第3話 神のみぞ知る
情熱都市ルカ。街の中心街近くを歩く2人組がいた。
「へぇー夏樹さんって言うんですね」
その内の一人、カノンが口を開けて話し出す。2人は今都市の中心に位置するメモリーヒルズを目指していた。
「この辺りの人ではなさそうですけど、この街にはどこから来たんですか?」
「クヌギ港」
適当な声で返事をする夏樹。
しかし、カノンには聞き覚えのない名前で、一瞬首を傾げたが、どこか遠い場所だろうと納得する。
「なるほど。…ということは旅行者さん?ここには観光へ?」
「いや、俺はある男を探して世界をまわっているだけだ」
顔が少し暗くなる夏樹。だがそんなことも気にせずカノンは話を続けた。
「夏樹さんも人を探しているんですか。私もここへは人を探しに来たんです。お姉ちゃんなんですけど…数年前から連絡が取れなくて」
そうこうしている内に目の前に巨大な教会が見えてくる。モーサンムッシュルや、アーラン大聖堂に並び
聖方教会が誇る建築物の一つ。メモリーヒルズだ。
「これがメモリーヒルズ…とても大きいですね。私はこれから聞き込みをしようと思うんですが、夏樹さんは?」
「俺は用がある」
それだけ言って、夏樹は何処かへ消えてしまった。
「…あ!まだ話したかったのに。もう、本当に勝手な人ですね。……考えていても仕方ないか。それじゃあ中へ、レッツ・ゴー!」
「わお!すごい…」
中に入ったカノンを待ち構えていたのは無数の白い柱に支えられて出来た巨大な空間に、複数の色が混ざったカラフルな窓で構成された荘厳な場所であった。
「とりあえず誰かに話しかけなきゃ…」
周囲を見渡すと様々な人種の違う人が散見された。その中のスーツケースを持ち運ぶ、観光客と思わしき女性を目をつけ…
「こんにちは!」
しかしスルーされる。
「こんにちは!」
まだ返事はない
「こんにちは!こんにちは!こんにちは!」
お得意の連打攻撃が始まる。あの堅物にすら効いたカノンの必殺技だ。しかし今回ばかりは相手が悪かったようで
「うるさい!!」
普通に怒鳴られてしまった。驚いて立ち尽くしている内に、女性は別の場所へ移動していく
「んー、私。何か間違えたのかな?」
自問するカノン。どう考えても間違いである。
顔見知りばかりの閉鎖的な村で育ったため、知らない人とコミュニケーションを取る方法があまり理解できていないのだ。
………………………
結果として、大した成果はなかった。確かに人の数こそ多いものの、相手は世界中から訪れた観光客たち。世界人口20億の内のたった一人を知っている可能性など極めて皆無である。
「お姉ちゃん。どこー?」
若干涙目になるカノン。そのまま行く当てもなく歩いていると一つの壁画が目に入る。
「これは…」
教会の石壁にでかでかと描かれたそれはかなり古びているようだが、他の物に比べて異質な雰囲気を放っている。
壁画には、街の建物よりはるかに大きな人間たちが描かれており、武器を構え炎が燃え盛る戦場で、空に浮かぶ天輪を持った存在や、小さな人間たちと戦っているようだ。
「壁画に興味があるの?」
突然声をかけられ身体をピクンとさせるカノン。
「ごめんね?びっくりさせて…私の名前はエミリー。この教会のシスターをしているの」
にこやかに自己紹介をするエミリー。カノンもすぐに向き直って挨拶をする。
「初めまして。カノン・エーデルスです!これって何の壁画なんですか?」
「これはね、聖方教会に伝わる。かつて起こった戦いを記した物なの」
エミリーは語り始める。
むかーし、むかし。この世界には一つの大きな大陸が存在しました。そこでは主の下で人間と巨人たちが平和に仲良く暮らしていましたが、ある時。傲岸不遜な巨人の王様が身の程知らずにも、主を蹴落として自分こそが新たな神になろうとしたのです!
激怒した主は人間を率いて巨人たちと戦争を始めました。後の世で黄昏戦争と呼ばれる戦いは3000回目の夕闇を迎えて尚続きましたが、巨人たちは皆やられ、最後に残った炎の巨人もまた人の勇者に討たれました。
残すは王のみ。ようやく平和が戻ると皆が歓喜する中、死に瀕した炎の巨人は暴走し、世界を燃やし始めたのです……全ての命が灰に還るかと思われた矢先、主は私たちに慈悲の雨を降らせてくださいました。炎とともに大陸は海へ沈み、人間たちは方舟に乗って奇跡的な生還を遂げたのです!新しい世界にたどり着いた彼らは、主の下で未来永劫幸せに暮らしましたとさ。めでたし…めでたし。
話を終えるとともに、手を前にしてお辞儀をするエミリーへ、カノンは拍手をする。
「これがこの壁画に記された戦いの内容よ」
「なるほど…壮大な物語があったんですね。でも神様は何で大陸が海に沈むまで雨を降らせたんですか?そんなことをしたら方舟に乗れなかった人たちはみんな死んじゃうんじゃ…」
カノンの疑問にエミリーは少し考え混んだ後、答え始めた。
「一説では人間と巨人が同一の種族だったと言われているの。主についたのが人で、刃向かったのが巨人」
「つまり…?」
「もう二度と、主へ逆らう者が現れないための見せしめということね。あくまで一つの考えにすぎず、主の御心は分からないのだけれど…ところで」
カノンの顔を覗き込む。
「さっきから、観光客に声をかける不審人物が目撃されているようなんだけど、もしかして…あなた?」
「ごめんなさい!!」
取り調べ室まで連れて行かれ、事情を詳しく聞かれたカノン。教会側に迷惑をかけてしまったことを知り居た堪れない気持ちになる。
「いえ、気にしないで。悪気があったわけじゃないみたいだし!」
エミリーは笑ってカノンのことを宥める。
「カノンちゃんは行方不明になったお姉さんを探しているのよね?私たち教会なら、もしかすると手伝えるかも…ですよね、クレマノス神父」
隣で共に事情聴取をしていた大柄な男へ話しかける。どうやらこの教会の神父らしい。
「うむ。迷える子羊の救済は、我ら修道者にとっての本懐であるからな。お嬢さん、その方の特徴はわかるかい?」
見た目に反し、労わるように優しく話しかける神父。カノンは落ち着いて話し始める。
「お姉ちゃんの名前はマリー・エーデルス。私と似たような顔をしているんだけど、気丈で強くて。薔薇の花がすごく好きな人でした。後は軍で働いていて…」
その言葉を聞いた2人の顔が曇る。
「軍?お姉さんは軍人だったの?」
「はい、そうです。遠征によく行っていたから、たまにしか村に帰って来てくれなかったですけどね」
「軍人か…少し不味いかもしれんな」
困った顔をするエミリー達にカノンは「どうしたのだろう?」と首を傾げる。
「あのね、カノンちゃん。ここ数年前から私たち聖方教会と世界統一戦線の仲が険悪になっているの」
「どうしてなんですか?」
「理由は分からないけれど、教会の騎士と軍が何度かぶつかっているらしくて…だからお姉さんが軍人なら表立って助けられないかもしれないわ」
想定外の事態に頭を抱えてしまう。まさかそんな事が起こっていたとは。ならば、姉は戦いに巻き込まれてしまったのだろうか?最悪の想像が過ぎる。
「でも安心して!可能な限り探しては見るし、軍人だってことは上にも報告しないようにするから」
神父もまた、同意する
「人は皆、主の元に平等である。世情を理由にして、命に優劣をつけはせん」
パァッと顔を明るくするカノン。教会と軍のことは良く分からないが、それでもこの二人が優しい人だってことくらいは分かる。
「ありがとうございます!エミリーさんに、クレマノスさん。皆すごく親切な方ですね!」
「うふふ。これくらい主に仕える者として当然よ」
何度もお礼を言ってから、部屋を出るカノン。
「待って。ここは広いから迷わないよう出口まで送っていくわ」
最初に声をかけてくれた時といい、エミリーは面倒見が良いのかもしれない。そのまま2人仲良く出口まで向かって行った。
「それじゃあ、ここでお別れね。また困った事があったらいつでも相談しに来て」
教会の前でエミリーと別れるカノン。姉の手がかりは結局見つからなかったが、これから一体どうすべきか
「やっぱりジュネイスに行くべきなのかな?そもそもこの街って…」
カノンが考え込んでいると
「侵入者だ!!追いかけろ!」
突如、怒号が響き渡る。驚いて周囲を見渡すが
「…えっ、夏樹さん?」
ーーそこには甲冑服を着た衛兵たちに追いかけられる夏樹の姿があった。




