恐面世界『カノン・エーデルス』
──夢を見た。それは悪夢よりも嫌な夢。
私の知らない現実。
私の知らない過去。
私の知らない空想。
私は『これ』を見たことも、聞いたこともない。だから、ずっと村の中で暮らしてきた私とは何も関係がない妄想の産物だと、初めは思った。
ただ、私が怖いと感じるものを寄せ集めただけの、誰かが適当に作った嫌がらせのような世界。
なのに、どこか懐かしいと感じてしまう。
一人ぼっちの世界で、同じ一人ぼっちだった夏樹くんもここには居ない。
見知った顔はただ一人。私と同じ血を分けた最後の姉妹。
だけど、こんな形で再開するくらいならば、早く覚めてほしいと私は願ってしまった。だってそうだろう。
私は知らない、知らない、知らない。
こんな記憶を、私は何一つ知らないのだから……
ーーーーーーーーー
「(……ここは?)」
──なんだか眩しい光が飛び込んで来た。
私の記憶が正しければ、私は夏樹くんと一緒にフィアワールドさんが作った怪物と戦っていたはず。
でも、そこからフィアワールドさんの攻撃を受けちゃって、気づけば暗闇に包まれて動けなくなって。
長い時間が経った気もするけど、今、眩しいって感じるってことは…解放、されたのかな?
もしかして、夏樹くんがまた助けてくれた。なんて……期待してみたり。
うーん。いつも助けられっぱなしで、私はそれを、「迷惑ばかりかけちゃってごめんなさい!」って思っちゃうけど、やっぱり心の中では嬉しいって、気持ちが先に来てしまう。
…普段は「おぉ!」って感じの嬉しさなのに、夏樹くんの時は「えへぇ…」って全身が緩んじゃうような?
頑張って我慢はする。する…けど、すればするほどに、私の内側から言葉が溢れ出しそうになる
お姉ちゃんが買ってきてくれた娯楽小説で、こういう気持ちは何十回と見たことがある。けれど、自分から仲間なんていって無理やり付いてきたせいで、いまさら口にし辛くて悲しい。
…それに、夏樹くんにこれ以上変な子だって思われたくもないし。
よし。最初の言葉はとりあえず、ありがとうございますにしよう。あと、最近は口が勝手に緩んじゃってることもあるみたいだし、頑張って笑顔も抑えよう!
あ…でも笑ってあげないと、夏樹くんは嫌な思いをしちゃうのかな?
それは嫌だ。嫌われたくない、絶対に嫌だ。
ならやっぱり笑ったほうがいい…あーーもう時間がない!えーい…どうにでもなれ!
「(………え?)」
いや、何か違う。
あれ…私って今、抱えられてる!?しかも凄く大きな腕に。これは夏樹くんじゃ、ない?
凄く優しい抱擁。覚えがある温もり。
春の花のように香る甘い匂いに、薄っすら見える赤い髪。…あっ、これお姉ちゃんだ……──え!お姉ちゃん!?
…嘘。お姉ちゃんが私を助けてくれたの?
やったー!お姉ちゃん久しぶりだね。私はずっと、ずっと会いたかったよ!…いやいや、そうじゃない。
なんだか身体が大きすぎるし、目がぼやけてて見えにくいけど、顔が最後に見たお姉ちゃんより若すぎるかも。
だけど、この感じはやっぱりお姉ちゃん、だよね?
どういうことなんだろ。誰かと話しているみたいだけど、耳が聞こえにくい感じがする。
「──お願い…ます。私はいいです。だから、この子だけ…も」
……? 分からない。分からないけど、なんだかお姉ちゃんの声が苦しそう。
「ふざけるな!私たちがお前ら家──いでどれだ…の迷惑を被…たと思……いる!」
「どうか、お願…します!」
──誰?誰が私のお姉ちゃんを虐めているの。ふざけないで!お姉ちゃんみたいに、優しい人を嫌な気持ちにさせるなんて許さない。
大丈夫だよ。お姉ちゃん…私もいつまでも弱いままの私じゃないから、今まで助けてもらったぶん、私が助けてみせる。
夢覚<花…
「〜〜あー!あ、あぁー!」
「カノン!?どうしたの?」
あ、あれれ。身体がちょっと動かしにくいような…?
いや抜け出せない。お姉ちゃんの腕に抱きしめられていて、ここから脱出できないよ。
「ふんっ!うるさいガ だ。お前らの……らしいクズだな!さっさと出ていけ。顔なんざ二度と…ない」
もがいてみるけど、難しい。
身体の向きが悪いのかも…これ以上はお姉ちゃんに負担がかかっちゃうから、ひとまず止めておこう。
…すると、目の前に華やかな服を着た男の人や、その家族らしき人が見えて、私とお姉ちゃんを急かすように家から叩き出してきた。
大きなお家?…その前で私はベビーカーに入れられて、お姉ちゃんに手で押されながら、どこかへと連れて行かれる──
…………
よく分からない世界は、それからもずっと続いた。
お姉ちゃんが私を押してくれながら、見知らぬ景色の中を一生懸命な表情で押してくれる。
私はお姉ちゃんを助けたいのに、声がうまく届いていないみたいで、何も出来ないのが悔しい。
「近づかないで!……」
「貴様らのような が、我々の──に泥を塗ったと知らんのか?」
誰かも分からない人々から飛ばされる非難の声。
その度にお姉ちゃんは何度も頭を下げながら、何かを必死にお願いをしている。
多分だけど…私って今、赤ちゃんになってるよね?ベビーカーに乗せられた時には思ったけれど、私はタイムスリップをしたってこと?それか悪い夢…?
どっちか分からないけれど、いずれにせよ私はこの中じゃ何も出来ない、ちっぽけな存在で、お姉ちゃんを助けられない。
「悪いが、これ以上の余裕は私たちにも、ないのだ」
「自分の…場をよく考えてみなさい。君の が…した…はたとえ が無関係であろうと、 されない」
「遺族に詫びるというのならば、あなたがたは…よりも死を…ぶべきですこと?」
出会う人、みんなが私とお姉ちゃんに向ける視線は、ものすごく怒っている気がして、私は泣きたい気持ちになる。
いや…泣きたいのはきっと、お姉ちゃんのほうだ。だって、こんなに悲しい顔をしているところは見たことがないんだもん。
お姉ちゃんが私のために、何かしようとしてくれているのは分かるよ。でも、なんでこんな人たちに頭を下げる必要があるの。
「お前ら…人は、我ら …ルス家の歴史… 大の汚点だ!」
「ここで ね!─を以て償え!重ねられた…に比べればそれすら生温いが、謝罪の意 があるという なら、──に晒せ」
「冗談じゃない!!!貴様らがしでかした のせいで、私ももう──なんだぞ!」
時にはグラスを投げられ、時には花瓶を投げられ、身体から血を流しても、地面に頭を擦り付けて謝り続けるお姉ちゃん。
どうしてお姉ちゃんが、こんなに傷つかないといけないの?私たちが何をしたっていうの?
ひどいひどいひどいひどいひどい!
お姉ちゃんは頑張っているのに、まともに話も聞かず、大人のくせして暴力ばっかり振るって…最低。
傷つくお姉ちゃんの姿なんて一つも、見たくない。
もっと嬉しそうな顔で、私のそばに居てほしい。
なのに。どうして…私は、私たちは。
『所詮、…殺……の子供がたどる道は──しなのだ!!』
…許せない。
お姉ちゃんを悲しませる全ての人が許せない。
たとえ、これが夢だとしても、あの人を泣かせるというのなら私だって、容赦せずに好き勝手暴れてやるから。
ううん、強くなった私がやらなきゃいけない。
私が、お姉ちゃんの妹の私が…
「あっ〜!おぎゃー!」
───でも結局、私は無力なんだ。
「!? 大丈夫だよ…カノン、大丈夫!」
いろんな場所から血を流して、目の下をポピーみたいに赤く染めたお姉ちゃん。
なのに、自分のことも気にしないで、私の頭を優しく撫でてくれる。
「よしよし。怖がらせちゃったかな?じゃあ怖いの怖いの、飛んでけー」
何度も、何度も見たお姉ちゃんの笑顔。
なのに数年ぶりに見ると、それは本心からのものじゃない、どこか無理したものなんだって気づいた。
……私なんて、善人からほど遠い。
誰かのために身を粉にして頑張れる…きっとお姉ちゃんのような人にこそ、そういう名前はふさわしい。
でも、そんな人がいっぱい傷つかないといけないのは何故?どうして?疑問ばかりが頭の中にこだまする。
「もう、泣いてちゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?カノンは何も気にしなくていーの!」
今まで読んだ本の世界では、ヒーローはいつも、みんなに讃えられて日の光を浴びる。
けど、その裏側では、悪い人はみんなに嫌われて、罵られて、悲しい目にあう。
それがきっと、人々に望まれる筋書きだから。
悪い人は、罰を受けなきゃならない。
悪い人は、たくさん苦しまなきゃならない。
もし…もしも、この悪夢は私たちが知らないうちに犯した罪のせいで、受けるべき罰だというのなら。
「──お姉ちゃんが絶対に、カノンのことを幸せにしてみせるからね」
…私たちは、一体なんなの?




