第36話 被告人
「………?」
夏樹が身体に強い拘束感を覚えて、目を覚ます。
眠っていたのかと思い、まだ朦朧とする意識の中で起きあがろうとするも、何故か身体は動かない。
「なんだこれ」
自分の真下を見てみると、茶色い紐に身体が巻かれて縛られていた。
「…寝ていたわけではない、のか?」
どうやら今、夏樹は椅子に座っている状態らしく、体勢を変えようとするも、椅子の後ろで両手までもが紐に括られているようで動けない。
仕方がないので周囲を見渡すと、ここは薄暗い場所であることが分かった。
ひとまず状況を把握しようと、夏樹は記憶をさかのぼり始める。
「(俺は確か…)」
段々思い出してきた。
夏樹は恐怖の夢を打ち破って、カノンと再開したところをフィアワールドに邪魔されて、一戦交えようとしたところだったはずだ。
しかし、そこからの記憶が一切ない。
まさか、あれすらも夢だったのか。と夏樹が疑問に思っていると…
「おや?目が覚めましたか」
突然、夏樹の隣から人の声が響いた。
妙に聞き覚えのある軽やかな話し方に、夏樹が反射的に振り向けば。そこに居たのは──
「フィアワールド!」
薄暗い暗闇の中に、白色の仮面が浮かんで見える怪人。それは「慟哭師団」師団長のフィアワールド。
ここで、夏樹は合点がいった。
今の状況は全てこいつが引き起こしたものなんだと。
夏樹の身体から一気に広がる警戒心、だが…よくよく目を凝らしてみれば。
「…って、なんでお前まで縛られているんだ」
─フィアワールドの身体も、夏樹と同じく椅子に括り付けられていた。
流石に、困惑が勝る夏樹。
これがフィアワールドの趣味などでなければ、夏樹を縛った犯人はまた別に居ることになる。
いや、それよりも底が全く見えない目の前の怪人を捕えられる人物が存在している事実のほうが恐ろしいか。
「…実は貴方たちと一戦交えようとした時に、邪魔が入りまして。みんな仲良く連れてこられたのですよ」
彼が何を言っているのかは全く理解できない。だが少なくとも、自身の記憶は夢ではなく、正しい現実のようだと、夏樹は確信した。
すると、フィアワールドが話しながら、顔を少し傾けて合図を送ってくる。おそらく彼が指しているのは自分の後方。
夏樹は釣られて、そちらへ視線を向ける。
「…カノン」
目に映ったのは、気持ちよさそうに眠っているカノンの姿だった。
とりあえず無事なようだが、当然二人と同じく彼女もロープで縛られている。
「仕方ありませんね。指を鳴らさないのは、盛り上がりに欠けるので不本意なんですが…」
そんな彼女を見てか、フィアワールドが何か呟くと、夏樹たちの中に違和感が現れる。
《起きなさい!起きなさい!起きなさい!起きなさい!起きなさい!起きなさい!起きなさい!起きなさい!》
うるさいくらいに頭へ響き渡るフィアワールドの声。どうやらジュネイスへ入る時にも使った人どうしの心を繋ぐ能力を発動させたらしい。
「ぐぁぁ!」
「うへぇぇぇ! …え?え?…えぇ?」
なかなか目を覚まさない息子娘を起こしにきた母親のような、フィアワールドの怒涛の剣幕に、カノンが飛び起きた。
巻き添えを食らった夏樹をよそに、目を覚ましたカノンは混乱に包まれながら、椅子を左右に揺らして周囲を見渡す。
「なんですか!トラブルですか!?」
「起きましたね」
「うん……………え?」
無理やり起こされたせいで、目をぱちりとさせているカノン。
しかし、聞こえてきたのが一緒にいるはずの夏樹とは全然違う声であることに気付いて、動かしていた顔が止まった。
「…誰?」
「嗚呼。残酷!」
上手く働かない頭の中、そこまで馴染みのないフィアワールドの声はカノンにとって、判別が付かず疑問を浮かべる。
それに、わざとらしく悲しんでみせるフィアワールド。
カノンがつい、声がするほうに振り向くと、薄暗い闇の中で夏樹とフィアワールドの顔が目に入った。
「あ!夏樹くんと……フィアワールドさん?これはどういう。というか、あれ?身体が上手く動かせない気が」
状況が分からずにカノンが困惑する。そのまま立ちあがろうとしたが、締め付けられていてるため、足が動かない。
夏樹はそんな彼女を見て、口を開こうとするが。
「──ふん。ようやくお目覚めか」
直後、薄暗かった空間が眩しい光に覆われた。
あまりの眩しさに三人が目を細めながら、声の出所に顔を向けると、ステージのような場所に誰か立っている。
「誰だ!?」
徐々に目を慣らしながら観察する夏樹。
視界に捉えたのは小さな女の子と思しき人物の姿である。
一体誰なのか尋ねると隣に居たフィアワールドが話し始めた。
「嗚呼!彼女がワタシたちを襲った犯人ですよ」
糾弾するように叫び立てるフィアワールドに、夏樹が唖然する。黒髪の幼く見える、この少女が夏樹たちを気付かぬ間にやった犯人だとは到底信じがたい。
すると、それを咎めるように彼女は口を開いた。
「…犯人とは白々しいな。罪人はお前たちだろうに」
茶色い瞳で鋭く睨みつけてくる褐色肌の少女。
彼女は手に持っているバベルを机に叩きつけると、苛立った様子で話す。
「─アタシの名は"オハコ"。ジュネイスの代理最高責任者にして『長官』。此度の審判を取り仕切る者だ」
自身の身分を明かした少女──オハコ。何かものすごく大事なことを言っているようだが、突然殴り込んできた情報量の多さに夏樹とカノンは処理しきれない。
「えっと?…審判?なんですかこれ。ちょっーと待ってくださいよ……………ううん?」
まだ寝ぼけているカノンが、状況を飲み込めずに目を回している。
そんな彼女を一瞥すると、フィアワールドがフォローに入った。
「ここはジュネイス中央部に位置する『マルビア軍事裁判所』です。彼女はその長官で、ワタシたちはこれから審判を受けるのですよ」
彼いわく、夏樹たちがいま居るのはジュネイスの一角であり、この建造物は、都市の裁判所に当たる場所らしい。
そして目の前のオハコこそが、この裁判所で一番偉い「長官」と呼ばれる人物であり、ジュネイスの代理最高責任者という立場も考えれば、かなりの大物なのだろう。
しかし、夏樹の脳裏に一つだけ違和感がよぎった。
「……裁判所?この都市に法律なんかあったか?」
「法律はありませんが、一つだけ規則があるでしょう。よく見てみなさい」
フィアワールドが夏樹の視線を誘導させる。
夏樹がオハコを注視していると、あることに気づく。彼女が着ている見覚えのある服装…
「─そうか!お前、追悼師団のやつだな」
納得がいった夏樹。
彼女の格好は追悼師団が纏う修道服であり、それを見て、自分たちの置かれていた状況を思い出す。
フィアワールドと一悶着あったせいで完全に忘れていたが、そもそも夏樹とカノンはジュネイスで"人を助ける"という禁忌を犯したせいで追悼師団の連中に追いかけられていたのだ。
「いかにもだ。お前らにはジュネイスで禁忌を破った形跡が十……いや、百数回ほど見られている」
軽蔑を滲ませた声でオハコが話す。
そういえば途中から、夏樹たちはもはやルールのことなど一切気にせずに、普通に助け合っていた。
「追悼師団。あ、思い出しました!私たちジュネイスに来てて…ってあれ。この状況は、もしかして不味くないですか?」
「不味いな」
同じく記憶が戻ってきたカノンが夏樹に話しかける。
耳の後ろあたりからカノンは冷や汗が少し漏れ出しているが、それも当然。以前にフィアワールドから聞いた情報によると違反者は"死刑"を受けるらしい。
「(打開策を考えんと)」
夏樹が思考を巡らせる。
オハコがどれほどの力量の持ち主かは依然として分からないが、ここで死ぬわけにはいかない。とりあえずやるべきは──
「…おい」
夏樹がフィアワールドへアイコンタクトを送った。
さっきまでは敵対していた彼だが、自分も同じ状況になった今ならば、協力も仰げるはずだ。
「えぇ」
その目論見が成功したのか、夏樹の意図を読み取ったフィアワールド。彼は再び夏樹とカノンと心を繋ぎ合わせる。
《さてお二人は、これから……》
『…む?──お前ら何をしている!!』
だが直後、オハコの怒号が響き渡った。
三人の首筋に、凍てつくほど冷たいものが当てられる。
「……!」
目を向けると、三人のそばにオハコと同じ修道服に身を包んだ異様な雰囲気の人間が立っている。
手に握られているのは、天井から降り注ぐ光を反射して、銀色に輝く短いナイフだった。
「逃げようという算段かね?審判を前にして、そんなものは許さんよ」
オハコが双眸を左右に動かして、周囲に視線を映す。
そこには夏樹たちのいる場所を囲うように作られた観客席のような場所に、追悼師団の面々が二、三十近く並んでいる。
「ここはジュネイス唯一の"追悼"ではなく、"断罪"のためにある場所。…聞かれたことに答えてはよいが、関係がない話はやめてもらうぞ」
どうやらオハコにはフィアワールドが、何かしたのを見抜かれていたらしい。
八方塞がりとなってしまった夏樹たちは、とりあえず従うことにする。
「それでは──これより、審判を始める」
「まずはお前らの名前から確認をしよう。右から順番に名乗れ!」
開始された審判で、オハコが名前を要求する。
…だが、何故か静寂が数秒ほど広がった。
「………?」
「そこのお前だ!」
「…フィアワールドさん、呼ばれてますよ!」
「違う!アタシから見ての右だ!」
「あ、私のことなんですね…」
「はぁ…」と深いため息を吐きながら、絶望感なまでのテンポの悪さに、オハコが頭を抱える。
「私の名前はノノン・へーべルスです」
「…嘘はやめろ」
「ノノン・ヘーベルスです!」
「それが嘘なことは分かっている。くだらん足掻きをするんじゃない!」
──『真偽の半月』
直後、オハコの後ろに天井まで届くほど巨大な月が、黄色く輝きながら半分だけ顕現した。
「これは、お前たちの言葉が嘘か本当かを判別することが出来る。だから余計な手間を取らせるな!」
理屈はまるで分からないが、彼女の能力らしきそれは、偽りを見抜けるらしい。
その言葉を聞いて、なんとか死刑だけは回避するため、嘘で誤魔化そうと考えていたカノンの顔が青く染まる。
「──ど、どうしましょう夏樹くん!このままじゃ私たち大変なことになっちゃいますよ!」
「すぐになんとかしてやる。お前は時間を稼げ!」
「ええい!!静粛にせんか!!」
騒ぐ二人に対し、机に何度も激しく叩きつけられるオハコのガベル。
「……貴方たち。ある意味凄いですね」
静かだった裁判所の中が一気に騒がしくなった。
あまりに気の抜けた感じに、フィアワールドは一人ドン引きする。
「次はないぞ。お前の名前は?」
「…カノン・エーデルス」
「歳は?」
「16歳です」
「出身は?」
「……………」
「出身は!」
「マメール山脈近くのアールグレイ村です!」
「最後に、連絡の取れる親族は居るか?」
「…居ないですよ」
オハコが後ろの月に振り向く。
だが、なんの異常もない見れないことから、それが真実と判断した。
「本当ならいい」
それだけ言って、カノンからすぐに視線を逸らす。
「次は真ん中のお前」
オハコが次に指名したのは夏樹である。
「俺か」
「名前は?」
事務作業を済ませるかのように淡々と、オハコは尋ねていく。
「空亡夏樹」
「歳は?」
「16」
「あれ、夏樹くん。この前17歳になりましたよね?」
「そうだった」
「静粛に!話に入ってくるな!」
割り込んできたカノンを脅すように、近くの追悼師団員が彼女へ刃を向ける。
「ひっ」
だが、自分の年齢にあまり興味のない夏希が、間違った答えを言っても変化がないあたり、意図的に嘘を付かなければ問題はないようだ。
そして夏樹への質問が続けられる。
「出身は?」
「滅んだ」
「お前、そろそろいい加減に……ん?」
また時間稼ぎの冗談かと思ったオハコだったが、「真偽の半月」は何の反応も示していない。
「本当なのか」
「あぁ」
「連絡のとれる親族は?」
「死んだ」
「…………」
オハコはスムーズに進まない審判に、頭痛を感じているようで、眩しく輝くままの月を背にして、頭を抑えた。
「最後、左の」
「おやおや。ようやくワタシの出番のようですね!それでは…」
「…いや、やっぱり後回し」
「──?」
意気揚々と答えようとしたフィアワールドだったが、オハコに制止させられる。
「今、お前の相手までしていたら、アタシの頭がおかしくなりそうだ」
「嗚呼。不名誉!」
フィアワールドが叫んだ。
そんな彼を無視して、オハコは本題に戻る。
「とにかく!本来は四…いや"五人"であったが、一人は精神が錯乱状態にあり、もう一人は行方が分からんため今回はカノン・エーデルスと空亡夏樹。お前ら二人の審判を執り行う!よいな」
彼女の言う五人が、ここに居る三人の他に誰を指すのかは知らない。
夏樹とカノンはとりあえず相槌を打って、肯定の意を示した。
「それでは、まず被告人カノン・エーデルス。お前には幾つかの容疑がかけられている。今回は、その中でも特に看過できんものを問う」
オハコが白い紙を取り出すと、目を通して読み上げ始める。
「罪状。お前は午前11時58分…ジュネイス内において、同行していた空亡夏樹が規則違反により、追悼師団員に襲われていたところを夢覚と思わしき能力で助けた。この事実に間違いはないな?」
審議にかけられたのは、以前カノンが「枯れない愛」で追手の顎を撃ち抜き、夏樹を助けた時のことだった。
これにカノンは──
「はい、間違いないです」
迷いなく言い切ってみせる。
「…なら、その動機を聞こう」
カノンの返答を聞いたオハコが、一拍置いてから尋ねた。
「それは…夏樹くんが、私のことを助けてくれたからですよ。善には善。誰かに善くしてもらったら、恩を返すのなんて当たり前ですから」
カノンが答えるのは、初めて夏樹に出会った時から続く彼女の高潔で純粋な信念。
しかし…
その時、オハコの後ろに顕れていた「真偽の半月」が右向きに回転し、黄色い月がさらに半分隠れて、代わりに黒い影が半月の半分を覆った。
「ふむ。全てが嘘というわけではないようだが、他にも動機はあるだろう」
どうやら嘘をつく度合いによって、回った月が黒い部分を露呈させる仕組みらしい。
カノンは図星を突かれたようで、「うっ」と声を漏らし、気まずそうな表情を浮かべる。
「…だって、私と夏樹くんは仲間ですもん!そもそも仲間を助けるのに、理由なんて必要ないです」
声を荒げて本音を語るカノン。
隣の夏樹は少し意外だったようで、そんな彼女の顔を見つめている。
…まさかそれだけの理由で、死のリスクを犯してまで、自分を助けてくれたとは思ってもみなかった。
カノンはこれで大丈夫だろうと、オハコの背後に目を向ける。
すると、今度は左向きに回り出す「真偽の半月」。徐々に光は戻っていき、やがて完全に元の半月へ…
──だが、月は何故かその一歩手前で、影を残したまま止まった。
「え?」
カノンが面食らった顔をする。
正直に全てを話したはずなのに、何故か嘘がまだ入り混じっていると判断されたことに戸惑う。
他に嘘なんて、あるはずが。
【夏樹くんは"仲間"ですもん】
「……あ」
一つ。心当たりがあった。
「─いや…これはですね!決して全部が嘘だったわけじゃないんですよ!え?というか、これも言わないとダメなんですか?…待ってください。私にはまだ心の準備が…」
よほどやましい理由だったのか、カノンが頬を赤らめて、慌てふためく。
恩返しも、仲間だから、というのも虚言ではない。
ただ、夏樹を助けたのに実はほんのちょっぴりだけ、不純な動機が混じっていたかも…しれない。それだけだ。
でも、夏樹にそれを聞かれてしまうのは──
「何を一人で言っておる!次の審問に移るぞ」
「あ、はい」
どうやら、このくらいの誤差は許してくれたらしい。
カノンが安心感から心臓の鼓動が収まっていくのを感じながら、気持ちを切り替えて集中する。
「お前は今、仲間だから助けたと言ったな」
「…まぁ」
「それはこの都市の規則を理解した上でか?」
オハコが間髪入れずにカノンを詰める。
「知っては、いました」
「ならばこの都市の持つ役割は?」
「フィアワールドさんに聞いた気もしますけど…あんまり覚えてないです」
すると、オハコの眼光がさらに鋭くなった。
「…質問を変えるべきかもしれん。お前がやったのは犯してはならぬ愚行。追悼に対する冒涜である」
この都市におけるルールの本懐「追悼」。
ここを根城とする追悼師団の由来にもなったであろう言葉だが、それがどういう意味を持つのかはカノンも未だに知らない。
そんな彼女へ向けられたのは叱咤であった。
「追悼を穢すことは、人々から希望を奪う行為そのものなのだぞ!お前は、それすら理解せずに軽い気持ちで、この都市へ踏み入ったのだな!!」
放たれる怒号の大きさに、法廷全体が緊張感を帯びていく。自分への厳しい言葉を受けたカノンは我慢が出来ずに反論の声を上げる。
「…私はここへ軍人だった行方不明のお姉ちゃんを探しに来たんです。でも!軽い気持ちで来たわけじゃありません!」
自分は覚悟を持って、ここに入ったのだと。
この旅を始めた時だってそうだ。姉を探すために震えさえ押し殺して足を踏み進めたのに。
そんなカノンの気持ちに反して、「真偽の半月」が回転し、影の面積が半分以上に増える。
「嘘だな。お前にそんな思いが微塵もないのは、判定が物語っている。…ここに興味本位でやって来る馬鹿も少なくはないが、アタシはそいつらと同じものをお前に感じているよ。
──人探し自体を否定するつもりはないが、お前の目的は本当に姉を探すことだけだったのか?」
芯を食うように告げられるオハコの言葉に、カノンの身体が動揺を覚えた。
「…当たり前じゃないですか!私の大好きなお姉ちゃんが何年も消えているんです。そんなの普通、心配になるに決まってるでしょ。逆にオハコさんは心配にならないんですか?」
「静粛に!これはお前に対する審判である」
思わずムキになってオハコを煽るも、今は関係がないと一蹴される。
「確か、村育ちと言っていたな。そういった閉鎖的空間で育った人間が、外の世界に憧れるのは珍しくない。さっきまでの軽薄な態度といい、お前は好奇心に突き動かされ、何も考えずにやって来ただけだろう」
オハコの無関心にも思える冷徹な声は、カノンの中にある自分の正当性のようなものを的確に踏み抜く。 目の前の、それも出会ったばかりの彼女に自分の何が理解できるというのか。
「そんなの、全然っ違います!!!」
大声をあげて全力でカノンが否定する。
彼女の言葉を証明するように、月が光を取り戻していくが…それでもまだ、月面に四分の一は影が残ったままであった。
オハコの言う好奇心があったことも、あながち間違いではないらしい。
「下らん欺瞞だ。大した決意もなくジュネイスを荒らしおって」
オハコが忌々しそうに呟く。
「その結果、人々が生きる意味を見失ったのならば、お前に責任が取れるのか!?」
「なんなんです。さっきから…希望とか、責任とか。こんな誰も幸せにならないルールに意味なんかありませんよ!」
「意味を理解する気がないだけだ。だからこそ、お前は今この場に座らされている!」
オハコの気迫に圧倒されるあまり、カノンの目から怯えで涙が零れ落ちそうになる。
しかし、泣いたところで許してもらえるはずもなく、それを堪えながらも言い返すが、オハコの勢いは止まらない。
「…子供であることなど、決して免罪符にならない」
正面で目を潤わせて睨みつけてくるカノンを壇上から冷たく見下し、オハコが言い放つ。
「ジュネイスへの扉は誰にでも開かれるが、それを道楽で踏み躙るくらいなら最初から来るな!」
─強い拒絶に、カノンは何も言えなかった。明らかに間違っているのはジュネイスのほうなのだ。どんな事情があろうと、人助けが許されない理由など存在しているわけがない。
なのに…なぜ正しいはずの自分が責められないといけないのか。そんな思考が頭の中を目まぐるしく回る。
「世界中の人々のために存在する場所。それが追悼の地『ジュネイス』。お前の独断で、一個人を助けることなど許されは──」
「…きないです」
「ん?」
小さく震えるカノンの漏らした声が、オハコの耳に響き渡る。
「たとえ本当に、世界の人の役に立つものなんだとしても、助けるのを止めることなんて出来ないです!」
カノンが叫んだ。
それにオハコは、少女らしい顔に似つかず額に青筋を立てて、怒りを露わにする。
「まだ分からぬか。小娘が!お前一人の特別扱いで、どれだけの人間が迷惑被ると」
「だって、私が傷つくならともかく…知らない大勢のために夏樹くんを見捨てられないですよ」
ぼやくように呟かれる声。
ぶつけられる怒気に、うろたえながらもカノンは記憶を思い返す。
「私たちは一人ぼっちの二人。一緒に肩を並べて、助け合って、ようやくこの世界で二人ぼっちなんです」
姉が帰ってこなくなってから、漠然とした孤独を抱えたまま日々を過ごしてきた。
それが八年も続いて、本やラジオを読んで聞く内にまだ知らない外の世界へ憧れるようになり、気づけば退屈な日常から抜け出そうと、一人で旅立った村の外。
でもやっぱり、そこでも自分は孤独で不安で…そんな中で出会った自分と同じ一人ぼっちで、寂しそうな顔を浮かべる少年。
「私が居ないと、夏樹くんはまた一人になって悲しい顔をしちゃうだろうし…それに」
自分でもよく分からないまま、心から出てくる言葉だけをありのままに漏らす。
「─そんなことをすれば私も、もうカノン・エーデルスじゃなくなってしまうから」
悲しみに暮れながら彼女が抱いた答え。
オハコも、フィアワールドも、夏樹も、とうの本人であるカノン自身さえ、その真意は分からなかったが呼応するかの如く「真偽の半月からは影が全て消え、満点の光だけが輝く。
やがて、オハコが何かを考えるように黙り込むと、口を開いた。
「…それがお前の本心か。──よかろう」
オハコのどこか諦めたような声に、威圧感が消えると同時、法廷内の空気が多少は緩んでいく。
「カノン・エーデルスへの審問は、一度これで終わりにする」
短いようで長引いた、カノンに対する審判をオハコは本人の精神状態も鑑みてか、ひとまず置いておくことに決める。
なら、オハコから審問を受けることになるのは…
「次はお前だ。空亡夏樹」
夏樹の名前が指名された。
オハコは机に置いてある紙を一枚めくると、その内容について再び読み始める。
「罪状。午前11時49分、お前はジュネイス内において、カノン・エーデルスが体調不良により倒れかけたところを腕で抱えて受け止めた。この事実に間違いはないな?」
「あぁ」
正確な時間まで含める彼の違反を法廷中に響き渡る。済んだ声で語るオハコ。
夏樹は下を向きながら、ぶっきらぼうに答えた。
「ならば、問おう。その動機とは?」
先程と同じ質問が夏樹に投げかけられる。
「…こいつが心配だった。それ以上の理由も、それ以下の理由もない」
特に迷うこともなく、はっきりと夏樹の答えが告げられる。
オハコの後ろに聳え立つ半月も、問題はないと判断したのか、輝いたままでなんの反応も見せない。
結果を確かめたオハコは、夏樹に対する次の審問に。
「嘘はないようだな。では、次の審問に移る。お前はこの都市の規則を…」
「──もういい」
だが、途中で彼の不機嫌そうな声に遮られてしまった。
「お前ら全員…そろいもそろって、頭がおかしいんじゃないのか?」
張り詰めていく空気の中、夏樹が自分の周囲を囲う無数の追悼師団員とオハコを見渡しながら、批判を口にする。
「大した意味もない、無価値なルールに大真面目になり、盛大に審判とやらまで開いてくれやがって…到底軍人の集まりだとは思えんな」
どういった了見か、阻むこともなく静かに夏樹のほうを見つめて耳を立てるオハコに向かって、夏樹が放つのは怒りを含めた言葉。
「奇怪な格好といい、ごっこ遊びなら家でやればいい」
隣のカノンとフィアワールドが、何か言いたそうに見つめてくるも、夏樹は話すのを止めない。
そして自分の答えを淡々と告げる。
「…こんな茶番はさっさと終わりにしろ」
追悼への不敬にも思える発言に、近くの追悼師団の兵士が短剣を抜き、夏樹をたしなめようと、その首に押し当てようとする。しかし…
「よい」
オハコの一声が動きを止めさせた。
「それがお前の答えなのだな。ならばアタシもそれ以上は何も聞かんよ」
夏樹の非難を審問への答えだと受け止めたオハコが、否定するわけでもなく告げる。
そんな様子に、間違いなく激怒が返ってくるだろうと予想していた夏樹は逆に拍子抜けしてしまう。
「…茶番か。うむ…ある意味、間違いではないのかもしれんな」
茶色い瞳を揺らして、一人ごとのように話すオハコ。
少し動きを止めると、目を閉じたすえに決意を宿した。
「よいわ。──これより此度の審判で、カノン・エーデルス。空亡夏樹。お前ら二人に下す罰を宣告しよう!」
声を張り上げることで法廷中の注目を一身に浴びながら、オハコが判断した夏樹たちに与えられるべき処罰を宣告する。
「……おい、"ガマ"」
「───!」
だが、その横で夏樹が小さく呟いた。
今からオハコが下す判決は間違いなく死刑だろう。なら、それを回避するために逃げる最大のチャンスはおそらく、全員の意識がオハコに向いた今。
「主文、被告人二名を…」
夏樹はカノンへ、合言葉を唱えるように、ガマの花を呼び出すよう頼んだ。
オハコがバベルを手に握りながら話す最中で、夏樹は隙を見て、<焼魂>の能力を発動させようとする。が…
『──苦界往生遍路巡りの刑に処す!』




