↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
第一章 血に堕ちる天使
53/53

第8話 表裏


「人形の……天聖騎士……?」


 カノンが目の前の男を見据えて、目を見開く。

 この場に居るはずがない存在の名前。

 そもそもカノンたちは、ダマカスという男を探しにきたはずだ。──なのに、どうしてこんなゴミ捨て場で天聖騎士の名を耳にすることになるのか。


「いかにも!拙こそが聖方教会が要の一人。天聖騎士にて候」


 女の絡繰人形らしき物体の後ろから、頭を出した正気とは思えぬ目つきで、男が話しかけてくる。

 痩せこけた頬に、顔が部分的に崩れ去ったかのように凄惨な跡。

 異質といえば異質な、その姿は……ただならぬ存在であることを表しているかのようだ。

 

「ねぇ、どうしたのカノンちゃん?あの男は──」

「アイリスさんは下がっていてください!……これは、そう単純な話じゃ済まなくなってきましたよ」


 芸術都市で、かつて相見えたロヤテ同様。天聖騎士の名を冠した『途郎善』と名乗るその男を前に、以前の出来事を思い出し、カノンが警戒の眼差しを向ける。

 ──呪影の天聖騎士が行ったことを考えれば、彼もまた、到底まともな理由でここに居るとは思えない。


「お主らはこのゴミ捨て場のものどもか?こんな場所にまで来るとは、浅ましき強欲じゃ」


 軽蔑を含んだ声が途郎善の口から放たれる。


「拙のエリザに悪影響を与えてみよ。その汚らわしき頭二つでは償いきれぬぞ。のうエリザ?」


 愛おしそうな顔で、エリザと呼ぶ女の人形を途郎善が手で撫でる。

 すると、人形の口をもう片方の手で触り。


「ホントウダワ、アナタ。ワタシコンナヤツラキライヨ!」


 途郎善が口をすぼめて裏声を出し、あたかも女の人形が話しているかのように、人形の口を動かす。


 端からみれば、滑稽な芝居を真剣な顔で繰り広げる途郎善に、カノンとアイリスは再び「気持ち悪い」と顔を引きつらせる。


『気品の花束(バラ)』


 地面から棘が伸び出し、途郎善の身体に向かう。

 瞬く間に身体へと巻き付いていき、人形ごと締め付けるように拘束した。

 途郎善は身体を動かすも、簡単には振り解けない。


「む?なんと強かな。かような場所にお主のような夢覚者(むかくしゃ)はおらんかったはずだが」


 しかし、途郎善はまるで痛みなど感じていないかのように、余裕を感じさせる声で平然と呟く。

 それにカノンが叫び立てる。


「ここに何をしに来たんですか!?まさか私を捕まえるためだけに……また悪いことをするつもりじゃないですよね!」


 ロヤテがカノンを要求するためだけに、芸術都市を封鎖して、たくさんの人を殺めたこと。

 それを理由に、カノンが露わにするのは怒り。

 

「……私? 誰じゃ。拙はお主など──」


 途郎善は何の話だと、呆けた顔をする。

 だが、彼がカノンのほうに目をやり、そこで茶色の長い髪、エーデルワイスの花飾り、そして今自分を縛る花がつけられた荊を順に見ると、頭に一筋の考えが浮かぶ。


「ん?その出立ちに、話しよう」


 それは以前、教会より下されし密命。


「──あぁ、まさか、お主が"かのん・えぃでるす"か」


 今気づいたかのように、途郎善は納得の声を上げた。


「拙はなんと運が悪い!かような場所に何故おる?拙はお主に構っている暇などないというのに」

「……え? 私が目的じゃないんですか?」

「誰がお主ごときのために、好き好んで辺鄙な場所へ来るものか」


 途郎善の急変した様子に、カノンが困惑を見せる。

 エリザ人形の頭を抱えて、途郎善が露わにするのは侮蔑にも思える視線。


「拙にとって、拙とエリザの理想以外はどうでもよい。誰が何を企んでいようと気にはせん。じゃがのう……ここで見つけてしまったからには。──うむ」


 静かに壇上からカノンを見下ろすと、途郎善が決意する。


「"拙"のために、連れいくしかないかのう」


 狂気の声が湧き上がる。

 途郎善が縛られながらも、カノンたちを前にして、その"力"を発動する。


「愛玩行楽(イトウツクシ)」


 三人を除いて、誰も居なかったはずの倉庫に突如として、無数の足音が響き始める。

 踏み鳴らすかのように地面を揺らしつつも、衝撃が吸収されるがごとく、奇妙な様子に動揺を二人が覚え。


 ──カノンとアイリスが慌てて振り返ってみれば。


「何ですか!?」


 迫り来るのは、十をゆうに人形兵たち。

 愛らしい姿をした動物のマスコットらしき着ぐるみとでも形容すべき存在。

 カノンたちはすでに知っている。

 

「こいつら……ってことは、あの男が!」

「来ます!『竜舌剣(リュウゼツランブレード)』!」


 カノンが焦燥を浮かべて、すぐに手の中にリュウゼツランの剣を呼び起こした。

 そして、急いで人形兵たちに向けて刃を振るう。


「貴婦人の社交界(リュウゼツラン・スパイシー)」


 カノンとアイリスを囲うように、リュウゼツランの葉で作られる無数の刃が円錐状の形を成す。

 そして、近づいてくる人形兵たちのほうに広がっていき。


 人形兵の愛らしい肉体に食い込むと、ミキサーで分解するかのように木っ端微塵にしていく。

 斬られたことで人形兵たちは即座に塵と化する。


 茶色の髪を揺らしながら、カノンが疲労で吐息を漏らすと。


「緩んだのう」


 そのすぐそばには、いつの間にか棘から解放された途郎善の姿があった。


「──!?」


 カノンが愕然とするも、反射的に竜舌剣を振り抜く。

 意識するよりも、コンマ数秒早いほぼ無意識の一撃であったが、それは正確無比に途郎善の前に立つエリザの人形へと向かう。

 だが──


 受け止められる太刀筋。

 火花が散ると、そこでぶつかっていたのはエリザ人形が手に持つ小太刀である。


 身体が一歩後ろに引いたのと同時、カノンはすぐに体勢を取り戻して、竜舌剣を何度も何度も手で振るう。

 にも関わらず、途郎善が後ろでエリザ人形を手で動かす速度もそれに負けず、簡単に弾き飛ばされる。

 やがて竜舌剣の刃は次々にエリザ人形が手に持つ小太刀で斬り落とされていった。


「──! 『触れないで(オニアザミ)』」

 

 カノンと途郎善の間に、巨大な棘の球体を持つオニアザミの花が咲く。

 これで時間を稼ごうと、カノンは前方を囲うように続けてオニアザミを出すが。


「無意味な抵抗であろう」


 一瞬で何度も斬り落とされた。

 オニアザミたちが形を崩されていき、その隙間から現れたのは手に持つ小太刀を前に構えたエリザ人形と途郎善の姿。


「よく暴れる童であるな。全く……ここで殺してやりたいわ。──忌々しい」


 途郎善が目を細めて、凍てつく憤怒に満ちた視線をカノンにぶつける。


「拙の人形兵の数は無尽蔵であるぞ」


 エリザ人形の後ろから途郎善が発するのと同時、空気が揺らぐ。


「一度に数十を相手取るか、数百を相手取るか……お主はどちらがよい?」


 その言葉と同時、気づけばまたカノンたちを囲うようにして、人形兵が無数に現れていた。

 際限なく出てくるそれらの発生源は地面。

 そこから湧き上がるようにして、人形たちが形を成し、──やがて着ぐるみの姿となって二人へ襲いくる。


「……っ!」


 カノンは応戦しようと、竜舌剣を素早く動かして人形兵たちを薙ぎ払う。

 しかし、斬っても斬っても人形兵の数は減るどころか段々と数が増えていく。


「満ちた自信(リンドウ)」

「えっ!?ちょっと!!」


 カノンが手を伸ばして、アイリスのほうに青い色をした花を咲かせた。

 戸惑うアイリスを飲み込むかのように、開いた花は閉じていき、カノンはアイリスを中に閉じ込める。


 そして一瞥することもなく即座に武器を構え直すと、手加減一切なしで<花天>の力を発動し始める。


 無限に湧き出てくる人形相手に竜舌剣の葉を増やして伸ばし、応戦して斬り裂き。

 倉庫に置かれたコンテナらしき物体などへ這い上り上から迫り来る、人形兵たちへも警戒を怠らずに、斬っていく。


 一体一体は大して強くはない。

 夏樹なら、一瞬で何体も倒せるのだろうが、そこまで腕に自信のないカノンは、裂傷を何度も与えて、手数で押し切ることで対処を決める。


「はあっ!」


 薄暗い倉庫内で微かな光に照らされる着ぐるみの形をした人形兵の瞳は、カノンに怖れを感じさせた。

 決して、カノンは集合体恐怖症などではないが、きっと誰だってたくさんの着ぐるみに囲まれれば自分と同じ気持ちになるだろうと、カノンは思う。


 突破口の見えない状況に、額に汗が浮かんでくるが、カノンは気にせずに集中を高めて人形兵たちを討つことに専念する。


 竜舌剣を回し、自分の周囲に纏うように動かして変幻自在に扱うと。

 次々に人形兵は吹き飛ばされていくが──

 それでも数はまだまだ尽きない。むしろ、今のは浅かったか。

 途郎善の姿は、人形兵たちに隠れて見えないものの、カノンに警戒のリソースを割かせる。


 そうこうしていると、カノンはすぐに戦いを終わらせようと、手汗握りながら竜舌剣を直線上に伸ばして、自分の前方に立つ人形兵をまとめて穿った。


 耐えきれずに人形兵は押されて、壁際へと体が向かっていく。しかし……


「っっ!」


──カノンの周囲が、がら空きとなる。


「『乙女の真心(ダリア)』!」


 カノンが竜舌剣を捨てると、直後、上へ跳ね上がる。

 竹のように大きく天へと伸びる茎を持った、小さなピンクの花を頂点に付ける鮮やかな花を咲かせると、手で掴んで、一緒に上へと旅立ち。


 そこで倉庫の天井付近までたどり着くと、地面を一望して、ほんの少しの間に人形兵たちを眺めると。

 一人だけ、異形を保った存在。

 途郎善の姿を発見した。


「──そこです!」

 

 再度、複数の"皇帝ダリア"とも呼ばれる、竹に似た茎を持ったダリアを身体から呼び起こし、緑の棒がカノンの周りに複数現れると、途郎善や周りの人形兵たちに向かって一斉に放つ。


 風情を感じさせる花と茎の組み合わせは、見るものの心を奪うほどに美しかった。

 しかし、カノンが行うのは、それとは真逆の全ての敵を穿つ情け無用の蓮撃。


 勢いよく射出されたダリアの雨は、天から降り注ぐ無数の槍のように音を立てて、十数体の人形兵の身体を音を立てて貫いていく。

 

 硬い鼠色とぶつかり、丈夫なダリアの茎が、生まれた中の空気の振動を反芻し。

 身体に穴の空いた人形兵たちは機能を停止したすえ、すぐ塵に分解されて消えゆく。

 地面にはダリアの綺麗に薄紫がかったピンクの花が残り、質素だったコンクリートの地面が、花で彩られるが。

 カノンがダリアの茎を掴みながら下へ視線を向けると……


「おぉ、エリザや。怪我はないか?」

「ダイジョウブ、ダイジョウブ。コンナノヘッチャラヨ!」


 変わらず無傷のまま、カノンに目もくれずに茶番を続ける途郎善の姿が一人残されていた。

 期待を外した状況に驚きつつも、カノンは即座に判断して、ダリアをもう一度放とうとする。が……


「……うわっ!」

 

 突然、自分の掴んでいたダリアの茎が揺らされる。

 下に居るのは、手でその根本を動かす人形兵たち。

 主である途郎善が近くに居るためか、人形兵の動きがワンパターンなものではなくなったらしい。


 カノンは振動に我慢しきれずに、茎から手を離してしまい、地面へ落下してしまう。


「貴婦人の社交界(リュウゼツラン・スパイシー)」

 

 自由落下に身を投げ出しながらも、急いで竜舌剣をもう一度手に出して、思いっきり振るう。

 下で待ち構える人形兵たちを一掃するように動かしながら、完全に落下する直前に先端を遠慮なく地面に叩きつける。


 多少、和らいだ速度のままカノンが、なんとか着地した。


 だが、それでも普通の少女にとっては、なかなかに痛手となる衝撃が身体に襲いくる。

 「かはっ」と骨に伝わる衝撃に、カノンは嘔吐を感じ、唾を吹き飛ばす。

 しかし、腕を突き立ててすぐに起き上がると、震えた身体で周囲を睨みつけた。


 ……アイリスを保護したリンドウの花はまだ無事だ。

 今、優先すべきは減ることなく、性懲りもせずに襲いくる無数の人形兵。


 竜舌剣を横向きに構えて、カノンが急いで伸ばす。

 疲労はかなり酷かったが、この状況下ではそんなこと気にもしていられない。

 ただ、向かってくる全方位の人形兵に向けて、リュウゼツランの葉で斬り続けるのみである。


「があっ……っあ!」


 唸り声を上げながら、カノンは一心不乱に何十……あるいは百を優に超えているかもしれない人形兵を円を描いた軌跡で迎え討つ。

 ──倉庫の動きにくい構造の中で、カノンに出来るのは目に入る人形兵を斬ること。


 目論見通りに、塵となって人形兵は前から順番に消えていくが、それに負けじと次の敵が襲いくる。

 地面から湧き上がり続ける人形兵たち。


 カノンの腕や肩が限界を迎え出す。

 汗が目に入って、視界が霞むもカノンはさらに集中を深めて、竜舌剣の速度をさらに速くして、段々纏う円が加速していき、カノンが腹から叫び立てる。


「『踊る貴婦人(リュウゼツラン・サワー)』!!」


 竜舌剣を構成していた葉っぱたちが一斉に解き放たれる。

 それらは勢いよく回転して、自由に飛び回り、片っ端から人形兵の身体を断つ。

 危うさを孕んだ鋭いリュウゼツランの葉はカノンの手という制約下から解放されて、さらなるペースで人形兵を倒していった。


 カノンが目を鋭く尖らせて真剣な顔で、周囲の消えゆく人形兵を見つめる。

 ──欲をいえば、途郎善も巻き込まれていれば、なんとか突破口も見えてくるが……

 その気配はいまだにない。

 湧き上がる人形兵をカノンは倒し続け。


 倉庫の中に、緑の嵐が吹き荒れた結果人形兵の数は確かにカノンの周りから減った。

 だが、まだまだ数は多く、カノンがさらに葉が舞う速度を早めようと、手をかざす。


 葉は速くなり、人形兵をより多く斬り裂こうと、動き出す。

 しかし、その時。


 ──カノンの身体に、さらなる不意の痛みが走る。


「かはっっ!」


 肩から脇腹にかけて苦痛を感じ、足腰から力が抜けてしまい、身体から地面に倒れるカノン。


 なんとか手を付くも、限界を迎えた身体をいきなりは起こせずに、息を吐いたまま止まる。

 それでもカノンが力を振り絞って身体を動かそうと。


「はて、もう終わりか。──なんともはかなき戯れよのう」

 

 瞬間、近くに響き渡る途郎善の声。

 やつは人形兵たちに囲まれながらも、いつの間にかエリザの人形とともに、カノンの近くへ来ている。


 今ある力を使い果たしたカノンは、身体を奮い立たせるが、<花天>の力は残酷にも効果を失っていき、場に咲いていたダリアやリュウゼツランが消えていく。


 そして同時に、アイリスを包んでいたリンドウの花も萎んで消失すると、中からアイリスが出てきた。

 彼女の目に最初に飛び込んだのは、無数の人形兵たちに加えて。


「カノンちゃん!?」


 地面に這いつくばるカノンの姿。

 アイリスはカノンを助けるため、駆け出そうとするも、人形兵たち相手に足がすくんで動けない。

 動揺を覚えつつ、アイリスが眼を真っ直ぐに向ける。


 すると、途郎善がカノンへ、ゆっくりと近づいてくる姿が目に入った。


「これにて終い。拙も忙しいのでな。早々に捕えさせてもらうぞ」


 途郎善は人形兵の前に出てきて、顔を地面に向けたまま茶色い髪だけが目に映るカノンを見て、静かに告げる。

 当然、前方にはエリザの人形がおり、少しだけ人形を浮かせながら途郎善は移動してきている。


 光が微かに届く暗い倉庫に、自分を囲む無数の人形兵。

 アイリスが叫ぼうにも、この空間内では外に声が届かないだろう。

 

 当のカノンは、力を出せなくなったまま息を吐いて、震えており、どうにか戦わねばと思うも、代償の痛みだけが身体を襲う。


 もはやなす術はないか。

 そんな絶対絶命のピンチ。


 やがて、途郎善がカノンを捕まえようと、手を伸ばして新たに人形兵を呼び出そうとした。


 その時。


「──カノン!」


 突如として、倉庫内に怒号が響き渡る。

 踏み出した足音に、瞬く間に空気が揺れる。

 硬い鋼と鋼がぶつかり合うような音が聞こえ、赤い火花が散った。


 馴染み深い声に、カノンは驚いて咄嗟に顔を上げてみれば。


 そこに居たのは、エリザ人形の小太刀相手に正面から大鎌をぶつけて、敵と向かい合う。


 ────夏樹の姿だった。


「夏樹くん!」


 カノンが大きく声を上げる。

 どうしてここに居るのか。そう思ったが、いきなりの夏樹の登場に視線が釘付けになる。


 夏樹は、力を踏みしめて大鎌を強く前に押して、エリザ人形の身体を押す。

 負けじと押し返す途郎善。

 両者の力は拮抗しており、互いに引かずに腕の力を振り絞る。


「あいつは……」

「アイリス!ちゃんと無事か?」

「えっ!?ジン!」


 アイリスがその様子を観察していると、すぐそばからジンの声がした。

 目を向けてみると、自分のすぐ前に来たジンが立ち塞がり、アイリスに顔を向けている。


 しかし、ジンはアイリスの無事を確かめると、手を前にやって途郎善のほうを見た。

 釣られてアイリスもそちら側へ向き直る。


「お前が"人形の天聖騎士"か」

「また拙の知らぬ人間。じゃが、何故拙の名を知っておる?お主との面識はないはずであろう」


 途郎善の名を呼ぶ夏樹。

 途郎善が訝しむように疑問の声を放ち、開いた瞳孔のまま夏樹に尋ねる。


「お前の仲間から聞いた」

「仲間……?はて、拙に仲間などおったか。それがこのゴミ捨て場のものどもなら、とんだ思い違いじゃな」


 互いの刃筋が逸れて、腕が正中線から外れるも即座に刃を戻し、再び打ち付けあう二人。

 何度も閃光が迸り、様々な方向から攻撃を放つ。

 壮絶な斬り合いにもつれ込むも、両者の肉までは届かず、刃だけが音を立てる。


 鋭い金属音が耳を突いて、振り終わる頃には意識が次の斬撃へ向かいながら、余計な隙は両者ともに一切生まれない。


「次々と来おって。拙も暇ではないというのに、やはりかような場所に住む人間など信用に足らんのう」


 途郎善はそう呟くと、エリザ人形に小太刀を大振りに振らせて、大鎌に激しく衝突させながら後退する。

 

「今はここまでとしよう。拙の目的を果たすためにもこれ以上の時間はかけておれん」

「──!」


 堂々と途郎善が告げると、周囲から人形兵が向かってきたり

 夏樹の前に人形兵が立ち並ぶ。

 途郎善は続けて数を増やす人形兵たちに姿を隠していくと、夏樹とカノンに鋭い視線を向ける。


『その小娘を捕えるのは、事を終えたあとじゃ』


 途郎善の瞳までもが、覆い尽くす人形兵の身体に完全に飲み込まれると、やがてエリザの人形とともに何処へ消える。


 夏樹が追いかけようとするも、眼前に立つのは無数の人形兵たち。

 やがて、途郎善の気配が完全に倉庫の中から消えてしまう。


 ──倉庫の中に残ったのは、夏樹たち四人と、主が消えてもなお健在の百に及ぶ人形兵であった。


「ちっ」


 襲いかかってくる人形兵相手に、夏樹が大鎌を構えると、殺気を孕んだ斬撃で複数体まとめて斬る。

 ……それでも数はまだまだ多い。

 夏樹は地面に伏したままのカノンを守るように、その近くで殲滅を始める。


 その戦いでは、ジンもまたアイリスの近くで、人形兵の攻撃に呼応するように拳を振い続け、人形兵を倒して行った。

 

 途郎善から離れたからか、人形兵の動きは始めに出会った時のように単調なものへと移り変わっていく。


 仮に途郎善が近くに居たところで、このくらいの雑兵であれば、何人生み出されようと、警戒を強める夏樹とジン相手に、下手な搦手は通用しなかっただろう。

 障害物が並ぶ閉鎖的な空間では、夏樹たちの攻勢が優勢である。


 瞬く間に、塵となっていき人形兵はその数を減らす。

 無我夢中で夏樹は斬撃を解き放ち、倉庫内に澄み渡る空気に余裕が出てくる。


 やがて、夏樹が最後の一閃を放った時。

 百体近く居た敵は完全に消え去っていたのだった。


「立てるか」

「あ……はい」


 夏樹の声に顔を上げて、カノンが返事をする。


 カノンは一瞬、夏樹が自分に手を伸ばしてくれているのかと期待した。

 だが、夏樹は武器を横に構えたまま自分に視線を送るだけだった。


 ──途郎善との戦いに、集中していたせいで忘れていたが、自分は夏樹の目を盗んで、飛び出した身なのだ。

 もしかして、夏樹は怒っているのか。カノンが不安に思い、気まずさから笑って誤魔化す。


「あはは……助けにきてくれて、ありがとうございます。だけど、えー、その……」

「……もういい。言い訳は後で聞く」

 

 しかし、夏樹は呆れたように目を細めると、カノンに向かって静かに話しかける。


「今は悠長にしていられる状況じゃなくなった。さっさと帰るぞ」

「え?どうしたんですか……?」

「人形兵とやらだ。あいつらがまずい」


 夏樹が考え込むように呟く。

 カノンはそんな様子を見て、途郎善のことかと思った。


「人形の天聖騎士ですか?確かに。まさかこんな場所にまで、聖方教会の手が伸びていたなんて」

「違う。それもあるが、今はもっと深刻な状況になった」

「……?」


 いつにも増して、真剣な顔の夏樹。

 どうしたのだろう。居た堪れない気持ちを継続させながら、カノンが不思議に感じる。


 夏樹はジンのほうに視線を飛ばすと、互いに頷き合って、一息吐くとカノンへ重たい声で告げる。


「──この街の人形兵どもが、一斉に街の住民を襲い出した」


私生活の影響で10日ほど更新休みます。すみません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。