第5話 名は知らぬ
「いやー、危なかったじゃんね!」
能天気な声で目を細めて、金髪の青年が笑う。
夏樹と同じくらいの背丈をした彼は、鋭い目つきをした怖そうな見た目とは裏腹に、どこか適当そうな雰囲気を放っている。
「……ありがとうございます?」
自分たちを助けてくれたらしい金髪に、カノンが迷うようにお礼の言葉を述べた。
正直、状況はよく分かっていないが、身なりから察するに彼もまたこの街の住人なのだろうか。
「気にすることない、ない!ああいうのは、マトモに相手するだけ面倒だし」
気にも止めない様子で、金髪が片手を左右に振るう。
「お前は…」
「ほい、着いたよ」
一緒に歩いていた夏樹が、彼のことを探ろうとするも、彼はゴミ捨て場のある場所で突然足を止めた。
『──あら、もう帰ってきた……誰?その人たち』
小さなテントを張った場所に座る、紫紺の髪を綺麗に伸ばす、妖艶な目をした娘。
…彼女は警戒を含んだ声音で金髪の青年へと話しかける。
「んー、拾い物みたいな?『おもちゃ』に襲われてたから連れ帰ってきちゃった」
「…そう」
特に興味がないのか、夏樹とカノンを一目見るとすぐに視線を逸らす。
「お前らはここの住人か?」
夏樹が鋭い声で、金髪の青年たちへと話しかけた。
「まぁねー。オレたちはゴミ捨て場で暮らす人間さ。あんたらはここの外から来たんだろ?」
「…あぁ」
「そっちのあんた、服はオレたちと似た感じだけど、見ない顔だしね」
金髪は夏樹のなんのデザインもない無機質な服を視線で指す。
それに夏樹が無言を返す。
「………」
「やっぱり今度、私がもっといい感じの服を選んであげますよ!」
隣のカノンが励ますように言葉を送るも、夏樹は不満げな顔でいなした。
「…で、結局なんで俺たちを助けた」
冷たい声で夏樹が問うと、金髪はゴミの散乱する地面に腰を下ろして、それなりに整った顔で思い悩んだ表情を浮かべる。
「理由ね…そんな重要なもんでもないと思うけど、強いて言うなら、あんまり暴れられたら迷惑だし…──あ、そうだ」
すると、金髪が考えついたように自分の両手を重ねた。
「あんたら外から来たってことは、名前とかあるんだよな?」
彼のふとした疑問に、カノンが返す。
「もちろんありますよ!」
「じゃあさ、知っといたほうが呼びやすいし、教えてくれない?」
すると二人は、そういえば確かにまだ名前を名乗っていなかったなと思い、口々に告げる。
「…夏樹だ」
「カノン・エーデルスです!」
「へー、夏樹にカノン…」
金髪が二人の名を聞くと、口の中で繰り返し噛み締めた後、少し沈黙する。
一体何を考えているのだろう、と二人が金髪の顔を覗き込もうとしたら、すぐに金髪は顔を上げた。
「じゃあナツくんに、カノちゃん!よろしくじゃんね〜」
いきなり略して呼んでくる金髪に、夏樹たちがぎょっとするも、彼の悪気はない感じに、別にいいかと受け入れる。
「確か…この街のやつらに名前はないんだったか?ならお前は名無し?」
夏樹が尋ねると、金髪が間の抜けた顔をした。
「オレ…?オレの名前は適当に決めたやつだけど、一応あるよ」
質問に答えるように、金髪が夏樹とカノンに向かって鋭い目つきで笑う。
「──人間だから、『人』って意味で"ジン"。それがオレの名前」
金髪の青年、もといジン。
それがゴミ捨て場の街で暮らす彼の名だった。言い方からして、誰かに名付けられたものではなく、自分で考えた名前なのだろう。
「あんたらにとっての『恩人』のジン。でも、『友人』のジン。でも…好きなように呼んでくれていいじゃん」
そうジンは愉快そうに話す。
「変わった名前ですね…」
「まぁ名前なんて、お互いのことが分かればなんでもいいしねー、あ。ちなみにオレの隣に居るのはアイリス」
ジンが振り向いて、紫髪の娘を差す。
彼女はアイリスという名前らしく、ジンに名指しされて気まずそうに顔を上げた。
「…どうも」
アイリスが小さな声でぼやくと、カノンが明るい声で返事を返す。
「こんにちは!」
…しかし、アイリスはすぐに簡単に顔を背けてしまった。
カノンが不思議そうに首を傾げる。
「……?」
そんな様子を見て、近くのジンは呆れたように笑うと、地べたから立ち上がって夏樹たちのほうへ顔を向ける。
「ナツくんたちもさ、立ちっぱなしじゃ疲れるでしょ。軽くおもてなししてやるから、座ってろよ」
ジンは気さくに言うと、ちょっと長めの金髪を後ろに向けて、向こうのゴミ山へと歩き出した。
身なりこそ、かなり汚らしいものの堂々と地面を歩く姿はどこか凛々しい。
やがて場には夏樹、カノン、アイリスの三人だけが残される。
初対面のアイリスが居る中、空気が滞り…カノンが居たたまれない雰囲気に、夏樹のほうを見ると、夏樹は離れていくジンの姿を凝視していた。
「……かなり強いな。あのジンという男」
静寂を打ち破るようにして、夏樹が一人言のように漏らす。
「…え? 何がです?」
「そのままの意味だ」
突然の発言にカノンが困惑すると、夏樹はジンから目を離さずに喋る。
「あいつの動き、構え、視線、どれを取っても隙が一切なかった。……何だあいつは」
夏樹の目に映るジン。
それは異質な空気を持つ、紛うことなき強者のそれ、そのものであり。──今まで戦ってきた実力者と比べても、全く隙がないという点では、彼らと遜色ないと思うほどに、迫力を纏って見える。
何故、あんな人間がこんなところに居るのかと、夏樹は警戒を抱いた。
「うーん…そうですか?夢覚者っぽい雰囲気はしませんでしたけどねー」
「…分からん。だが、間違いなく…何かがおかしい」
カノンの目には、ジンが夢覚を持つほどの大きな夢や願望があるようには見えない。
確かにゴミ捨て場で暮らす、貧しいホームレスの青年にしてはかなり明るいが、本当に夏樹が言うほど強いのだろうかと疑念を感じる。
二人がジンの後ろ姿を見て、「んー」と頭を悩ませていると──
「ジンのことが気になるの?」
隣で黙ったままだったアイリスが口を開いた。
思わず、身体を震わせる二人。
「あ、はい」
「お前はあいつの知り合いなのか?」
意外にも会話に入ってきたアイリスに夏樹たちが聞く。彼女は、ジンと仲が良さそうだったが、こんな街で、一体どういう組み合わせなのだろうか。
「知り合い…んー、わたしたち初めて会ってから長いし、家族……みたいな感じかも」
少し恥ずかしそうに言うアイリスに、夏樹とカノンが怪訝そうな顔を浮かべる。
兄妹と呼ぶには、あまりにも顔や髪の色が違いすぎている二人だが、特に血縁関係などはなさそうである。もっとも家などまともに存在しないこの場所で、家族などあるのだろうかと不思議ではあるが…
「ジンとは大体の時間一緒にいるの。あ、ねぇ…あいつの顔は怖くなかった?」
「えっと、顔ですか?」
カノンが困った顔をする。
会ってからずっと明るく振る舞っているジンのイメージに、今のところ怖いという感覚はなかったが。
「うん。普段はヘラヘラしてるけど、普通に目つき悪いしね」
「あぁ。大丈夫ですよ!そんなのは夏樹くんで見慣れていますし!」
「…………」
笑って「問題なし!」と頷くカノン。
夏樹が何かいいたげに視線を送ると、自分の顔を見つめる二人の姿が目に入った。
「あら、本当に怖い顔。ふふ」
「夏樹くんも、もっと笑っていいんですよ」
「……ふん」
ふてくれたように鼻息を夏樹が鳴らす。
アイリスはそんな気がおけない二人を見て、仲睦まじい思いつつ、さっそく本題へと戻る。
「ジンってね、生まれはここらしいよ」
アイリスが小さな声で夏樹たちに向かって呟いた。
その言葉に、カノンが目を見開く。
「えっ!このゴミ捨て場で生まれたってことですか!?」
驚いた声とともに、もしかして……とカノンが声を張り上げた。病院など一切なさそうな場所なのに、子供が生まれ育つには環境が最悪すぎるではないか。
「生まれたってより…捨てられてたんじゃないかな。本人もあんまり覚えてないけど…」
「捨てられ……、そうだったんですね。ジンさんって…じゃあ、ずっとここで暮らして…?」
「なんか…一度街を出て行ったことはあるみたい。でも、帰ってきたんだって」
また余計なことを言った気がして、申し訳なさそうな表情をするカノンに、アイリスが答える。
ジンという男は結構自由な男なのだろうか。
二人はそんな風に思いつつも、静かに話を聞き続ける。
「まぁ、ちょっと話してみて分かったと思うけど、あいつ結構適当なところ、あるからね」
長い付き合いだからか、アイリスの目にはどうしようもない呆れが浮かぶ。
「『オレは人間だから、ジンなんだ』って、ほんと…馬鹿みたい」
おかしそうに、アイリスが口元を手で押さえて、上品に笑った。
そして三人でなんでもない会話を続けようとする。すると…
「おぉ!なになに?オレの話〜?」
帰ってきたジンが、三人の中に入ってきた。
手に持っているのはいくつかのガラクタ。
「うん。ジンの悪口」
「あはは、オレが居ない間にひどいじゃんね〜」
アイリスの軽口に、ジンはわざとらしく笑うと、ジンが地面に茶色い壊れかけの長机と、陶器を順番に置く。
「はい、どうぞ。近くの川から汲んできた水だけど…好きにくつろいでよ」
その中には、透明な水が入っていて、ジンは夏樹たちに勧めると、手招きして机の前に座り込んだ。
「あぁ」
「じゃあお言葉に甘えて…」
夏樹たちも言われるがまま腰を下ろすと、ジンとアイリス、夏樹とカノンが隣に並ぶ形で四人が向き合う。
全員が足を伸ばすには窮屈な机だったが、軽く話す分には問題ない。
そのままカノンは、置かれた陶器に手を伸ばして中に入った水を口に含もうとする──
「でさ、ナツくんとカノちゃんって、どういう関係?」
「──ぶほぉっ!」
だが、ジンの言葉に水を吹き出してしまったカノン。咳をして咽せながらも、慌てて鞄からハンカチを取り出すと、机に飛び散った水を拭き出す。
「か、関係ですか?えーと、私たちは…」
「仲間だ」
「………」
迷いなく言い切る夏樹に、カノンが何か言いたそうにするも、別に間違ってはないかと口を尖らせた。
そして黙るカノンをよそに、ジンは目を驚いたように丸くする。
「……仲間? 仲間ってなんのー?」
口から軽く漏れた問いに、夏樹は頷く。
早めに街を出ようとは思っていたが、簡単に話すくらいなら別にいいかもしれない。
「そうだな。それは…」
──夏樹とカノンはジンたちへと、語り始めた。
二人が持つそれぞれの旅の目的。そして、おここから遠い熱狂都市という街で、自分とカノンが出会ったこと。そこで一悶着あり、一緒に旅を始めたこと。芸術都市での戦いや、永世平和都市で受けることになった刑罰の内容まで。
話しを終える頃には、意外にもかなりの時間が経っていたが、ジンとアイリスは飽きもせずに「おぉ」と物珍しそうな顔をしている。
「ははっ!ナツくんたちって、結構やばいやつらじゃん?」
「カノンちゃん…お淑やかそうな感じなのに」
口を揃えて、感想を述べる二人にカノンは眉をひそめた。
「言われてみると、私たち変ですね?」
「変だな」
「変なんですかね…」
変である。もっとも、これまでの旅で起こしてきた出来事の数々を考えれば、クレイジーといった言葉でも収まりきらないほどにやらかしているが、当事者たちは腑に落ちない。
それほどまでに、これまでの旅は長いようで短い…毎日が風のように過ぎ去った冒険であった。
「オレ、ジュネイスの話とか面白かったな〜。誰も助けちゃダメとか、"くかいおうじょう"?みたいなのとか…世界は広いなって感じで!」
「ジンはそういうの好きそうだもんね」
「うんうん、ゴミ捨て場に帰ってくるまでの日々をちょっと思い出しちゃったよー」
ジンが一度、街を出て行った時のことを思い出して、楽しそうに目を細める。
しかし、その声に夏樹が反応を見せた。
「…ゴミ捨て場とは結局なんだ?──お前らは何故こんなところに住む?」
怪しむような目つきで、夏樹がジンとアイリスのほうに視線を送る。
すると、ジンは口を開き…
「んー、ゴミ捨て場はゴミ捨て場さ。けどナツくんが気になるのって、そういうんじゃない?」
「たかだかゴミが集まるにしては、まあ広い場所に、それなりの人間。一つの街のようになっているのが奇妙だ」
夏樹の怪しむ言葉に、ジンが困ったように話す。
「オレたちも、そんな詳しいわけじゃないけど、人伝てに聞いた話ならあるよ」
その言葉に嘘偽りはないのか、屈託のない顔で夏樹へと告げた。
街のような形をしているのにも関わらず、辺り一帯はゴミが散乱していて、貧相な服装をした住人たちからゴミ捨て場と呼ばれる所以。
「ここって、かなり昔からあって…近くの街とか工場で出たゴミを捨てる場所なんだって。だから、ゴミ捨て場」
いつからかはジンも知らないが、少なくとも百数年前にはあったのだろうか。
産業廃棄物などの処理しなければならないものを捨てるために、人々がロズアルプ山脈内の空いていた場所を整理して作られた。
「それで当時の差別とかで貧しかった人が、残飯を求めてこっそり住み始めたのがきっかけらしいけど、元々は本当に街だったのかな?」
自分の近くにある人工物らしき、脆弱な壁をジンが指差す。
捨てられるゴミには、生ゴミも多く存在するためおこぼれに預かろうと、住人が住み始めたらしいが…
ゴミ捨て場として活用される以前は、なんらかの事情で誰も住まなくなった場所だったのかもしれない。
「まぁ、縄張りとか偉い人とかとの揉め事で、何回か"掃除"はされたらしいけど、こんな山中じゃ結局…他にゴミを捨てる場所がなくて、今まで続いてるらしいね」
地形的問題もあってか根本的な問題の解決が難しかったのは、現在の惨状を見れば明白。しかし、住人にとってはある意味、良かったのであろう。
「──ま、そういうわけで、オレたちもみんな行くとこもないから、ここに住んでんだ」
ジンがどうしようもなさそうに肩をすぼめた。
昔の時代とは、事情も違うだろうがジンたちもまた何か住み続けなければならない理由があると話を聞いた夏樹たちは感じる。
「…よくバレないで済むな」
「いや?普通に有名だよ。たまに、でっかい乗り物で捨てに来るやつらが居るんだけど、そいつらオレたちを避けてるし!」
夏樹とカノンへ、笑って話すジンの姿は…そういうことに慣れているのか、特に気にも止めていない様子。
「あと…最近はテレビ、っつうの?そんなんで見たとかで遊びに来る変なやつも、たまに居るじゃんね」
ふと、思い出したようにジンが呟く。
「確かに見かける…」
「え?テレビですか?」
「うん。まぁ、最近人の目につくようになったから、ここもちょっと危ないかも」
この現代社会において、山中のゴミ捨て場に住むというのは珍しかったのか。彼らの話によると、テレビのドキュメンタリーやインフルエンサーらしき人間が気まぐれに訪れるようになったという。
冗談めかしくジンは話したが、このまま話題になり続ければ、ゴミ捨て場もいよいよ存続の危機かもしれない。
だが──
「けど、今本当にやばいのは『おもちゃ』の連中じゃん」
そのジンの言葉に、夏樹が反応した。
「…おもちゃ?」
「そうだよ〜。オレが来る前にナツくんたちが襲われてたやつ」
二人は思い出す。
ジンに手を引かれて、ここにやってくる前に自分たちが戦っていた着ぐるみのような存在──
「あ、そういえばそうです!あれってなんなんですか?」
カノンが大きく声を上げる。あれは一見して動物のマスコットキャラクターのように見える姿をしていたが、中には誰も居ないのに動き続けていた。
おもちゃというからには、その見た目の可愛らしいぬいぐるみみたいな雰囲気を指していると思われる。
しかし異様かつ、攻撃的な動きは危険そのものであり、見た目とは全く比にならない。夏樹とカノンはジンならば、その正体に詳しいかと思ったが…
「…うーん。オレたちも知らない」
「──え?」
ジンが後ろ髪の見える細い首を捻って、悩んだ表情を見せた。それにカノンはつい、間抜けな顔をして声を漏らす。
「…ジンさんたちも分からないんですか?」
「だって、あんなの今まで居なかったしね。少し前から急に街に出るようになったやつらだし」
着ぐるみたちは、街に元々居た存在ではないらしく、ジンも困ったと言いたげに顔をしかめる。
「急に出てきたよね。わたしも、ジンほどはここに居ないけど、初めて見たよ」
「…ああいう、変なやつが居たら…すぐに気づくもんじゃないのか」
「んー、ゴミもいろんなのが捨てられること多いし、オレたちも動くとこを見なきゃ分からないさ」
アイリスとジンの言葉に、夏樹が不思議そうに目を細め、僅かに身体を前にする。
その様子を見てか、ジンは手を膝に置くと。
「初めはみんな誰も気にしてなかったのに…ある時、とあるやつが中に何か詰まっていないかって、触れようとしたんよ。そしたら…」
ジンが真剣な顔で、夏樹たちの目を見る。
『──そいつ、『おもちゃ』に殺されて死んじゃった』
愕然とする夏樹たち。カノンは口を手で押さえており、少しショックを受けた顔をするも、ジンは気にせずに話を進める。
「あいつらってさ、なんでか知らないけど…人に触れられたら必ず攻撃してくるんだよね。しかも殺す気で」
言われてみれば、夏樹たちと戦った時も、遠慮のない拳で二人へ無差別に攻撃を仕掛けてきていた。
幸い、大事にいたるほどの強敵ではなかったが、何も出来ない一般人が相手だと、状況次第でかなり危うい相手だろう。
「流石に、一発で人を殺せるほど強くはないみたいじゃん。…でも、オレたちも死にたくないし、最初の『おもちゃ』はみんなでボコボコにしたよ。そしたら、すぐにどっかへ消えてった」
ジンは思い出しながら話す。倒せば塵のようになって消えていく着ぐるみ。それで終われば、なんでもない不思議な事件で終わった。
だが…
「…まぁ、きみたちも会ったなら分かると思うけど」
「そうそう。──なのに次の日、気づいたら、また別のやつが街を徘徊してたってわけ」
口々に言う二人の顔は、どうしようもなさそうにしていた。
「オレも見かけるたびに掃除してるけど、日に日に増えてるから困ってるんだよー。ま、今日のはあんたらが結構片付けてくれたから、助かったけどね!」
軽口を叩くジンを前にして、夏樹とカノンは顔を見合わせる。
「夏樹くん…これは間違いないですよ」
「…夢覚者の仕業だな」
二人が確信を得た顔で頷きあい、呟いた。
それにジンが本来の大きく鋭い目に戻り、口をあんぐり開けて声を出す。
「夢覚者〜?オレも昔、外に出てたから何回か見たことはあるけれど、ナツくんたちからしても、やっぱそうっぽい?」
「この街には居ないのか?」
「大した力はないけど、居るには居るじゃん。でもああいうのを操れるやつはオレも知らないな」
不可思議な現象は大体夢覚が関係していると思うのだが、誰がどういう力を使っているのだろうと考え込んだ夏樹たち。
すると、ジンは手を立てて、考え込む夏樹たちに向かい背筋を張る。
「──とはいえ…新しく"増えた"やつが居ないとは限らないさ」
断定するかのように信じ切った目で告げるジン。
夏樹とカノンは確かに。と思ったが、長いことこの街で暮らすジンには何か根拠があるのだろう。
「実は、本当はさっきそれを調べにいくところだったんだ。ちょっと怪しいなって思うやつらが居てね」
「…誰だ?」
「んー、ダマカスってやつが、リーダーをしているグループだよ」
全く聞き覚えのない名前に、不可解に思った夏樹たちが誰なのか尋ねようとすると、ジンが「あぁ」と気づいて、二人に説明を始める。
「この街には、オレとアイリスみたいに何人かで集まって、協力して生きてるやつが居るんだ。…で、ダマカスがその中で一番大きいグループかな」
ゴミ捨て場といえど普通の街のように、秩序があるのか一人で生きていくのは厳しい。
だからこそ、一部の人間は徒党を組んで自分たちの見の安全を確保しているのだとか。
「だけど、『おもちゃ』が現れた頃からそいつらの動きが変で!だから調べにいくとこだったんだ〜」
ジンがのんきに言い放つ。
「なるほどな。街のことは知らんが、人が多ければそれだけ夢覚を使えるやつが出る可能性も上がる」
「へぇーゴミ捨て場にも、いろいろあるんですね…」
「あはは、基本飯漁る以外しないけどね」
次々に話す夏樹とカノンに、ジンは硬い地面の上に座りながら、手を広げて笑った。
そして、夏樹たちのほうに視線を送る。
「オレはあと少ししたら、またダマカスのとこに行くけど…ナツくんたちはもう帰る感じ?」
ジンの言葉に、夏樹は目を尖らせたまま無言で思考を巡らせると…
「特に用もないし、そうするか」
「…いや、待ってください。やっぱり気になりませんか?着ぐるみちゃんたちの正体」
「……?」
だが、カノンの言葉に遮られてしまった。
夏樹としては、こんな辺鄙な場所で時間を無駄にはしたくなかったので早く出て行きたかったが、カノンの迷うような眼差しに困惑する。
「俺たちの飯も買わないといけないし、そんなことを気にしている余裕は」
「大丈夫です!水さえあれば人間一日くらい持ちますから!それに、こういうのも良い機会だと思うんです」
カノンが思いついたように、目尻を緩めながら満面の笑みを浮かべて、夏樹へと告げる。
「前にオハコさんも言ってましたよね。『現地で住む人とも積極的に関わるといい』って!」
──ジュネイスの責任者を名乗るオハコが夏樹たちへと話していた言葉、カノンはそれを引用した。
この旅…もとい苦界往生遍路巡りを始める前に彼女が言っていた追悼の意味を知るための過程で、人ととの関わりも必要だという。
「こういうちょっとした出来事が案外…私や夏樹くんの目的を果たす上で、大事な手がかりをゲットするのに繋がったりして…」
「…そんなに都合よく行くか?」
「んー分からないです。でも何もしないよりマシだと思いますから、少しだけ私たちも探してみません?」
「………」
夏樹は大して意味がないだろうと思ったが、カノンの顔を見て、どうせ言い返しても聞かないだろうと諦める。
ここも治安が良いとはお世辞にもいえないが、彼女の言うとおり、短く滞在するくらいなら構わないだろう。
「…本当に少しだぞ」
夏樹はため息を吐くと、念を押すようにカノンへと告げた。
「えーっと、よく分かんないけどナツくんたちもオレらを手伝ってくれるってこと?助かるじゃん」
「…あぁ、"少し"だけな」
呆れた様子で強調する夏樹を見て、ジンが苦笑する。
「…なんか、ナツくんって冷たい顔してるわりに意外と甘いんだね」
「………」
悪気のない顔で話してくるジンに、夏樹がじとーっとした目で黙り込む。
やがて何か言いたそうに抗議の声を上げようとすると、隣のカノンが嬉しそうに口を開いた。
「そうなんです!夏樹くんは結構押せば聞いてくれるんですよ!─ふふ。これでも、初めて出会った時は本当に冷たくって……ん?よく考えると、最初から甘くなかったですか?」
「あれはお前が……いや、もういい」
カノンが思い返せば、熱狂都市で初対面だった頃から、夏樹は案外、自分のわがままを聞いてくれた気がする…と頭を悩ませていると、夏樹は「お前が言っても聞かないから」と言い返しそうになった。
──だが、今気にするべきはそこじゃないと。夏樹はジンへ向き直る。
「とにかく、…ダマカスとやらの場所に行くんだろ。そいつはどこにいる?」
「あいつはね、街の倉庫跡を拠点にしてるよー。つっても何個かあるんだけど」
その言葉を聞き、夏樹は机に手を置いて真っ直ぐに立ち上がると、凍てつくような目でジンたちのほうを見た。
「なら話は早い。さっさと行くぞ」
夏樹の姿を見ると、カノンもまたすごい勢いで立ち上がって、腕を思いっきり天に掲げる。
「よし。じゃあ、行きましょ行きましょ!」
「あー、それなんだけどさ…カノちゃんはここに残っといてくれない?」
「──?」
しかし、ジンの声に止められてカノンが戸惑う。
単純に自分が弱いと思われいるのかとも思ったが…
「正直、危ない目には合わせたくねーから置いてたけど、アイリスを一人にしとくのも嫌じゃん」
見た目どおりアイリスには戦えるだけの力がないのだろう。そう言うとジンは──
「あの戦いを見てた感じ、カノちゃんって普通に強いよね。だからこいつを守っといてほしいな、って!」
アイリスの肩を軽く叩いて、カノンへ伝えた。
一瞬、アイリスはビクンと身体を震わせるも、すぐにカノンのほうを見る。
「なるほど…。──全然構いませんよ!アイリスさんとはもっと話してみたいところでしたし!」
「え…えぇ?そうなの……まぁでも、わたしもカノンちゃんが居てくれるなら安心だけど…」
カノンの明るい声に、アイリスは慌てふためくが、嫌だとは言わないあたり、多少はカノンとも打ち解けたられたのだろう。
「夏樹くんは大丈夫ですか?」
「……俺はいい。だが、勝手にどこかへ行くなよ」
「分かってますって!そういうのは私に任せてください!」
そう自信満々な様子のカノンに、夏樹はなんともいえない不安を抱いた。
…こういう時、カノンは大体根拠もなく言っている気がするし、何よりももの珍しさからその辺をほっつき歩いてしまうのではないかと思う。
夏樹の脳裏に過ったのは、今までの旅で自分を引っ張り回したカノンの疲れ知らずな姿。
──だが、彼女もずっと村に住んでたから常識知らずなだけで、安危の分別が付かないわけではない。
それにアイリスが隣に居るなら平気だろうと、夏樹はカノンが大人しく待ってくれることを信じて、ジンともに歩き出す。
「じゃ、行くじゃんね〜」
「あぁ」
その声に相槌を返して、夏樹はカノンのほうを一瞥する。
「…何かあったら、夢覚でも使って連絡しろ」
「了解です。とはいえ流石に安全だと思いますけどね!」
…やっぱり不安だ。
この状況に至っては、カノンの安心してください!とでも言いたげに微笑んでくる顔を見る度に、夏樹の中に不安が湧き上がる。
それからすぐに夏樹とジンは、カノンたちに背を向けると、「おもちゃ」の正体を探るため街の倉庫跡へ向かって行った。




