夏樹に向かって、ジンは困ったように顔を向ける。
当の夏樹は何を言うまでもなく、堂々と倉庫を見渡していた。
「どうしてジンがここに居る……」
「いや、あいつよく『おもちゃ』を狩ってただろ。ダマカスさんに気づいたんじゃないのか」
焦燥を浮かべつつ、小さな声でささやいて、住人は話し合う。その視線は穏やかな雰囲気でありながら、全く穏やかな空気ではないジンのほうへ。
「なら隠し通すか?」
「だが見られたぞ。ダマカスさんは、不審なやつが居たら誰であろうと始末しろって言っていたぞ」
「始末……?嘘だろ。相手はジンだぞ!?」
そんな彼らにジンはやがて痺れを切らすと、声を上げる。
「あのー?そろそろいい?」
住人たちが顔を見合わせる。
ジンの言葉を聞き、互いに頷きあうと。
「──ちっ、やるしかねぇか!」
覚悟を決めたように立ち上がって、ジンたちのほうに向かい出す。
恐怖に怯えきった表情を浮かべる彼らだったが、後には引けないとでも言いたげに、拳を構えると、戦闘の体制に入った。
「ありゃりゃ。ダメだったね」
「ふん、こっちのほうが余計な手間がかからんでいい」
夏樹はそう告げると、取り出した「諸刃の大鎌」を手に持って力を込めて、刃を露出させる。
そして、住人たちにその牙を向けるが……
「あっ!ナツくん殺しとかはダメだかんね?あまり傷つけない感じで、気絶させてくれると嬉しいかな」
「……そうか」
焦って一言添えておいたジンに、夏樹は淡々と言葉を返し、大鎌を元の形に変形させ、ただの黒い棒に戻す。
そのまま片手でバトンを扱うように握り、正面を見据えると、住人たちがすでに迫っている。
「ほぁぁ!──ぐふっ!」
すぐそこまで走っていた住人の前に夏樹は瞬く間に移動すると、額に向かって棒を強く振り下ろした。
住人は額が割れるような衝撃に、意識が飛びかけていき、その間に夏樹は倒れかけた彼の身体を壁際に蹴り飛ばす。
間髪入れずに鋭い視線を向けると、他の住人たちも次々に動き出している。
「ぐぁっ!」
「ごぉ!」
夏樹は臆することなく歩き、正面から打ち払うように棒を握って、住人たちに攻撃を仕掛けた。
耐えきれずに間抜けな呻き声を上げて、住人たちが硬いコンクリートの上に倒れ伏す。
……しかし、夏樹はさっき確認した時よりも人の数が少ないことに気づいた。
他の住人はどこへ行ったのかと振り向けば。
大多数の者たちはジンの場所に向かっており、ジンは周囲を囲まれるようにして孤立している。
住人たちはみんな戸惑った表情をしながらも、拳を正面に構えているが。
夏樹の目に映るジンに焦りは浮かんでいない。
住人たちが一斉に襲いかかる。
手の拳を握りしめて、勢いのままにジンを打ちのめそうと前に。
だが、そこでジンが静かに動いた。
「──カウンター流術『隠岐綱』」
直後、周囲を払い除けるようにして、長い足から繰り出される円を描いた回し蹴りが迸る。
ジンの全方位に対する鮮やかな足技は、向かってくる住人たちに触れる。
風を切り、空を薙ぐような一撃。
その次の瞬間……
「くうぉ!?」
拍子の抜けた声を上げる住人たち。
身体が突如として、真上に吹っ飛んでいく。
いや、それは飛んだいうよりむしろ──
「(なんだ今のは……あいつの蹴りは、身体を掠っただけのはずだ)」
夏樹が心の中で驚愕する。
その目で捉えたジンの蹴りは、大小距離に多少の違いはあれども、体の芯を押さえた一撃ではなかった。
しかし、前に突っ込んでいた住人たちは、まるでそのまま"急に方向転換"でもしたかのように、自分から身を投げ出していったかのように見えた。
「おっとと。オレ、人気者すぎじゃん」
前に足を構えて回り終えたジンが、腰を低くく屈めて笑う。
余裕綽々とした顔で一寸の隙もなく立っていると、落下して地面に落ちた住人たちが、打撲の痛みに悶えながらも立ち上がる。
そして諦めもせずに身体を抑えて、それぞれのペースで動き出し、再びジンへと攻撃を仕掛ける。
「ま、やるしかないか」
ジンが呟くと、再び戦いが繰り返された。
まだまだこの倉庫に居る住人の数は健在であり、その辺に転がるガラクタなどを持ち出しつつも、ジンを数の暴力で圧倒しようとする。
そのうちの一人が手に持った椅子で殴りかかろうとするが……
当然、観察していた夏樹もまた動く。
「ふん!」
その後ろから、夏樹の鋭い殴打が側頭部を穿ち、住人の男の意識を刈り取った。
鈍い音が倉庫内に響き渡ったのと同時、そこでようやくジンに集中していた住人たちは夏樹が敵であることを認識する。
──場は敵味方入り乱れた泥試合へ。
一人。また一人と、襲いかかってくる住人たちの急所を的確に射抜いて、夏樹が気絶させていく。
その近くでは、自分を狙ってくる者どもの攻撃を、ジンが夢覚さえ一切使わない、魔法のように不可思議な技で楽々といなす。
やがて、夏樹の周りには何人かの住人が集まってきたが、そのタイミングで。
「葉落一心流 『風月』」
ジンと同様、周囲の全てを一閃に薙ぎ払う技。
ただ、より攻撃的に人々を呑み込む風の目が如く、身体に食い込んで吹き飛ばす。
見る見るうちに住人の数は減っていく。
夏樹とジンの圧倒的な強さの前に、なすすべもなく彼らは地に伏していった。
一部の住人は攻守ともに隙がない夏樹たちを相手に遠方からガラクタを投げつけることを選んだものの、拳で跳ね返されて沈む。
夏樹たちの間に連携をしようという意識はなかったが、お互いに近接戦を基本としていることもあってか、信頼は浅くとも、技が合わせやすい。
攻撃を放ち、あるいは受け止め、暗い倉庫の中では混在していた住人たちが、各個撃破される。
それぞれが好きなように戦っていき、目に入る住人を片っ端から気絶させる。
気づくと、──夏樹とジンは大体の住人を倒し終えていた。
「ふぅ〜、終わった終わった!」
「予想より早く片付いたな」
わざとらしく汗をかいたポーズを取りながら夏樹の側に近づいてきたジン。
二人は一息を吐くと話す。
「ナツくんやっぱり強いねー。あんな変な棒でよく戦えるよ」
「まぁ。……だが、何か忘れている気がするが」
「え?何かって──あ」
ジンはすぐに思い出した。
目を丸くすると、冷や汗を浮かべて叫び立てる。
「そうだ。オレたち、こいつらに話を聞きに来たんだった!」
焦った様子で、ジンが周囲を見渡すと住人のほとんどが意識を失ったまま倒れており、「おもちゃ」について話を聞ける状態ではない。
「あー、どうしよう……これ」
ジンが困りきった顔で、考えていると。
突然、二人の背後に不気味な気配が降り立つ。
夏樹たちが思わず振り返ったそこには。
「はぁはぁ……舐めるんじゃねぇぞ。ジン!」
倒れていていたはずの住人の一人が立っている。
ジンが視線を向けてみれば、ある一つの物体が目に入った。
「……おいおい。ずいぶんと物騒なもん、持ってんじゃん」
──その手に握られているのは、小型のピストル。
単なる拾い物なのか、すでに銃身は薄汚れており、まともに機能するのかさえ怪しかったが、錯乱した様子の住人はそんなこと気にも止めないようだ。
夏樹が冷たく目を向けると、再度黒い棒を手に構えて戦いの準備に入る。
銃口に視線を送りながら、動き出そうとした。
「ナツくんは下がってな。オレがやるよ」
だが、ジンは夏樹の前に手を添えて、その行動を静止させる。
そしてジンは何を考えたのか悠々と前に進み始めた。
「──! 近づくな!撃つぞ!」
住人は手を震えさせながらも、ジンの顔を伺うようにして銃口をジンへと向ける。
単にハッタリの可能性もあるだろうが、指はすでに引き金に置かれており、住人の気分次第でいつでも弾を放てる状態。
なのに、ジンは気にも止めずに進み続ける。
段々と顔を青ざめさせていく住人。迎いくるジンからのプレッシャーに心拍を増していき、やがて、意識が朦朧としてつい引き金に力が。
──銃口から、金の弾丸がジンを狙って放たれた。
「カウンター流術」
ジンの身体へ向かう音越えの弾丸。
目にも止まらぬ速さのそれを、ジンは恐れず身体で堂々と喰らう。
そこに込められたエネルギーを受け入れるかのように受け止めると、弾丸に回されるがまま、ジンは駒のように回転を始める。
身体に纏った力とともに回り、回り、回り。そして、突如として住人の前で足を掲げ、止まると。
「そっくりそのまま返してやるよ」
ジンが凄まじい震脚を振り下ろし、大地を踏み締める。
衝撃のあまり床のコンクリートがひび割れ、耳を貫く轟音とともに激しく倉庫内が揺れる。
住人の身体もまた巻き込まれ、バランスが崩れたのと同時。
「弾刻」
ジンは弾丸のような速度で、残像も見えぬほどに鋭い拳を住人の顔目掛けて解き放つ。
発勁に近い、空気を押し除けたパンチが風を吹き起こし、顔面蒼白で固まる住人を撃ち抜こうとする。
そして──
触れる……僅か寸分の位置で、ジンは拳を止めた。
巻かれた風に住人の髪や服が揺れながらも、溢れていた闘気を収め、ジンは屈託なく笑う。
「はい、終わり〜!ってことで、話聞かせてね」
固く使い古された拳を前に構え、調子のいい声でジンが告げる。
「へ?」とあっからかんな顔で、ジンの拳を見つめる住人。
死人のような目で立ち尽くしていると、住人はやがて膝から崩れ落ちたのだった。
……………
「それでさ、オレたちダマカスに会おうと思ってたんだけど、アイツどこ?」
地面に座り込んだ住人を前にして、夏樹とジンが彼を囲うと、気さくな声でジンが話しかける。
他の人々はまだまだ起き上がる気配はないようで、彼だけが唯一この倉庫で意識がある状態だ。
「あの人は……こことは別の倉庫に居る」
「ふーん。そうなんだ」
ここにお目当ての男はおらず、外れを引いていたことに落胆して、ジンは興味なさそうに返事をした。
その顔に浮かんでいるのは、どちらかといえば面倒くさげな表情であり、ジンが後ろ髪を搔く。
「オレたち、間違っちゃってたね」
「無駄足だったな」
「……あはは」
気まずそうに冷や汗をかいて、ジンは周囲を見渡す。
意識を失った住人たちは、変わらずに倒れ込んでいる。少しやりすぎてしまったかな。とジンは心の中で呟いた。
「……お前らは結局、なんの用なんだよ」
住人が怯えきったように、夏樹たちへ尋ねる。
そこで、ジンは思い出し。
「あぁ、オレたち『おもちゃ』について聞きに来たんだ。
あんたらさ、あれと無関係じゃないよね?ダマカスじゃなくても仲間なら何か知ってるだろ?」
ジンが語りかける。
末端の一員だとしても、多少の情報は得られるだろうと期待するが。
「……………」
しかし、住人は黙り込んでしまった。
「仕方ないじゃん。なら──」
「分かった!分かった!教えてやるから、暴力はやめろ!」
暴力反対を訴えかける住人に、ジンの動きかけた拳が止まる。
軽く脅したつもりだったが、住人は正気じゃない!とでもいいだけな様子で、焦燥を浮かべ。
コホン。と小さく咳払いをすると、ジンの顔色を伺うようにして話し始める。
「いいか。あの『おもちゃ』は実はな……」
だが、その瞬間。
──突如として、猛烈な衝撃の音が三人を貫く。
「!?」
静寂を重ねていた倉庫に響き渡る、何かが崩れゆくかのような音に、夏樹とジンが思わず振り向く。
その出所は倉庫内の……いや、違う。
繰り返し鳴り始めた音は外から来るものである。
二人がいきなりの異変を前に耳を澄まして、集中を深める。
そして、ようやく捉えた根源が向かう方向は──
「カノン!」
「アイリス!」
ーーーーーーーー
夏樹とジンが戦いを終える少し前。
「着いたよ。ここがジンたちが向かったのとは、また別のアジト」
「へぇー、いかにもって感じですね」
カノンたちはひそかに抜け出して、他のダマカス組が占拠する場所へとやってきていた。
目の前に見える古びた様子の倉庫を見て、カノンが雰囲気ある感じに感嘆の声を上げる。
「『おもちゃ』について聞くんでしたっけ?それじゃあ中へ入りましょうか!」
「……気をつけてよ」
「おーけー、分かっています!」
アイリスの忠告を軽く受け止めて、カノンは倉庫内へと踏み入ろうとする。
そして、扉を静かに開け。
「……失礼します」
カノンが中を覗き込むようにして、小さな声でささやく。
最初に目に映った光景は薄暗い廊下の風景であり、誰もそこに居ないのを確認すると、カノンの緊張が多少緩む。
どうやら夏樹たちが居た倉庫とは構造が少し違うらしい。
二人で慎重に倉庫の中へ入り、周りの様子に気を配りながら、音を殺してカノンとアイリスが歩くと。
「〜〜、ーーっ、ー」
どこからか、人の話し声のようなものが聞こえてくる。
「誰かの声が聞こえますね」
「住人のやつらかしら」
カノンとアイリスは小声で話す。
そのまましばらく歩き続けていると、二人はやがて、光が漏れ出している扉を見つけた。
二人で顔を見合わせながらも、頷きあって前に進み続ける。
そしてすぐにたどり着いたのは金属で作られた重々しさを感じさせる鼠色の押し扉。
ここに目的の人たちが居るのかと二人は思い、カノンが扉を開けてみる。しかし……
「──おぉ、おぅ!拙の可愛いエリザや。お主はなんと愛おしきものか!』
感涙に震えるかのように、大きな声が飛び込んできた。
妙に場に響き渡る芝居がかった声の音。
カノンとアイリスが、反射的に身体を震わせると遠くに映る人影を眺める。
『アラヤダ、アナタ。ソンナコトイワレチャ、ワタクシテレチャイマスワ』
「めんこいのう、めんこいのう!」
視界に入ったのは、二人の人間だった。
身体のシルエットからして、男女の二人組だろうか。
倉庫の中にある壇上の上で、彼らは抱き合うかのように重なりあって、何らかの会話を交わしている。
後方に居る男が放つのは時代錯誤な古臭い言葉。
カノンが詳しい様子を確認しようと、扉を小さく押すと、金属同士が擦れあって、耳を刺すような嫌な音が鳴り響いてしまう。
「む?何やつか!拙らの逢瀬を邪魔するとは、それ相応の覚悟を持っての愚行であるか!」
直後、壇上の男がカノンたちの存在に気づき、二人のほうに向けて、怒りを飛ばす。
立っていたのは、白く痩せ細った頬に、血眼を浮かべる狂気を纏った男。
「ん、お主は……ふむ。"拙の兵"を壊したやつらの確か一味であったな」
「……兵?何の話ですか?」
「拙の愛らしきぬいぐるみたちに決まっておろう!」
聞き覚えのない言葉に、カノンが眉をひそめると男が声を荒げる。
何らかの因縁をつけてくる見知らぬ男に、カノンが困惑する。
「あなたは──」
そうしていると、男が目の前の女に向き直る。
……しかし。
「全く、お主らには慈愛というものがないのか!恥を知れ!のう……エリザや」
『エエ、ソウネ。タリナイ、タリナイ、ゼンッゼンタリナイワ!』
女。いや──
男の目の前に立つ女は、そもそも人ではなかった。
全長は本物の人間と変わらないが、身体はカラクリ仕掛けで作られた歪な構造。
話しているように見えているのは、ただの男の裏声。
「なにそれ。気持ちわる……」
一人二役で、まるで命があるかのように扱う男の姿に、アイリスがドン引きする。
明らかにおかしいのは男なのに、それをまるで理解しておらず、自分の世界こそが世界の真実だと疑って違わないがごとき、独特の狂気。
その血走った瞳に映るのは、本当に生きて彼へと話しかける女の姿なのだろうか。
どう見たって、まともな人間だとは思えない。
「あなたは誰なんですか!?」
「そう焦るでない。言われずとも名くらい名乗ろうぞ。とくと聞くがよい!いよ〜ぉ!」
カノンが警戒から叫び立てると、異形の風貌をした男は、続くようにわざとらしく声を上げて見せる。
そして、正面に立つ小太刀を構える女らしき物体の後ろに隠れたまま、正気とは思えぬ視線を檀下の二人のほうへ。
「拙は"阿波谷途郎善"。又の名を……」
──聖方教会 『人形の天聖騎士』




