第6話 ジン
「ふんふ〜ん」
悠長に鼻歌を歌いながらゴミ捨て場の道を進むジン。
「お前は気楽そうだな」
「そう?」
夏樹の声を意外そうに笑って流す。
大きな目に、鋭く尖った瞼、顔こそ整っているものの…ジンは一見して、金髪も合わさって恐いヤンキーといった感じだ。
なのに、ヘラヘラとした彼の表情はどこか適当であり、良くも悪くも頓着がないというか…──チャラい。
「ま、オレたちなんかが急いだところで、明日も明後日も同じことするだけだしね。あんま気にすることないさ」
自分のペースで夏樹の隣を歩くジンへ、夏樹が冷たい視線を送る。
悪い人間だとは思わないが、ジンは真面目に不真面目をやっている男だと感じる。
「俺としては、さっさと急いで終わらせたいが」
「ナツくんは復讐のために旅をしてるんだっけ?」
「…まぁな」
先ほどの会話から知ったことを改めて確認してくるジンに、夏樹は眉を僅かに揺らすと、小さくぼやくように肯定を示した。
ジンは表情を変えることなく夏樹に向き直る。
「ふ〜ん。意外だな。家族とかが死んだってのは聞いたけど、だから復讐って……カノちゃんとかが止めたりしそうなもんなのに」
「何故そう思う?」
「あの子って、そういう悲しいことは嫌いなタイプじゃん。話してる感じ」
その言葉に、夏樹は確かに。と頷きそうになったが、「いや」とすぐに首を横に振る。
「俺もあいつも、そこは割り切っている」
「そうかな?一度決めたことは諦めない頑固なやつだと思うよ。カノちゃんは」
無遠慮に言い放つジン。
「案外、ナツくんが自分の思い通りになるチャンスを狙ってたりしてね」
「はっ!そんなわけないだろ」
夏樹がジンの戯言を一笑に付す。
そんな様子を見て、ジンは「どうだろー」とおどけたように苦笑を返した。
「…ちなみに。ナツくんの村を襲ったのってどんなやつだったの?」
話題を変えようと、話を元に戻すジンに夏樹が鋭い視線をぶつける。
「お前に話す必要があるのか」
「単純な好奇心…かな」
だが、ジンも負けずと言葉を返すと、夏樹が考え込むと少しして口を開いた。
瞬間、夏樹の脳裏に"やつ"の姿が思い返され、辺りの空気が冷たく変わる。
「…白髪を逆立て、腕を四本持ち、その内両側の腕を一本ずつ欠いた男」
殺気を漏らしつつ、小さく呟いた夏樹の話す、全ての憎しみの元凶たる男の特徴を聞き、ジンは驚愕したように目を見開く。
…それもそのはず、その男は──
「え?何それ。キャラ濃すぎない?」
「…………」
「あ、ごめん」
茶々を入れてきたジンを夏樹が睨みつけると、思わずと言った感じで、ジンは申し訳なさそうにした。
「でも、そんなに分かりやすい特徴なのにずっと見つからないんだ」
不思議だと言いたげなジン。
人探しで困難なのは、尋ね人と似たような特徴をした人物も、探せば数多く存在することだろう。
しかし、夏樹の挙げた要素を持つ人間など、唯一無二ではないかと思う。
「世界は広いからじゃないか」
「うーん、だとしても分かりやすすぎじゃね?一度目に入ったら忘れる人なんて…居るのかな」
いくら何億という人間が存在していようと、街の片隅などで視界に入っただけで驚いて、記憶に一生残りそうなものだ。
そんなジンに、夏樹は目線を下げる。
「…候補にはあった。やつがどこかに隠れ続けている可能性はな。──だが、それなら何故…俺の村を襲う時だけ表に出てきた?」
夏樹が思考を深めながら考えていると、頭の中に一つの"言葉"が浮かんできた。
──かつて自分が見た際に、男が呟いていた謎のキーワード。聖方教会を探ろうと決めたきっかけでもある、それが仮に関係しているのだとすれば。
「やはり、やつは……いや…」
あれこれ考えても結局、最初から夏樹が考えていた結論に戻ってしまう。
これでは八方塞がりだと思った夏樹は、一度…話を変えることにする。
「…それより、ジン。お前はこの街出身だったか?」
「ん?そうだよ〜」
「だが、一度出て行ったそうだな。何故だ」
夏樹の問いに、何の話だろうと思ったジンだったが、「あぁ」と納得した。
「アイリスから聞いたの?ま!まだ時間はあるし話してあげていいじゃん」
あまり誰かに話す機会もなかったからか、楽しげに言うと、ジンは自分の過去について、思い返すように話し始める。
「俺の最初の記憶はね。気づいたら、この街で残飯を漁ってたことなんだ」
今よりずっと前、正確な年齢はジンも知らないので割愛するが…あるいは人間として、初めて自分の意志が芽生えた時。
自我もなく泣いていた赤ん坊の時代を終えて、気づけばジンはこのゴミ捨て場に立っていた。
「その時、野生の本能?ってやつか、近くに居た住民の動きを真似してたのかは分かんないけど、とりあえずオレは腹が空いたなって思いながら、飯を食べようとしていたっけ」
「…お前はまだ小さかった頃に捨てられたのか?」
「そうなんじゃないかな。さすがに赤ん坊は飯を探せないし」
ジンが頭を悩ませながら告げる。
記憶はないので、悩んでも仕方なくはある。だが、ゴミ捨て場でそのまま生まれた可能性は流石に低いんじゃないかと。ジンは思っている。
ただ母親と父親が仲良く消えただけということもあり得るが。
「言葉は簡単なものしか話せなかったけど、このゴミ捨て場のやつらがオレに話しかける理由もないし、多分、母さんとかで覚えていたんだろうね」
夏樹はそのわりに、やけに流暢に喋るなと思った。
「とにかく、オレは毎日を飯を探して…食っては寝て!探しては食って、また寝て!って適当に過ごしてたじゃん」
ジンが懐かしそうに語る。
今とほとんど変わらない生活ではあるが、きっと彼にとってはまた思い出の一つなのだろう。
「──でもね、ある日。オレが五歳の頃かな?"あいつら"はオレを五歳くらいの子供って言ってたから。このゴミ捨て場で変なやつらに会ったんだ」
まだまだ幼かったジンにとって、それが運命の分岐点であった。
ジンはかなり苦い顔をして話す。
「…やつら?」
「うん。ここに似合わない綺麗な服を着た男たち。そいつらはね、オレを見かけるとすぐに追いかけてきて、捕まえたんだよ」
夏樹の声に、ジンが答える。
「オレは必死に暴れたけど、所詮は無力な子供だから大人には勝てなくて、目隠しをされたままどこかへと連れて行かれた」
特異な能力にでも目覚めていない限り、ただの子供が複数人相手になんとかなることなど、奇跡でも起きない限り不可能だ。
ジンがやがて、入れられたのは目隠し越しでも光の届かない暗闇。──後に気づくことになるが、男たちが乗ってきたトラックの中だった。
「で、抵抗しようにも、手とかまで縛られていたからオレは腹を空かせたまま、うずくまってた」
お腹を抑えながら、ジンがあえて身体を震わせる。
ジンは余裕そうにしているが、それは取り繕おうとする彼なりの配慮か。
「ガタンガタンって音だけが頭に鳴って…怖くて怖くて震えて……かなりの時間が経ってからやっと解放されてさ」
ジンが冗談めかしくして話すが、あながち嘘でもないのだろう。
「やっとオレが外に出たら、──そこは東方区域だったんだ」
すると、ジンの言葉に夏樹が見上げる。
「東方区域…ここからかなりの距離があるはずだぞ。なんのために?」
「うーん。実はね。オレが連れてこられたのは、東方区域の"孤児院"なんだ。話を聞くと、恵まれない子供を助けたかった…なんて。ふざけたことを言ってたよ」
東方区域、といえば夏樹の故郷でもある場所だ。
夏樹が住んでいたのは区域の一番東に位置する極東地方であり、東方区域の広さは大陸一つ分くらいあるためジンが連れられたのは、同じ場所とは限らないだろう。
「とはいえ、当時のオレは別にどこだろうと構わなかったし、混乱はしながらもそいつらに従うことにしたんだ」
自分の顔を見てくる夏樹に、ジンは視線を返すと愛想良く笑いかけて話を続ける。
「それから、すぐ自分の部屋に案内されて、初めはまともな飯、柔らかい毛布、親切な人たちと出会えたことで、オレはなんでか知んないけど感動して涙が出てた」
だが、褒め称えるような言葉のわりに、ジンの顔からは憂いに似た感情しか感じ取れず夏樹は違和感を覚える。
とはいえ、今は関係はないかと小さく相槌を打つ。
「悪くはない話だな」
「ここまでならね。最初は良かったんだよ」
「………?」
「世の中、なんでも裏があるのさ」
冷たい声でジンが告げる。
その目に宿る眼差しは、やはりどことなく悲しい。
そんな様子を見ながら、夏樹は口を閉じて静かに黙っている。
「知ってる?昔、世界には『国家』って呼ばれる境い目があったらしいけど、東方区域の西部にはそれが何個も残ってるんだって」
ロストメモリーの手によって、世界が一度統一されたことは誰もが周知の事実である。
しかし、その後──複数の地域では民族間や文化の違いから独立運動が発生していた。
世界統一戦線はその対処に当たったが、全てを抑えきれず…結果として、幾つかの共同体が非公式の立場ではありながらも、国家を名乗るようになったのだ。
とはいえ、新世界に可決された法案において、そんな暴挙は許されない。
だからこそ、政府からは敵視されたが、それでも自称国家は過激派組織の活動する拠点として、現代まで存続している。
「…そこでは今も戦争が絶えない。たくさんの人が毎日、鉄砲を抱えては殺し合ってる」
領土や資源、あるいは軍への抵抗からだろうか。
そういった理由から、周辺の国々や世界統一戦線との間では、長いこと戦いが続いており、流れた人の血は数知れない。
東方区域の西部では、誰しもが明日を捨てる可能性がある、平和からは程遠い地域だった。
「オレが居たのは、そういう場所の近く。よく銃声や夢覚の攻撃が鳴り響いた悲しい街なんだ」
ジンが首を軽く下げる。
目に映ったのは、地面に散らかった瓦礫の破片。
「孤児院ではね、毎日たくさんの訓練を受けさせられたよ。目標をこなせるようになるまで、いっぱい殴られて、蹴り飛ばされてさ」
社会から隔絶されたゴミ捨て場で暮らしていながらも、ジンがそれなりの知識と言葉を操れるのは、孤児院での暮らしが理由なのだろう。
「子供は夢覚を使えるようになる可能性も高いから、兵士としての需要がある。だからオレたちはそういう国に売り払うための、商売道具として育てられた」
ジンが自嘲するように呟く。
夏樹は歩みを進めながらも、ジンのほうをちらりと一瞥する。
「……逃げようとは思わなかったのか?」
「何回か考えたけど、すぐに止めたよ。そうした子供への"教育"は、嫌というほど見てきたから」
ジンが呆れたように笑った。
凄惨な孤児院の庇護下で、行われる行為など想像に容易い。
きっとまだ小さかったジンたちに植え付けられていた恐怖に、夏樹はどう反応するべきか、…そう考えていると。
「──でもね、ある日。オレの人生は変わったんだ」
途端に変わった声の音色に、夏樹が顔を見れば、ジンは嬉しそうに頬を緩めていた。
「三年くらい経った日の自由時間、オレが廊下を歩いてる時に急に!でっかい音がして、気づくと孤児院が燃えててね」
「…孤児院が?火事だったのか?」
「どうだろ。ウチ、治安悪かったし」
「………」
「誰かがやったってのもあるかもだけど、先生たちはみんな大きな声で向こうに行ってたから、オレ。窓を割って逃げ出したんだ」
やはりジンも、まともなご飯や寝床はあるとはいえ、厳しい訓練は嫌だったのだろうか。
歩きながら道の正面に顔を向けてジンは話す。
「…よく、そう思えたな」
「だって兵隊になったら、もっと厳しいんだろ?
そんなつまらない未来が待ってるくらいなら、奇跡に賭けたほうがマシかな。って」
確か教育とやらが怖かったのではないか。と疑問に思い、ジンに対して呟いた夏樹。
ジンは機嫌がよさそうに、鼻歌を始めなら声を返す。
「ま、結果として…今までにないトラブルだったからか、オレは運良く逃げきれた。最高じゃん」
顔から悲しげな表情は消えており、ジンにとって良い転機だったらしい。
少なくとも、ここのほうが良かったと思えるくらいなのだから、よほど劣悪な場所だったのだろう。
「で〜それからは、このゴミ捨て場が恋しくなって帰るための旅を始めた。ってわけ!」
はじけるように明るい笑顔が、夏樹に向けられる。
大きな目を開いたまま、口元を緩めるジンの姿は、何者にも負けない芯があるように感じ取れる。
「その途中でオレ、めちゃくちゃ強くなったんだよー。いろいろな場所を回ったからね」
調子のいい声で、ジンが告げた。
一見するとそんなものとは無縁に思えるが、夏樹の目には、確かに隙のようなものが見当たらない。
「つっても、オレには夢覚みたいな、すごい力はないんだけど」
ジンは自分から夢覚者ではないと明かす。夢のようなものがないのは、本当なのかも知れないが、やはり異様な雰囲気を放つジン。
夏樹はさっきの話に出てきた訓練で鍛えられたのが原因なのかと考えはしたものの、やはり不思議だと感じる。
そんな風に、夏樹が考えていると──
「………」
「ナツくん、どうしたの?そんなに真剣な顔して。……もしかして、オレのために泣いてくれちゃった?」
「…俺は最初からこの顔だ」
「そうだっけ?あははっ、ごめん!」
楽観的な様子で、ジンは声を出す。
どこまでも軽いジンに、夏樹はため息を吐いた。
「──でさー、ナツくんは…」
二人はそのまま談笑を続けながら、ダマカスが潜むという倉庫跡へと歩いて行く。
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「よし、もう離れましたね…」
カノンは夏樹たちが、ここから遠くに行ったことを確認する。
「じゃあ今のうちに私たちも行きますか!」
「……え?」
唐突なカノンの発言に、瞬きをしてアイリスが唖然とする。
自分の聞き間違いだろうかとも疑うが…
「行くってどこに?」
「決まってるじゃないですか。ダマカス…さんでしたっけ?その人のアジトは何個もあるみたいですし、夏樹くんたちとは別のところに行くんです!」
アイリスが口を開いた言葉にならない声を漏らす。
この子は一体何を言っているのか。さっき待ってろと言われたばかりだろうに。
しかし、アイリスの目に映るカノンは、冗談を言っているようには見えない。
「……あ、あはは。カノンちゃんは面白い子だね。ちなみに理由を聞いてもいいかな?」
「え……? ……言わないとダメですか?」
「──??」
アイリスが問うと、カノンは恥ずかしげな表情で顔を引っ込めて逆に聞き返してきた。
そんな様子が余計にアイリスの混乱を誘う。
「ほら、ジンたちは勝手に行くなって言ってたし。どこにも行かないほうがいいと思うんだけど…」
「うーん。そうですよね。でも、……まぁ、仕方ありません。まだ、誰にも言ったことはないんですが」
アイリスの忠告もよそにして、カノンは一人ごとのように声を漏らすと、正面に向き直る。
「アイリスさんには少しだけ教えてあげます。私の目的を」
「──ん?お姉ちゃんを見つけることなんじゃなかったっけ」
「いや、実は……もう一つ、出来たんです。誰かに話すのはちょっと、恥ずかしいんですけどね」
カノンが段々、頬を真っ赤に染めていきながら、長い髪を指をいじくりまわして告げる。
目線の合わなくなくなった彼女に、アイリスが訝しむような眼差しを送ると、カノンはやがて、決心したように小さく呟いた。
「わ、私は──」
アイリス以外、周りに誰も居ないか見渡しながら、カノンが震えた声で、恥ずかしそうに話す。
今まては誰にも話す機会がなかった言葉。
──初めは驚いたアイリスだったが、むしろ徐々に納得した表情を浮かべるようになる。
「あー、うん。そういう……」
「あ、あはは」
「まあ。いいんじゃない?」
アイリスが気まずそうに、カノンから目を逸らす。
自分には特に関係がないし、出会ったばかりの人の事情に口出しするのも野暮だと思うので、当たり障りのない返事をした。
「……けれど、そのことって今からカノンちゃんが行くって言ってるのと関係あるの?」
「んー。アピール、のためですかね」
カノンが言葉を絞り出す。
「あの人が私を大切に思ってくれているのは、分かるんです。でも、無愛想だから……どういう大切なのかが分からないんですよ」
その瞳の奥には苦慮が抱かれており、カノンは視線をアイリスから少し下げる。
自分と彼が仲間であることは重々承知しているが、今のカノンにとって、それでは満足できない。むしろ……してはいけないのだ。
「なので、私でも分かっちゃうくらいベタ惚れにさせてやりたいなって」
カノンが自分で言うのも恥ずかしげな様子で、一人漏らすように小さく呟いた。
「関係を進めるためには、やっぱり積極的に良いところを見せるべきだと思うんです!」
大きな声をカノンがわーっと辺りに響かせる。
だが、すぐにアイリス以外の誰かに聞かれていないか焦って周囲を見渡す。
アイリスはカノンを見て、ふと首を傾げた。
「そんなに遠回りに行かなくても、自分から行けばいいのに」
「えぇ!?それじゃあダメですよ……もし私がそうだって気づかれたら、変に思われて、嫌われちゃうかもしれないじゃないですか」
カノンが不安げに下を向くと、段々とその声が小さくなっていく。
考えたくも未来に、顔が曇ってしまう。
しかし、カノンは少し考え込んだすえに、首を横に振ると、突然勢いよく首を上げる。
「だから向こうから、夢中にさせるんです」
決心した表情で、「よし!」と目を恍惚とさせて声を漏らす。
その先に見つめるのは、やっぱりカノンにとって幸せな未来。
「あの人の役に立って「流石カノン!よしよし……頼りになる良い女だな」って感じで!」
「……あいつ、そんなこと言わなそうだったけど」
「細かいことはいいんです!大事なのは、私に夢中にさせることなんですから」
口に出すのも、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいと感じつつ、笑顔を溢れさせて、カノンが前のめりになる。
思わずアイリスが身体を後ろに引くのも気にせず、カノンが瞳を小さく揺らし。
そして自分の想像の中へ入っていく。
「一緒に旅をするうちに、段々と私に惹かれるようになって、そのまま私を意識して、心の中が私のことだけでいーっぱいに……」
怪しげに声を漏らしながら、にやにやとカノンの口角が上がる。
「そこから間違いないなってタイミングで……私のほうから、……いや、夏樹くんから言ってくれても、嬉しいですね」
たくさんの夢が膨らんでいく。
これから自分を待つであろう、ハッピーエンド間違いなしの将来。
様々な場面が頭の中に浮かびあがり。
カノンの想像に彩られて、美化された一人の少年の姿がその全てに立つ。
「この旅でお姉ちゃんを見つけて、また一緒に仲良く暮らして、そして、そして……そんな私の隣には──」
カノンが「うんうん」と頷きながら、自然と緩まった頬をさらに赤く染め上げる。
純粋な少女が抱える夢では、その先に待つ困難など一つも目にも入らない。
妄想の世界にふけるカノンの顔は幸せそうだ。
アイリスが興味深そうに観察していると、カノンは慌てて正気を取り戻した。
「──そのための第一歩が、夏樹くんの役に立っちゃおう作戦です!」
親指を立てて、アイリスに向かってカノンが宣言してみせる。
「なので、さっそく『おもちゃ』?の犯人探しを手伝いにいこうと思うんですが──」
「……いや、私はいいかな。危ないところにはあまり行きたくないし」
「えっ、そうなんですか?……うーん。でもこれって、アイリスさんにとっても悪い話じゃないですよ?」
自分を見つめてくるカノンに、アイリスが何の話だと目を丸くしていると。
「ほら、手伝えばジンさんだってきっと喜んでくれますもん!」
「え?……ジンが?」
カノンの口から飛び出した思わぬ言葉。
アイリスが驚いて声を上げると、動揺を浮かべてカノンの顔を見る。
まさか、この子は自分が隠していることに気づいたのか。
そう思いつつカノンを観察するも、カノンは微笑みながらアイリスの急変した様子に困惑する顔をしていた。
アイリスが安心して、息を吐き出すと、緊張していた肩を撫で下ろす。
「んー……まぁ、そういうことなら私も着いていってあげても……いいけど」
「お、おぉ!?本当ですか!」
同行を許してくれたアイリスに、カノンは嬉しそうな声を出した。
「じゃあ。私は夏樹くんのため、アイリスさんはジンさんのため、一緒に頑張りましょう!──てなわけで、ゴーです!」
「…………」
改めて、アイリスはカノンのほうに目を向ける。
純粋な顔で、何も気づかず自分の心臓が跳ね上がるようなことばかりいうカノン。
アイリスはカノンが天然なのかと疑うが、……まぁ別にいいかとその隣を歩き出す。
そして二人は、夏樹とジンが向かったのとはまた別の道を進んでいく。
………………
「アイリスとやらは、お前にとってのなんだ?」
談笑を続けながら、夏樹とジンは歩く。
そんな中でふと、夏樹が疑問に思って尋ねた。
「んー、あいつ?あいつは……なんだろ」
「──?」
すると今までの調子が良い様子から一変して、ジンが困ったように悩む表情を見せた。
夏樹は不思議に思いつつも、ジンが次に紡ぐ言葉を待っていると。
「ちなみに今日って何年の何月?」
「2026年の7月だが……」
「そっか。時間が経つのは早いね〜」
よく分かっていない夏樹の隣で、ジンは感慨深そうに声を緩めて懐かしむ。
「オレがアイリスと最初に会ったのは、今から2年くらい前なんだよ」
ジンたちは年齢が互いに近そうだったので、夏樹はてっきり生まれた時から一緒に居るのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
確かアイリスは、ジンのほうがゴミ捨て場に住んで長いと言っていた気もすると考え直す。
「あいつ、実は外からやってきたやつでさ。オレが最初に見た時、すごいボロボロな身体で倒れそうだったんだ」
ジンの目には遠い過去の記億が映る。
出会ったばかりの頃の、今とは少し違っていたアイリス。
「この街の住民なら、互いへの不干渉を守るため、普段は見捨てるんだけど、何も分かっていない新入りみたいだったから、オレの残飯を少し分けてあげて……」
「食ったのか?」
「めちゃくちゃ嫌そうだったけどね」
そういうとジンは苦笑いを浮かべる。
「でもあいつ、それからもたびたび見かけると、死んだ目で座ったまま、何も食わないんだよ」
かつての荒れたアイリスを思い出して、ジンが下を向きながら呟いた。
当時のジンにとって、誰かのことなどあまり気に止めるべきものではなかったが、アイリスの存在は妙に気にかかる姿をしていた。
「理由を聞いても、答えてくれないし。だから、オレが無理やり食わせて世話するうちに、気づいたらいつも一緒に居るようになってた」
優しい顔でジンが話しを続ける。
夏樹はそんなジンを見て、ふと頭に過ぎる。
「お前ら仲がいいんだな」
「どうだろう。って仲が悪かったら2年も居ないじゃんね〜」
「少なくとも、今のあいつはお前が言うほど酷くは見えなかった」
「そう?ははっ、ならオレもうれし──」
しかし、ジンは足を止めた。
目の前にそびえ立つのは大きな壁であり、二人して立ち止まると、それを見つめる。
「おっと、着いたね。ここがダマカスたちの倉庫跡だよ」
大きな箱に近い場所だろうか。
石か木に近い素材で作られているらしい目的地となる倉庫に、ジンがささやくように夏樹へ告げる。
夏樹たちは、そのまま外から倉庫の様子を観察して外側には何もないことを確認した。
なら、ダマカスたちが居るとすれば、この中だろう。
「じゃあ行くか」
「だね」
二人が倉庫の扉前に立つ。
あくまで、調査に来ただけではあるが、調査をするためには当然、人に話を聞く必要がある。
だからこそ、夏樹たちは「話をする」ため、あくまで平和的に、自ら中へと踏み入る。
「さっそく見せてやろうじゃん。
──オレの"カウンター流術" 」




