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忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
序章 僕と君の三千世界
43/53

第37話 ここからの

 


「………あ?」


 固まったまま動けなくなる夏樹とカノン。

 審判の果てに二人へ下されたのは、聞いたこともないような罰則であった。


「遍路…巡り?何を…」

「静粛に!!言われんでも説明するわ。これより行われるのは──」

「違う、そうじゃない!」


 下される罰の内容も気になる。しかし、それ以上に二人を驚かせたのは…


「─どういうことだ。この都市で規則を破った人間は死刑じゃなかったのか?」


 事前に聞いていた情報と、全く異なる判決だった。

 オハコは眉を一瞬だけ震わせると、困惑している二人に怪しげなものを見るかのような視線をぶつける。


「…死刑?そんなわけがなかろう!よっぽど酷い人間でないとそうはならんわ」

「でも、フィアワールドさんが死刑だって言ってましたよ?」


 カノンの言葉を聞き、三人が一斉にフィアワールドのほうを向く。

 すると、ずっと黙ったままだったフィアワールドが自分に対する視線に気づき。


「ん?…嗚呼。死刑じゃなかったんですね。これは失礼!ワタシの勘違いでした!」


 そう悪びれもなく言い放つのだった。

 そんなフィアワールドの様子に、三人は開いた口が塞がらない。


「……えぇ」

「なんだそれ」


 さっきまでの自分たちの緊張はなんだったのかと。今となっては、腹立たしく感じるフィアワールドのニヤケ面へ、夏樹とカノンが冷ややかな視線を向ける。

 オハコもまた、フィアワールドのことを疎ましく思っているようで、彼に投げやりに言葉を放つ。


「ふん。お前またホラを吹きおったのか」

「どういうことです?」

「どうもなにも、こいつは最初から全て知っておっただろう」


 頭にハテナマークを浮かべるカノンに、オハコが一瞥を向けると、呆れたような表情をした。


「そのフィアワールドという男は、なにも審判を受けるのは今回が初めてではない」


 フィアワールドを睨みつけるオハコ。


「ジュネイス内における数々の規則違反で、これまでに『苦界往生遍路巡り』を三度受けてなおも、追悼への冒涜を止めず…しまいには完全に反省の色なしとして、何度も牢へ繋ぎ止められた極悪人だ!」


 彼女の耳をつんざくように喧しい怒声が、法廷内の全域へ広がった。耳を塞ぎたくても、塞げないのでなんとなく顔を下に向けて目をつむる夏樹たち。

 一通り鳴り止むと、夏樹が薄目を開けてフィアワールドのほうをを見る。


「──お前、なんでまだ軍人をやれてるんだ?」

「それはワタシが強いから…でしょうかね」


 軍隊内での規則を何度も破ってなお、軍人であり、師団長の立場に就いているフィアワールドの存在を夏樹が疑問に思うも、苦笑だけが返ってきた。

 掴みどころがないというべきか、どこまでが本当なのかさえ、もはや分からないが何か特殊な理由があるのかもしれない。


「この愚か者への審判はまた後でするとして、今はお前らの番だぞ」


 戸惑って話を遮ろうとする夏樹に、茶色いガベルが机に打ち付けられ、力強い音が何度も鳴らされる。

 やがて場が静まり返ったのを確認すると、二人を見下ろしながらオハコが話し始めた。


「その反応を見るに、自分たちに下された刑について何も知らんな?」

「聞いたことすらない」


 真顔のまま答える夏樹へ、「やはり」とでも言いたそうにオハコの目が細みを帯びていく。


「…苦界遍路とは、世界統一戦線の「創始者」がかつて歩んだとされる旅路のこと」


 それは今から80年前に、戦火に荒れていた全ての国々を統一し、オハコたちの所属する"世界統一戦線"を生み出した創始者が若き頃の話となる。


「ここ"永世平和都市ジュネイス"を出発し、東方区域の"涅槃都市バンコク"まで、のべ10000kmに及ぶ長距離を歩き続けたという苦行の道であるが…」


 オハコが視線を夏樹とカノンに送った。


「──お前たち二人には、これからその道を巡礼として、同じく徒歩で臨んでもらう」


 唖然とする二人。

 いまだ理解が追いつかないが、10000kmともなれば数ヶ月程度で簡単に終わりはしないだろう。


「それこそが『苦界往生遍路巡り』。追悼を軽んじる者たちに課せられる。追悼の意味を理解させるための処罰である!」

 

 オハコが説明を終えるのと同時に宣告した。


「審判の閉廷後、すぐにでも始めてもらうが、その前に聞いておくことはあるか?」

「え…電車とかも使ったらダメってことですか?」


 はぁ。とオハコがため息を吐く。


「当たり前だろう!車も、電車も、飛行機も、自転車も、徒歩以外の全てを使うことを禁ずる。でなければ罰の意味がない!」


 どんどんと絶望に染まっていくカノンの表情。

 この星の直径は大体40000kmほどであると、前に本で読んだことがあるが、これから歩くことになるのはその四分の一。現在二人が居る大陸、北方区域と東方区域の大部分である"ユーロイース大陸"をほぼ横断しなければならない距離だ。


「刑の執行にあたって、戦線に所属する全軍人にはお前たちの顔や名前、年齢などの情報が公開される」

 こちら側からのサポートは一切ないが、世界のあらゆる場所で活動する彼らがお前たちを常に監視するため、そういった不正や逃亡は許されん!

 仮に露見した場合は、更なる重い罰が下されることを覚悟しておけ」


 世界統一戦線に所属する軍人の数は大凡400万名程度とされている。その全員に把握された状態で行う不正などは確かにリスクが高いかもしれない。

 扱いとしては、前まで夏樹とカノンが受けていると予想していた指名手配犯に近いだろうか。


「じゃあ、涅槃都市までの道は?どこを歩いてもいいんでしょうか?」

「ある程度はよい。ただし、巡礼であるため決められた都市は必ず通過し、その度にそこに立つ軍の支部を訪れてもらう」


 頭を悩ませながら、とりあえず思いつく質問を投げるカノンに、オハコが答える。


「もっとも、距離なども考慮した上で、あまりにも前回の来訪から次までに時間がかかり過ぎている場合は、さっき同様に逃亡とみなして罰を受けることになるがな」


 不正などがないように、とことん厳しく設定されている処罰の内容。

 罰であるのだから当然といえば当然なのだが、巡礼の旅とはいっても、呑気に観光旅行などはさせてくれないようだ。


「他に聞いておきたいことはあるか?」


 うーん。とカノンが唸り声を上げながら考える。そんな時間が十秒ほど続いた後。すると、カノンの隣で話を黙って聞いていた夏樹が口を開いた。


「…弁護士を呼べ」

「これは裁判ではなく審判である!以上」


 面倒くさいことになった状況に抗議の声を上げようと、適当に弁護士を要求してみた夏樹だったが雑に流されてしまう。

 その質問を最後に、他に大した質問がないのだろうと判断したオハコが手に持つガベルを二回、壇上の机に叩きつけると。


『──これにて、カノン・エーデルスおよび空亡夏樹への審判を閉廷とする!』








ーーーーーーーー

「大変なことになっちゃいましたね〜」


 それから一時間後。

 マルビア軍事裁判所での審判を終えた夏樹とカノンは、ジュネイス内部を無言のまま通り過ぎると、境界の先までやってきた。


「10000kmですよ。10000km!そんなに歩かないと行けないなんて、何年かかるんでしょう…」

「一日30km歩いたとして、一年はかかるな」


 ずっと座りっぱなしの状態からようやく解放されて、疲れた腰を伸ばしながら話す二人。


「一年……まぁ、そう聞くとまだマシな気もします」

「毎日そんなに歩けるか?」

「…やっぱりダメかも」


 思ったより厳しそうなスケジュールに、カノンががっくりと肩を落とした。


「お前らは人探しの旅をしておるんだろ。なら、やることは大して変わらんわ」


 すると、二人の後ろで見送りに着いてきたらしいオハコが、何故か一緒に居るフィアワールドの隣から口を挟んでくる。


「うー。オハコさんは楽でいいですね!これからも、ここでのんびり出来るからそんなことが言えるんです」

「追悼を穢したお前らの自業自得だ。アタシは関係ない」

「罰を下したのはオハコさんのくせに…」


 審判の時に比べて、張り詰めた空気が無くなった中。恨みがましく見つめてくるカノンを適当にあしらうオハコ。

 ただ、すぐに怒鳴ったりしないあたり、長官としての職務を果たしていない時以外は案外取っつきやすい性格なのだろうか。


「結局、ここに来てお姉ちゃんのこと何も分からなかったし…よく分からない目に遭うし、散々でしたね」

「コイツは何も知らんのか?ジュネイスの責任者なんだろ」

「あ、確かに」


 目的を果たせなかったことに、憂鬱な気持ちになるカノンだったが、夏樹の言葉を聞いて、思わず期待を込めた眼差しでオハコを見つめる。が…


「…マリーとやらのことは、アタシも調べてみたが、行方不明としか書かれておらんかったよ」

「そうなんですか?……軍の人でも知らないなら、本当にお姉ちゃんはどこに行っちゃったんだろ」


 彼女から返ってきた答えに、カノンは手がかりが再びなくなって八方塞がりとなったことに焦燥を覚えた。

 しかし、今の自分たちの状況を鑑みれば、そんな暇もないかもしれない。


「あの、オハコさん。私たち…これからも人探しを続けたいんですが、遍路巡りの最中って…」

「これは追悼の意味を探す旅。ただ歩くだけのほうが無益な時間だろう。少しくらいなら構わん」


 不安気な様子を浮かべるカノンへ、意外にもオハコは頷きを返した。


「むしろ、現地で暮らす人間たちとも積極的に関わっていくといい。お前らが探す答えはその先にあるはずだ」


 そうして、しばらく歩き続けると、オハコとフィアワールドが足を止める。


「じゃあ、アタシらはここまで。後はお前らで進んでいけ」

「嗚呼。哀別!誠に残念ですが…深めあったワタシたちの理解に乾杯を捧げ!それを別れの挨拶といたしましょう」

「はい、さよならですね!」


 別れを告げてくる二人に、カノンが私怨を含んだ顔で気まずそうに笑う。

 もしかしたら「恐面世界(フィアー・ワールド)」や審判で泣かされたことを根に持っているのかもしれない。


「とはいえ…この旅がすぐに終わらなくなったのには、少しだけ感謝してなくもないですけど…」

「なんの話だ?」

「えっ!あー、いや。ほら?私たちが一緒に旅をするのはお互いの目標が終わるまで。みたいなことを前に夏樹くんが」


 そのまま歩いていた夏樹とカノンだったが、それを聞いて途中でハッと。夏樹が何かを思い出した顔をした。


「……そうだ」


 後ろへ振り返る夏樹。


「おい。フィアワールド!」

「………?」


 見送りでこちらを眺めていたフィアワールドに声をかける。


「あの時の答え。お前にまだ言ってなかったから、教えてやる」


 一体なんの話かと面を固めたまま、困惑している様子のフィアワールド。

 そんな彼に夏樹が告げるのは──


「…過去か未来。お前はどちらを選ぶのかと聞いたな。俺にとって重要なのはやはり過去だ!これだけはどうあっても変わらん!」


 それはこのジュネイスへやって来た時に、フィアワールドに尋ねられた三つの質問。その"四つ目"への答え。

 あの時には何も答えられなかったが、夏樹は結局、過去を選んでしまったのか。


「俺の怒りは過去から来るもので、これからも永遠に消えはしない」

  

 夏樹が怒りに満ちた顔で言い放つ。

 ─否。その声の裏に込められていたのは。


「.…だがそれはコイツと復讐。どっちを選ぶとか、そういう話じゃない!」


 夏樹が隣に立つ彼女へ視線を送る。


「少なくとも過去があったから、俺は未来(カノン)に会うことが出来た。それだけだ」


 言いたかったことを告げると、夏樹は首を傾げたカノンを尻目に、颯爽と再び正面へ向き直った。

 そして…

 

「…下らん夢だったが、見せてくれて

 ──ありがとうな」


 フィアワールドたちに別れを告げ、カノンと前へ歩き出すのであった。




 



ーーーーーー

「フフフ。アハハハ!」


 段々遠ざかっていく二人を見送りながら、大笑いをするフィアワールド。


「なるほど…そう来ましたか。嗚呼!なんと滑稽」


 夏樹の選んだ答えがよほど面白かったのか、タキシードに覆われた細みの腹を抱えている。


「──本人は過去とこそ言いましたが、あれではもはや…いえ、それらも含めて"未来"なのでしょうね」

「お前ら、なんの話をしてたんだ?」

「ワタシたちの秘密です」


 不審そうな顔を浮かべるオハコに、フィアワールドが呟いた。


「まぁ。これから始まる旅の先で、たどり着く未来に期待するとしましょう」


 それだけ言って、フィアワールドは元の姿勢へ戻る。

 ジュネイス郊外の、いよいよ二人だけになってしまった静寂に包まれる街外れ。

 去った夏樹たちの姿が完全に見えなくなると、やがてオハコが密かに口を開く。


「…そういえば、芸術都市のほうで大きな事件があったそうだな」


 誰の気配も感じないことを察すると、オハコがフィアワールドへ話しかける。


「えぇ。流石にお耳が早い」

「…何日前の話だと思っとる。ジュネイスは外界から隔離された異界じゃないぞ?」


 バベルの代わりに、手に持った鴉の意匠の刻まれる杖を地面につきながら、ぞんざいに返事を返した。


「呪影の天聖騎士によって、表裏の有名人がみんな殺されたんだろ。確かホーリー・デンジャラスに、シャルノワール…」

「実力はともかく、悪名だけは高い連中ですね」

「あぁ。…だが、これは知っていたか?」


 オハコが挑発的な視線をフィアワールドの面に向ける。


「その中には『災厄』と呼ばれていたパク・カミョンの死体もあったそうだ」


 直後、フィアワールドの身体が硬直した。


「…オハコさん。それは─」

「分かっておる、言わんでいい」


 様子がおかしいフィアワールドの反応を見て、オハコが納得の表情を浮かべる。

 そして目を閉じると、一言。


「─死体は偽物で、そやつは今もどこかで生きている。そうだろ?」


 …その直後、変化した空気を感じ取ってか、近くの木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び上がった。

 巻き起こる風に髪を揺らしながら、オハコが話を続ける。


「…これまでにも、『あれ』と似たような性質を持った人間は何人も確認はされていた。

 年齢、身分こそ全く異なるのに、決まって大事件の裏に現れる奇妙な存在たち」


 歪な空気の中、はたから見れば陰謀論じみた話を大真面目に告げる彼女とフィアワールドの間には大きな壁が生まれてみえる。


「そやつらは確かに死んだはずなのに、数年が経つと気づけばまた世界のどこかで、同姓同名の何者かが活動を始める。確か都市伝説とやらにもなっていたか」

「……それで?」


 フィアワールドの真面目に静かな声が放たれた。

 交差する二人の視線…とはいえ、フィアワールドに目があるのかは分からないが、そんな彼をオハコは目線で指し示す。


「──実を言うとな。アタシは、お前がその正体じゃないかと疑っていたんだ」

「………」

「そりゃそうだろ。この世界に正体不明で、殺されても死なない化け物など、お前以外にそうそう居ない。…だが」


 黙ったまま話を聞く彼に、鋭さを帯びた視線が向けられた。


『単刀直入に言うぞ。先刻、この都市を訪れていた五人目の規則違反者。──あやつは一体何者だ?』


 空気が滞る。

 フィアワールドはオハコの問いに考え込んでいるようで、彼女の気迫をその身に浴びながら口元に手を当てて思考を続ける。

 少しすると、観念したように身体のどこかから声を出した。


「…彼はただの凡人ですよ」


 そう告げるフィアワールド。


「どういう意味だ?」

「言葉の通りですよ。どこにでも居る普通の人間。そうとしか言い表せませんね」


 戸惑いを声に含んだオハコへ、フィアワールドがあっさりと返す。


「オハコさんが今おっしゃったように、あれにはいくつも顔がある。ですが、それも彼が凡人故に。…何らかの役を演じなければ、自分で表舞台に出てこられないのです」


 二人の間にあった存在していた重苦しい空気は消えたようで「やれやれ」と手を両横に広げながらフィアワールドが呆れたポーズをとった。


「……役?」

「まぁ。一つ訂正するとするなら、『災厄』と呼ばれているのも偶然でしょう。彼はただ、人の多い場所が好きなだけですから」

「わけが分からないぞ。それだけで、悪名があそこまで有名になるものか」

「世を揺るがす大事件とは、常に大衆の前で起こるものなのです」


 フィアワールドが嘲笑う。

 先日の芸術都市での一件や、数百年前の芸術革命、世界大戦に繋がったとされるオヴォレア事件など。そういった事柄が、歴史の転換点になるような大事件になった一因にはそれもあるだろう。


「むしろ、あんなものとワタシを今まで同一視していたとは…心外ですね」


 その声には微かに嫌悪感のようなものが混ざっているように、オハコの耳は感じ取った。

 

「オハコさん。貴方も知っているでしょう?ワタシが人の理から外れたのは、──この世界のためであったと」


 力強く言い放つ彼の姿に宿るのは、確固たる信念。


「さぁ…どうだったか。いちいち覚えとらんわ」

「嗚呼。悲しいですね…傷心」


 しかし、気にも留めないオハコには軽く流されてしまい、フィアワールドはわざとらしく嘆きの声を上げる。


「…お前の演技はどうでもいいが、その『凡人』とやらのことは他に大して知らんのか?」

「えぇ。ワタシが知り合ったのも偶然ですので」

「そうかい。無駄な時間だったな」


 答えを聞いて、興味をなくしたようにオハコがそっぽを向いた。


「てっきり、お前に着いてきたのかと思っていたのだが…」

「おや。慟哭師団も芸術都市へ救援に向かっていますが、ワタシは別件であそこに一度も行ってませんよ」

「だが、フランの件とは無関係じゃないんだろ。わざわざここまで来て」


 オハコが考えるのは、フィアワールドがジュネイスで騒ぎを起こした目的について。


「察するに、カノン・エーデルスだな。規則を破ってまで得られた成果はあったのか?」


 すると、フィアワールドが感嘆の息を漏らした。

 

「なるほど。お気づきでしたか」

「"あの名"を聞けば、嫌でも分かる。…それで?」


 オハコが続きを促す。


「結論から申し上げましょう。……オハコさん、仕方ないとはいえ、あの二人を"苦界往生遍路巡り"の刑に処したのは明らかな失敗ですね」


 フィアワールドの言葉を聞いて、オハコの眉が引きつっていく。目に浮かぶのは疑問。


「彼らは出来る限り、檻に幽閉しておくべきでした」

「何故だ?」

「少年はともかく。この都市に来てから"少女"のことはずっと観察していましたが…」


 フィアワールドが思い返すように、見てきた事実を並べる。


「『彼女』と同じ夢覚(リライブ)」


 それは追悼師団からの逃亡の最中。フィアワールドが使役する黒い怪物との戦いでも見せた自由に花を咲かせて、操る<花天>の力。


「『彼女』と同じ出自」


 夏樹もいまだに知らない。「|恐面世界(フィアー・ワールド」でカノンが見ることになった悪夢。


「『彼女』と同じ理想」


 フィアーワールドや、オハコとの話し合いで露見した。たとえ自分が傷ついてでも、恩義のある誰かを守りたい。一人でも多くの誰かを守りたい。大切な誰かを守りたいという思い。


「そして、『彼女』と同じ弱さを抱えている」


 ジュネイスで遺体を見た時や、凄惨な殺人現場を見た時、悪夢を出た時に、裁判を受けた時など。

 カノンがたびたび見せた…純粋であるがための、無知で愚昧な心の脆さ。


 フィアワールドがジュネイスを訪れた理由であるその全てを語り終えると、静かに震えた。


「血というのは結局、どうやっても争えないものなのです。それはおのずと『彼女』が自らの手で証明したことであり、故に私は断言します」


 悍ましくも、痛ましい気配をフィアワールドが纏って導き出された事実を告げる。


「カノン・エーデルス。あの少女は…」


『───世界を滅ぼす魔女になりかねない』



 動揺から、オハコは思わず杖を手から放す。

 その瞳に宿ったのは、どんな感情だったのか。


「お前、本気で言っておるのか?…あんな小娘が!?」

「当然です」

「……だが何故、排除にこだわる。仮にその推察が事実だったとして、最終的に"魔女"はお前が求める『理解』に限りなく近い結果を生み出すはずだろう」


 焦燥を浮かべながら、オハコが意図の読めないフィアワールドへ尋ねるが。


「…勘違いしないでください。確かにワタシは『理解』のために生きていますが、だからといって、誰かに死んでほしいわけではないのです」


 フィアワールドが重圧に満ちた声を上げる。


「ワタシは全てを救いたい。だが全ては救えない。

 ならばこそ、一人でも多くの人命を救うために、最小限の犠牲は許容する。

 それが世の真理ですが…いずれ生まれるかもしれない魔女がもたらす被害は、想像を絶するでしょうね」


 彼が危惧していたのは、実現する可能性を持つ未来。本当に起こるのかなど知るよしもないが、フィアワールドには一つ。信じるに足る根拠があった。


「コントロール出来ない恐怖は、ワタシの『理解』からもほど遠い。『彼女』たちこそがまさにその一例であり、事前に対策しておくことは、血という抗えない運命に対抗できる唯一のアプローチなのです」


 そんなフィアワールドの様子を見て、オハコがしばし口を閉ざしていたが、彼の主張を聞き終えると咎めるように話す。


「血など何一つ関係あるまいよ。……優しいあの子たちにとって、この世界は残酷すぎた。それだけだろう」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「善も悪も本質的には表裏一体。優しさは人を救う手にも、殺す牙にも転じ得る」

「ですが、それは『血の運命」を否定する論拠にならない」


 すると、オハコが嘆息を漏らした。

 頑なに血というものを信じるフィアワールドに対して、思うところがあるのだろう。ポツリと呟く。


「…お前も前に聞いただろ」

「何をです?」

『この世の未来は、最初から一つと決められておる。全ては遥か昔に決められた運命の悪戯なのだ』

「……………」

「かつて、元帥閣下がおっしゃっていた言葉だ」


 オハコが遠い目をして、かつての記憶を懐古する。


「だから運命とは、"血に刻まれる"ものでない。全ては宇宙の采配のままに、無知という暗闇の中を、アタシらが自分の力でかき分けていくもの」

「……閣下のお考えは分かりませんが、それもまた真理かもしれませんね」


 複雑そうに頷きながら、フィアワールドもまた長らく会っていない元帥の顔を想起した。

 その運命論とやらを、何度も吟味したすえに頭に思い浮かんだのは、先程別れたばかりの二人。


「ならば、"あの男"への復讐を企む彼と、"エーデルス"の名を持つ彼女が出会ったのもまた、必然だったというのでしょうか」


 そう独り言のように漏らして、どうしようもない大いなる力に悲しみと喜びを溢れさせた。


「──これから始まる旅の果て。彼の隣に立つのは魔女か、少女か。結末を知らないワタシからすれば、…嗚呼!なんとも危うい」

「人の心配をしとる場合か」


 刹那、その間にオハコの声が割り込む。

 フィアワールドが驚いて、面を向けてみればオハコが彼を睨んでいた。


「お前は、まだ審判が終わっておらんだろ」

「そういえばそうでしたね。…せっかく捕まってあげたんです。もう少しだけ自由にさせていただいても」

「断る!アタシだって暇じゃないんだ。さっさと帰るぞ」


 そう言ってオハコは、不満気なフィアワールドの腕を強引に引きずりながらジュネイスへの道を引き返していく。

 フィアワールドには幾つも懸念点や、立てておきたい対策が頭の中を巡っていたが、これでは無理そうだと辟易とした声を上げる。

 

「…やれやれ。次に外へ出てこられるのは、いつになることやら」



『──実に……慟哭!!』








ーーーーーーー

 ここは永世平和都市ジュネイス。


 誰もが平等を享受することができる唯一の場所であり、誰も救わないことで人々を救う歪さを抱えた都市である。


 それは、いずれ崩れ落ちる「平和の象徴」


 それは、統一された世界の「軍隊の本拠地」


 それは、法律が存在しない「最悪の魔都」


 それは、誰かのためにある「追悼の地」


 呼び名は数多く存在しているが、その本当の答えを知るのは世界でただ一人。「創始者」ロストメモリー。

 

 国々を統べる以前の旅で、彼が何を見てきたのかは誰も知らない。

 しかし確かなのは、ロストメモリーでも救えないものが世には無数にあり、一度失くしたものが戻ってくることもまた、あり得ないということ。


 圧倒的な力を誇った彼でさえ、そんな運命からは逃れられず、世界に頭を垂れて失うことを許容した。


 ならば私たちは喪失に対して何も出来ないのか。

 …いや、違うだろう。


 昨日が変えようのない苦痛だろうが、今日がどんなに悲しい現実だろうと、明日は必ずやってくる。

 それは不変の理であり、人智では抗えぬことが永遠に約束された運命。


 だからこそ捧げるのだ。

 


 ───追悼を。



ジュネイス編。ならびに序章はこれで完結です!

元々はここも、芸術都市も2,3話で終わる話の予定で、さっさと序章を終わらせようと考えていたんですが、想像以上に長引いてしまいました。

しかし、見返してみると、それで良かったなと思えます。さて、幕間を1話挟んだ先でこれから始まる第一章!よろしくお願いします。

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