第4話 ドール
「──!? なんだ!!」
夏樹が叫び立てる。
眼前に立つのは、中身がないはずの着ぐるみ。
「う、う、動きましたよね!今!!」
「あぁ…こいつ、動けるのか!」
ついうっかり触りそうになったところを襲われかけたカノンが、後方で声を震わせながらも現実であることを確かめる。
何が起こったのかは全く分からないが、とりあえずおかしなことが起きたとは悟った。
「でも、中身は確かに…」
「分からん。だが、気をつけろ!」
焦燥を浮かべる二人に対し、着ぐるみは顔を静かに上げると、その瞳──今となっては戦慄を感じさせる真っ黒な双眸で、二人のほうを向く。
やがて着ぐるみが静かに身体を動かし始めた。
「…何がどうなっている」
夏樹の声をよそにして、おぼつかない足取りかつ、機械的な動きで夏樹たちのほうへと向かう。
直後、着ぐるみは跳ね上がるように地面を蹴った。
「………っ!」
振り抜かれた体任せの右フックを、夏樹が腕で受け止める。たかだか着ぐるみの一撃にしては、なかなかに強力な攻撃であり骨に衝撃が走るも、この程度なら問題はない。
着ぐるみのバランスが崩れたのを目に捉え、夏樹は即座に右足を地面から離す。
次の瞬間、着ぐるみの股ぐらを閃光のように早い動きで、思いっきり蹴り上げた。
空中へと投げ出されて後ろ向きに地面へ倒れる着ぐるみ。
夏樹は即座に空いた片手を動かし、懐から黒い棒を取り出す。
「やはり、空だな」
腕に力を込め、瞬く間に黒い棒が変形して真っ直ぐに伸びながら、横から飛び出した銀色の刃。
足に響いた感触を頼りに、何もないことを確認すると夏樹は片手で、立ち上がりかけていた着ぐるみに向かって軽く薙いだ。
──走る閃光とともに、真っ白な首が刎ね飛ばされる。
可愛らしいマスコットキャラクターの顔が宙へ舞い、地面に柔らかな音を立てて落ちた。
真っ逆さまになった着ぐるみの顔。汚れのない純黒の瞳が夏樹たちのほうを恨めしそうに見つめると…
…着ぐるみは塵のようになって、白い粒子を出しながらどこかへと消えていく。
夏樹とカノンが呆然とした顔で、その光景を眺めているのも束の間。
「──!!」
妙な音が耳につんざき、弾かれたように周囲へと身体を振り向ける。
そこには、新たに二体の着ぐるみが立っていた。
「増えた!?」
カノンが大声を上げる。
そう思うのも無理はない…現れた着ぐるみたちは、先程の着ぐるみとデザインこそ違っているものの、どちらも似た等身大で、似通ったセンスをしている。
「新手か…?このタイミングで」
嫌な予感を覚えつつも、夏樹が大鎌を構える。
着ぐるみであるのだから当然であるといえば、当然であるが、それらは表情を一切変えることなく不気味に二人のほうに近づいてくる。
関節がないからか、気色の悪さを感じさせる動きで着ぐるみが迫っていた。
夏樹はそれを再び刃で、胴から斜めに一体の身体を斬り上げる。
二つに分かれた着ぐるみは、前の着ぐるみと同じように倒れ込むも、夏樹は一瞥すらすることなく、後ろを振り返ってカノンのほうへ──
やはり、残った着ぐるみの一体がすでにカノンへ襲いかかっている。
夏樹が目を細めて、燃え上がるような形相を浮かべると足を素早く動かし、一直線にカノンのほうへ向かう。
勢いに任せたまま、夏樹が大鎌を投げつけて、両刃の刃による逃れられない死を与えようとするも、位置関係上カノンに危害が及ぶ可能性が高いため、即座に断念した。
一歩、一歩を全力で早めて夏樹が着ぐるみより早くカノンの前に立ち塞がろうとする。
──しかし、カノンだって誰かの力を借りなければ、何も出来ないほど弱くないのだ。
『気品の花束』
カノンが呟いたのと同時、地面から紫色の花をつけた荊が湧いて生え、着ぐるみの身体を締め付けるように拘束する。
悶え苦しんで暴れるも、着ぐるみは束縛を抜け出せない。その間に…
「ふんっ」
追いついた夏樹の容赦ない一撃が、着ぐるみの身体を荊ごと両断した。
そして、着ぐるみは消えていく。
夏樹とカノンが顔を合わせるが、しかし…すぐにそんな暇はないことに気づいた。
「まだ増えるのか!!」
さらに追い討ちをかけるようにして、二人を囲んだのはもっと多くの着ぐるみ。
一向に止まる様子はなく、それらは夏樹たちへと向かう。
「ちょっと、多すぎです!」
いまだ原因の解明できない状況にカノンが愚痴を溢しながら、夢覚を使った。
「──『竜舌剣』」
右手を覆い現れた綺麗な花々に繋ぎ止められる刃のごとき無数の葉で作られた剣。
「気高い貴婦人」を元にして生み出されるカノン専用の武器だ。
二人が襲いくる着ぐるみたちへ、各々の武器を向けて動き出す。
何体かの着ぐるみたちへ、軽快なステップを弾みながら、それらの意識外へ向かうように歩みを進めて大鎌で斬る夏樹。
一撃振るうたびに一体。或いは複数まとめての撃破を行い、場に変則的な風が吹きあれる。
その横で、カノンは剣をまばらに動かして払うように着ぐるみたちへぶつける。
何体かの着ぐるみは斬り傷が浅く、すぐには身体の崩壊が始まらないものの、カノンは連続で縦横無尽に斬り裂いた。
二人の連携によって、着ぐるみが数を次々に減らす。
着ぐるみの一体一体。夏樹たちからすれば、あまり大した実力ではないのか、ワルツのように場で踊るかのような二人の鮮やかな攻撃を止めるには至らない。
…だが、問題は際限なく湧いてくることだった。
──カノンの連続攻撃で大方の着ぐるみを殲滅し終えた時、残った最後の一体がカノンへ向かうも、わずかな隙を拭って夏樹が斬った。
再び、場に出た着ぐるみたちを全滅させた二人だが。
「…もう、キリがないですよ!」
さらに、十を超える着ぐるみが「ゴミ捨て場」の中で夏樹たちを囲んでいた。
辟易とした声を漏らすカノン。時間が経てば経つほど敵は増えてくるが、解決策が一向に見つからないのが何とも歯痒い。
「まとめて倒すか」
終わらない戦いに焦りを覚えつつ、夏樹たちは「諸刃の大鎌」と竜舌剣を構えて戦いの準備を整える。
歩いてくる着ぐるみに、二人は──
『…おっとと、──危ないじゃん』
突然、聞き覚えのない声が二人の間に入ってきた。
驚いてその出所に振り向くと、後ろ髪を少し伸ばした金髪の青年が立っている。
顔はよく見えないが、間違いなく夏樹たちとは面識がない人物であり、彼はその口元を尖らせて……
「こっち」
困惑する夏樹たちをよそに、金髪は夏樹の腕を掴む。
謎の声に引っ張られるがまま、夏樹たちは着ぐるみの間を縫うようにして、どこかへと消えていく。




