第2話 熱狂都市ルカ
「全く…なぜこんな事になったのやら」
縄で両手を縛られながらも、包帯でグルグルに巻かれた肩を落として呟く。地上げ屋のーー否。元地上げ屋だった男、小杉だ。
「悪因悪果ってやつだろ」
「金を盗みに来ただけのあなたがそれ言います!?」
隣を歩くのは、小杉を斬った挙句、縄で縛り上げた張本人。短く黒い髪をした少年、夏樹だ。
「もう一緒に旅をして3日になるでしょう?私たちの出身、極東地方の漫画なら、友情が芽生えて解放してくれる頃合いですよ」
「俺は仲間を作る気はない」
一切表情を変えず言い放つ夏樹へ、小杉は拗ねたようにそっぽを向く。
「へっ、そ〜ですか。あなたと仲間だなんてこっちから願い下げですよーだ。あっ見えてきましたね。あれがそうです」
山道を降って来た2人の前に現れたのは、独特な形をした白い煉瓦造りの建物が並ぶ街。
ーー熱狂都市ルカだった。
この世界ではかつて、人種や民族毎に"国"と呼ばれる共同体が数多く存在し、日々互いの領土や資源を求め争っていた。
今から80年前、全世界の国々を巻き込んだ巨大な戦争が勃発する。数多くの戦死者を出して尚、戦いは一向に終わらず、いずれ人類が滅ぶと誰もが予感したその時…一人の男が現れる。
後に世界間での軍隊。世界統一戦線を設立したこの男は、圧倒的な力を持って各国を制圧し始める。瞬く間に全ての国は蹂躙され、統合されたことにより、戦争は終結を迎え、この世界から国という概念は完全に消え去った。
かつてエスパニアと呼ばれた国に位置する都市、ルカは年中祭りを行うことで知られており、その喧しさから熱狂都市と呼ばれていた。そんな熱に当てられた者がここにも一人
「わお!凄い人だかり…こんな場所初めて」
大通りをくるくる回転しながら、周囲を見渡しては、目を輝かせる少女がいた。
インバネスコートを着込み、黒く小さなシルクハットをエーデルワイスの髪飾りが付いたロングヘアーに被せ、とても可愛らしい姿をしている。
名はカノン・エーデルス。少し離れた村からルカへやって来ていた。
「おじさん。この街は今日お祭りなの?」
カノンが近くにいた屋台の店主に尋ねる
「ん?今日かい?今日はたしかぁ…なんの祭りだったけなぁ。毎日やってっから一々覚えてねえや。ガハハ!」
豪快に笑う店主。そんな様子を見て、より一層目を輝かせるカノン
「凄い。そんな夢のような場所があったなんて……あ!そうだ。人を探しに来たんですけど、私に似た顔の人を見ませんでした?」
自分の顔を指差して尋ねるが、店主はしばらく考え込み
「いや、知らねえな。だが人を探すんなら街の中心にメアリーヒルズっていうデカい教会がある。そこに行くといいかもな」
「本当!ありがとう。おじさん!」
先程の屋台で買った魚の串焼きをほおぼりながら、人混みの中を進むカノン。すると、ある物が目に入る
「いけー!」「おいおい大丈夫か?」「ガハハ そのままやられちまえ」
人々が囲むようにして何かを見ているのだ。つい好奇心を刺激された彼女は人だかりを押し退けなんとか、最前列に入ることに成功する。
「ンモオー」
その中では大きな角を生やした牛と、煌びやかな衣装を纏い、手で掴んだ赤いマントをヒラヒラとさせる青年が向かい合っていた。
青年が牛を煽るようにして、小刻みに体を揺らすとそれにつられた牛が、マントを目掛け突進をする。迫力のあまり、このままでは大事になるのではとカノンは息を飲む。
しかし、青年は体を少しズラすだけで簡単に回避してしまった。その光景を見た観客たちから拍手が沸き起こり、つられた彼女も思わず拍手をする。
方向転換をした牛は再び青年に突進をするも、再び躱される。何度か応酬を繰り返した後、次第に牛と青年の間でリズムが生まれてきた。それは種を超えて行われる一つのダンスのようで、カノンは思わず見惚れてしまう。
「綺麗…人間と牛。こんなにも美しく調和できるものなのね」
脳裏に蘇るのは、村での出来事だった。隣に住んでいたロベール夫妻の牧場を手伝いに行った際、牛の乳搾りを良く手伝っていた。彼らは非常に温厚な性格であり、カノンにとって仲の良い友達みたいなものである。
…唯一の変わり者といえば、暴れ牛のジャクソンくらいの物か。夫妻の前では愛想良くする癖に、カノンが現れた途端、何故か全力で突進してくるのだ。
舐められている。幼いながらに感じ取り、勇敢にも立ち向かったが、ただの少女に勝てるはずもなく、、結局すんでのところでビビって転んでしまうだけであった。
こうしてトラウマを植え付けられた彼女にとっては、暴れ牛など恐怖の象徴でしかなくなり、ジャクソンと会う度、姉に慰めてもらっていた。
舞台は終わりに近づいていき、最後に大きくマントを掲げフィニッシュ。観客へお辞儀をする青年に周りから歓声が飛ぶ。
「ブラボー!ブラボー!」
………
それからしばらくして、観客が去り始めた頃。カノンもまた上機嫌になって再び教会を目指そうと歩き出すが
キャー キャー
何やら街中が騒がしい。新しい見せ物でもやっているのだろうか?そう思い後を振り返ると…
「ブモォー」
「おい!危ねぇぞ!!」
なんと先程の暴れ牛がカノンの方に向かって突っ込んできていた。
「ヒッ」
避けなければ。そう思いつつも、走馬灯のように浮かんできたのは、かつてのトラウマである。そのまま腰が抜けてしまい、身体を上手く動せなくなったカノンは跳ね飛ばされ…
ドン。そんな音とともに、突如牛の体が横へ逸れる。何が起こったのか、目を見開き横を見ると
「………」
斧を顔の近くで、斜めに構えている少年がいた。
「大丈夫か!」
闘牛士の青年も含め、周囲にいた人々たちが駆け寄って来る。なんとか起き上がったカノンは服についた砂埃を払い、周りにお礼を言いながら少年の方へ向かう。
「あの!ありがとうございます…」
身体の震えを押し殺し、なんとか言葉を紡ぐ。
「……? あぁ、今のはお前を狙ってたのか」
豆鉄砲でも食らったような顔を浮かべる少年。どうやらカノンのことを助けた訳ではなく、たまたま横を歩いており、暴れ牛が自分に向かって来ていると勘違いしていただけのようだった。そのまま気にも止めず人混みを歩いていく。
「えっ。ちょっ、ちょっと!」
今にも転び落ちそうな身体を踏ん張ってカノンもまた少年を追いかけていった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「…………」
自身を救ってくれた少年、夏樹へ執拗に付き纏いお礼を言い続けるカノン。しかし一向に言葉は返されず。周りからは奇妙な目で見られている。
「ありがとうございます!」
「……何だお前」
ついに根負けしてしまい。言葉を返してしまった。
「わっ!こんにちは。カノン・エーデルスです!」
「名前じゃない。俺に何で付き纏う」
若干苛立ちながら問う夏樹。それに対しカノンは優しく微笑む
「お兄さんが私を助けてくれたからですよ!だからお礼をずっと言ってたのに、全然返してくれないし…そういえば今どこへ向かっているんですか?」
夏樹はチラッとカノンの方を見る。このまま黙っていたところで、再び付き纏われるだけだろう。なら適当にあしらった方がいい。
「聖方教会の大聖堂だ」
「もしかして、メアリーヒルズですか?奇遇ですね。私もこれから行くんですよ!」
どうやらハズレを引いたらしい。このままでは引き離せそうにない。
「せっかくですし一緒に向かいましょう!街には一人で来たので心細かったんです!」
断るための言葉が思い浮かばず、どうせすぐ別れるだろうと、しぶしぶ了承する夏樹
「そういえば、お兄さんも一人なんですか?」
「ついさっきまで連れがいたよ。警察に売り飛ばしたけどな」
「あはは。面白いジョークですね〜」
人々の喧騒に包まれながらも、2人は街の中心を目指す。
その先で待ち構えている事など、つゆも知らずに




